第五十五話 上杉武田からの使者、爺様にはやたらと高性能な人が多いような気がする
なかなか手強い門だったぜ。
この俺の丸太の一撃を二度も耐えやがるとはな…まあでもやはり丸太は最強の汎用兵器と言うことだろう。
あの素敵なフォルムが実にそそるというか。
最近入ってきたばかりの新参兵は、丸太を抱えてガンガン門を叩く俺を見て腰を抜かし、トンガリくん並みにママー!とか叫んでいたけど、そのうち慣れるだろう。
現に古参の兵士達は一緒になって丸太を担いで大騒ぎしていたくらいだ。
人間、どんな環境でも慣れるもんだよ、うん。
結局戦の趨勢は門を破壊した後は氏郷の指揮の下、速やかに城内を制圧し、義景と景鏡を筆頭に朝倉一門衆を確保。
そのまま降伏という形で終戦した。
戦前に警戒していた武将の真柄兄弟が途中立ちふさがったらしいが、才蔵、利家の二人に結構あっさりと討ち取られたらしい。
上杉武田と織田に挟撃をされて連戦の疲れがあったのだろうが、名の通った武将だった為、家の脳筋どもは多少肩すかしを食らったみたいで、山県政景、秋山信友、馬場信春の武田の重臣と比べ歯ごたえがなかったとかぼやいていた。
才蔵が言うには動きがぎこちなく、手傷を負っていたのではないかと言うことだ。
まあ、それが本当かどうかは分からないが、たとえ万全であったとしても彼奴らと比べてはどんな武将でも見劣りしてしまうような気もするし、ちょっと真柄兄弟がかわいそうな気もするけどな。
こうして朝倉家は一乗谷城にて捕らえられ、信長の裁きを待つばかり。
実質的な越前の支配権は織田に移ったわけだが、問題はまだ残っている。
と言うよりもここからが本番なのではないか、というくらいだ。
その問題というのはもちろん、越前に侵攻して未だその軍を退いていない上杉武田軍の存在である。
一乗谷城の戦いでは、戦の趨勢を見守るように城に兵を派兵しては来なかったが、一乗谷城攻略のために造らせたのか、砦があり、およそ二万強という軍勢が待機しているという。
これがまた嫌らしい場所に立ててあり、街道沿いではあるが攻めにくく守りやすい立地を選んだようで、加賀への侵攻への牽制にも一乗谷城攻略の足がかりとしての役割を果たしており、越前統治を考えると目の上のたんこぶなのである。
邪魔だから壊してくれとも言いづらいし、そもそも上杉武田の出方が全く見えてこないこの状況で、下手に刺激を与えるのはまずい。
確かに同時進行で越前に兵を進めているが、まだ両軍は対峙しておらず、敵とも味方とも取れない敵気味の中立なのである。
武田と連合を組んでいる辺りから、織田に対して良い感情は持っていないだろうが、上杉と織田の関係は敵対には至っていない。
ただでさえ織田包囲網があるなかでこれ以上敵は増やしたくないのだ。
限りなくグレーではあっても、敵対してはいないのならその関係を保っていきたい物なのだが。
でも信長だからなぁ…。
やっぱ無理かな…。
無理だよなぁ…やっぱ。
そしてその三日後のことである。
「久秀様、使者が訪れております!」
戦後処理に追われて書類に埋もれていた俺に、継潤が声を荒げながら伝えてきたのだ。
その様子は見るからに焦っており、相当困惑していることが窺える。
嫌な予感がびんびんするわけだが、使者に会わないというわけにもいかないだろうし、とりあえず継潤に先を促す。
「どうしたんだ、そんなに慌てて? で、その使者って言うのはどこの誰なんだ?」
継潤は呼吸を落ち着かせるように、一つ深い息を吐き続けた。
「……上杉武田家の長尾景虎と申す者にございます」
「長尾景虎…」
長尾景虎と言えば、かの上杉謙信の元服後の名前である。
その後、上杉憲政から関東管領職を譲渡された際に、山内上杉氏の家督を譲られるとともに『政』の字を与えられて上杉政虎と改名し、すぐ後に将軍足利義輝から「輝」の一字を拝領しての改名し上杉輝虎とな
り、最後に出家して上杉謙信となった…という非常に改名歴の多い人で、昔俺もかなり混乱した記憶がある。
信長の野望で上杉謙信ではなく上杉政虎となっているときがあり、なんだこの超強い武将は!? とびっくりしたものだ。
ベッキーこと戸次鑑連も立花道雪だったりお前かい!っていうのは改名の多いこの時代ならではだろう。
いまさら長尾姓を名乗ることもないだろうし、本人ではないんだろうが。
そんな風に頭を悩ませていると、
「今は藤孝殿と秀長殿がお相手をされておりますが、どうにも久秀様との対談を求めている様子で…」
「対談? 越前の統治とかその辺りのことか?」
「そこまでは分かりかねませんが、ただ…」
「ただ?」
「従者として小島貞興という人物を伴っており、噂では一条谷城の攻城戦前に朝倉軍と一戦し、一刀のもとに真柄直隆を叩き伏せたとか。その強さから鬼小島と称されているらしく…」
「……対談っていう割には物騒な供を連れてきたなぁ」
微妙に聞いたことのある名前が出てきたな。
前世でのゲームではこれぞ脳筋という能力値の武将だった覚えがある。
確か武勇がえらく突出していた才蔵系だったような。
「一応武器の類いは預かっておりますが、お気をつけくださいとのことです」
「……対談という名目なんだろ? まあ、一応は気をつけるけどここは上杉武田にとって敵地だからな。滅多なことにはならないだろうさ」
長尾景虎、小島貞興か。
妙なことにならなければ良いんだが。
元亀2年(1573年) 7月
一乗谷城にて、使者として訪れた長尾景虎と面談
