魔女の迷宮への挑戦編 その5『……つーか、それはズルイであろう……?』
気絶しているコ・ソックのポケットから拝借した鍵でドーム状の部屋の奥にある扉を開くと、そこは再び暗闇の支配する迷宮であった。
再度、魔法で光源を創り出すリムの足元には黒猫と白狼の姿に戻ったアインとフェリオンがいる、常時人型形態でも別にデメリットがあるわけではないが、二人は基本的にこちらの姿でいるのを習慣としている。
「お~し~~! 行っくよ~~~♪」
「おい、ちょっと待てエターナ!」
張り切って歩き出そうとしたエターナを止めたのはフェリオンだ、その静止を無視する事はせずに振り返ると怪訝な顔で「ん~~何~?」と尋ねる。
「この先は何がしかのトラップが仕掛けられている可能性が高い、だからここからはリム、お前が先頭を行け」
「私が?」
いきなりの指名に少し戸惑うリムと「え~~~何で~~~?」と不満そうな声をだす小さなお姉ちゃん、その姉妹の反応はフェリオンも予想はしている。
「流石にまだ危険度の高いトラップはないだろうがな、それでもお前を先に行かせるのは危なっかしすぎる」
厳しい口調なってるフェリオンに「そうですよ、ご主人様」と同意するアインに「ぶ~~~アインまで~~!」と口を尖らせるエターナ。
決して自分勝手というわけでもないが、納得出来なければ納得するまで絶対に自分の考えは曲げない頑固な面もあるのが彼女だ。
その性格はフェリオンもアインも承知してはいるが、承知していればすぐにエターナを納得させる言葉が見つかるという事ではない、少し困った顔を見合わせてどうしたものかと思案する。
「でも、危なっかしいのは私も同じじゃないの、フェリオンさん?」
そこへリムが疑問をぶつけてきた、迷宮内に仕掛けられたトラップを発見する技術が自分にあるとは思えないのである、それを言うとフェリオンは「心配はない」と首を横に振った。
「トラップの類は必ず発見出来るようにし、回避あるは解除可能であるものしか設置してはならない……それがルールだ」
ルールブックに記されているような絶対厳守しなければいけないものではないが、長い時間の間には自然とそういったルールというものは出来ていくものである。
「例えばそこだけ床石が不自然に大きかったりとか、そうい風に注意していればちゃんと発見出来るようにしなければいけないんですよ。 それに多少は怪我をしても即死の危険があるようなものはないはずです」
フェリオンとアインの説明にそんなものなのねと思うリム。
確かに挑戦者を問答無用で殺してしまうようなトラップなど作ってもゲームにならないだろう、簡単に攻略されてもつまらないがクリア出来る者がいなくてはそれはそれでつまらないという心理はあるのだろうとは分かる気がする。
おそらくフェリオンとアインならそういうトラップは簡単に見破れるだろうが、この機会にこのような事も経験しておけという彼の親心のようなものなのだろうと分かれば、何となく嬉しい気分になる。
「ふ~~ん? そーゆーものなのか~~~?」
そんな事を考えていると不意に耳にとび込んできた姉の声、嫌な予感を覚えてそちらを見てみれば何かを探している様子できょろきょろしながらすでに二メートル程先へ進んでいた。
リムが待ってよと言いかけたまさにその瞬間にエターナの足元の床石が僅かに沈み「…………へ?」と驚いた表情をする姉、そして次の瞬間に天井から落ちてきた何かが彼女のアホ毛の生えた脳天を直撃し、べコンッ!という音を響かせた。
「あきょぉぉおおおおおおおおっ!!!?」
エターナが悲鳴を上げてる間に落ちてきた”それ”は床に落下し甲高い音をたてると、唖然となっているリム達の方へと転がってきた。
「……これって……金ダライ……?」
直径が一メートル半くらいの円形の金属のその物体はリムにはそうとしか見えなかったが、確認を求めようとアインとフェリオンの顔を交互に見つめると、二人は黙って小さく頷く。
それから三人で揃ってエターナへと視線を移せば、「うきゅ~~~~~~」と痛そうに涙目になり両手で頭を押さえてしゃがみこんでいた。
「……まぁ……」
「……自業自得……」
「……だな」
リムとアインそれにフェリオン、魔女の少女と使い魔の二人は揃って溜息を吐いた。
