頭重天使〜SF編〜プロローグ
思い付いたまま検索などもせず書いた為、兵器などの名前、仕様などは全て適当ですので悪しからず。本格兵器好きの方、気分を害されたらすいません。
〝イメージと実働のスムーズな連動性能を高める〟サイボーグ医師からの忠告通りに、ハンマー・ヘッド・バッドは頭の中で結束繊維を循環させながらモーニングコーヒーを啜っていた。
更にこの作業は命の危険にも直結している。なにせ全身に張り巡らした結束繊維は一本一本は目に見えない程の微細な糸の様な物だが、放置しておくと直ぐに塊となってしまう。それが脳の血管にでも詰まろう物なら、直ぐに脳梗塞を引き起こし、超硬対衝撃特殊金属製の頭蓋骨では手術もままならず死は避けられまい。
全身を覆う強化筋肉の重みで軋む板金製の椅子から立ち上がり、埋め込み式の通信端末に意識を向けると、今日の依頼をチェックする。朝からうるさいほどコールが鳴っていたが、朝食とその後に楽しむコーヒーを邪魔する事は許さない。早寝早起きとそれだけは譲れない彼の拘りだった。
「ヘッドてめ〜遅すぎだろ〜、緊急時強制回線勝手に切るんじゃね〜よ」
オペレーターの楊津部が巻き舌でがなる、視界の端に出たのは認識阻害のgif画像で、猫が気張って垂れ流している菊門がアップになっていた。朝から気分をぶち壊す天才だな。
「朝の七時ですよ、充分間に合っているでしょう? 今日は誰と誰を何処で?」
私はまどろっこしいのは嫌いだ、会話には端的に要件を組み込んで欲しい。
「あ〜? また無視かよ、ったく愛想の欠片もね〜な。今日は鉄雄とネストを狩れ、場所は市街を移動中、運び屋だ」
鉄雄は何度も組んでいる賞金稼ぎ組合の顔馴染み、ネストは確か……ハッピー・ピスタチオ党という宗教団体絡みの政党のカリスマ秘書官だった筈だ。
すかさず検索した賞金稼ぎネットでは新規欄に顔写真と手配書、そしてトイッタつぶやきが乗っていた。そこには「俺は横領などやってない」「党首に嵌められた」などのつぶやきが狂った様に重ねられ、フォロアーからの「がんばれ〜w」などといった冷やかしが挟まれている。
「で、運び屋って誰?」
私の質問に、
「やっぱり聞く? なんと、業界No.1の怪物君〝変態犬野郎〟ベビービート君で〜す、へへっ」
無闇に嬉しそうな楊津部にムラムラと怒気が立ち昇る。ベビービートは依頼達成率脅威の八割を叩き出す天才運び屋で、依頼達成率=我々の失敗率とも言える、賞金稼ぎの天敵だった。
「因みに武装限定解除、更に我が組合が誇る武装ヘリ〝ティーン・スピリット〟が向かってるから、早めに屋上に出ておけよ〜」
その声を聞いて溜息をつく、何が組合が誇る武装ヘリだ、軍払い下げの中古ガンシップにゴテゴテと武装を施したいびつな機体が〝思春期の魂〟とは上手い名前を付け過ぎだろう。
柔軟体操をしてから重構造の武器庫に向かう。底抜けしない様に金属床に設えられた無機質な部屋に入ると、自動整備型の機械床に寝そべって端末を操作した。
短時間型のジェットパック、誘導型ポッドに四発の特殊ミサイル、エネルギーシールド貫通弾装填の小火器A-14、更にオリジナルの防弾スーツとアモ・ボックス、そして限定解除という事で、自身の制御装置を外して、魔力充填結晶と入れ替えておく。
全ての準備が整った。オーブによって強化された頭脳は軽く、リミッターが外れた為に屋上へと登る階段も軽い。ヘリポートで各装備品の動作確認をする事暫し、重武装型汎用ヘリ特有の二重ローターの爆音が恐ろしいスピードで近づいて来ると、垂れ流した流動アームで私をかっさらって行った。
