第六十八話 越前統治中、越前は良いところです
少し短いです。
今日も今日とて内政内政内政…。
戦国時代にタイムスリップ(?)してきたのに、やっていることはサラリーマンだった頃と全く変わっていないというのはどうなんだろう。
まあ、あの頃と違い、俺の立場が経営者のようなモノだから、サボればサボるだけ領民に迷惑をかけてしまうため、流石に俺の必殺技である迫真の演技による仮病は使えない。
人の命が驚くほど軽いこの御時世。
悪いことをすれば捕まえてくれる警察なんて存在しないのである。
むしろ領地を治めることになった平手家こそがその警察の役目をしなくてはならないのだ。
「そういえば…」
近くで俺と同じように書類に埋もれていた秀長が、今気がついたと言ったように書類に落としていた顔を上げる。
「ん? どうした?」
「北ノ庄に城を築くということは、少なくとも年単位はこの越前に腰を据えると言うことになります。元々平手家は領地を持たない家だったため私たちの家族は信長殿の居城や名古屋城などで暮らしておりましたが、これを機に此方へと呼んでみてはいかがでしょうか?」
「あ、そうか……領地があるなら普通は家族を呼ぶもんだよな」
秀長の言葉にそういえばと頷く。
少なくとも他の領地持ちの家臣は皆そうしていた。
だが、
「んー…とはいっても上杉武田が次の仮想敵だったから俺がその最前線としてここに来たわけで、和議を結ぶ可能性がある現状また飛ばされる可能性が……」
「さ、さすがに信長様でも……うーん……」
アイツならやりかねないな、という思いが両者で一致した。
案外引っ越しというのは時間とお金と労力がかかるものである。
それが家臣達全員分だとしたらなおさらだろう。
もしここに呼んですぐまた違う領地へ配置換えなんてことは、越前で戦が起きなくなってしまえば、あり得ると言うよりは、ない方がおかしいくらいである。
なぜなら平手家は織田の武の切っ先である武の一文字であり、誰よりも敵に対して最前線にあらねばならないためだ。
とはいえ、
「いやさ、これまで連戦続きだったじゃない。いくら信長でもさ、これは働かせすぎだと気を利かせる可能性だってあるじゃない? 越前、若狭なんて温泉の有名どころだし、海の幸も取れて最高の骨休めになると思わないか?」
越前と言えば越前ガニ。
ズワイガニの中のズワイガニと言われる、蟹の王様である。
それを若狭の温泉につかりながら、奥越前の上質な米と酒と共に堪能する。
考えるほどに涎が止まらなくなる、味覚のレパートリーだ。
ちなみに奥越前というのは、越前国の東に位置する四方を山々に囲まれた盆地で、豪雪地帯である。
しかしそんな自然の厳しい環境の中で育つ米は、上質な雪解け水によって旨みを凝縮させていくのだという。
そしてその良質な米から造る酒は言うまでもなく、雪解け水も酒造りには必須であり、米と水の両方で極上となればできあがる酒はいかほどのモノか。
不幸中の幸いなのか、その厳しい自然こそが戦を避けさせた要因でも有り、今年の収穫に大きな影響を与えなかったのである。
俺も元農民だから分かるが、一生懸命育てた稲が、ただの一戦でグチャグチャに荒らされるのはかなりキツイ出来事だ。
この戦を起こしたヤツをマジでぶっ殺してやろうかと思ったくらいだからな。
……まあ、その相手は信秀様だったんだけど。
「まあ、上杉武田からの和睦の申し入れは織田にとってまさに青天の霹靂でありましたからな。大殿が久秀殿を休ませるかはともかく、少なくとも徳川、北条と上杉武田の戦が収まるまでは平手家は越前に据え置きかと。和睦が結ばれた後は流石に分かりませんが」
「うーん……戦が長引いて欲しいってのはちょっと罰当たりだよな」
戦っているのは同盟軍であり、その相手ももしかすれば同盟当てになるかも知れない相手だ。
できる限り被害を抑えて欲しいとも思うが、お互いの遺恨もあるため早期解決は難しいかも知れない。
家康殿はあれで頭に血が上りやすい人だからなぁ。
後の歴史を知る俺としてはもっと狡猾で腹黒い狸ジジかと思っていたが、案外若い頃はやんちゃしていたという不良の武勇伝みたいな人なのかもしれん。
「その戦が終わったとしても織田家はまだまだ敵が多いからなぁ。次から次へとよくもまあ敵を作れるもんだと関心すらしてしまうぜ、ったく」
「ははは、そういう信長殿だからこそ、この日の本に覇を唱えるのでしょう。かの大陸の覇者達も敵が多く、それを下して天下を手に入れているわけですからな」
「始皇帝や曹操か……気質が似ているのは曹操かな」
同じ独裁者で能力もある天才だが、なにより言葉は悪いが大量虐殺者ってところがそっくりだ。
今俺の知っている信長はそうでもないが、アイツはやるべきだと思ったら躊躇はしない。
これから起こるかも知れない比叡山焼き討ちも、止められるかどうか。
それに止めて良いモノかどうかもわからないしな。
あれはあれで宗教勢力の武装解除、および過剰な経済力の剥奪を考えれば意味のなかったことだとは言えないわけだし。
やり方は強引だが、宗教の腐敗の是正なんて話し合いで解決するような問題ではない。
人道的には正しくなくても、世の中にとっては正しかった事なんて枚挙に暇がないもんだ。
個人的には人死には少なくあってほしいものだが。
「それでどういたしますか?」
「は?」
「いえ、家臣の妻子を越前に呼ぶかどうかという事ですが……」
「あ……」
そういえばそんな話だったような。
脱線しすぎて大量虐殺の是非がどうのという思考になってしまっていた。
我ながら突飛のない脳みそ、思考回路である。
「そうだな。これが戦の真っ最中だったら問題だけど、今は戦は起こる気配はないわけだし。一応信長に許可を貰ってみるか。もし配置換えになっても……意綾それは考えたくないからやめておこう」
北ノ庄に城を建てる建築費を考えると流石に笑えない。
後に必要な経費だと分かってはいるが大半は平手家が負担しているわけだからな。
流石の信長もそんな鬼のような仕打ちをしないだろう。
しないで欲しいと願う俺だった。




