第五十九話 越前交渉 その壱
大変遅くなって申し訳ありません。
2017/05/25に平手久秀の戦国日記二巻が無事発売されました。
今回もありがたいことに信長の野望201x様とのコラボ第二弾を実施していただけると言うことで、ありがたいことであります。
今回は加筆修正が10000字くらいでしょうか?
表現やエピソードも多少追加していますので、よろしければ手にとって頂き、購入していただければ幸いです。
ちなみにツイッターも始めて見ました。
スコッティの名前でつぶやいてますのでよろしければフォローしてやってください。
それから数週間。
一向一揆の勢いはなおも強く、越前各地から農民の蜂起が多発していた。
せっかく領地を信長から貰ったのだから、健全にかつ穏便に治めていきたいと俺は考えているのだが、どうにも一向宗というのは、まるで命を捨てるかのように死兵となって何度でも立ち上がってくる。
生きた屍という表現が誇張ではないくらいの有様で、此方がどんなに言葉をかけても聞く耳を持たない。
此方もそれならと譲歩として税収の一定期間の減額等を公約し話し合いを求めたことにより、国人衆の大半はその案で満足し織田家――ひいては平手家の統治を認める意向を示してはいた。
だが、いくら公約を掲げようと、一向一揆は収まることはなかったのだ。
その理由としては、まずこの宗教を礎にして一向一揆が扇動によって起こされていること。
宗教に常識や損得は通用しない。
教えによって死をも恐れない兵とすることが可能なのだ。
だが俺たちもただ手をこまねいていたわけではなく、間者や草を放ち情報を集めて平手家の越前統治における貴重な指標として活用していた。
その結果分かったことは、どうやら弾正が危惧したとおり、裏には本願寺が存在し、そのさらに奥には上杉武田の姿が見え隠れしていたのだという。
表向きには下間頼照という大阪の石山本願寺から派遣された坊主が一向一揆の指揮を執り、七里頼周、杉浦玄任と煽動者が越前各地で多発の一向一揆を起こしているそうだが、どうやらそれを指示しているのは上杉武田であるらしい。
武田と本願寺は間違いなく協力関係があることがここに確認されたのである。
弾正の言葉はどうやら正鵠を射ていたようだ。
流石は謀略をさせれば一級品の弾正。
味方にすれば頼もしい限りだ。
敵に回したらとんでもない人物なのは史実が語っているとおりなのだが。
そんな弾正は言う。
これは俺を狙った企てである可能性が高い、と。
現在旧武田領は領地を北条、徳川に削り取られぬように防衛戦の真っ只中である。
その攻防は苛烈を極めている。
なぜそこまで徳川、北条の両家が攻勢をかけれるかと言えば、背後に織田家がいるのが大きい。
織田家の京を抑え莫大な貨幣と物流を背景とした動員数と兵站が後ろ盾となっており、徳川、北条は兵站の心配を考える必要がないからだ。
逆を言えば織田家という後ろ盾さえなければ苛烈な攻勢は続けることはできない。
兵数もそうだが武田信玄を失っても、その後継者たる武田勝頼と戦国最強と言われる騎馬隊は未だ健在なのだ。
いくら主君の死に混乱しているとは言えまだまだ底力のある兵に対し、アドバンテージを持つのが種子島である。
信長は徳川と北条に多数の種子島と弾薬を提供している。
無論それなりの見返りは貰っているが、いずれ敵になるかもしれない他国に種子島を流すのは得策ではないが、上杉武田という連盟が組まれた今、この好機を逃す信長ではない。
そしてその武田の危機に座して待つ上杉謙信でもないはずだ。
南からのこの攻勢を苦々しく感じていることだろう。
手助けをせずにはいられないはずだ。
つまり俺が今いる越前と隣接する加賀から圧力をかけ、和議を結べれば良し。
できなければ武田が防戦によって持ちこたえている間、一向一揆により兵力を分散せざるを得ない越前に上杉武田の大半の戦力を割き、一条谷城に一気呵成で攻め込み、武の一文字の偉功をへし折ると同時にあわよくば俺を捕らえ交渉材料にするつもりなのだ。