「おいおい、急ぎ過ぎじゃないか? 降りてくれたら自分で乗り込むのに」
座席に座り手荒い乗車に不満を漏らすと、
「バカヤロー! 相手は犬野郎やで、第一返信がクソ遅いんじゃボケ!」
鉄雄が相変わらずの口の悪さで挨拶してくる。全くもって下品な奴だ、口角の端から朝食の卵の黄身が噴き出している。ヘリの爆音に負けじとがなる声が強化された頭にも響く、今度兵器部に新兵器の案として報告してやろうか? と半ば真剣に考察しながら、
「その犬野郎にたった二人とは、組合は何を考えているんでしょうか?」
状況を把握しようと話掛けた。賞金稼ぎ組合の乱暴さ、適当さは有名だが、私の記憶が正しければ、犬野郎には重武装兵が一個小隊でかかっても正面突破されたという報告があった筈だ。
「何やそれも聞いとらんのか、奴らはもう既に軍大隊の包囲網を突破して、燃料弾薬も尽きかけらしいで」
成る程、それならヘリの護衛という意味で二名のベテランコンビを乗せたというところか、オペレーターの不親切に自分の中での彼のポイントを下げながら考察を続ける。
それにしても相変わらずけち臭い組合だ。ギリギリの経費で稼ぎは大きく取ろうという魂胆が透けて見え過ぎる。
「追跡中に軍の攻撃ターゲットになったら厄介だな」
「せやろ、そこが今回のミソよ。いくら何でも軍大隊が一匹の犬野郎を取り逃がすなんてどう考えても変だろ? それがどんな仕組みか知らんが、今回の依頼主の一端に軍が関係してるらしいで」
こいつの陰謀論好きにも呆れるが、あながち間違ってもいないかも知れない。何せ近代兵器で武装された軍隊が本気になれば、生物である以上生き残れる筈が無いのだから。
軍から背中を撃たれる心配が無いならやり易い、そう気持ちを切り替えた頃、ターゲットの車が見えて来た。
「攻撃スタンバイ、有効射程に入り次第射撃開始」
パイロットの無機質な声が響く。俺たちは狭い機内に体を押し付けると、急降下に備えた。
上空300mからの機銃掃射、毎分3000発という驚異的な連射能力を持つ対になったバルカン砲が、大量の薬莢をばら撒きながら対シールド弾を雨の様に射出する。
爆音の中地上を見ると、装甲バギーの半物理シールドに集中着弾した弾が真っ赤に弾けて弾圧で車がひしゃげかけていた。
『なんだ、呆気なく終わりか』
と昼食のメニューを考え始めた時、ボンッ! と後部トランクが跳ね上がり、同時に地対空ミサイルが一ダース発射された。
「なんや、情報とちゃうやんけ!」
鉄雄の叫びよりも早く、ティーン・スピリットの火器管制装置が即座に反応して、打ち上げられた無数の地対空ミサイルを撃墜する。更にその爆発が撒き散らした破片で誘爆を起こし、殆どのミサイルは空中で無駄な熱量を放出した。
と思った時に、一つのミサイルが機体の側に到達する。
「く〜み〜あ〜い〜!」
鉄雄の恨み節と同時に爆ぜたミサイルは、ティーン・スピリットの左側面をズタズタに切り裂いた。
アラーム音が響く機内から、我先にと脱出するパイロットを横目に、変形して開かなくなった重装甲のハッチ側の手すりを掴んで仰け反ると、後頭部から衝撃魔法〝これでもくらえ!〟を放ちつつ思いっきり頭突きを食らわせる。
衝突間際に絞り込んで射出した前面の〝これでもくらえ!〟と続く頭突きをまともに喰らって吹き飛ぶハッチ。手すりを掴んだまま身を乗り出すと、地上は目の前だった。ジェットパックに火を付けて飛び立とうとした時、
「まってーな、ワシとべへんねや」
情けない声で鉄雄がしがみ付いてくる。仕方なしに私よりも重武装のオッサンを抱えると、ヘリから飛び出した。
