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第五十一話 朝倉攻め、もしかしてだけど、俺って買いかぶられてんじゃないの~?

元亀2年(1573年) 5月 

小谷城にて評定


 後味の悪いあの会議からはや2ヶ月が過ぎ、俺は朝倉討伐のために北にいたりする。

 まあ北というほど北ではないが、雪の影響があったためこの小谷城が実際の最北端だったりするのだ。

 今は雪溶けの時期を過ぎており、肌寒さを感じるものの大規模な出兵には支障はない。

 しかしついこの間まで武田と戦っていたことや、特に越前の地理に詳しいわけでもなかったため、朝倉攻めの情勢が把握しきれてないのが現状である。

 総大将の柴田勝家殿が事実上の左遷をされてしまっているため、次に詳しいのはその補佐をしていた明智殿なのだが、

 

「さて、どこから話したものですやら…」


 と、幾分考えた後話し始めた。

 

 朝倉攻めの初めとして、まずは北陸道から西の若狭を攻めていたらしく、金ケ崎城を始め次々と城を落とし西部はほぼ完全に攻め落としたらしい。

 ただ朝倉の本隊や有力家臣は東部に集中しており、同盟国である近江との国境ということや若狭と越前を分断される恐れから戦力の集中でほぼ空洞化していたため結構すんなりと攻め落とせたようだ。

 落とした当時は柴田殿の領地とされていたが、現在は明智殿の管轄領となっているらしい。

 朝倉との前線は北陸道をちょうど割るように二分されており、非常に海が近く、雪の影響を受けやすい。

 内応策をとっている内に雪によって戦線を維持できなくなり、現状本隊は小谷城、分隊は金ヶ崎城へと派遣しているようだ。

 

「とまあ、内応策がもう取れない以上、力攻めという形しか無いでしょうね」

 

「………そうですか」


 地図を広げ話を聞いていた俺は一つ頷いて明智殿を見る。

 その表情は淡々としており、内応策が駄目になったことはあまり気にしてないように思えた。

 明智殿は結構クレバーというかなんというか。

 柴田殿に策を不意にされたと信長から聞いていたため、何か含むところがあると思っていたらそんなことはないようだ。

 まあズルズルとひきずるよりはずっと建設的でいいと思うがね。

 

「ふむ、力攻めとなると、やはり気にするべきは兵力と将兵ですが……」


 評定に参加していた半兵衛が口を開く。

 その声に続き明智殿が再び話し始めた。

 

「そうですね、若狭での戦いでは兵力を小出しにしていたようですから、それを踏まえて3万はいかない位の規模になるのではないでしょうか。一方私達織田は総勢6万と数の上では二倍と優位に立てます」


「6万かぁ……数が多い方がいいに決まっているが、信長もおもいきったよなぁ」


「武田の侵攻の心配がなくなった今、東は徳川殿に任せておけますからね。越前へ重きを置けるのでしょう。その上『武の一文字』殿を派兵するあたり、目の上のたんこぶの朝倉をを早急に攻め滅ぼす心算なのかと。武田を打ち破った『武の一文字』の武威はもはや天下に轟いております。それが6万の軍勢で押し寄せてきたとなれば朝倉も心中穏やかではありますまい」


「俺の武威か……なんか実感わかないんだが」


 俺が首をひねると、明智殿は少し口角を上げた。

 

「相変わらず自身のことはよく把握されておられないようで」


「……そうですかね?」


「ええ。かの精強な武田信玄を破ったという事実は、以前から誉れ高い『武の一文字』をより一層の高みへと上げました。もはやその勇名は武田信玄を遂に打ち破れなかった越後の龍――『軍神』上杉謙信公をも凌駕する精鋭であると噂されるくらいですよ」

 

「げ、軍神より評価が高いのか俺……」


 確かに武田信玄を討ち取りはしたが、それで自分自身に何か変化が起こったかといえば、まだ実感がわかないというのが正直な感想だ。

 『土付かずの旗大将』だったあの頃からよくもまあここまで持ち上げられたものだと思う。

 旗をぶんぶん振り回していただけだったもんな。

 それにしても武田信玄や上杉謙信と比肩されるなんて、本やドラマで見ていた俺からすると過大評価としか思えないというか。

 まあ実際の指揮は半兵衛や秀長が担当してたから、『武の一文字』といっても平手家臣団としての評価なんだろうが。

 それにしても、それにしてもである。

 

 そんなことを考えていたら、半兵衛が眉をひそめ、

 

「久秀殿、確かに『武の一文字』はこの乱世においてこの上ないほどの武威を轟かせておりますが、その背景に討ち果たした者達の屍が積まれているのです。自身の過度な過小評価はその者達をも貶める事を忘れてはなりません」