「お初にお目にかかります。私は長尾家当主、長尾政景の息子で長尾景虎と申します。お忙しい中、こうしてお目通りが叶いましたこと、誠に感謝いたします」
「……ああ、いや。いつかは話し合いの場を設けねばと思っていた。こう言っては何だが、手間が省けたと感じてもいるのでな」
立場から考えて此方は上手である。
こういう言葉遣いは慣れないが、それなりに威厳を持った言葉遣いを対外的にはするようにと半兵衛から言われていた。
社畜根性まるだしだった前世のこともあり違和感バリバリだがね。
それでも今の俺は織田家筆頭家老だし、舐められるわけにはいかないのだ。
「そうですか。それは良かった」
そう言って一礼した後顔を上げる男――長尾景虎。
その容姿は目鼻立ちがすっきりとしており、正統派の美男子と言った顔つきである。
年の頃は20を超えてはいないだろう。
まだ線が細く体系的には頼りなく感じるが、その雰囲気は独特で、中性的な魅力や清廉さというか神聖さを感じさせる。
まだ若いはずなのに堂々としており、先が楽しみと素直に思わせる好青年風の男だった。
髷は結っているものの、俺と同じ茶筅髷だ。
しかし俺や信長とは少し違い、どちらかというとポニーテールに近いかもしれない。
意外と月代は人気ないのかね。
家も才蔵や利家、氏郷も月代は剃ってないし。
まあこれは、俺の影響かもしれないけど。
「さて、早速で悪いのだが用件を聞かせてもらえないか? 知っての通り戦を終えて間もなく、戦後処理が残っているんだ」
「……そうですか。では単刀直入に申し上げます」
そう言って長尾景虎は顔を上げ、
「我が上杉武田は織田家と和議を結びたいと考えております。見返りとして越前からの兵の撤退、更には加賀国を割譲する用意があります」
「……っ」
「織田家と上杉家は表だっては敵対しておりません。が、上杉はご存じの通り、先日武田との連合を組むに至ります。その原因は信玄公の夭折の影響が小さくはなく、織田家も無関係ではありません。その武田の遺恨が上杉武田の今後に影響することを考えていらっしゃるのではと思いまして、こうして私が使者となり、織田に敵意なしとお伝えすべく罷り越しました」
そう言って景虎は言葉を句切った。
「和議……だと?」
「馬鹿な」
「何を考えておるのだ……」
景虎の言葉に室内がざわつき始める。
それもそうだろう。
景虎の言ったことには様々な疑問がわき出てくるからだ。
第一に織田に敗北した武田と、対等な連合を組んだ時点で、織田は仮想敵になるはずなのだ。
確かに武田は国力低下を避けるために上杉と組んだわけだが、それは上杉に下ったというわけではない。
上杉は上位には立つのだろうが、それでも武田を仕えているわけではなく、協調なのである。
行動には意思統一が不可欠であり、一方の意思だけでは軍は動かせない。
それでは連合の意味がないためだ。
だが、景虎は織田家と和議を結びたいという。
それは武田と和議を結ぶと同義だ。
信玄が去ってなく幾月も経ってないこの時期に、そんな提案ができるものなのか?
そしてなによりこの和議が普通に考えれば成立するわけがない、と言うこと。
なぜなら徳川、北条は既に武田領を切り取り始めている。
徳川と北条は盟約によって同盟を結んでおり、後ろ盾にもなっている。
武田領の切り取りに織田家が派兵していないのは、徳川、北条の領地拡大に足かせとなってしまう可能性を考えて撤兵したわけで、本来なら織田家も参戦してしかるべきはずなのである。
もしこの和議を結べば、徳川と北条は織田家に不審を抱くだろう。
裏切りと言っても過言ではないのだ。
だが、それをしろと言っている。
いったい何を考えているんだ、と皆が不思議がるのは当然だろう。
俺は皆に落ち着くように声をかけ、静まった頃を見計らい口を開いた。
「……上杉に敵意がないと言うことは分かった。だがそちらも承知だと思うが織田家は徳川と同盟を結んでいる。徳川と武田は交戦中であり、すなわちそれは織田家との敵対を意味している。和議を結べる道理はないと思うのだが?」
「それは勿論承知しております。それに和議と申しましても同盟や協力関係を結ぼうというのではありません。しばし静観をしていただきたいと考えているのです」
「静観?」
「先日、我が上杉武田は本願寺と和議を結びました」
「……!!」
「国内の一向一揆は治まっており、上杉家単体で考えれば内外に不安はなくなったことになります。この辺りは真田幸隆殿が非常に良く動いてくださり助かりました」
真田幸隆。
その名前が出てきたことで背筋がぞくりとした。
この部屋にいる皆も、眉をひそめ苦い顔をしている。
武田戦で何度も苦渋を舐めさせられた相手だ。
結果としては勝ったと言えるが、その勝利は綱渡りであり、一歩間違えれば立場は逆だった。
というよりも俺が人より頑丈でなかったらまず間違いなく戦死していたし、そうなれば徳川は倒れ、総崩れになっていた可能性がある。
絶対に油断してはいけない人物だ。
そんな人物が上杉武田の裏で策を巡らしている。
「我々としましては、武田領の防衛こそが最優先ですので織田家と事を構えたくはないのです。武田領の切り取りは、いわば侵略戦。降りかかる火の粉は払わねばなりません。虎の牙に対し徳川殿……いえ平手殿がそうされたように」
「………」
「今この場での返答は難しいと思います。また後日、その時にご返答をいただければと」