直ぐに地上が迫る中、すぐさま発動したジェットパックの安定装置がグンッと体を持ち上げる。と、直ぐ側でティーン・スピリットが地上に叩き付けられて轟音と共に地面を削った。
「クソ餓鬼が〜ッ、絶対ぶち殺す!」
鼻息も荒くロケットランチャーを構えた鉄雄が空中から器用に発射すると、火の玉がエンストしている装甲バギーに命中して爆音を上げる。
即座に着陸した私達の横を、我関せずとパイロットが逃げて行く。それを無視して規定外の重量の為に燃料を使い切ったジェットパックを降ろし、アサルトライフルを構えた私は、腰だめに軽機関銃を装備した鉄雄を先導して走った。
「きーつけや! こんなんで死ぬたまやないで」
鉄雄が背中から小型偵察機を射出しながら警告を発する。手振りで了解のサインを送ると、目の端に偵察機からの映像が流れて来た。
煙を上げる車の中には毛むくじゃらの獣が一匹、ワークリーチャー独特の巨体をくねらせている。間違いない、犬野郎だ。ベビービートと呼ばれる青に縞模様の個体は、その狡猾さと戦闘能力で賞金稼ぎ達から毛嫌いされている運び屋のカリスマである。
だが、肝心のターゲットであるネストが見当たらない。最前の機銃掃射でミンチになったとしても亡骸位は有りそうなものだが。
「噂はほんまやったみたいやな、ネストの野郎、パッケージ化しよった」
闇で行われる人間パッケージ術、全ての情報をデータ化して肉体を処分する事で逃亡を楽にする、それはつまり行き先で再生される見込みが有るという事を示していた。
「犬野郎が身に付けているんか? 軍が欲しいのはそのデータやろうな」
重爆撃などによるデータ喪失を恐れた軍隊が、優秀な運び屋である犬野郎を取り逃がすまいと賞金まで掛けたという訳か。
「何でオンボロ組合に運び屋の足取りが掴めたんだ?」
油断なくターゲットに近づきながらも素朴な疑問を口にすると、
「そこはあれよ〜、われわれゆうしゅ〜な組合の情報網から逃れる術はないって〜の」
オペレーターの楊津部が甲高い奇声を上げる、組合の情報網とくればアングラ魔女パコのインチキ占い位の物だが、極限定的にその魔力を発揮して極秘情報等を得る事がある。
「パコの奇跡か……」
私の呟きに、
「ベビーちゃんもアンラッキー、まさか一年に一度の奇跡にかまされるとはよ〜」
ゲハゲハと笑う楊津部の音声を絞り込む、そろそろ射程圏内だ、犬野郎の噂が確かならば偵察機の映像などもあてにならない。
その時、パンッ! と乾いた音がして、運転席上空でホバリングしていた小型化偵察機が弾かれると継続して送られていた画像が消える。
「あ〜っ! こないだ買ったばっかやで! あんの犬野郎〜ッ!」
後ろで鉄雄ががなる。
黒煙を上げる装甲バギーのひしゃげたドアーに注意を払いながら、後部シート越しに運転席を見ると、座面に伏せているのか犬野郎の姿は見えなかった。四足動物仕様の特殊車両は総じて車体が薄く、窓も防弾仕様で見づらいが、それにしても毛皮の一本すら見えないのはおかしい。
ハンドシグナルで相方との距離を保ちつつ、何時でも発砲出来る様にトリガーに指を差し入れると、ボンッ! とガルウイングのドアが蹴り開けられた。
「死ねやボケ!」
若干ハッピートリガーな鉄雄が軽機関銃をぶっ放す、その弾圧で車がはじける様に削られた。弾が密集するその中を、何事も無いかの様に飛び出した犬野郎は、青く輝く毛皮をなびかせてこっちに突進して来る。
「鉄雄〜ッ! 幻覚師だっ! お前の魔眼なら見えるはず……」
言い切らないうちに横手から衝撃が走る、その方向を確認する前に、ミサイル・ポッドのから近距離用の魔力感知ミサイルを発射した。