「……そうか。確かにそうだよな」


「はい。我らは彼等のためにも、これからもその何恥じぬ武功を上げ続け、小さい壁に当たったのではなくとてつもない大きな壁に当たって散ったのだとあの世で誇れるよう精進せねばならないのです。それが武士の習いというものです」


「……だな。あの世で山形昌景の野郎に笑われねえようにしなきゃならんわな」


 あの気に食わないが掛け値なしに強かったヤロウの顔が失望に変わるのはなんか気に入らないしな。

 

「さて、話を戻しますが…」


 こほん、と明智殿が一つ咳払いをして場を空気を変える。

 

「兵力はまず問題ありません。地理も以前の経験から地図も作成しております。後は将兵――朝倉家臣ですが義景自身は非常に優柔不断で才気はさほどであると言われています。ただ…」


「ただ?」


「以前の籠城戦で真柄直隆、直澄という兄弟が並々ならぬ武勇を誇っていたのが気がかりといえば気がかりですね」


「真柄……」


 聞いたことのない名前だ。

 元の世界でも朝倉にそんな家臣がいたという記憶はない。

 というか朝倉にどんな家臣がいたのかという事自体覚えてないしな。

 本やゲームでも朝倉関係がそれほどピックアップされていなかったし。

 朝倉っていう名前だけは知っている、そんな印象だ。

 

「その真柄の兄の方の直隆は五尺三寸もの太刀を自由自在に振り回し、兵を薙ぎ払っておりました。実のところ木ノ芽峠城を落とせなかった最大の原因がこの兄弟にあると言っても過言ではありません」


「それ程なんですか?」


「ええ。正直内応策は取れませんでしたが、朝倉の情勢を見るかぎり攻城戦とはいえ降雪前には落とせると私は思っていたのです。そして越前に楔を打ち一乗谷館に王手をかける。雪が降ろうと北陸道さえ抑えれば孤立を避けられますからね。それが柴田殿の書いた絵図だったのですが…」


「その真柄が想定外に奮闘したと…?」


「用兵が巧みといったわけではないのですが、その並外れた武勇が兵へと連鎖して、此方の焦りもありあと一歩のところで撤退せざるを得ませんでした」


「真柄直隆……朝倉にもそんな武将がいたのか」


 明智殿が語る真柄直隆という武将は、聞く限りでは凄い武将のように感じる。

 だが前の世界での歴史では少なくとも俺は知らなかったわけで。

 これが吉川元春、高橋紹運などのメジャー(?)な名前を挙げられたら確かに、という気持ちになるんだろうが。

 山県昌景も名前を知っていたし、凄い武将だと事前知識があった。

 実際に戦ってみたら想像以上にとんでもないヤロウだったしな。

 時代に名を残してなくても強い人物はいくらでもいる、ということなんだろうか。 

 とはいえ明智殿が嘘を言っているようにも見えない。

 心して掛かるべきだろうな。

 

「なら俺が直にあたって対処するべきか…?」


「―――あいや、待って下され! その役目、それがしに任せていただきたい!」


「……才蔵?」


 話の輪に入ってきたのは、普段は評定ではほとんど発言をしない可児才蔵だった。

 

「久秀殿が出向くまで無い、それがしの槍でそのような者など一蹴してくれましょう」


「そうは言うが…」


「それがしはかの武田戦においてさして目立った功績をあげておりませんゆえ、此度の戦でそのような強者がいるのならまたとない機会。是非ともそやつの首を頂戴したく思います」


 いや、功績がないってお前。

 武田戦でそこら中に笹咥えてる死体が転がっていたんだが。

 それもダース単位で。

 

「そういうことなら俺が弟の方をもらいてぇな」


「利家まで……」

 

「いや、攻城戦に騎馬隊の指揮は不要だろ? なれない指揮ばっかしてると腕が鈍っちまうからな、久しぶりに槍の又左ここにありってのを示しておきてぇしよ」

 

「ふーむ、できることならそれがしも一手交えたいんだがなぁ」


 才蔵、利家に続いて宗厳まで名乗りを上げだす。

 なんという脳筋共だ。

 俺が俺が、と騒然となった評定の場だが、

 

「いいのではないですか?」


「ふむ…」


 という、明智殿と半兵衛の声によって沈静化していく。

 

「私の見たところ、真柄兄弟は並成らぬ使い手。確実にそして被害を抑えるにはより強きものを当て早急に打ち取るのも手でしょう」


「久秀殿が直接おもむくのならば反対をしたのでしょうが、才蔵殿やと利家殿等ならば…」


「おいおい…」


 その両者の言葉で真柄兄弟への対処が決まったようなものだった。

 

 

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