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魔導書を作ります。兄の仕事『後』



第二話 魔導書を作ります。兄の仕事『後』



この直になると、夕日の暮れは早い。

空が暗くなっていくにつれて、ポートフラワー街の電灯にもまた明かりが灯り始める。

飲食店を除いた他の店たちが店仕舞いする中、エストリアが営む魔法道具屋も同じように店を閉じた。

だが、それで仕事が終わるわけではない。

ここからが、エストリアの出番となる、時間帯なのだ。



「えーっと、エーテルの在庫が――まだ大丈夫。ポーションは―――――――やっぱり減りが早いかな?」


一つ目は不足した商品の補充だ。

ポーションやエーテルといった回復薬は結構な頻度で減りが激しく、こうして店を閉じた後に調合をしないと、明日の商品出しに間に合わないというのが本音でもある。


「うーん……やっぱり、今日ポーション作っとかないとダメかぁ」


他にも色々と店内を見回した上で、足りない商品を確かめたエストリアはカウンターの下に置いてある長方形の木箱を手に、二階へと上がる。

行く先は、朝食を摂ったリビングだ。

その奥にあるキッチンの隅に置かれた大釜の前までやってきたエストリアは、持ってきた木箱を開け、そこに山盛りと詰められていた物を取り出す。


「作る量も考えて……これぐらいかな」


独り言を呟き、手にしたのは大量の薬草だった。

両手を使って、ごっそりと取り上げたそれらを釜の中に放り込み、続けてキッチンの蛇口にホースを装着させて、水を付け足し、最後のダメだしをするかのように、もう一度薬草をぶち込む。


「よし……、これぐらいでいいか…」


一見、適当にやっている風にも見える行動なのだが、調合というのはそう簡単なものではない。

店の商品として出すには、失敗のない完成品でなければならない。

何故なら、不完全な物を商品として出せば、店の信用はなくなり、やがて潰れてしまう恐れもある。

そうしない為にも、薬を作るのに調合資格を持つエストリアの力が必要になるのだ。



** *



夕暮れが経つに連れて、街に暗闇が漂う始める頃。

家路につこうとする人だかりがまだある通りを走る、一人の女がいた。


「はぁっはぁっ!」


びっしょりと額に汗を為、まるで何かから逃げるように走るその姿に、怪訝な表情を浮かばせる街の住人たちは視線を女性の後ろへと向ける。

だが、そこには誰もいず。

彼女が一体誰から逃げているのか、分からなかった。



** *



きっちり分量を入れ終えた後、エストリアは釜の下に書き記された魔法陣に魔力を注ぎ、火を点火させる。

薬の調合にはかなりの時間が掛かり、普通の火力では到底足りないため魔法陣を応用しているのだ。それに燃費も良く、少しの魔力で想定六時間は火を灯し続けてくれる。


「ふーぅ」


グツグツと水が煮たり、薬草の独特の臭みが出てくる。

だが、そんな臭いに慣れっこであるエストリアには何も苦ではない。ただ、ここで油断してはならないもう一つの行程があった。

それをするとしないとでは、出来たときの質が落ちてしまう一番に重要な行程だ。


「よっと」


エストリアはベルトに取り付けた小瓶を取り外し、その中身を釜の中に流し込む。ここで朝に使用していた彼女の魔法、ウォーター・コントロールが出番となる。

中の液体が沸騰し始め、釜から溢れ出ようとする。だが、その時、中の液体が急激に渦を巻くように回転をし始めた。

これがエストリアオリジナルの一手間であり。

魔法、ウォーター・コントロールによる火の熱量を落とさず、さらに液を溢さないよう回転を加え変化を調整する行程なのだ。

後、さらに言えば、釜に何か変化があったとしても、操っている液体を通してエステリア自身に伝わるという、お得な調合技術である。




「はむっ」


釜の仕込みを終えた後、エストリアは夕食を手軽に作り終え食事に手を付ける。

ちなみに夕食は、お手軽なサラダのサンドイッチである。

本当なら兄であるオストリアの分も作っているのだが、どうにも朝手紙に書いていたように今日は帰ってこないようだ。

だが、……本当なら、遊び呆けている兄に対してもっと怒ってもいい立場であるエストリアなのだが、


(家にちゃんとお金いれてくれるんだもんなぁ…)


