魔女の迷宮への挑戦編 その3『成程ね、そういうものなのかぁ……』
エターナの新必殺魔法?でビッグ・ガーダーに勝利した魔女の少女らとその使い魔達は、無限に広がる城壁の唯一の入り口である城門へと入っていく。
ちなみに男にしか理解出来ない激痛に襲われながらも地に伏す事なく「……み、見事……だ、さあ……先へと進む……がよい……」という言葉を残して弁慶の立ち往生めいて立ったまま気絶したのは、流石と言うべきだろう。
門を潜るとそこは一本道のトンネルだった、地下へと降りる階段までの五十メートル程の間を壁にいくつも設置されたランプの明かりで照らされていた。
その途中にあった扉を彼女らが無視したのは、扉の上に”門番待機部屋”と書かれた札があったからである。
「さ~行っくよ~~~♪」
元気な声で躊躇することなく階段を駆け下りていく自分より幼い容姿の姉を「あ、待ってよお姉ちゃん~」と慌てて追いかけるリム、そんな姉妹を黒猫のアインと白狼のフェリオンはやれやれ……とでも言いたそうな顔で追いかけていった。
階段を降りた先は一切の光源がなく真っ暗で流石のエターナも足を止めざるを得なかったが、すぐに追いついたリムが魔法を使い光源を作り出した。
これで周囲十メートルくらいまでは視界が確保される。
「もう! 何があるか分からないんだから一人で先に行かないでよね、お姉ちゃん!」
姉を叱り付けてから周囲を見渡してみると、そこは人が二、三人は横に並んで歩けそうな広さのある人口の地下トンネルであった、しばらくは真っ直ぐに続いているようだが迷宮というなら先は相当に入り組んでいるのだろう。
「何ていうかさリム~、お化けでも出そうだよねぇ~?」
「お姉ちゃん……それを言うならモンスターでしょう? 迷宮なんだし……まぁ、実際そんな雰囲気だけど……」
ワクワクした様子のエターナと少し不安げなリム、その対照的な二人の会話に「そんなものはいないだろう、〈人間界〉のコンピュータ・ゲームじゃないんだぞ?」とフェリオン。
「ん? そ~なの~?」
「少なくともモンスターがそこいらをウロチョロなんて事はないと思いますよ、ご主人様」
このゲームにおいてもちろん障害となる”敵”を配置してはいるだろうが、いわゆるワンダリング・モンスターのようなただ鬱陶しいだけのものを用意する理由がないのは、魔女のゲームには経験値だのドロップ・アイテムだのは存在しないからだ。
「成程ね、そういうものなのかぁ……」
アインのその説明に納得するリム、魔女であってもその知識が使い魔に劣るのは、立場上は主人であっても生きてきた年月が上とは限らないからである。
自分の何倍、あるいは何十倍と生きてきたのかは正確には知らないが、彼の言動のところどころにそんな事が見てとれて使い魔というより歳の離れた兄か父親のように思えてしまうのである。
それがリムが”フェリオンさん”と呼ぶ理由であり、”リム”と呼び捨てにされても何も言わない理由だ。
ちなみにエターナにあってはもっと単純明快であり、アインもフェリオンも友達か家族の一員のようにしか思っていない、魔女と使い魔という関係も生きてきた時間の差もほとんど意識する事はないのだ。
「ふ~ん? ま~いいや、早く行こ~~♪」
この先に何が待っているのか分からないという不安をまったく感じさせないエターナは、その背に背負ったピンクのリュック・サックもあり遠足で早く先に行きたいと急かす子供のようである。
そう、今の彼女には不安などない、あるのはこの先にいったい何があるのだろうという好奇心だった。
緑豊かな森の中建つ白い洋館、そこはトキハという名の魔女が弟子や使い魔達と暮らす家である。
その屋敷の庭園に一匹の金色の毛並みの狐がいたが、それは森の中から迷い込んできたのではない、ユリナという名前を持つトキハの使い魔である。
「……ふぅ、今日はずいぶんと静かなものです……」
住人達がお茶会に使う白いテーブルを見ながら呟く、別に普段も騒々しいとかそういう日が多いわけではないが、それでもあの子らがいない時間はそんな風に感じた。