援軍を呼ぶにも織田家にしても武田戦の傷が癒えぬ中、信長包囲網すらある。
すでに多少面作戦を行っているため、兵力の一点への集中は愚策で有る。
よって大規模な造園は期待できないと思っていい。
そんな中、万が一俺が敗北すれば積み重ねた武の一文字の風評は地に堕ちる。
だからといって平手家の越前からの撤退も同じ意味を持ち、これもまた天下布武の切っ先として尚武の気風を持つ平手家からすれば越前からは身動きはできない。
すでに一乗谷城の程近くには砦には多数の上杉武田兵が詰めかけており、築城にまで着手しているという。
――和議か徹底抗戦か。
和議を結べば一向一揆は収まり、上杉武田からの侵攻を受けることはなくなる。
だが徳川、北条の支援が難しくなり、兵站を著しく制限されるだけでなく、織田の脅威がなくなった上杉武田は徳川、北条へと兵力を集中させるだろう。
いくら地力のある徳川、北条でも生涯野戦にて無敗を誇る上杉謙信と若くても甲斐の虎の後継たる勝頼は、非常に合戦に強い武将だ。
山県昌景、馬場信春、秋山信友等の重臣は失ったものの、まだまだ武田の余力は侮れない。
武田の将兵の優秀さは諸侯に轟いており、史実から見てもそれは間違いのない事実であった。
信玄を失った混乱が治まってしまえば、領地を切り取る事は難しいだろう。
むしろ逆侵攻を受ける可能性すら否定できない。
そうなってしまえば織田、徳川、北条の三国同盟に皹が入る。
それは今後の情勢を考えれば避けたいところである。
逆に徹底抗戦という方針をとれば、勝率は限りなく低いものとなるだろう。
撤退は許されない、大規模な援軍も期待できない中で籠城をしたところでいつまで持つのか。
そもそも籠城というのは援軍があって成立する戦術で有り、援軍のない籠城は著しく兵の士気を下げ勝率は激減する。
そんな状況で上杉謙信を相手にできると考えるのは楽観的すぎるだろう。
回し撃ちも考えはしたが、弾薬の補給を考えると長期戦には向かない。
そして考えたくはないが一番の懸念は『真田幸隆』である。
釣り野伏を一度で見破り、逆に反撃に転ずる策を立て平手家を窮地に追い込んだあの知略。
半兵衛すら恐れるあの老人がもし参戦すれば、さらに戦局は悪化する。
持ちこたえるのは困難を極めるだろう。
どう考えても八方ふさがりであった。
答えの出ぬまま時間だけが過ぎていく。
このまま上杉武田との交戦に突入するかと思われたが、ある一通の手紙によって状況は一変する。
それは上杉武田からの再度の和議交渉の申し出であった。
「………どう思う?」
使者の持ってきた手紙を一瞥すると、俺は使者を丁重にもてなすように伝え、緊急の評定を開き、皆の意見を聞くことにした。
「一度は信長殿が突っぱねている和議を再度申し込むと言うことは、それなりの譲歩を持って申し出てきているのかもしれません。まずは相手の言い分を聞いてみるべきでしょう」
半兵衛が難しい顔をしながらもそう進言する。
「ちなみに使者は誰が訪れたのですかな?」
「以前と同じ長尾景虎殿とその側近の小島貞興殿です」
弾正の問いかけに答えたのは秀長。
その言葉に、一同は苦い顔をする。
前回交渉にきた人物と言えば、自国の反乱を治めた実績を持ち、その器量に国内の有力武将を心酔させたという傑物。
決して油断できる相手ではなく、そして相手の本気の度合いが窺える人選である。
上杉の次世代において中核を担う将来を嘱望される若者を送るというのは、そういう示威行為でもあるのだ。
軽い頭痛を感じながら、俺はため息を吐くと、
「とりあえず会うしかない、か。もう既にこの城へと滞在されているんだからな、待たせるわけにも行かないだろう。すまないが半兵衛、藤孝、それに弾正も同席して都度意見をもらえるか?」
「分かりました」
「御意」
「ふむ、先方がどのようにでるかいささか興味がありますでな。いいでしょう」
一人だけなんか違う意気込みを持っているようだが、ここぞの弾正は誰よりも頼りになる人物である。
少しだけ頼もしさを感じながら、俺たちは上杉武田の使者が待つ部屋へと向かうのだった。




