第八話 桶狭間の影響、徳川家康独立
どうも、こんにちは平手久秀です。
いやぁ、あの桶狭間の戦いからはや数週間、ようやく国内も落ち着いてきているようだ。
あの今川義元に侵略されるっていうくらいなんだから、武士はもちろん農民、商人にも大きな影響が出ていたわけで。
それが見事今川義元を討ち取り撃退したっていうんだから、ある意味尾張中がお祭り状態だった。
尾張の大うつけと呼ばれていた信長も、その汚名を見事に返上した形になり、尾張の人々はもちろん、周辺諸国、特に重臣たちに信長の器量見せつける形となったわけだ。
こうして信長はこの乱世に堂々と戦国大名として名乗りを上げたのである。
一応俺も桶狭間の手柄一位として汚名返上させてもらっており、やるときはやる奴だったんだなぁ、的な評価にまで持ってこれました。
基本的に武官として期待されてなかった分の反動なのかな。
結構過分に評価してもらっているみたいで恐縮の限りである。
さて、桶狭間の後の今川家だが当主は今川氏真となり、義元が討ち取られた影響か絶賛大混乱中。
負けるはずのない戦いで負けて、当主が討ち取られれば当然といえば当然なんだけどね。
噂では武田、北条で今川領土を削り取ってやろうと画策しているとも聞く。
海に面してない武田家にとって海のある駿河は喉から手が出るほど欲しいだろうし、それを許せば隣接する北条はたまったものではない。
今はまだ甲相駿三国同盟があるからいいとしても、いや、武田晴信は盟約破りの常連じゃなかったっけ?
未来知識とは言え最近はどうも曖昧だなぁ。
こっちにきて20年もいれば記憶もそりゃ薄れるってもんか。
さらには泣きっ面に蜂と言わんばかりに松平元康率いる三河勢が離反し、今川勢力をさらに大きく衰退させたようだ。
これで竹千代くんは人質生活やら従属からの苦節に耐え忍び、遂に念願の独立に成功した形になる。
これを期に徳川家康と改名したらしい。
俺的には徳川家康っていう名前の響きはなんか腹黒いイメージで印象がよろしくないんだけど、名前で人が変わる訳じゃないしね。
織田は三河勢に尾張侵略でボコボコにされているし、結構仲が悪く敵対しているものの、その内同盟も結ぶだろうし、今度あったときはおめでとうと素直に祝福しよう。
どんなふうに成長しているのか不安半分、期待半分といったところだなぁ。
永禄4年(1561年)
斎藤義龍が急死
かねてから恨み骨髄だった義龍が急死との報告が届く。
桶狭間の戦いから後も度々美濃に侵攻していたのだが、義龍軍との攻防は一進一退。
どちらかと言えば、此方側が劣勢に立たされている戦況であった。
竹中半兵衛こと竹中重治、美濃三人衆である稲葉良通、安藤守就、氏家直元が美濃侵攻に立ちふさがっていたためだ。
それを纏める義龍はやっぱ無能ってわけじゃなかったんだなぁ。
特に竹中半兵衛なんて後の歴史ゲームでチートキャラ扱いだし…まぁ俺も人のこと言えないけど。
そんな状況で迎えている美濃侵略戦での義龍の急死。
まさに信長のストレスとイライラがマッハ状態であった中の急報であった。
その急報を知った信長は、一瞬呆然としたものの、喜ぶでもなく怒るでもなくただ一言、
「是非に及ばず」
と、静かに一言口にすると部屋に引きこもってしまった。
その時の信長の様子は信秀様が夭折した時のような冷たい能面をかぶったような表情をしており、その心境は推し量れなかった。
ただ、道三を殺された恨みもあるが、美濃攻防戦における一進一退の小競り合いを通じて、何か理屈ではないライバル関係みたいなモノを感じていたんじゃないかと俺は感じていた。
自分の手で義龍との決着を付け、美濃を勝ち取りたかったんだろうなぁ。
例えるなら武田信玄と上杉謙信の関係みたいな。
いや、考え過ぎか。
こういう時なんて声をかけていいかわからないけど、側にいて一緒に酒でも飲んでやるのが一番なんだろうな。
旨い酒でも持参して、今夜はお市には遠慮してもらい、男二人で飲み明かすとでもするかね。
同年永禄4年(1561年)
斎藤義龍が死んだことで斎藤龍興が家督を相続
当然斎藤家は混乱状態であり、その隙を見逃す信長ではなかった。
すぐさま軍勢を整え美濃に侵攻。
未だ混乱から冷めない斎藤家、新たに当主となった斎藤龍興はこの侵攻を食い止めることができすに、織田軍が勝利し墨俣砦を奪取する。
龍興は確か未来じゃあんまり評判のいい人物じゃなかったって記憶しているが、こうやって実際歴史の渦中に身を投じて鑑みてみると、そうそう責められたものでもないような気がする。
義龍の急死は想定外もいいところだし、その前にはマムシこと斎藤道三との内乱も起こしている。
