第九話 清洲同盟、過去は水に流して未来を見据えないとね
永禄5年(1562年)
織田、徳川で同盟が締結。
いわゆる清洲同盟である。
もともと松平元康、あ、もう徳川家康か…は、幼少期の竹千代くんと名乗ってた時期に一緒に遊んでいたこともあったが、アレは基本的に織田家に人質に来ていたのであり、対等な関係ではなかった。
その後三河が今川の傘下に加わると、これまた今川の勢力下に置かれ風下に立つ立場を強いられていた。
実際桶狭間以前の尾張侵攻の時に、先陣を切って尾張に攻め込んでいたのは三河勢だったからね。
メチャメチャ強かったしなぁ。
未来でもその三河武士の強さは有名だし、本多忠勝、鳥居元忠、酒井忠次など、そうそうたる武将を抱えており、昔は弱小でクルクル風見鶏だったんだよ、と言っても信じられないようなメンツがいるわけで。
やっぱ三河勢を押さえ込んでいた今川義元の勢力、圧力ってのは大したもんだったんだと改めて痛感させられるね。
よくこんな猛将たちに『堪え難きを堪え、忍び難きを忍び』を地で行く環境で今日まで従属の屈辱を耐え続けさせていたなぁ
よっぽど忠誠に厚いのか、家康の人徳がそうさせるのか。
そこら辺に信長、秀吉に続き、家康の器っていうのが見えるような気がするな。
基本的に人を使うのが上手い人っていうのは、項羽と劉邦しかり、三国志の劉備しかり、粘り強く大成している印象があるし、家康もそういう大器晩成の典型的なタイプなんだろうなぁ。
と、話がそれてしまったけど、それが今回の桶狭間の戦いによって今川義元が討ち取られたことを切っ掛けに、念願の三河で独立を果たして見事戦国大名として乱世に名を挙げたんだけど、織田家は美濃攻めに専念したい為、徳川は今川氏真らに対抗する必要があった為、今回の同盟に至ったらしい。
そもそもさっきまで戦っていたわけだから、敵対しているも同然なんだけど、お互いの利益が合致するため、信長も家康も過去は水に流そうぜ! と互いの遺恨を忘れようと協力関係が成立したわけだ。
ちなみさらっと言ったけど、この両家の遺恨は思った以上に結構根深いらしく、数度小競り合いを起こしたものの最終的には利害を優先した形になった。
俺も信長に同盟したほうがいいんじゃね? と何度も説得したんだが、信長って義龍の時もそうなんだったんだけど、凄いカッとなる性格なんで、尾張侵攻でやられたこともそうだけど過去にも数度争っていた為、恒例の飲み会でベロベロになりながら「家康ぶっ殺す」状態に移行しつつあり、時間をかけて俺とお市でご機嫌を取りながらようやくここまでこぎつけたのである。
いやほんとマジで苦労したから!
重臣の方々からは、
「ここは信長様の信頼が厚い、平手殿が殿の説得に相応しいかと」
「それはいい! なにせお市の方まで託された、言わば身内の仲で御座るからなぁ」
「ここにいたり徳川と同盟を結ぶは良策と我らも考えておる。美濃攻めに背後を突かれ美濃どころではなくなってしまう恐れもありますからなぁ」
「確かに過去の遺恨はある。しかし、今はそれを言っている場合ではない。今織田家には風が吹いているのだ、上手くここで躍進せねばならん」
「それがしは桶狭間で見せた武勲、今度は政略方面でも平手殿のお力を拝見してみたいのう」
とか言って、ていよく説得に回される羽目になったのだ。
っていうか信長の問題は俺に回しとけばいいや、的なすごく歪んだ信頼をヒシヒシと感じて凄く微妙だ。
認められ始めてるといえば聞こえはいいけど、明らかに面倒事を押し付けようとしてるよね?
縋るような目で重臣方を見たが、だれも目をあわせてくれなかった。
ここで断ればせっかく築き始めていた信頼を失ってしまいかねないこともあり、俺は信長の説得に当たらなければならなくなったという。
まぁ結果的に言えば上記の通り、苦労しながらも同盟締結まで漕ぎ着けることは出来た。
代わりに俺とお市のストレスがマッハだったけどな!
そういえば、この同盟を締結するにあたって調印式があり、その席に俺も同席したんだけど、もう竹千代くんなんて呼べないほど家康は立派な姿になっていた。
感慨深く成長した姿を眺めていたら、ふと目が合ったんだが、その時は昔の竹千代くんを思わせるような優しくも懐かしい目をして会釈された。
慌てて俺も会釈を返すが、なんだろう結構親しげな雰囲気で接されたような。
人質時代に短いながらも信長と一緒に遊んだこともあるが、正直信長に振り回されてる竹千代くんのイメージしかないぞ。
良いイメージを持たれる記憶はないはずなんだが…主に信長のせいでな!
「お久しぶりでございますな、平手殿」
「あ、竹千代くん…って、すいません! 昔の癖でとんだ御無礼を!」
「いや、いいのです。あの頃に信長殿と一緒に平手殿と遊んだ記憶は、手前には幼少期の数少ない楽しい思い出として心に残っておりますからなぁ」
清洲同盟が締結した後の宴の最中、重臣とのやりとりをしてほどほどに手透きになった家康は、何を思ったのか真っ先に俺のところに来て挨拶をしてくれた。
かなりびっくりして幼名で呼んでしまったけど、これで「無礼な!」とか言って、同盟が破断とかになったりしないよね?
