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第五十六話 使者との宴席、チート野郎はもう十分です



 色々な問題が飛び交った和議交渉だったが、運が良いと言うべきか、織田、上杉武田の両者とも冷静さを失わずに、次回交渉へと持ち込むことができた。

 それというもの和議に出席した面子が俺や明智殿を始め、脳筋が多いものの血の気が多い奴が少なかったためだ。

 よく俺は才蔵や利家、宗厳などを脳筋と評しているが、彼らは別に武断派で頭に血が上りやすく戦じゃー! という性格のせいではなく、ただ単に戦以外では役に立たないからである。←ひどすぎる

 そのことは本人達も自覚しているらしく、自分では判断できないと悟るとまず人に尋ねて丸投げすること多数であった。

 そしてそのあおりを受けるのが誰あろう宮部継潤その人なのである。

 継潤は目立たない存在だと思われがちだが、実は平手家においてある意味重要な人物で、脳筋からは相談を受け、頭脳派からは重要案件以外は丸投げに近く、両派閥から妙な信頼を寄せられる苦労人なのだ。

 部隊を指揮することに関しては半兵衛、氏郷に次ぎ、外交では藤孝、平手家運営手腕、兵站等では秀長にと、どの分野でもNO2ポジションに座しており、相談窓口役としては実に優秀なのである。

 織田家で言えば丹羽さんに近しいと言えばその重要さが分かるだろう。

 ただ影が薄いのは確かなので、その活躍に対して正当な評価がされているかは疑問だが、本人は口ではブツブツ言うものの、これもまた自分にしかできないと割り切っているようなので、それはそれでうまくいっていると言っても良いのかもしれない。

 ちゃんと労ったりはしてるし、平手家で軽んじられている訳ではないからね。


 さて、話がずれてしまったが、和議は成立しなかったものの決裂には至らなかった為、上杉武田からの使者は未だ一乗谷城に逗留している。

 表だって敵対していないのだから、用事が済んだら、はい、さようならと言うわけにもいかず、接待して心証を良くしておくにこしたことはない。

 そのため急ではあったが宴席を用意する必要があったのだが、その辺りは流石と言うべきか明智殿が手配をしてくれた。

 やっぱりできる人はどんな状況でも結果を残すというか、頼れるモノで、上杉武田が使者を送ってきたという情報を得た瞬間にこうなることも予測していたらしい。

 落として間もない一条谷城だが、そこまでの交通整備はしっかり前年、前々年に行っていたらしく、食料や嗜好品は比較的多く近くの城や砦などに蓄えられている。

 それを取り寄せて今回の宴席を設けることができたというわけだ。

 史実でも信長に便利屋としてめちゃめちゃこき使われていた人だが、その理由が分かるという一例だな。

 一乗谷の戦いでは武の一文字の風評の効果を理解し、後方支援、兵站を担当してくれた明智殿。

 やはりできた人なんだよな。

 なんで史実では本能寺の変なんか起こしたんだろうなぁ、と不思議に思うばかりである。

 それだけ信長のパワハラにイラッときたんだろうか?

 ま、この時代では絶対に起こさせないけどな。



 一条谷城の一室

 和議交渉後にて

 


 さて、そんなわけで宴席である。

 明智殿のおかげで急場とは言えない程の質の席を設けることができた。

 長尾景虎、小島貞興の両名もまんざらでもないらしく楽しんでくれているようだ。


「急な使者である私達に対しこのような席を用意していただき、感謝しております」


「いや、使者をそのまま帰しては織田家の名折れ。楽しんでいただければ幸いだ」


 そう言って景虎殿が既に飲み干した杯に、新たに酒を注ぐ。

 それを恐縮そうに、だがうれしさをにじませながら受ける景虎殿。

 つぎ終わった次の瞬間、一気にそれを飲み干し、またすぐに杯が空になってしまっていた。


「…おお、見事な飲みっぷりだなぁ。」


 俺の素直な感想に景虎殿は照れくさそうに頬をかき、


「実は私、酒には目がなくて。我が国越後は良い酒が造られます故、自然とこのようになってしまいました」


「なるほど」


「月の明るい夜に塩と梅干しを肴に杯を傾ける。これほどの贅沢があるものかと」


「……風流なことだな」


「私はある意味、心理だと思っているのですよ」


 そう言って事前により分けられていたのだろう梅干しを、実に旨そうな顔で咥え、後から来る酸味を楽しんでいるようだった。

 反面、俺の口の中は唾液でいっぱいである。

 よく梅干しを直に咀嚼できるものだ。

 考えるだけで眉間に皺が寄ってしまうぞ。


「む、平手殿。杯が乾いておられますよ。どうぞ」


「あ、ああ。すまない」


 そう言って景虎殿は俺の差し出した杯に酒を注ぎ始める。

 その時、


「………?」


 俺の鼻に微かに香る匂い。

 食事や酒に混じりながらも、確かに存在する異質なモノ。

 ここ最近は嗅ぐことのなかった香りだ。


(香?)


