7
私の前世の記憶を思い出して、約5年後。
私は学院の入学式を明日に控えていた。
「……ついに、学院に…!物語の、始まりが…!」
ついにこの時が来た…!!
私の死亡フラグが確立する可能性がある忌まわしき学院!!
でもヒロインに会えちゃう最高の学院!!
「よーし、落ち着けー、落ち着くのよ私ー。とりあえず押さえておきたいのは当然攻略ヒロイン、私の推しキャラ、エル・カトリーヌ!!もう、可愛い彼に会わなければ人生半分は損してる!…ただし、出会いイベント以外で会う…!!っくー!楽しみー!!」
私はニヤニヤしながら、ノートを広げる。
最初のページは攻略ヒロインについて書かれており、次のページからは図書館で調べに調べた、学院、貴族、その他地理や歴史など様々な事を本を読み、調べ尽くした。
そして、色んな人と話し、コミュニケーション力…コミュ力を上げ、この世界の常識を学び、色んな人と仲良くなった。
ふっふっふっ、この私に向かうところ敵ナーシ!
「とりあえずレインには会いたくないね、うん」
5年前、図書館で初めて出会い、なぜか問答無用で知り合い、もしくは友達になった、彼、レイン・カルディは1年間町にいて、その後、父の仕事の都合で、4年前に町を離れた。
私は悲しい顔でさよならを告げるレインに、寂しさと、萌えで肩が震えた。
そう、萌えた。
寂しかったのは事実、しかし、萌えてしまったのもまた事実!
可愛かったー…。
今の彼には可愛さは無くなり、もう好青年っぽくなってるんだろうなー、悲しいなー。
……さて、学院に行くにあたって、決め事を決めよう。
「…まず、レインには極力会わない…っと」
新しいページに、決め事と書き、下につらつらと書き連ねていく。
「あとはー、エルに会う…そんで…貴族様には極力逆らわない…それからー、ああ、アルナルドもいたなー、たしか王子様。会いたくないなー…書いとこ」
ぽんぽんと、簡単に書き記していく。
ちなみに、この世界の文字はカスティナという、なんだかよく分からない変な文字で書かれている。
何年も住んでいた私でも思い出す以前の記憶おかげで文字の理解はできるが、多分、私は無理だろう。
話している言語は、日本と同じ、というのは幸いだ。
まぁ、このノートに書かれている文字は全て日本語だが。
「私的には日本語の方が楽なんだけどなー…」
左手で頬杖をつきながら、右手でノートを持ち上げ、眺める。
「…カスティナって、すごく面倒。英語より不可解だ…」
最後の文字だけ、カスティナで書いた私は、顔をしかめながら、そう呟いた。
__絶対死なない。生きてみせる。__
ーーーーーーーーーーーーー
入学式、当日。
「ああー、ついに、ついにこの時が来てしまった…!!」
手を胸に当て、嫌でも高鳴る胸を落ち着かせる。
…庶民である私は、貴族には注目の的、嫌でも好奇の目にさらされるだろう。
レインに私のことがバレるのは時間の問題…でも、絶対に会いたくない!炎で焼かれるのは嫌!!
一つ、小さく深呼吸をして、学院を見上げる。
「ああ、マリーナ行ってしまうんだね…」
寂しそうに父さんは言う。
「…ええ、でも、夏休みには帰ってくるから」
ニコッと笑って、私は父さんにそう返した。
「ああ、楽しみにしているよ…それじゃあ、いってらっしゃい」
「行ってきます!」
私は父さんに手を振り、着替え一式を持ったカバンをギュッと握って、学院の中へ、足を踏み入れた。
学院は、思った以上に広かった。
画面上でしか見ていない私にとって、学院を覚えるのは至難の技である。
「…これは、考えてなかった…」
…そして、絶賛迷い中、である。
「まずい、想定外だ……何故だか周りに人はいないし…そういえば、ゲームのマリーナも学院が広すぎて迷ってたような…忘れてた…!これは…で、出会いイベント…!!」
マズイマズイマズイ…!
