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魔女の迷宮への挑戦編 その8『……お姉ちゃん……全然分ってないし……』

 

 アスター・ロットと名乗った男が〈ラビリンス球場〉と呼んだ場所は、確かに野球場そのものであった、いるはずもないだろうに観客席まであるあたりに”迷宮の魔女”の凝りようが伺える。

 しかし、内野のフィールドにコの字の張られた柵、外野やフェンスにある”ヒット”や”アウト”と書かれオレンジや黒で塗られた部分があるのが妙である。

 

 「……もしかしなくても……次の勝負は野球対決なんですか……?」

 「ええ、その通りですよ、リム嬢」

 

 温和な笑顔で頷くアスターが、名乗りもしないのにこちらの名前を知ってる事には驚く事はしない。

 

 「おいおい、ちょっと待て! 野球ってのは九人でするもんだぞ? こっちには四人しかいないのは分かってるはずだろう?」

 

 白狼の使い魔のもっともな抗議に「ええ、もちろんですよ。 フェリオン殿」と落ち着いた様子で答えた。

 

 「この最終対決は普通の野球とは少し違います。 名づけて”幻想野球盤”です」

 「げんそーやきゅーばん~?」

 「……って、何?」

 

 聞いた事もない名前に魔女の姉妹は思わず見合わせてから、説明を求めるように姉はアインを、妹はフェリオンの顔を見たが流石に分からないという風に二人とも首を横に振る。

 アスターはその様子を愉快そうに少しの間眺めてから、「ふふふふ、ちゃんとご説明致しますよ」と言ってから説明を始める。

 彼の説明を簡単に言うと、ピッチャーがボールを投げてバッターがそれを打つのは一緒だが、それがヒットかアウトかはボールが止まった位置によって決まるという事らしい。

 つまり”ヒット”と書かれた周囲のオレンジの部分は文字通りヒット判定で、内野にある柵やフェンスに”アウト”と書かれた黒いエリア、それ以外でも”ヒット”以外の通常の部分に止まってもアウトである。

 ゲームに使われるボールは鉄球を使う事になっているが、身体能力を考慮してエターナとリムには通常の硬球を使う。

 そして今回はアスターが守備側として三アウトを取るか、エターナ達が攻撃し一点でも取れば勝負が決まるというルールだ。

 

 「お~し! やってやろうじゃん~~~!」

 

 例によってやる気たっぷりのエターナであるが、果たしてどこまでルール説明を理解しているかは不明だとリムは思った、その時だった……。

 

 「おうおう! やる気だのぉ、お主。 その意気は良いぞ!」

 

 頭上から唐突に聞こえてきた女性の声にエターナ達が見上げてみると、無数とも言える数の蝶が舞い降りてきたのに唖然となる。

 蝶達はアスターの隣へと集まり、そして徐々に人の形をとっていき、そして最後には黒いドレスを纏った魔女の姿へと変わる。

 

 「お嬢様……」

 「良いではないかアスター、妾とて最後くらいはゲームに参加しても良かろう?」

 

 何か言いたそうなアスターを遮り上機嫌で笑うと、エターナ達の方へと向き直る。

 

 「始めましてになるな、妾はラヴィ・リンス、”迷宮の魔女”のラヴィ・リンスであるぞ」

 

 名乗りを上げてから不敵な表情をするラヴィの水色の瞳が見つめていたのは、エターナの蒼く澄んだ瞳だった。





 守備側のピッチャーとしてマウンドに立つはラヴィ、その彼女の投げる球を受けるキャッチャーはビッグ・ガーダーだ。 迷宮への挑戦は基本的に一組単位なので彼が門を離れていても問題はない。

 そして本来であればピッチャーをするはずだったアスターは審判役へとなる。

 エターナ達攻撃側の一番手はフェリオンだ、「フェリオンさん、がんばって~」というリムの声に送られてバッター・ボックスに立つと手にした金属バットをブンブンと数回素振りをする。