謎多き兄オストリアは遊んでいるわりに毎月、決まった額を家に入れるという律儀な性格をしているのだ。ただ、その資金をどう集めたのか尋ねて見るも、いつもはぐらかされてしまう。

しかも、金額が金額なだけに(高額)正直、怒りづらい。

とはいえ、道具屋の仕事に関しては、別である。



** *



夕食の皿を洗い終えた後から、エストリアの憩いの時間は訪れる。

就寝までの残り少ない時間だが、それでも彼女にとってはそれくらいが丁度良い集中時間にもなっているのだ。


「さて……はぁー」


テーブル前にて、大きな溜め息を漏らすエストリア。

目の前には、書き出しようの紙一枚と、何も書かれていない本。それからインクとペンが置かれていた。


『魔導書作り』と。

大層な名前がついてはいるが、実は言うと別に厚みのある本じゃなくても、本は簡単に作り

出すことが出来る。


魔法使いに加えて、二枚のページ。それから文字を書くためのインクとペン。

これらが揃うだけで本自体は作成できてしまうあたりはお手軽感が満載なのであるが、その中身が実は難しく、奥深くもあるのだ。



「この前の式はダメだったし……う―――――――」


魔導書の基本は式+陣+呪文+魔力の四つ。

それら全てが一致することで完成された魔法が発動し、逆に一文でも謝りがあれば、失敗もしくは発動を示さない結果へと繋がるのだ。

そして、書き方にも決まりがあり、左のページは式、またの名を魔力循環式が必要であり、右のページには、上に魔法陣、下に呪文を書く必要があるのだ。


「ここの式を変えてみようかな……でもなぁー」


魔力循環式には、計算がいる。

式には位置クゥトゥーマ魔力ティーマ結果ボゥオルンといった正確な位置や高さ、力に関連した数値を書き込み、最後に制約という魔法呪文を入れなくてはならないのだ。


《ルゥスト・エンチャント・ロベル・アルトウマ・オブザ・シュントォール・レゲベスト》


長々しく、面倒な呪文なのだが、これを書くことで魔法発動の許可がおり、さらには失敗、暴発をしても生命の危機を守るセーフティがかかるようになっている。

これらを直筆で書き込む事で、魔力循環式は完成するのだ。



「式もそうなんだけど…、魔法陣がダメかもしれないし……」


そして、次に右のページに入れなくてはならない魔法陣に関してだが、陣の種類は様々であり特に決まりはない。

ただ、陣を書いた後、それらを繋ぐ六芒星や五芒星などといった囲み用の線画が必要であり、その線の上に制御用の魔法言語を記入しなくてはならない。

だが、そういった面倒さを省略したい時には、左のページに書いた魔法呪文を書くことで十分な不足手順を埋めることができるのだ。

後は、最後に今まで書いた陣を安定させるための、もう一度囲みようの陣を外側に書き込めば魔法陣の記述はこれで終わる。




「呪文は……これでいいのかなぁ?」


そうして、最後の呪文に関してなのだが、これには特定の決まりは存在しない。

何故なら、魔法使いは魔法陣を完成させた瞬間から、それを発動させるための呪文が見えるようになり、その文字を書き記せばいいだけなのだ。

しかし、これらの記述を書き込むに魔導書作りの奥深さはある。

簡単な魔導書を作りたければ別だが、複雑なものを作ろうとするならそれに沿った念密な計算や知識が必要となっていくのだ。





エストリアは何も書かれていない本を開け、そこに記述を書き込んで本を完成させていく。

もう数年と書き続けていることもあって、いじりようのない文などはスラスラと参考書を見なくても書けるようになっていた。

しかし、彼女にとって、書けたその先が問題なのだ。


「うーん…………」


毎回ここで躓く。

頭を悩ませるエストリアはこの段階で、何度も失敗しては訂正を繰り返している。

思いつくところは一通り直してみた。

だが、失敗して、それ以降が全くわからないのだ。

魔法式が間違っているのか、それとも魔法陣に問題があるのか、はてさて呪文か、といった疑問が浮かぶばかりで中々解決してくれない。

かといって考えているだけでは何もできない。資料を漁ったり、同じ魔法使いに相談したりと勉強を続けているのが現在の状態なのだった。


(この前は魔法式を弄って……なら、今回は魔法陣で…)


エストリアは陣の構成をもう一度考え直し、そうして訂正していく。

書いては消して、を繰り返した。

そして、釜の中に入れられたポーション液が完成する数分前にして、新しい魔導書は完成したのだった。


(よし、明日の朝にでも試そう!)