ここで会うのは誰だったっけ!?
いや、誰であってもマズ…
「…?誰?」
「出たーーー!!!!」
「!?」
なんってことだ!!
もう発動しちまった!!
だけどどうしよう!
まさか、この最初の出会いイベントの相手が…
エル・カトリーヌなんて!!
最悪だけど嬉しい!!
ただ出会いイベントじゃないときに会いたかった!
「…ね、ねぇ、大丈夫?」
心配そうな、でも困惑も混じった表情で見つめてくる、エル。
うん、可愛い。
「はい、大丈夫です。ごめんなさい、驚いてしまって」
思いっきり叫んでしまった。恥ずかしい…。
「ううん、僕こそゴメンね、急に話しかけちゃって」
これからは気をつけるね、と申し訳なさそうに笑うエルを間近に見た私は、思わず鼻の下を触ってしまった。
これは不可抗力だ。
…よし、出てない。
「いえ…えっと、新入生、ですよね?」
知らない素振り…っと。
「うん。君も新入生?あ、もしかして先輩!…じゃないよね、ネクタイ赤だもん」
ネクタイ赤『だもん』の言葉の、ネクタイは、実は学院での、ルールのようなものだ。
この学院は5年制で、20歳に卒業できるようになっている(留年もある)。しかし、毎年、貴族の魔力持ちはわんさかいるのでたすさん入学してくるのだ。
なので、学年ごとにネクタイの色が分かれており、1年は赤、2年は黄、3年は青、4年は緑、そして5年は黒、というように決められている。
なので、エルのネクタイ赤『だもん』という言葉は私が1年生ということを明白にする言葉なのだ。
だがしかし。
だもん、だって!!
ネクタイ赤はどうでもいい!!
だもんって!!
可愛い!!
…じゃなかった。
「あ、はい。新入生です…道に迷ってしまって」
荒ぶる心とは裏腹に、冷静に苦笑する私に、エルも同じく苦笑しながら僕もと言う。
「もう、この学院広すぎだよー。現在地もわからないし、人いないし」
「本当ですよねー、右に行けばいいのか左に行けばいいのか…前に進めばいいのか後ろに進めばいいのか…もうちんぷんかんぷんです」
そう言って、はぁ、とため息をつく。
「…あ!ため息ついたら、幸せ逃げちゃうんだよ!?」
「ああ、そうです…ね……?」
今のは、昔、レインに言ったことがある。
レインは貴族の社交が辛いのか、はぁ、とため息をついたことがあった。
私は、そんなレインに、「ため息をつくと幸せが逃げるのよ」と、日本ではいつでも言う言葉をかけると、訝しげな顔で、
「ため息をつくと幸せが逃げるのか?」
と言われた。
私はこれはこの世界にはない文化なんだな、と悟ったんだけど……
どうして、エルがその言葉を…?
「…?……あ、そういうのって聞いたことない?ごめんね、僕たまにこういうこと言っちゃうんだ」
「…へぇ、面白いこと、言うんですね」
私はエルに探りを入れようと、言葉を探す。
「面白かった?他にも色々知ってるよー。んーっと、『あー、なるほどね』っていうのをあーね、とか『とりあえず、まぁ』を」
「「とりま」」
「……とかですか?」
私はニッコリと、エルの言葉を被せて、そう言った。
案の定、エルは驚いた顔をして、私を見つめる。
「色々ありますよねー、『成金』とか『下克上』もこの世界の人は知らないみたいですよ?世の中の文化を知るのに結構苦労しましたねー、なんせこの世界で使わない言葉が多いですから……日本は」
ニヤリと笑いながらエルにそう告げると、目を見開き、「…日本……?」と呟いている。
これは、まさかまさかの感じかな?
「君、もしかして…」
「前世は日本の一般高校生してました。不慮の事故でこの世界に転生!…よろしくぅ!」
左手を腰に当て、右手をウインクをした右目の前でピースし、ニッと笑う。
「…驚いた、俺の他にもいるなんて…」
これは完全なる、同胞さんだ!!!