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透明  作者: 文月
第一部 出逢い編

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第3話 二者択一

 松山さんからお茶を受け取り、会計を済ませると、そのまま真っ直ぐコンビニを出た。


 早く終わらせて帰りたい。


 もう恭平とは別れたのだから、私には関係ないと突っぱねることもできる。


「うんうん。偉いねぇ。真っ直ぐ出てきたじゃーん。よくできましたー」

「……ねぇ、さっきの、どういう意味?」


 ぱちぱちとわざとらしく拍手をする男へ、用件だけを投げつける。


 男は全部で4人。全員が私服だから、年齢は分かりにくい。


「キミを売ったってヤツ? それとも、1万円のはーなーし?」

「どっちも」


 先ほどレジで話しかけてきた男は、地面から腰を上げ、尻を軽くはたいた。


「それは車の中で話してあげるよ」


 挑発的に笑い、親指で背後を指す。


 その先には黒いバンが停まっていた。後部座席の窓には、車内を隠す濃いスモークフィルムが張られている。


 どう考えても怪しい。


 乗ったら最後、無事には帰れない。


 そう思わせるには充分すぎるほど、怪しい雰囲気だった。


「乗らないから。今、ここで話して」


 少し強気に言ってみる。


 何も答えなければ逃げるつもりでいた私の目の前に、男は取り出した携帯電話をぶら下げた。


「何であんたが……」


 恭平の携帯電話を持っているの――そう聞きかけて、口をつぐむ。


 もう関係のない相手なのだから、私が気にすることではない。そう断ち切り、金色の筋が入った髪の男を睨みつけた。


「車には乗らない。ここで話して」

「んー? なぁんか、話に聞いてたのと違うなぁ」

「……どういう意味?」

「おとなしくて都合がイイ女だって聞いたんだっけどー、違ったみたい?」

「どうでもいいでしょ、そんなこと」


 やっぱり恭平は、私を都合のいい女だと思っていたのか。


 落胆しそうになったけれど、それでもいいと思ったのは自分だ。そう思い直し、すぐに振り切る。


 それよりも問題なのは、私を売った(・・・)と言っていることだ。


「恭平が私を売ったって、何?」

「そのままじゃんねぇ? ……売った。つーまーりぃー、キミは俺らに名前と顔を知られたうえに、狙われてるってこと」

「狙われてる? ……何で、私が?」

「達哉が奇襲を仕掛けたんだよねぇ、光渦(こうか)の俺らに」

「……あんた、高校生?」


 成人だと言われてもおかしくないほど大人びて見えるけれど、言われてみれば高校生かもしれないと納得はできる。


 光渦高校は、芝原高校と並ぶほど柄が悪いことで知られている。けれど、確か――


「隣街から、わざわざ来たの?」


 この街には高校が5つしかない。


 光渦高校は、隣街にあるはずだ。


「そうなのよ、俺ら頑張ってるっしょ。だから、キミを逃がすわけにはいかないってことなんだよねぇ」

「……達哉が奇襲を仕掛けたから何? 私には関係ないと思うけど」


 関連性がまったく見えない。


 私は恭平の元彼女であって、達哉とは一切関係がない。


 眉を寄せた私に、男はにっこりと笑った。


「うちの高校、都波(となみ)と繋がってんだよねぇ。残念なことに」

「……だから何」


 都波高校は、この街にある。


 そこに繋がりがあるからといって、それが何だというのか。


「まぁまぁ。都波から何回も要請されてるワケ、コッチは。……んで、芝原の達哉がやったことを水に流してやるために――妹を差し出せって言ったらぁ」

「……代わりに、私?」

「ご名答! 柏木鈴子を差し出すから、妹は勘弁してちょーって話になっちゃって、被害者はキミになったってワケ」


 上機嫌な様子で、男が指を鳴らす。


 意味が分からない。


 どうして、代わりが私なの?


「冗談でしょ。何で私が……」

「冗談じゃねぇよ。黙って聞け」


 ひゅっと喉が鳴った。


 1段低くなった声に、背中を冷たい汗が流れる。


「だーけーど、キミにチャンスをあげようかなぁって」


 すぐに、声は明るくふざけた調子へ戻った。


 舌からちらちらと覗くピアスがうっとうしくて、私は目を逸らした。


「――俺と付き合ってみなぁい? 柏木鈴子ちゃん」


 ようやく別れられたと思ったのに。


 次こそは、年上の社会人と付き合いたいと思ったのに。


 この仕打ちは、何?


