第五十二話 言っている本人も脳筋である
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元亀2年(1573年) 6月
第二次朝倉討伐戦として、朝倉景鏡率いる3万の軍勢が篭もる木の芽峠城へ、
織田軍6万による総攻撃を開始。
「……なるほどな、あれが真柄直隆かぁ。確かに目立つ武将だよな」
目の前で行われている激しい攻城戦の中で、怒号を上げながら兵を鼓舞して
いる大柄の武将を見ながら俺はそう言って目を細めた。
腰に差すことができないほどの野太刀を背負い、誰よりも陣頭にたっている
豪胆さ。
というよりも物凄くウチの伝統である脳筋イズムを感じさせる無骨そうな大
男だ。
「一応あの野太刀がアイツの武器なんだろうが、振ることができるのか疑わし
いくらいにでかいな。2メートルはあるんじゃないか?」
やはり目につくのは、その凶悪なまでの存在感を誇る野太刀。
まだ抜かれてはいないが、目にするだけで妙な圧迫感を感じさせる印象をも
たせる一振りだ。
明らかに身長よりもでかい。
真柄直隆自身は大男と言っていいほどの体格を誇っているのに、だ。
そんな感想を俺が知らず口にしていたらしく、後詰で俺の隣りにいた明智殿
が疑問に答えるように口を開いた。
「以前の戦では、馬上にて縦横無尽にあの獲物を振り回しておりましたよ。佐
々成政殿率いる数百の騎馬隊相手に一歩も退かず、むしろ一時劣勢に立たされ
ることすらありました」
「…! あの佐々殿でもですか…!」
佐々成政といえば柴田家の重臣で、武勇を持ってその名を知らしめている武
人である。
この人もどこか脳筋イズムを感じさせる人だが、その分戦にはめっぽう強い
と評判の人で、その人を持ってしても抑えきれないのなら、その武勇は本物な
のだろう。
ちなみに佐々殿は寒さにもめっぽう強く、後の正史では死ぬほど寒いと言わ
れる厳冬の飛騨山脈(北アルプス)超えを果たした猛者でもある。
改めて相手武将を手強さを知り、一つため息を吐く俺だが、
「……とはいえ守勢の攻城戦においては不慣れなのか、もともと指揮官という
柄ではないのか。綻びが見えてきましたね」
明智殿が冷静にそう指摘する。
織田軍の先鋒は氏郷率いる1000の鉄砲隊と才蔵、利家を筆頭とする1万5千で
構成される歩兵部隊で編成されている。
二陣には秀長率いる藤孝先生、宗厳の1万の遊撃隊。
三陣は斎藤利三という明智殿の家臣を筆頭に明智勢が纏めているが、斎藤利
三は知勇兼備の武将らしく、明智殿の随一の重臣らしい。
実力は折り紙付きというわけだ。
基本的な戦術としては、種子島による火力で敵兵の頭を下げさせて、そこを
歩兵による強襲で城門を破る、もしくは梯子を掛けて塀を乗り越えるというシ
ンプルなものである。
むしろ単純だからこそ強い。
この時代において種子島という存在が、いかに強力な火力を誇っているかと
いう証左でもあった。
これほどの量の種子島なんて見たことないだろうしなぁ。
真柄直隆がいくら一人が気焔を吐いたところで、種子島を主力とし組織だっ
た動きを見せる織田軍に、朝倉軍は困惑を隠せないのか、その動きは鈍い。
あの武田軍ですら蹂躙した兵器だ。
所見での対応は難しいだろう。
さらに鉄砲隊を指揮するのは氏郷であり、脇を固めるのは才蔵、利家の脳筋
コンビだ。
『武の一文字』を背負って立つ3人であり、武田戦を経てズルリとムけた氏
郷は、特にいま乗りに乗っている状態だ。
指揮能力を含む総合力は俺どころか、秀長、半兵衛が舌を巻くほどにまで成
長し、文句なしの武の一文字の後継者っぷりである。
俺の引退も近そうだ、みんなからは止められてるけど。
そして明智殿の指摘通り、朝倉軍は混乱を極め、逃走する兵すら見受けられ
る状態の一方的な様相へと変化していった。
「好機、ですな」
「ですね」
もともと木の芽峠城は単体では守勢に向かない砦のような城だ。
観音丸城と一体の構造であるこの城は、ある程度の攻撃力と兵力であるのな
ら守勢からの挟撃を含め攻撃的な堅牢を誇るが、種子島を全面に押し出した一
気呵成を前にしては、城壁は持たず、挟撃を半兵衛と継潤が警戒して明智勢を
率いる光秀殿と俺が睨みを利かしている為、機能していない。
やはり戦は数と火力だよなぁ。
その時、
「報告! 木の芽峠城、城門を破壊! 我軍の兵が次々と雪崩込んでおりま
す!」
「報告! 城門を破られた木の芽峠城放棄し、朝倉軍、撤退を開始! 同時に
観音丸城からも兵が撤退している模様!」
「……観音丸城からもか?」
「はっ! 確かに敵兵が次々と城を出ており、物資も運び出されているようで
す!」
次々と報告が飛び込んでくる。
観音丸城も放棄?
物資が運び出されているなら、継戦の意思なしと見ていいのだろうか?
横を見ると、明智殿も顎に手を当て何かを考えているようだ。
「…多少引き際が良すぎる気もしますが、物資まで運んでいるのであれば偽装
ということはないのでは?」
「です、よね」
この戦の総大将は朝倉景鏡だ。
調略を試みた事もあり、それほど忠義に厚いわけでもなく、優秀な武将だと
は聞いていない。
撤退の判断が早すぎる気もするが、一応戦前に言われていた武の一文字の名
前が聞いているのかもしれないな。
どうにも引っかかるが、あまり深く考えすぎても仕方がないような気もす
る。
「さて、どうしたものかなぁ…」
快勝とも言える戦果だが、どこかスッキリとしない部分がある。
そうして頭を悩ませていると、
「報告! 朝倉軍の殿は真柄直隆! 撤退方向は一乗谷館方面の模様! なお
朝倉軍の混乱に乗じ追撃の許可の申請がされています!」
「……一応聞くが、どこの部隊だ?」
っていうか聞かなくてもわかるけどな。
「可児才蔵殿、前田利家殿ご両名による申請です!」
その名前を聞いて俺はがっくりと首を落とす。
まあ、大勢は決したわけだから、危険はないんだろうが…。
「…氏郷の判断にすべてを任せる、と伝えておいてくれ」
アイツなら無理はしない程度に、深追いせずに相手の戦力を削ってくれるだ
ろう。
真柄っていう武将とアイツ達は戦いたがっていたからなぁ。
かなりの武将らしいし、この際サクッとヤッてくれると助かるわけだし。
報告を終えた兵が戻っていく背中を見ながら、頬をポリポリとかいた。