「ほぅー、トキハの弟子もやるものよのぉ……」
魔女の遠見の魔法と言えば水晶玉を使うものだというイメージがあるが、”迷宮の魔女”のラヴィ・リンスが使っているのは大画面の液晶カラーテレビである。
それは〈人間界〉の〈日本〉という国で作られたものだが、もちろん今は魔法で映像を写しだしための媒体として利用しているだけである、魔女とて画像が大きく綺麗であればその方がいいのである。
黒いドレスを纏った藍色のポニーテールという容姿の魔女が、その水色の瞳で映像を眺めている部屋にそのテレビの存在に違和感を覚えないのは、この部屋の家具のほとんどがその〈日本〉の製品だからだろう。
「……はてさて、次はどんな事をやらかすらであるな」
座り心地の良さそうなソファーにゆったりともたれかかったラヴィは、画面の中で涙目でアホ毛の生えた頭をさすっている小さな銀髪の魔女を眺めながら、興味深げな顔で言った。
地下二階の迷宮を探索し始めて二時間程、目の前に扉を発見し「お~~~出口発見~~~~♪」と声を上げたエターナの頭にはいくつかのタンコブがあり、身体も擦り傷だらけであった。
「元気だねぇ~お姉ちゃん……」
一応はリムを先頭とした隊列で進んではいたものの、最初の金ダライでまったく懲りる事のなかったエターナは妹がトラップがありそうな箇所を発見する度にちょっかいを出して今のこの状態なのである
要するに姉はボタンに押すなと書いてあっても何か考える前に押してしまうようなタイプなのだと、今更ながらに思うリムだ。
「お~し~行こう~~~」
「……って! ちょっと待ってよ、お姉ちゃん!」
早速扉へ向かって駆け出したエターナの手を掴んで止める、あれだけの目にあっても扉にトラップが仕掛けられている可能性などまったく考えもしない姉の学習能力の無さは呆れるのを通り越して感心していいのかも知れないと、少しだけ思った。
「私が先に調べるから、お姉ちゃんはここで待っててっ!」
「そうだぞ。 そもそも、まだ出口かどうかもわからないんだからな」
「そうですよ、まったく……」
口々に言われて「む~~~?」とむくれっ面になるものの大人しくするあたりは、ほんの少しは懲りてはいるのかの知れない。
そのエターナの様子にひとまずは安心しつつも、フェリオンとアインに「二人とも、お姉ちゃんをきっちり見張っててね」と言ってから慎重に扉の前に立つ。
まずは扉の観察から始めると、人型形態のフェリオンでも十分に通れそうな大きさの両開きで頑丈そうな木製であると分かる、ぱっと見た目には怪しいところは見当たらないと思える。
「……ん?……あれ……?」
本来であれば取っ手がある場所に球状のくぼみが一つずつあった、最初はなんだろうと思ったが、すぐにある事に思い至る。
「多分……ここに何かをはめ込むと開く仕掛けなのかなぁ?」
そのリムの呟きを聞きつけたエターナが「なになに~~?」とやってくるその足元では、アインとフェリオンが妙な事をしないように見張っている。
「あ……うん、これを見て……」
「…………????」
「ふむ、どうやら何かのアイテムをはめ込む仕掛けだな?」
「そのようですねフェリオン、おそらくは迷宮のどこかに隠してあるのでしょうが……」
エターナがまったく理解出来ない様子なのは今更気にはしないで、見ただけで仕掛けを理解した白狼と黒猫の二人に感心するリムは、直後につまりはアイテム探しにもと来た道を戻らないと思い至り気が重くなった。
その理由は単にもと来た道を戻るという事の労力的な問題もあるが、トラップだらけの迷宮をエターナを連れて探索するという事の気苦労を思い出しての事の方が大きい。
通ってきた道にあるトラップの大半は人間?トラップ解除装置と化したエターナによって解除……と言うか使用済みとなっているので問題はないが、アイテム探しとなると未探索の場所へも行く必要があるのであるから。
「……まぁ、しょうがないよねぇ……」
しかし、ここでこうしていてもどうにもならないのでは、覚悟を決めるしかなかった。
「……ん~~~? 結局はどーゆー事なの?」
「この扉を開けるための鍵を探しにまた戻らないといけないんですよ、ご主人様」
「……そういう事よ、お姉ちゃん。 仕方ないから行こう?」