内心ビクビクしていた俺だが、家康(なんかだんだん呼び捨てしてくるのが失礼に思えてきたぞ)は親しげに会話を続ける。
「織田に今川にと人質に出され、振り回された幼少期でしたが、私にはそんな境遇にあって支えてくれる、忠誠を誓ってくれる家臣に恵まれておりましてな。全てが勉強、この苦労は後のためと必死に耐えていたのですよ」
「はぁ…」
「しかしその苦節の中でも苦しいものだけかと言うとそうでもなく、どんな時でも楽しく思える時というのはあるものでしてな。いやぁ、平手殿と信長殿と城から抜けだして城下町に出たり、野山を駆けクマを狩ったりしたのは楽しかった!」
「今思うととんでもない事をやったモノですねぇ、俺も信長も家康殿も」
いやマジで無茶苦茶だったよな。
一応人質とされている竹千代くんを連れ回して、城から出るわ、クマを狩ろうとするわ…俺がいなかったら死んでたんじゃないのかアイツは。
まあ、平手の爺さんがそこら辺信頼してくれたのかもしれないが、それにしてもどうかと思うわ。
昔を思い出して苦い顔をしている俺を見て、家康殿(もうこう呼ぼう、なんかすごく失礼に感じてきたし)は、小さく笑う。
「その無茶が楽しかったのですよ。今川に行ってそれを痛感しましたな。義元公は三河勢を戦力としてみなしてはいたものの、所詮は使い潰しの兵にすぎない。交わす言葉は上辺だけの腹の探り合い。心底尾張での生活が懐かしく感じたものです」
そういう家康殿は思い出すかのように苦味を含んだ笑みを浮かべる。
苦渋や辛酸を嘗めたものにしか許されないだろう、一人の成長した男の顔がそこにはあった。
「信長殿にはもちろん、平手殿にもこの場を借りて一言お礼を言っておきたく思いましてな。平手殿にとっては何気ない日常の一つであった思い出でも、それは違う人物にとってはまた違った素晴らしい思い出として胸に刻まれている事もあるのだということを」
そういって、家康殿は席を立ち、他の席へと移動していった。
「はぁ~…」
なんとなく疲れたため息を一つ吐く。
俺は家康殿の言葉に俺は何も返すことできずに、相槌を打つばかりであった。
人の価値観の相違って言うことかなぁ。
苦労を重ね、ようやく戦国大名として名を挙げ、念願の独立を成し遂げた家康殿。
桶狭間で義元が討たれたことが直接の原因ではあるが、そこに至るまでに様々な苦節を経ての、やっとめぐって来たチャンスを逃さずものにしたのだろう。
『鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス』
後世に残る家康の性質表した一句を思い出さずにはいられない。
「なんというか、未来の歴史では淡々と伝承されているやりとりの中で、様々な文献には載らない物語というか、伝わらないけど大事なモノっていうのはあるんだなぁ」
改めて自分が戦国時代に足を踏み入れ、今、まさにその時代を生きている事を感じさせる邂逅であった。
そうして無事に宴も終わり、清洲同盟は正式に締結され、家康殿達家臣団も三河へと帰参していった。
結果だけ見れば大成功。
俺の胃痛がマッハであったことを除けばね。
これで東側、後顧の憂いはなくなった。
これを機により本格的な美濃侵略戦が始まっていくのだろう。
休む隙がないとはこのことであるが、まぁ、チートボディだしね俺。
義龍亡き後の龍興率いる美濃は、龍興が14歳であることもあり、家臣団を上手くまとめることができていないらしい。
っていうか14歳で家臣団纏めろって言われてもね。
さらには前の戦では墨俣砦の奪取に成功する勝利を織田が収めたことで、家臣団の動揺もマッハであるらしいし。
ちょっとかわいそうではあるが、この機を逃す信長ではなく、勢いのままに美濃を併呑する腹づもりなのは確かだ。
「ふぅ…」
「なんだ久次郎、溜息とは縁起が悪い。めでたい日であるというのにのう」
なんとなしについたため息ではあったが、信長には気に入らなかったらしくお猪口片手に此方を睨んでくる。
はい、皆さんお察しの通りまたコイツ俺とお市の部屋に上がり込んで飲んでおります。
清洲同盟が締結したその日の夜にである。
コイツは酒に強いわけでもないのに、よう飲むなぁ。
結局ベロベロになるのが最終的なお約束となるのだが、それがコイツの重圧や責任を多少なりとも緩和できているというのならね。
一応は友達だし、ガス抜きに付き合うのもそうだが、純粋に俺としても悪くない時間でもあるしな。
お市にしたって、兄との時間が増えて嬉しそうにしているしね。
「しかし竹千代はいい男になっておったな。幼少は頼りない男に見えたものだが」
「それは俺も思ったなぁ。話してみてあの頃とは比較にならないような深みっていうか凄みっていうか、そういうの? 戦えば厄介になっていただろうし、この同盟は後々に響いてくるとおもうぞ」
「ああ、俺もそれは思った。戦になれば負けはしないが勝てもしないだろうよ。それぐらいの器量を身につけおったわ、竹千代め」
どこか嬉しそうにお猪口を傾け酒を上機嫌に飲む信長。
おい、お前「家康ぶっ殺す」とか言ってた時期に俺がどんなに苦労したと思ってるんだよ。
何うれしそうにその家康の成長の肴に酒飲んでやがるんだ。
ったく、コイツに関しては深く考えるだけ無駄だな。
俺とお市は、軽く目を合わせお互いに苦笑する。
なんかもう一生こんな感じでコイツのフォローに駆けまわる日々になるんだろうなぁ。
そして、やっぱり最後はベロベロになった信長の介抱に奔走する俺とお市であった。
飲むなとは言わないが、なんでコイツはベロベロになるまで飲みたがるのかねぇ。
ほどほどという言葉を覚えてほしいものである。