** *




ポートフラワー街・イースト通りの裏路地。

人目を避けながら、ここまで逃げ続けた女は荒い息を吐く。

ローブ姿に加え、闇に紛れるような黒い容姿をした女は、周囲を見渡し、誰もいないことを確かめ、やっと足を止めた。

額全体には脂汗が大量に溜まっている。

肩を上下に動かし、荒い息を続ける女。

だが、その時だった。

コツコツ、と……、


「ッ!?」


その足音に対し、女は驚いた表情で音が聞こえてきた方向に振り返る。

懐から杖を取り出し、いつでも反撃できる体勢で。

しかし、そこには誰一人と人間の姿はなかっ――――――――――――――――――




「いやぁ、お姉さん。綺麗な髪をお持ちですね」




その直後。

その爽やかな声が、女の耳元から突然と聞こえて来た。


「っひぃ!?」


女は飛び退きながら距離を取り、視線を元向いていた場所へと戻す。

すると、そこにはフレンチコートを身につける一人の青年、オストリアの姿があった。


「ごめんね、お姉さん。ちょっと綺麗だったからナンパしたくなっちゃって」

「ぁ、…」

「それで、何をビクビク怯えているんですか? 何か怖いことでもありました?」

「っ………ええ、ちょっと変な人に追われていたもので」

「なるほどなるほど、それは大変ですね。もし、よければ警備隊の所まで案内しましょうか?」


そう優しげな表情を浮かばせながら、手を差しのべるオストリア。

だが、女性は未だ警戒を解かず、頬に冷や汗を垂らしながら、遠慮するように手を上げ、


「いいえ、大丈夫よ。それじゃあ私はここで」


そう言って、彼女は急ぐようにその場を後にしようとする。それは、まるでナンパに対して逃げるような仕草にも見えた。

ガックリと肩を落とすオストリアは、手を差しのべた状態で、口元を動かし、


「そうですか、それは残念だ」


そして。




「…………こちらも、女性には手荒い真似をしたくはなかったんだけどなぁ」

「ッ!?」




その直後。

オストリアの言葉に顔色を険しいものへと塗り替えた女は、杖を振り上げ、魔法を唱えようとする。

杖先には既に魔力が込められ、後は呪文を言うだけで直ぐにでも相手を即死させる毒魔法を掛けることが出来るはずだった。

そう、杖を向けた先に―――――――――――――――――――――――対象がいれば。


「!?」


視線を向けた先に、また人の姿がない。

焦った様子の女は辺りを見渡し、対象を探そうとする。

だが、それよりも早く、


「抵抗はおすすめしない」


その声と共に、女の握られていた杖が忽然と消失した。

手元の武器がなくなったことに驚きの声を上げる女。しかし、それも一瞬であり、背後に突然と現われたオストリアの手刀によってその意識は簡単に奪われてしまった。

バタッ、と音と共に倒れる女を見据えるオストリアは、緊張を緩めたように大きな溜め息を吐く。

すると、そんな彼の背後で二人の男女の声が聞こえて来た。


「相変わらず良い腕前だな、オストリア」

「……ああ、グラッチさんか」


路地の影から出てきたのは、ガッシリとした体つきの大男。

名前は、グラッチ。

そして、もう一人の女はというと、


「オストリあーん!!」

「っぐほっ!?」


ドン!! と腹目掛けての頭突きタックルをしでかした、女性。

名前はリーニャだ。


「ねぇ、オストリアン! 仕事終わった? なら、さっそく飲みに行こう!」

「おい、リーニャ。オストリア、多分聞こえてないぞ」

「………え!?」


リーニャが驚いた表情で視線を向けると、頭突きを溝に喰らってノックダウンしたオストリアの姿があった。


「なっ、ックソ! よくもオストリアンを!」

「いや、お前だからな。主犯は」


と、ツッコミをいれるも当のリーニャには聞こえていないようだ。

そうこうしている内に、直ぐ目を覚ましたオストリアはバッと体を起こし、息を荒げながら、


「あぶねぇ、何か今、変な河が見えかけたッ!」

「大丈夫、オストリア?」(馬乗りする、うるっ目のリーニャ)