そう言ってからどこか重い足取りで歩きだすリムにアインとフェリオンも続くが、エターナだけは何やら思案している顔で扉を見つめている、それを不審に思い足を止めて「……お姉ちゃん?」と声をかける。
「うっし~! 《エターナル・ピコハン》~~~~!!」
妹の声が聞こえていたのかいなかったのか、一人で納得したように頷くと愛用のピコハンを出現させるエターナ、突然の事に「「「……はぁ!?」」」と目を丸くする他の三人。
「道がないなら…………」
自分の身長ほどのピコハンを両手でしっかと握り締め、扉に向かい大きく振り上げ自身の魔力を込めていく、それはエターナにとってはたいして意識せずとも行える行為だ。
トキハから貰った《エターナル・ブレスレット》を始めて《エターナル・ピコハン》へと変化させその黄色い柄を握り締めた時、どうやってこのピコハンを使うのかという事が自然と理解出来た、それはまるで忘れていた事を急に思い出しと言ってもいいくらいのものだった。
「お、おい……エターナ……」
フェリオンの声など聞いていないエターナはまだまだ魔力を送り続ける、いったいどのくらいの魔力を込めればいいのかなどいつも計算なんてしない、だいたいこのくらいだろうという感覚だけだ。
そして、今回も何となくこれくらいだろうと思ったところで勢いよく《エターナル・ピコハン》を振り下ろした。
「……作っちゃえばいいのよ~~【エターナ・インパクト】~~~~~~!!!」
ピコハンの名前の通りのピコッ♪という可愛い音の後には大きな破壊音が響き渡った。
通りすがりの小悪党に打ち込んだ時とは段違いの魔力を込めた【エターナ・インパクト】は実際爆弾の爆発に等しく、激しい衝撃をエターナ自身も受ける事になるがこの時の彼女は防御壁を展開しているので危険が及ぶ事もないが、それも意識してやっている事ではない。
エターナが防衛本能による無意識下での行動なのか、はたまた《エターナル・ピコハン》に備えられた機能なのかは本人にも分かってない。
「…………あーーえ~~と……」
「……こんなの……」
「……ありなの……か?」
衝撃が収まってもまだ呆然と立ち尽くしているリムとアインとフェリン、彼女らの視線の先にあるものは、先程まで扉で塞がれいた場所に空いた大穴から見える下の階へ続くであろうと思われる階段だった。
「……つーか、それはズルイであろう……?」
エターナの奇行に呆然となっていたのはモニター越しに見ていたラヴィ・リンスも同じであった、その表情はまるで悪い夢でも見ていたかのようだ。
「……ふふふふ、では彼女らは失格という事に致しますかな?」
その男の声はいつの間にかソファーの端にチョコンと止まっていた一羽の黒い鴉のものだった、「……アスター・ロットか」とその使い魔の名を口にする。
アスターと呼ばれた鴉はソファーから床に飛び降りると、その次の瞬間に自身の身体よりも更に繰黒い闇に包まれてその姿を人型へと変貌させる。
その姿は黒いオールバックの髪に眼にはモノクルを付けた三十代後半くらいに見える執事服姿の男であった。
「あのエターナという魔女はお嬢様の用意された攻略方法以外の手段を用いて障害を突破いたしました、これは明確なルール違反ではないのですかな?」
執事らしい丁寧な物腰だがその顔にはどこか主人をからかうかのような笑みが浮かんでいるこの男に、ラヴィは「ふん!」と鼻を鳴らしてみせた。
「別に妾のゲームには扉を破壊して先へ進んではいかんというルールはないわい! あれはあれで一つの方法よ!」
「左様ですか……」
「用意された方法ではない、妾の思いもよらぬ手段を用いてゲームを攻略していくというのもそれはそれで愉快なものであるのだぞ?」
そのラヴィの表情は、負け惜しみとかではなく本当に愉快そうだとアスターは思った。
「それにしても……あの扉とて簡単に壊れるようにも創ってはいないはずであるのだがのぉ……」
「でしょうなぁ……」
その意味ではまったく想定していなかったわけでもないが、それでも本当にやろうとする者がいるとは思わないだろう。
「まぁ、よいわ。 こういう事もあるから魔女のゲームとは面白いのよっ!」
不敵な顔になったラヴィ・リンスが見据えるモニターには、上機嫌な笑顔でピコハンを掲げる銀髪の小さな魔女が映っていた。