「……何で私が、あんたと付き合わなくちゃいけないの」

「んんー? 知らない男に差し出されたいなら、それはそれでイイけど。ちょーっとキミに興味湧いちゃってさぁ」

「……警察を呼ぶから」

「お好きにドーゾ。俺ら、まだ何もしてないしねぇ。マンションは、確か西駅の近くだっけ」


 やっぱり知られている。


 マンションも部屋の番号も、おそらく恭平と達哉が喋ったのだろう。


 達哉は、どこまで私を苛立たせたら気が済むのか。


 それでも――


「もう、恭平とは別れたから」


 そんな身代わりにされるいわれはない。


 妹は確かに可哀想だ。けれど、もともとは達哉が仕掛けたことなのだから、達哉が報復を受けるのは自業自得だ。


 どうして、赤の他人である私がとばっちりを受けなければならないのか分からない。


「だぁ、かぁ、らぁ、問題はソコじゃないんだって。キミの顔と名前が知られて、捕まえるようにもう言われてんの」

「だから? そんなの警察に行けば――」

「その前に捕まるのがオチだっつってんだよ。いくら状況についていけてない頭でも、それくらい分かんだろ?」


 男はまた口調を変えた。先ほどまでのにやけた顔を消し、真顔で私に忠告する。


「助けてやるよ、俺が」


「……付き合うって、どこ(・・)に?」

「――トーゼン、俺と(・)だけど?」


 付き合うの意味を誤魔化してみても、あっさりと切り返され、私は俯く。


 二者択一の決断は、これからの生活を左右する。


 このまま見知らぬ男に拉致されるか、目の前の男と付き合うか。


「……付き合うって、いつまで?」

「さぁねぇ。でも俺、飽きっぽいから、そぉんなに心配しなくてもイイよ」

「――分かった」


 二者択一。


 この決断が間違っていたとしても、同じ状況になれば、私はまた同じように答えると思う。


 どう考えても、後者のほうが選びやすい。


「あんたと、付き合う」

「んじゃ、決まりぃ! ――連絡回せ!」


 私たちを囲む3人の男が、慌てて携帯電話を取り出し、それぞれどこかへ連絡を始めた。


 目の前の男は『不思議の国のアリス』に登場するチェシャ猫のように笑い、上機嫌なまま私へウインクする。


「よろしくねぇ、ハニー」

「……そうね、ダーリン」


 恭平のときのように、今さらおとなしい猫を被ることもできない。脱力感に襲われながら、私は投げやりに答えた。


「俺の名前、羽柴充(はしばみつる)だから。あだ名は、みーくんでイイよ」

「……そう」


 軽そうな見た目どおりの性格なのか。羽柴充と名乗った男は、軽々しくあだ名で呼ぶよう強制した。


 左右の耳に5つずつ並ぶピアスに、口内から覗く舌ピアス。黒いパーカーとダメージジーンズを身につけ、人差し指と中指には指輪をはめている。


 改めて見ても、その装いは羽柴の派手で危うい雰囲気を強めていた。


「んじゃあ、柏木鈴子ちゃんは、これに乗るべし」


 びし、と羽柴が指差したのは、先ほどの黒いバンだった。


 ほかの3人が忙しそうに電話で話しているのに、付き合うと言い出した当の本人だけは暇そうにしている。


「乗らない。もう帰って寝たいから」


 時刻はすでに午前3時半を過ぎていた。


 もう少しすれば、空が明るみ始める時間になる。


 あくびを噛み殺す私に、羽柴はにんまりと笑って頷いた。


「だから送っていってあっげるー。嬉しいっしょ?」

「……いや、いいです。歩いて帰ります」

「カレカノになったんだから、遠慮しなくてイイよぉ?」


 警戒心が薄れたわけではないし、歩いて帰りたいのは本当だ。近いのだから。


 西駅より少し手前にある私のマンションは、ここから歩いて20分も掛からない。


「いろいろ話しておきたいしィ、やっぱこういうのは早めがイイし?」

「何を話すの?」

「イロイロだってばぁ」

「その話し方、疲れない?」

「べっつにー。慣れてっしなぁ」


 年下に見えなくもないけれど、羽柴の顔立ちは大人びていた。


 一方の私は童顔で、学生に間違われることも少なくない。隣に並べば、身長差もあって兄妹に見られても不思議ではないくらいだ。


 中学3年生の頃から変わらない、153センチの身長。


 体重は日々増えたり減ったりするのに、背だけは一向に成長しなかった。


「とぉーにーかーく、送るだけ!」

「まだ信用できるような仲じゃないと思うんだけど」

「……カッタイなぁ。そんなんじゃモテないよぉ、柏木鈴子ちゃん」

「モテたいと思ってないからいいの」

「じゃ、歩いて送るっきゃないかぁ」


 やれやれと肩を落とした羽柴に、思わず目を見開く。


 そこまでして話したいいろいろ(・・・・)とは、そんなに大事なことなのだろうか。


「――おい。お前ら、車アッチに持って帰れ」


 また、この声だ。


 いやに低く、耳の奥へ響く声。


 おちゃらけた調子とは違う、唸るような声音に体が震える。


 羽柴に命じられた3人は揃って頷き、黒いバンへ乗り込んだ。


 くるりと私を振り返り、羽柴がにやにやと笑う。


「じゃあ、歩きながら話そっかぁ」


 羽柴は黒いパーカーのフードを被り、ポケットから取り出したサングラスを掛けて歩き出した。


 黒いバンは、私が何か言うより先に走り去ってしまった。


 今さら、送ってもらわなくていいとも言えない。私は黙って足を動かした。


「まずねぇ、光渦とうちの関係から話すかなぁ……って、もしかして聞いてたりする?」

「……何も。恭平が喧嘩してるのは見たことあるけど、詳しい話は知らないと思う」

「うん、なるほど! うちと都波は休戦して、仲良しこよしなワケ。でも、ほかはぜぇんぶ敵対中」

「……達哉が奇襲を仕掛けたっていうのは、どうなるの? 私があんたと付き合ったら、帳消しになるってこと?」


 首を傾げかけた私に、羽柴はにんまりと笑った。


「んーん、ならないねぇ。っていうか、あんたって呼ばれるのはヤダなぁ」

「あんたも柏木鈴子って呼んでるから、別にいいんじゃない」

「じゃあ鈴子って呼ぼうかなぁ。ん、やっぱ、りんちゃんにしよう。そうしよー」

「……で、どうなるの?」

「ひとまず、りんちゃんの身柄は俺のもんになったからぁ、これから狙われたりはしなーいよ」

「……それは、私だけが助かったってことになるの?」

「達哉んとこには、都波がやり返すんじゃなぁーい。俺、そこらへん知らないし?」


ありがとうございました。

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