「うっ、リーニャ。だ、大丈夫だ。平気だから、それ以上近づかないで」


さっきの一撃もあり、怯えるオストリア。対して、怒られたようにシュンとなるリーニャ。

だが、そんな二人を気にせずグラッチは意識を取り戻したオストリアに状況を確かめる。


「それで、この女が売人という証拠は掴めたのか?」

「あ、ああ……。証拠なら、コイツがまだ持ってるはずだ。何せ何度も懐を確かめては周囲を警戒していたからな」


そう話し合う彼らの余所に、リーニャが倒れた女の衣服を剥いでそこからある物を見つけ出す。

それはフラスコに大事そうに入れられた植物の根っこのようなもの。


「オストリアン、これであってる?」

「ああ、多分それだ」

「見た目は黒っぽい、それでいて枯れ葉のような容姿…間違いなく麻薬植物だな」


その植物の名は、ガラアク。

幻覚、幻聴、さらには魔力の暴走を発作させてしまう中毒性の高い危険指定の麻薬植物だった。大都市にもなるとそういった密売は山ほどある。だが、幸いポートフラワー街では今の所、そういって物が広まったという噂は流れてはいないのだが、


「この街にも、来ちまったか………はぁ、困ったもんだな。こりゃあ」

「ですね、この女を尾行しながらルートを探ってみてたんですけど、中々と本星の密売人の所在は掴めませんでしたから」

「ねぇ、捕まえることが出来たんだから、酒でも飲みにいこうー」


と、またもオストリアンに詰め寄ろうとするリーニャ。

だが、グラッチは呆れた様子で、


「何言ってんだ、リーニャ。これから俺たちはコイツを取り調べなくちゃなんねぇんだぞ? それに、オストリアも本部に帰って報告書やら情報共有やらで朝帰りは確定なんだから」

「ささっ! 酒でも飲んで、署長への愚痴でも言い合おうよ、オストアン!」

「こら、逃げるな」


ガシッ、と襟首を掴まれ抵抗出来ず喚くリーニャ。

その姿に苦笑いを浮かべるオストリアにグラッチは申し訳なさそうに言葉を掛ける。


「悪いな、いつも」

「いえ、これも仕事なんで」


そう口元を緩ませるオストリア。

ここまでの流れでまだ明かされていなかったが、オストリアには二つの顔がある。

一つは普段からの遊び人、それが表の姿だ。

だが、もう一つの顔。それは本来の姿であり、オストリアはこの街を守る隠密警備兵なのである。

そして、グラッチとリーニャもまた同じ同僚の警備兵だ。


「まぁ、仕事といえば聞こえが良い。だけど、妹さんはお前が警備兵だってこと知らないんだろ?」

「ええ、まぁ」

「確かに、お前の魔法を考えれば警備兵だってことがバレるのは色々やりにくい。無職っていう方面で話を通していたほうがやりやすいだろう。だけどな」

「いいんですよ。それで街が守れるなら。……それに妹も何やかんや言っては来ますけど、そこまで俺のことに関して踏み込んでこないので」


彼の魔法は隠密でこそ、さらなる力を発揮する。

そういうこともあって、オストリアは自分が警備兵であることを隠し、周囲にはただの遊び人という名目が情報を吐いているのだ。

もっとも身近にいる妹に、その真実を隠しながら。

そんなオストリアを見据えるグラッチは、溜め息を漏らしながら、


「ほんと、損な性格をしているな」


そう言われ、笑うオストリア。

三人は容疑者一人を抱え、路地を通ってサウス通りにある警備兵の本部へと戻っていく。

そして、またそれから朝までの仕事が彼らを待っているのだ。



「リーニャ、お前はプラス残業だからな。仕事サボってた件については署長に報告しておくから」

「いやああああああああああああああッ!!!!」




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