魔女の迷宮への挑戦編 その7 『……少し散歩でもしてくるさ』
ダンジョンの床に敷かれたレジャー・シートの上でスヤスヤと気持ち良さそうに眠っているエターナとリム、そんな二人の魔女の寝顔を憮然とした顔で眺めながら「……本当に呑気な奴らだ」と銀色の鎧姿のフェリオンがぼやく。
トキハの作ってくれた弁当を平らげた後で二人して眠ってしまったのである、慣れない迷宮探索で疲れたところへお腹一杯になれば仕方なしとは思いもするが。
「いいじゃないですかフェリオン、寝る子は育つと言いますよ?」
彼とは微笑ましげな表情で空になった重箱をエターナのピンク色のリュックに仕舞いながら言うメイド服の少女姿のアイン。
どう見ても子供用のリュック・サックに入れるには大きすぎる重箱がすっぽりと入ってしまうのは、そのリュックがトキハお手製の魔法のリュックだからである。
「リムはともかく、育ってるのかよ? お前のご主人様は?」
「ふふふふ、それはノーコメントですよ」
外見的には十八歳のリムのお姉さんである外見年齢十歳のエターナの実際平坦な胸をチラリと見やってから、いたずらっぽい笑いを浮かべてフェリオンに答える。
「それで、どうしますか?」
眠りに落ちたリムの代わりに魔法で光源を作っているアインが言うのは、当分目を覚まさないであろう姉妹が起きるのを待つ間の時間をどう使うかという事だ。
それはフェリオンもわかる事なのだが、いたずらっぽい笑い顔のまま聞いてくるあたり自分の心の内を見透かされているのではと思えた。
しかし、そうであっても正直に言う理由にはならないので「……少し散歩でもしてくるさ」とだけ言う。
「散歩ですか? 私もお供しましょうか?」
「断る……てか、こいつらをここに放置しとく気なのかお前は?」
明らかにからかわれてると分かっているので面白くないフェリオンは、これ以上は話をする気もないのでさっさと立ち上がって歩き出した。
その背中を見送りながら、お互い大変なものですねぇ……と思う、だがその大変さは決して嫌なものではなく、おそらくは彼もそれは同じだろうとアインは思った。
食後にソファーに横になり仮眠をとっていたジリジリジリというやかましい目覚まし時計の音で目を覚ましたラヴィ・リンスは、まだ少しぼーとする頭でタイマーのスイッチを切る。
その目覚ましは確かに自分でセットしたものだったが、身体にかかっていた毛布はラヴィの記憶にはない。
「……アスターか、妾が風邪などひくはずもないであろうに……」
そんな事を言いながら身体を起こすと、あやつらもそろそろ起きた頃だろうとテレビ画面を見た時に、ふとある事を思い付く。
「ふむ、これは良い事を思いついたぞ……くっくっくっくっ……」
同じ銀色の髪に蒼い瞳、そして年齢差を差し引けば双子めいてそっくりな顔立ちの姉妹だからというわけでもないだろうが、エターナとリムが目を覚ましたのはほぼ同時だった。
「……うにゅ~~~」
「……ん……?……う~~ん……」
まだトロンとした寝ぼけ眼で二人揃って上体を起こした姉妹に「ん? おはようございます」とアインが声をかける。
「……あれ?……そうか、私……眠っちゃてたんだ…………」
「……にゅ~~? ふぁ~~おふぁふぉ~~~」
お弁当を食べて満腹になったと感じてきた頃に身体がだるくなり意識もぼーとしてきてちょっと横になったらそのまま眠ってしまったみたいとリムが思い出したところに、「……やっと起きたか」とフェリオンの声。
声のした方に顔を向けると白狼の姿になった彼の姿があった。
「いつまでもそうしていても仕方ないだろ、さっさと先へ進むぞ?」
「え? す、進むって……?」
いきなり言われても状況がまったく分からず困惑するのは、まだ寝ぼけていて自分達が何をしているのかを思い出せないからではなく、食事中にしていた時の話し合いの続きをするものと思ったからである。