 俺の周りには景虎殿と、少し離れた席にいつもの家臣達がいるだけである。

 女中は俺たちに気を遣っているのか側に寄ろうとはしないため女中のモノではないだろう。

 俺の家臣達がつけているなんて言うのもありえない。

 才蔵が香を焚いていたとか知ったら、俺は三十分は蹲って動けなくなる自信がある。

 と言うことは、この匂いをさせているのは…


「どうかしましたか?」


「…いや、返杯かたじけなく」


 誤魔化すように注がれた酒に口をつける。

 香、か。

 この時代でも日常で男が焚くことなんてあるんだな。

 香を焚くことはあってもそれは戦場での虫除けだったりで利便性を求めたモノだ。

 こういったオシャレのように香を焚くというのはあまり聞かない。

 以前信長がびっくりするくらい高い香木を購入して、一緒に焚いたことがあるが、あれはオシャレと言うより興味本位でやってただけだしな。

 その時に蘭奢待という国宝の香木はどんな臭いなのか、とか言っていたが、気になることはやる奴なのでやるなとは言わないが穏便にやってほしいものである。

 そんなことを考えていると、景虎殿は不思議に思ったのか、


「どうかしましたか?」


 そう不思議そうに問いかけてくる。

 流石に香木焚いてるんですか? オシャレっすね!

 とも言いづらく、違う話題に切り替えることにした。


「いや…そういえば長尾景虎といえば、かの上杉謙信公の元服の折名乗られた名前だったか? 最初、使者に景虎殿が来ると聞いて、かの上杉謙信公自ら来られるのか? と勘ぐってしまったことを思い出してな」


「ああ、なるほど」


 そう言って景虎殿は得心したように頷く。

 話せば長くなってしまいますが、と前置きして景虎は話し始めた。


「実は私は長尾政景の息子ですが、謙信様の姉である仙桃院様の子でなく、側女の子なのです。本来なら長尾家の後を継ぐべきはより血筋の濃い顕景でした。しかし少し前の話ですが越後にて謀反が起こりまして」


「謀反? 謙信公にか?」


 そういえばそんな話を聞いた覚えがあるようなないような。


「はい、本庄繁長殿という若くして越後全土に武勇轟かせる武人です」


 本庄繁長。

 聞いたことがあるな。

 と言うことは未来に名を残すほどの武将なんだろう。


「時同じくして信玄公の侵攻を受けており内外の挟撃を受けたわけですが、主立った将は越中へ派兵しておりましたので、春日山城は兵数百残すばかり」


「……それでどうなったんだ?」


「まあその、当時私は春日山城に滞在しておりまして、色々あって指揮を執り勝ちました」


「……随分と端折られらたような」


「い、いえ、特別なことはありませんでしたから」


 そう謙遜する景虎殿。

 その時、


「―――あの時の景虎様はまさに武神、毘沙門天のごとく。いまでもこの老骨一言一句思い出せますぞ。まるで若き頃の謙信公を見た気分でしたわい」


「な! 弥太郎!?」


 いつの間にか話を聞いていたのか、弥太郎と呼ばれた男―――小島貞興殿が景虎殿の隣に座していた。


「兵を二手に分け本庄を背後から突き、その間に城内の兵と供に挟撃を加え、わずか数刻で勝敗は決まってしまい申した。奇しくもそれは謙信公の初陣にて使われた策であり、景虎殿も同じく初陣。まさに謙信公の再来だと」


「こ、こら、弥太郎! やめないか!」


「はっはっは! それだけではなく本庄の謀反も謙信公に取りなし、お家の安堵と供にさらなる忠誠までまで誓わせおったのですぞ? 流石の謙信公も苦笑を浮かべておりましたわ」


 なんでも本庄が謀反を起こしたのは恩賞に不足があったからだという。

 上杉謙信自身がいかに無欲であっても、部下にまで求めるのは酷というモノだ。

 以前にも北条高広という武将が謀反を起こしており、やはりそれもそういった謙信の清廉さや理想に息苦しくなったのではないか。

 景虎殿はそれを恩賞の場で、蕩々と語ったという。

 これには流石の謙信もぐうの音がでなかったらしい。

 普通ならこんなことを主君に言えば打ち首になるところだろうが、景虎殿は逆に謙信公から気に入られることになり、武勇も含め家臣団からも一目置かれる事になったという。

 その時に景虎の名前を謙信自ら名乗るように言われ、長尾景虎となり今に至るという。


「はぁ…人には歴史ありと言うが、その若さで随分と濃い歴史を歩んでいるんだな」


 関心と若干の畏怖を覚えながらそういう俺。

 あの謙信公によくそこまで言えるよなぁ。


「……恐縮です」


 気恥ずかしそうに身体をちじこめる景虎殿からは想像ができない話だった。

 若干顔を赤くしているその様子は、少年のようでもあり少女のようでもある。

 苛烈な性質を持っているんだろうが、普段はそれを感じさせないのだから、ある意味最も警戒すべき、油断ならない相手なのかもしれない。

 こうして護衛を連れながらも敵城へ使者として赴く度胸も持ち合わせてるんだもんな。

 ……あとで半兵衛達に相談すべきだな。

 しかし上杉謙信だけでもやっかいなのに武田と本願寺、さらにはこんな伏兵まで出てくるのか。

 これはマジで和睦を信長に考えてもらわなければならないかもしれん。

 計画では隠居して江とキャッキャウフフしているはずだったのになぁ





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