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第六十二話 越前交渉 その肆


「伴天連……」


 その単語に俺は少し苦いものを覚える。

 というのも信長が贔屓にしている人物にルイス・フロイスがいる。

 そのルイス・フロイスこそが伴天連であり、後のカトリック教、キリシタンと呼ばれる宗教の宣教師である。

 実際俺は顔を合わせたことはないが、このルイス・フロイスは今の織田家にとって非常に重要な位置にいる人物であった。

 ルイス・フロイスは史実でも有名な人物であり、何をした人物かというと、布教をしたり、日本の歴史を綴った書物を自国に持ち帰り、当時の歴史を後の世に残した功績で、教科書にも載る歴史上の重要人物だ。

 しかしルイス・フロイスが成したことはそれだけではない。

 そしてそれは織田家と密接な関係がある。

 それは鉄砲だ。

 信長はルイス・フロイスを通じて南蛮とのコネクションを築き、武器弾薬を仕入れている。

 要はお得意様といった間柄である。

 

「最近この伴天連は急速に布教されつつあり、とある西の国の大名などは当主が伴天連に改宗し、臣下にも改宗を強要しているほどです。ただその教えを伝えるだけなら問題はないのですが、その実際は違います。彼らはこの国を宗教によって植民地にしようとしているのです」


「……!」


「南蛮というのは、宗教は国にとって大きな比率を占めています。その教えを持って無知なる者を導こうとする傾向があり、時には武力を持って相手を従わせ、その教えを強要し、その地域を侵攻し占領下に置くのです。事実、彼らによって国を奪われた人々が多く存在し、その扱いは奴隷のようであるそうです。彼らにとってもはや宗教は戦争の火種となっており、教えを信じる国同士ですら相争う事すらあると言います」


 皆は景虎の言葉に今ひとつピンと来ていないみたいだが、未来の知識を持つ俺にはその危険性が良く理解できてしまった。

 景虎が言っていることは世界でも有名な出来事であり、あの時代生きる人は誰もが一度は耳にしたことがあるはずだ。

 宗教戦争である。

 主にヨーロッパで起こった宗教を原因とした戦争であり、時には宗教だけではなくお互いの利益が複雑に絡まった結果、何十年も続く泥沼の深刻な争いにまで発展してしまったのだ。

 幸い日本にはその影響は及ばなかったらしいが、一歩間違えればその勢力下に置かれていただろう。

 その危険性を景虎は説いているのである。


「ふむ、確かに京でも熱心に布教を勧める宣教師はおりましたな」


「ええ、私の知人にも伴天連の教えに耳を傾け、その教えに傾倒している人物もいました」


 景虎の言葉に京出身である弾正と藤孝がそんなことを口にする。

 だが、そこまで危険視しているような雰囲気ではなかった。

 それを察した景虎が、


「彼らはまず教えに熱心な、それでいて性格も温厚篤実な者を選別してそれぞれの国に送ります。選別された彼らは自分の教えが人々を救う事を信じて疑わず、善意によって教えを説くのです。伴天連の教え自体は否定すべきモノではなく、むしろ素晴らしいとさえ言えます。しかしそれを巧みに歪曲し、利用しようとする者がいることが問題なのです」