身近な爆発に備えて腕を上げて防御姿勢を取ると、驚くほどに軽い左腕。それもその筈、左手前腕の真ん中から先が綺麗に切り飛ばされている。
驚いたその刹那、2mほど後方で爆発が起きると、爆風で吹き飛ばされて地面に叩き付けられた。
「死ねオラ〜ッ!」
後方から鉄雄の怒声が上がると、彼の撒き散らす銃弾が何者かに当たる音と共に、俺の至近距離で地面を穿った。
「危ないぞ、弾幕魔! お前は良い目を持っているのに宝の持ち腐れだ!」
発砲中毒者と化した鉄雄を叱り付けつつ、結束繊維を集結させて左腕の切り口を固める。冷静に見ると素晴らしい切れ味である事に舌を巻いた、何せ硬い強化骨格までが平面に切られ、固まった切り口は真っ平らである。
鉄雄の撒き散らす弾に体を焼き貫かれながらも突進スピードを緩めない犬野郎は、鉄雄の軽機関銃に噛み付くとグシャリと噛み潰した。暴発した銃身が両者を弾くが、強化兵たる重量級の双方は共に踏ん張ると、犬野郎は爪を、鉄雄は左手を振るった。
犬野郎の爪は濃い魔力のオーラを放っており、これによって私の左腕が切り飛ばされたのだろうと推測された。一方で鉄雄の左手は強化火薬の爆発と共に指の先端が射出されると、そこに繋がるワイヤーカッターが犬野郎の胴体に巻き付き、腕をもろとも締め上げていく。
「危ない!」
私の警告も間に合わず、次の瞬間には犬野郎が魔爪を振るい、ワイヤーカッターの戒めを切り裂くと、もう片方の爪で鉄雄の胸を切り裂いた。
その背中を見据えてダイブすると、後方に〝これでもくらえ!〟を放って爆進力を得て突っ込む。凄まじい反射神経で横にずれて捌こうとする犬野郎に、広範囲型の〝これでもくらえ!〟を放つと、その衝撃で脳震盪を起こしたのか、目眩を起こす事に成功した。
そのまま横に〝これでもくらえ!〟を放つと、曲がりばなに犬野郎の背部に頭突きを喰らわせて背骨を砕く。その際に深部にダメージを通そうと、極狭範囲型に絞り込んだ〝これでもくらえ!〟を放つ事も忘れなかった。
集中的な魔力の行使に目が回る中、地面に横たわりこちらを睨み付ける犬野郎ことベビービートは、
「これがどういう事か分からないだろうチンピラよ、この使命にどれだけの命が掛かっているのか」
しわがれた声で遠吠えすると、その意味が脳内に埋め込まれた端末を介して翻訳される。
その意味不明な言葉に、
「正しく、私は一介の賞金稼ぎですからね、高度な判断は軍隊なり政府に任せますよ」
冷たい声に犬野郎がうつむいた、と共に腹を揺すって、
「グッグッグッ」
と咳の様な、しかし明確に嘲る様な忍び笑いを漏らす。
訝しむ私が犬野郎に近づこうとした時、突然現れた装甲車に弾き飛ばされた。
『ステルス装甲車か』
飛ばされながらも冷静に見つめる私は、残りのミサイルを全て打ち込むと意識を失って地面に投げ出されたーー
ーーどれ位経っただろうか? 屈み込んだ鉄雄が心配気に覗き込んでくる。まるでキスでもされそうな奴の……口が臭い!
「気ぃ付いたか! ヤロウ仲間を待機させてやがったんだ。爆発の被害を受けながらも、走れる状態の装甲車で逃亡されてしもた。 犬野郎は更に深手を負った様やがな、ザマー見ろってんだ」
ベッと吐き出した痰には血が混じっていた。
「あ〜あ、骨折り損のくたびれ儲けやで、結局ネストにも逃げられてしもうたし」
と悪態をつく鉄雄に、
「ネストのパッケージってこれじゃないか?」
手のひらを開くと、頭突きの際に飛び出した犬野郎のネックレスを差し出す。そこには闇のパッケージ業者〝最適家族〟の一家団欒マークが刻印されていた。
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