そのリムにアインが「いいからついてきてください、リム様」と言ってから、繭めいた闇に包まれて黒猫へと姿を変えた。
「ほら、ご主人様も。 早くシートを畳んで」
「ちょ……アイン~~?」
エターナもわけが分からず困惑しながらも言う通りにする、シートを畳むというより適当に丸けてリュック・サックに突っ込むと、それを待っていたように歩き出した使い魔ら後を追いかけた。
「あ……待ってよフェリオンさん! お姉ちゃんも!」
四人が歩き出して十分程で先頭を行くフェリオンが立ち止まると首だけを動かして後ろを振り返ったのに、女の子二人も立ち止まる。
リムが「フェリオンさん?」と問いかけるより早く「こっちだ」と右の壁に向かって駆け出し、そして壁の中へと消えた。
「……え?」
「……ほへ~?」
予想もしなかった光景に驚き目を丸くする魔女の姉妹に「さあ、私達も行きますよ?」と歩き出すアイン、その彼女の姿もいったいどういう事なのかわからずに呆然としているエターナ達の前で壁の中へと消える。
「…………って! ちょっと待ってってば~~~~!!」
「あ! お姉ちゃん!」
先に我に返ったエターナが駆け出したのを慌てて追いかけるリムの姿も、壁の中へと消えていくのだった。
自分達が今歩いている場所が幻影に隠された通路だとアインから聞いたリムは、「成程ねぇ……」と納得する。
「ふ~~ん……フェリオンが見つけたの?」
アインの黒く小さい身体をヒョイと抱きかかえて自分の頭に乗っけたエターナがそう聞くと、そのエターナを見る事もせずに「……偶然に決まってるだろ」とつまらなそうに答えた。
そんな彼の態度に自分の頭の上に乗っかっているアインがにやにやしているのを、エターナは気が付く事はないが、それが見えたリムは不審に思う。
「偶然って?」
「お前らが目を覚ますまで暇だったから、適当にふらついていたら偶然見つけただけだ、リム」
言いながらエターナの銀色の髪の上にいる黒猫を睨みつけるフェリオン、その時にエターナが不思議そうな表情になったのは、自分が睨まれたように思ったからだ。
そうこうしているうちに彼女らの前に出口らしき扉が現れた、リム達は当然何らかのトラップかか仕掛けがあるのではと疑い足を止める。
「おっしゃ~~と~つ~げ~き~~~!!」
「ちょっ!?……ご、ご主人様~!」
しかし、そんな事など思いつくはずも無いエターナが扉めがけて駆け出して頭の上のアインが驚きの声を上げる、そして躊躇する事なく両開きの扉を体当たりめいた勢いで開いた。
何かトラップがあるのではとヒヤッとしたリムは、姉がそのまま何事もなく走り抜けたのにホッとし、その次には僅かに怒りが込み上げてくる。
「もう! お姉ちゃんてばっ!」
そんな妹の心配を知る事もないエターナが急ブレーキをかけて「わわっ!?」と声を上げたアインを振り落としそうになったのは、黒服を着た男がいたからである。
背筋を伸ばし直立するその男は温和な笑みを浮かべていたが、どこか怪しい感じがするとエターナは思うが、しかし悪意のようなものは感じない。
それも根拠のない直感であるが、その直感を素直に受け入れ疑う事をしないのがエターナだ、それがこの小さな魔女の良いところであると同時に危なっかしいところだとアインやフェリオンが思っているとは知らない。
すぐに追いついてきたリムとフェリオンも男に気が付き足を止める、その時に驚きはしても身構える事はない、待ち構えていたというならこのゲームにおいてはいきなり攻撃を仕掛けてくるとは思わないからである。
「ふむ、揃ったようですな?」
男は独り言のように呟いた後でエターナ達に向かい恭しくお辞儀をした、そして顔を上げた後で愉快そうに笑ってみせた。
「私の名はアスター・ロットと申します。 ようこそ、最終対決の場所”ラビリンス球場”へ……」