第五十七話 越前統治、念願の領地を手に入れたぞ!(暫定処理
結局上杉武田からの和議は、信長の反対によって否決される事になった。
俺はこの決定に非を唱えるどころか全面的に賛成の立場だ。
織田家だけで捉えれば決して悪い話ではなかったのだが、状況がそれを許さなかったためだ。
今現在上杉は武田と同盟どころか連合を組んでいる状態である。
そして掛川城の戦いで連合相手の前当主である武田信玄を討ち取り、巨大であった武田領の切り取りをしている最中なのだ。
この連合が信玄の生前に進められていた話なのかは、もはや俺たちには知る術はないが、たとえそうであっても侵略戦を仕掛けたのは武田の方であり、戦に敗れたのも武田だ。
そして織田には織田、徳川、北条の三国同盟をその時に結び、北条が兵站を停止し、決戦時に兵を挙げるという条件と引き替えに、此方は北条に武田の武将勧誘の優先権を譲った経緯がある。
北条は大国ではあるが、小田原城という天然自然の要塞唐生まれる防御能力と生産力が飛び抜けてはいるものの、そのため攻勢にでた場合の攻撃力に難を持つ大名家で、歴戦の勇士が集う武田の家臣はのどから手が出るほどほしいのである。
織田が勢力を広げる一方で、もはや一、二国での国力では乱世で生き抜く事は不可能だ。
必ず領地を広げ、国力を充実させる必要性が出てくる。
その時を座して待つのか、万全の体制を整えるのかの判断を間違える北条氏康ではなく、同盟へと踏切り、そして利を得たと言うことだろう。
対して徳川は三河武士という強力無比な兵を率いており、その家臣も精強な人物揃いだ。
北条に足りないのが人であれば、徳川に足りないのは国力であり、この武田戦での勝利は両家を飛躍させるチャンスでもあるわけだ。
さて、ここで織田が上杉と結べばどうなるか。
和議の内容は不戦条約である。
良くも悪くも武田戦で主力になったのは織田の鉄砲部隊だ。
1500弱も用意できたのは、信長が京を、しいては金の流れを押さえているためである。
楽市楽座を設けたり、貨幣の価値を一定にしたりと様々なことをやってまさに財テク男で、当時汚い銭はその価値が下がることがあり、100円が80円にされてしまうことも多々あった。
信長はそれを禁止して換えの価値は一定だと定めたのだ。
そうして金の価値を安定させた後貿易都市である草津等をみかじめ料として金を徴収して、それを資本に鉄砲を生産していたのである。
つまりここまで大規模に鉄砲を生産できるのは信長ただ一人な訳で、同盟国である北条、徳川にもとんでもない値段で売っているんだから苦笑いと言ったところだ。
生産コストは年々下がっているため時を稼げば稼ぐほどに信長は有利になっていく。
よくもまあこんな戦略を立てて、大胆に実行したよなと思う。
やはりコイツは何かが違うんだろうな。
と、話がそれてしまったが、ここで織田が手を引けば兵力は勿論、鉄砲も供給が停止される。
今の武田領地の切り取りに織田は兵を割いてはいないが、兵站は負担をしている。
とらえ方によってはこれもアウトになるわけだ。
三国同盟締結の事を考えると、これは如何にもまずいだろう。
ある意味裏切りにも通じる行為だ。
っていうより裏切り以外の何物でもないんだよな。
同盟相手の手を取っちゃうわけだからな。
つまりのところ選択肢というのはないに等しく、信長の対応も常識的なモノだろう。
アイツに対して常識とかあまり使いたくない言葉ではあるんだがなぁ。
元亀2年(1573年) 9月
上杉武田からの使者、長尾景虎の和議交渉を断る旨を手紙に添え
て送ったその約2月後であった。
織田軍は思わぬ敵と対峙することになる。
「久秀様! 大変でございます!」
「次はなんだぁ!? 勘弁してくれよ! 見えるだろこの書類の山! こんなの漫画やアニメの世界だけだと思ってたわ!」
「あ、アニ…?」
部下の言葉に泣きそうになりながら声を上げる俺。
半兵衛、氏郷は旧朝倉軍将兵との折衝や徴兵、秀長は既存の地図に齟齬がないか、地理の検査。
継潤は農村や石高の調査、藤孝は旧朝倉家臣や地方の国人衆への折衝と平手家の内政担当はフル回転状態。
朝倉領を統治し始めてもう2ヶ月も経つんだけど、なにこれ、やだこれ。
相変わらず俺の執務室の机には書類がこれでもかと積まれているのだ。
未だ戦後処理に頭を悩ませる毎日だ。
戦争は始めるより終わらせる方が難しいとはよく言われる物の、ここまでとは思わなかった。
いままで戦地に飛ばされてばかりいたので、こういった苦労は初めてだ。
それというのも領地のない筆頭家老というキャッチフレーズの平手家だったが、このたび暫定的に越前、若狭の二国をまかされることになったためだ。
どうやら上杉武田が今後の最前線になると考えている信長は、居城を近江へと移そうと考えているらしく、上杉武田の領地接触は困るようだ。
そんな中、平手家がちょうどよく配置されていたための代理処置らしい。
領地経営なんてやったこともないわけで、さすがの頭脳担当達も頭を悩ませるところらしい。
とまあ、そんなわけで俺は今非常にお疲れモードなのである。
「あの、久秀様…?」
俺が落ち着いてきたのが分かったのか、気に触らないように気をつけながら話しかけてくる。
「あ、ああ。すまない。で、なんだっけ?」
「あの…反乱です」
「は?」
思わぬ単語に聞き返す。
「反乱………? 信長は無事かッ!?」
頭によぎるのは本能寺の変。
時期的にはまだまだなはずなんだが、これだけ歴史とズレてしまえば歴史通りなんていうは分からない。
そんなことを頭に浮かべながら兵の話の続きを聞く。
「いえ、この越前領です」
「越前? っていうこと朝倉旧臣か?」
越前侵攻はほぼ最短で一条谷城の朝倉義景を討って終わらせた戦だ。
地方豪族や国人衆への折衝は未だ藤孝や半兵衛、秀長達に任せている。
対処が遅れたって言うことか。
俺が頭を悩ませていると、
「それが、物見の報告から旗印は上がっておらず、そして正規兵でもないともことです」
「正規兵じゃない……?」
「おそらくは農民の蜂起かと思われます」
「………一揆ってことか」
最悪の予想を外れてため息を吐く俺。
上杉武田が隣接している今、隙を見せるわけにはいかないからだ。
農民の蜂起だったら国政に対しての不満なんだろう。
それなら今も取り組んでいるため、問題が前後するだけなので外交センスと内政バランスの良い藤孝先生に解決してもらうしかないな。
と、そこまで考えて、あれ、今一乗谷城にいるのは脳筋だけだったかもしれない。
無理矢理でも動かせるのは軍を纏めている半兵衛、氏郷くらいか。
戦が終わって2ヶ月。
兵の休養も終わって弾薬の補給、兵站も農民の一揆を抑えるくらいの軍は動かせるだろう。
「わかった、とりあえず今起こっている農民の蜂起を抑えるための分を派兵する。半兵衛、氏郷……まあ、後はそうだな、才蔵か宗厳あたりにも声をかけてくれ」
「わかりました!」
急ぎ執務室を出て行く兵の後ろ姿を見つめながら、
「領地運営ってこんなに大変なのか?」
これで終わりとは思えず、これからの展望を思いながらため息を吐いた。