 見かけこそ普通の金属バットだが鉄球をも打てるように設えられたそれは、通常の物よりも遥かに重いのだが、フェリオンにしてみれば《白狼の牙》の方が重い。

 当然だが、彼もアインも人型に変身している。


 「他の奴らの出番はないな、俺がホームランを打って一発で決めてやる!」

 「くくくく、大口を叩きよるな白い狼よ?」


 不敵な笑い顔で両の手を組んでいるラヴィはボールを手に持っておらず、足元に野球ボールを模した鉄球が置いてあった。

 球場には一応はベンチもあるがエターナら女の子の三人はバッター・ボックスから三塁側に少し離れた位置に立ち観戦している。


 「それでは……プレイ・ボールです!」

 

 アスターが右腕を挙げて勝負の開始を宣言する。

 

 「ふふふふ……ゆくぞ?」

 「おう! こいやっ!」

 

 ラヴィの足元のボールが仄かに光を放ちながら風船めいてゆっくりと浮かび上がっていく、明らかに魔法であるその光景をフェリオンは油断なく見据える。

 そして、ラヴィの胸の辺りまで浮かび上がった瞬間に弾丸めいて撃ち出されたボールは、あっと言う間にビッグ・ガーダーの構えるミットにバシン!と収まった。

 球速に反応出来なかったとは思わないラヴィは「……ほほう? 見送ったか?」と問いかけると、「ああ、だが次は打つぜ?」とフェリオン。

 

 「……お姉ちゃん、今の……視えた?」

 「う~~ん、全然~~」

 

 呆然となるリムと素直にすごいと感心しているエターナをちらりと見るアイン、自分の動体視力でもかろうじて目で追えた位の速度であるから、二人では反応も出来ないのは仕方ないと思う。

 そうしている間に二球目が発射の態勢に入っていた、今度はすぐに撃ち出す事をしないのは、フェリオンを焦らしているのだ。

 

 「……さあ、こいよ?」

 「ふむ、良いであろう!」

 

 次に瞬間に撃ち出されたボールを、今度はフェリオンの「うりゃぁぁああああっ!!」と振ったバットが捉えた、ボールの勢いに負けることのないフェリオンのスイングにより撃ち出された球は瞬く間にラヴィの頭上を越えていく。

 

 「やったっ!」

 「おっし~~いっけ~~~~!」

 「よしっ!」

 

 リムとエターナ、それにアインもこれはいい当たりだと思った。

 ぐんぐん飛距離を伸ばしていった打球は、スタンドへ飛び込んでホームランとまではいかなかったがノーバウンドでフェンスを直撃した……そこには”ダブル・プレー”と書かれてはいたが。

 

 「……な、何ぃぃぃいいいいいいっ!!?」

 

 勝利を確信していたフェリオンの顔が、一瞬にして信じられないという驚愕のものに変わる。

 まだランナーが塁に出てもいないのにダブル・プレーとなる、実際の野球ではありえない事だがそれが起こるのがこの”幻想野球盤”の恐ろしいところなのだ、フェンス直撃というくらいの打球を放ってもヒットになるとは限らないのである。

 

 「……あちゃ~~」

 「……フェリオンさん……」

 「やれやれ……ですね」

 

 自らが放った打球が命中したフェンスを呆然と眺めているフェリオンの背中に、エターナとリム、そしてアインの女の子三人が冷たい視線を送っていた。




 二人目のバッターはアインだ、エターナの「がんばってね~~♪」という声援に「大丈夫ですよ」と力強く応えてみせる。


 「主に出番を回す事もなくゲーム終了なんて使い魔の名折れですからね」


 そう言ってチラリとフェリオンの方を見たのに、嫌味かよと顔をしかめる。


 「……ふむ、次は黒猫の娘か……」


 バッター・ボックスについたメイド服の少女は先のフェリオンより腕力はなさそうだが、それでも彼も使ったバットを平然とした顔で構えているあたり油断は出来ないだろうと見積もるラヴィ。


 「いくぞいっ!」

 「どうぞ!」


 フェリオンの時と同じようにラヴィが魔法で打ち出した鉄球をアインは一球目から捉えた、軽快な金属音を響かせてセンター方向へと跳んだボールは外野の緑の芝の上を転がりヒット・エリアで停止した。