「……確かに効率的な手段ではありますな。現にこの国でも一向宗などは、一部の僧がその利益をむさぼり、贅の限りを尽くしておるそうですからな」


「対岸の火事、というわけではないと言うことですね」


 弾正や藤孝の言うとおり、比叡山の僧なんて女性の立ち入りを禁止しているはずなのに、当然のように女性が存在し、毎晩のように酒を飲むわで乱痴気騒ぎをしているという。

 秀吉なんかは羨ましい教えですな、なんて言っていたが、流石に問題視しているようだった。

 熱心に信じる者もいれば、その教えを利用する者もいる。

 日本だって、藤孝の言葉ではないが、対岸の火事とはいかないのだ。


「話は分かったが、それが織田との和議にどう関係するんだ? 危険性は分かったが、今俺たちがどうこうできるような問題ではないと思うが」


 布教を禁止することはできるが、そのデメリットは大きい。

 現に教えを信じ、信仰している人がいるのだ。

 それを奪うというのは相当の反感を得ることは必死で、潜在的な敵を多数作ることになってしまいかねない。


「それがそうもいかないのです。伴天連の教えは急速に広がりつつありますが、西方とは違いそれほど影響されていない……しかしそれはもう昔。既にその手は我々の近くも及んでおります。そしてその勢力は伴天連の力を利用し急速に拡大しつつあり、早急に手を打たねば手遅れになってしまいかねません」


「……どういうことだ? そんな噂は聞いたことがないが……」


「無理もないでしょう。その勢力は今まで雌伏の日々を過ごしており、その牙をむいたのはつい最近。上杉が誇る忍びの軒猿が何人もの犠牲を払い手に入れた情報です。その国は徹底した情報の隠匿をしており、そしてまださほど時が経っていないため、その危険性を知っているのは我が国ぐらいでしょう」


「軒猿か……」


 聞いたことがある名前だ。

 上杉家の忍びで、その腕は間諜として比類ない程だという。

 徳川には服部半蔵、北条には風魔小太郎、武田には望月千代女がいるように、軒猿にも有名な人物がいる。

 飛び加藤こと加藤段蔵だ。

 あまりに有能で上杉謙信にも武田信玄にも恐れられたと言う逸話を持つ忍びである。

 今もまだ上杉謙信に仕えているかは分からないが、もし仕えているとしたらその情報を得るのは可能なのかもしれない。


「その忍びの報告では、既に織田家に匹敵するほどの鉄砲を所有し、南蛮でも最新式と思われる船も数船所有していると言います。現に北へとその勢力は領土を広げ、次々と侵略しているそうです。いずれ北を平らげた後、我ら上杉武田だけでなく北条、徳川にもその手を広げる事は火を見るより明らかでしょう」


「馬鹿な!? 織田家に匹敵するほどの鉄砲を所有するなどありえない! 信長殿が経済に力を入れ、流通によって資源を確保しているからこそ今の数の鉄砲を所有しているのです。そんなことが出来る他家が存在するとは思えない……!」


 内政をよく知る半兵衛だからこその驚きだろう。

 信長はその革新性と先進性を持っているからこそそれを実現したのだ。

 そんな信長と同じような器を持ち、その人物が未だに世に知られず、人知れず力を蓄えていたとは考えづらい。

 だが景虎はその言葉を受け、首を振る。

 

「その人物は信長殿とは違い鉄砲を買い付けたわけではないのです。彼は勢力下に置いた領地を南蛮に売り、その対価として技術と物資を得ているのです。このまま彼が勢力を広げ続ければいずれこの国は南蛮によって支配され、奴隷のような扱いを受けることになるでしょう」


「国を売る!? そんなことが……」


 確かにその方法なら可能かもしれない。

 だからといってそんな苛烈な方法をとる決断力や非情さを持ち合わせているとなると、景虎がこのように危険性を感じるのも無理はないのかもしれない。

 義に厚い上杉謙信としては決して看過できない出来事だろう。

 そしてついに景虎はその人物の名前を口にした。


「その人物の名は伊達政宗。20にも満たないその歳で家督を継ぎ、あらゆる手段を用いて伊達家を一大勢力にのし上げた男です」


「………なっ!?」


 その人物の名前は、俺にとって尋常ならざる衝撃を与えることになる。

 なぜなら伊達政宗とは戦国時代でも有数の有名人であり、その生まれが10年早かったら天下を取っていたと言われる程の器を持つ武将と言われているためだ。

 まだこの時期に頭角を現すほどの歳ではなかったはずなのである。

 長尾景虎と名乗る上杉謙信の娘。

 史実より早く世に現れた伊達政宗。

 俺の知っている史実との差異が確実に大きくなっており、何か大きなモノに飲み込まれているような錯覚を俺は覚えるのだった。




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