こうもポンポンと当主が変われば家臣たちにも動揺が走るのも無理は無いし、それをどうにかして納めろというには時間があまりにも足りない。
もう才覚がどうのっていう状況ではない気もするしな。
その上、織田家は今川義元を桶狭間で討ってイケイケ状態なわけで、ここに来て完全に風向きが織田に味方をしている形だ。
やっぱり風評って大事だよな。
風評といえば俺も『土付かずの旗大将』って呼ばれていた二つ名が、桶狭間の武功から『土煙の槍大将』、『血塗れ一番槍』なんて二つ名で呼ばれるようになってしまった。
後半はなんかエライ物騒なのでやめて欲しいと願ったおかげで、前半で定着しつつあるみたいだけど。
ってうか、俺基本的に武官じゃないんだけどなぁ。
藤吉郎のフォローのおかげか、兵たちからは結構尊敬の目で見られる様になったし、重臣からもそこそこ認めてもらえるようになったのは嬉しいけどさ。
どうにもこそばゆいというか、分不相応な気がしてかゆいというか、
そうやって俺が悶えていると、一人の男の姿が目に入ってきた。
噂をすれば影、件の木下藤吉郎である。
「おんや、平手様でねぇか。おひさしぶりでさぁ!」
そう言って爽やかなサル顔で挨拶をしてくる藤吉郎。
「よう、ひさしぶりだなぁ藤吉郎。そういえば足軽大将にまで出世したんだって?」
俺もその挨拶に対して軽く手を振り返す。
桶狭間で武功をあげた藤吉郎は、平の足軽だったこともあり、異例の出世となる足軽大将にまで上り詰めていた。
普通足軽大将には熟練のベテランをあてるのだが、秀吉の能力でそれを補えると判断されたのか、大抜擢であった。
「いやぁ、それもこれも平手様のおかげでさぁ! 平手様の影に隠れて少しばかり活躍の場をいただいただけで…」
そう言って謙遜するが、挙げた功績はその言葉に反するような大活躍だったと個人的には感じている。
あの時、藤吉郎が俺に続かなければ無駄な時間のロスを招き、いくら俺が無双をしたところで義元に届かなかったかもしれない。
よしんば届いたところで、今度は俺のチートボディが疑問の焦点となる。
どう言い繕ったところで、こんな力人間業じゃないしなぁ。
藤吉郎がフォローしてくれなければどうなっていたことか。
今後はホント、気をつけなければいけないね。
「あ、そうだ! 平手様にあったら是非ともお願いがあったんでした」
「お願い?」
「へえ。ワシもわずかながら武功を上げ足軽大将まで取り立てていただきやしたんで、ここらで一つ、改名しようとおもってるんでさぁ」
「おお、改名かぁ。いいんじゃないか? 木下藤吉郎だと少し迫力にかけるかもしれないしなぁ」
そんな俺の言葉に、頬を書きながら苦笑する。
「色々考えたんですが、ワシは農民の出ですからのう、学がなくて気の利いた名前っていうのが思い浮かばんのですわ。そこで失礼とは思いながらもワシの先を行くお方の、それもワシと同じ農民の出から出世された平手様の名前をお譲りしていただき、弾みとさせていただきたく思っておるのですよ!」
「俺の名前をかぁ? っていうかよく俺が農民の出って……ああ、前に話したことがあったっけ?」
「ワシは記憶力と要領だけはいいんでさぁ」
そう言ってサル顔で笑う藤吉郎。
結構失礼なことを言われた気もするが、それも俺なら問題ないと踏んでの言動だろう。
要領がいいというか、人の機微に敏いというか、憎めない性格をしているんだよなぁ。
人としての器かぁ。
信長とは少し違うタイプだが、大きさで言えば遜色ないように思えてくる。
なんかいつの日か俺が藤吉郎に仕えていても不思議じゃないかもね。
「俺の字を譲るのはいいけど、どんな名前にするか考えているのか?」
俺のその言葉に、藤吉郎は一つ頷くと語りはじめた。
「へえ、久秀様の『秀』の字を頂いて、これからもうまくいくようにゲンを担ぎ『吉』。『秀吉』って名乗ろうと思っております。……まだ性は考えてないんですがね」
そう言って頬をかき笑う。
「……偶然だよなぁ?」
俺は藤吉郎改め秀吉の言葉に少なからず動揺を覚えていた。
桶狭間でイレギュラーがあったと思えば、変なところで歴史が収束していく。
なんとも不可思議な感じである。
それにしても秀吉かぁ。
こんな風に誕生するなんて思いもよらなかったぞ、正直。
ま、細かいことを考えるのは性に合わないし、気にしない様にしよう……桶狭間で痛い目を見たけど。
今は美濃攻めのことを考えて、せっかく武功を名誉返上、汚名挽回にならないように、しっかりと頑張らなきゃな。
一応俺、一児の親なわけだし、養う家族がいるもんなぁ。