「……さて、そろそろトキハ様のお食事の支度でもしましょうか」
体長が一メートル程の金色の狐の身体が繭めいた黒い闇に包まれたかと思うと一気に直径二メートル程にまで肥大化し、そして霧状になり霧散して消失した。 その後に残ったのは先程までの狐姿ではなく、メイド服の女性姿となったユリナであった。
暗い地下迷宮は入り組んではいたがフェリオンやアインの言うとおりにモンスターの類との遭遇は一切なかった、そんな一行の先頭を行くのはエターナでその少し後ろをリム、そして使い魔の黒猫と白狼が続くという形になっていた。
それはトラップの存在を考慮すれば非常に危なっかしい光景にも思えるが、入ってすぐに危険なトラップがあるとアインもフェリオンも考えないのは、それが魔女のゲームの定石だからである。
まず最初は雰囲気を掴んで貰う程度に簡単な、そして段々と難易度を上げていくのは、あくまで楽しんでもらうゲームであり決して挑戦者と勝負し敗北させ屈服させようというものではないからだ。
例え命がけのものであっても挑戦者をいかに楽しませるかというのは、魔女のゲームにおいて重要な評価点のひとつなのである。
「……つまりだ、仮にゲームを攻略出来た者がゼロであったとしてもそれがただ理不尽なだけのもので楽しいものではなかったら、そのゲームもゲームを創った魔女も決して評価される事はないのだ」
そういう事なので、今のうちに魔女のゲームについて説明しておこうというフェリオンの話にエターナとリムは成程ねと頷く。
「ですから、例えば出口の存在しない迷宮みたいなものを創ったら軽蔑され魔女としての信用を失ってしまうんですよ」
「それはそうよね、クリア出来ないゲームなんて絶対にゲームなんて呼べないものねぇ……」
フェリオンに続いたアインの説明にも納得するリムの耳に飛び込んできた「そ~だよわきゃっ!!?」というのは、余所見をしていて行き止まりの壁にぶつかったエターナの声だ。
「もう……お姉ちゃん、大丈夫?」
「あたた……うん! へーきへーき~~~」
少し照れた顔で自分より長身な妹に言いながらもと来た道を引き返す。
「……そう言えばエターナ、さっきお前が使った魔法だが……」
まずはここまで話せばいいだろうと判断したフェリオンがエターナを追いかけながら問いかけた。
「ん?……あ~【男の子の大事なトコロを思いっきり蹴られた痛みが通常の三倍で起こる魔法】?」
「ああ、そうだ。 お前、あんなものいつの間に覚えたんだ?」
改めて聞いてみると何というネーミング・センスだと思いながら、確かにいったいいつの間にとは気になるリムもアインもエターナを見る。
「
ん~割と最近だよ? ししょ~と一緒に考えたんだ~~♪」
お師匠様、何をやってるんですか!?と心の中で叫ぶリム。
「ほら~男の子ってあそこ蹴られると痛いんでしょう~?」
「……何故俺を見る……まぁ、そうだな」
「だからだよ~~~♪」
何がだからなのかフェリオンにはさっぱりだが、そこは考えても無駄だろうとは経験的に思う。
問題なのはトキハの協力はあったにせよ、いとも簡単に新しい魔法を編み出した事であった。
魔法というものは既存のものを習得するだけでも一苦労であり、ましてやまったく新しい魔法を構築するのは熟練の魔女のする事である、それを魔女となって年月の浅いエターナがやってしまうというのが、いかに異常な事なかという事である。
「ま~でもさ~、この魔法使うには相手に触らなきゃだし結局男の子にしか効かないんだよねぇ~~。 だったらピコハンでぶん殴っても同じ……てか、その方がてっとり早くない~?」
「……だから、何で俺を見るか……ほら、余所見してるとまた……」
「ほへ?……あきゃっ!?」
今度はT字路の壁に衝突するエターナに呆れた顔で溜息を吐きながら、何にしてもこの娘にしばらく迂闊な事は言えないな……と思うこの一行の男であった。
その後もしばらく迷宮内を歩き回ったエターナ達は、更に下の階層へと続く会談を発見して降りていったのであった。