 

 「よし!」

 「おっしゃ~~さっすがアイン~~~♪」

 「やったわね!」

 

 満足そうに胸の前で拳を握り締めるアインと喜びの声を上げる魔女の少女達と、複雑そうな顔のフェリオンであった。

 続く第三打者はリム、そのためボールは普通の硬球にチェンジされてバットもそれに合わせて通常の金属バットを握るリム。

 バッター・ボックスに立つ彼女が不安げであるのは、ラヴィの撃ち出すボールの速さにとても打ち返せる気がしないからである、魔法による身体能力の強化はあくまで強化であるのでリム本人の能力が低いと相応の効果しかない。

 

 「リム~いっけ~~~かっとばしちゃえ~~~~!!」

 「大丈夫です、リム様ならいけますよぉっ!!」

 

 エターナの隣でアインも応援しているのは、このゲームの仕様上はランナーが塁に出る必要は無いからだ、もちろんアインは一塁にいる事にはなっている。

 

 「ではゆくぞ、リムよ」

 

 リムへの一球目が撃ち出された、それに対してバットを振ることがなかったのは反応出来なかったからではない、確かに速い事に変わりはないがフェリオンやアインの時のそれと比べればかなりスピードは落ちていると言っていい。

 

 「どう……して?」

 「安心せい、別に情けとかではないわ。 打者が絶対に打てない球を投げてもこのゲームは盛り上がらぬというだけだ」

 

 ラヴィがその気ならばリムやエターナを完封し勝利するのは容易くても、そんな結果は彼女にとってもつまらないものでしかない、だからあえて打たせてやろうという球ではないが打てるチャンスはあるようにする。

 それは、ラヴィ・リンスという魔女が考えるゲーム・マスターとしてのありようである、漠然とであるがリムも彼女の言葉がそんなものだろうとは分かった。

 

 「成程ね……そういう事なら!」

 

 そう言ってバットを構え直したリムの目には先程とは違い力強さが宿っていた、ラヴィは満足そうに微笑を浮かべると魔法を使い足元にあるボールを浮かせる。

 

 「そらぁっ!」

 

 撃ち出された球は外角の低め、それをリムは「たぁぁああああああっ!!」という気合の声とともに振ったバットの芯で捉えた。

 打ち返された打球はラヴィの僅か右を通り過ぎ後方へ跳んでいく、そしてフェンス手前で地面に落ちバウンドすると”ツーベース・ヒット”へと命中した。

 

 「……や……やった~~~!」 

 「よっしゃ~~さッすがリム~~~~♪」

 「やりましたね、リム様~!」

 

 すぐにはどうなったのか理解できなかったが、ツーベース・ヒットを打った事が理解出来ると喜びの声を上げ、エターナ達も少し興奮気味に賞賛の言葉を贈る。

 フェリオンは「……あいつもやるもんだ」と冷めた口調ではったが、その表情は嬉しそうである。

 

 「くっくっくっく、ツーアウト二塁三塁か……これで面白くなってきたわい」

 

 どう転んでも次で勝負が決まるというこの状況になりラヴィも燃えてくる、そして最後の打者となるエターナも「お~~し~! いっくわよ~~~~!」とやる気十分で、勝負を決める最終打者であるというプレッシャーはまったく感じていないようであった。

 

 「お姉ちゃん! 普通にヒットでいいんだから、無理して大きいの狙わないでよ~~~!!」

 

 姉の性格を良く知るリムはそんな風に注意を促せば、「分かってるって~~」と笑顔で返すエターナ。

 

 「ガツンとホームラン打って決めちゃるわ~~~~♪」

 

 姉の性格は良く知るリムであったからこうなるだろうとは分かっていても、それでもあるいはと期待してしまうのが彼女のエターナに対しての甘いところである。

 

 「……お姉ちゃん……全然分かってないし……」

 「……これは……」

 「……ダメかも知れませんねぇ……」

 

 直前までのこれなら勝てるかもという自信が薄れていき、これはダメかも知れないという考えがよぎるリムとフェリオン、そしてアインであった。

 

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