第四十九話 女3人寄れば姦しい、父は娘に男が一人でも寄れば鬱陶しい
「―――では、いきますっ!」
「よし、来い!」
日が昇り初めた早朝。
岐阜城の庭園にて俺ともう一人、新しく小姓となった夜叉丸が刃を落とした模擬槍を持ち対峙している。
まあ早朝と言っても女中は既に起き、朝の支度を始めている頃ではあるが。
この時代の人間は時計なんて言うものを持ってはいないから、日の傾きによって判断している為、日が昇れば起床、沈めば就寝という健康極まりない生活を送っているのだ。
過去の現代社会が如何に便利で優れたものだったかを思い知らされる事柄である。
とはいってもどちらが健康かなんて言うのは言うまでもないことだが。
サラリーマンにおける残業という名の拷問に、日の方傾きが関係があるはずもなく、電気と正確な時刻を手に入れた反面、それを享受することのメリットデメリットが慮られる限りだ。
「はあ!」
「おいしょ!」
―――ギィン!
鋭い金属音が庭園に響き渡る。
なかなかに鋭い突きを放つものだと感心しながら、俺は口角を上げた。
聞けば夜叉丸は十一歳であるとのことで、世が世ならまだ小学生である。
まぁこの時代では早くて十二から元服を迎える人物もいるため、一概に子供とはいえないわけだが、アラフォーである俺から見れば子供であることには変わりない。
いつ元服させるかというのはまだ考えてはいないが、この感じなら今直ぐにでも元服しても問題はなさそうだがね。
それに清忠の親っさんは夜叉丸に読み書きを教えていたらしく識字は問題ないらしいし。
「おおっ!」
「お、なかなかいい動きだ」
弾かれた槍を無理に抑えるわけではなく、逆に遠心力として利用し、最短距離で俺になぎ払いを仕掛けてくる夜叉丸。
この槍さばきは天性のものだろう。
その速さ、捌き方共に申し分ない。
今はまだ実戦経験が無いため戦場を経験した者の持つ独特の『キレ』のようなモノはないが、逆に言えばその『キレ』さえモノにすれば案外家の脳筋兄弟達のなかでも上位に食い込んでくるんじゃないだろうか。
末恐ろしい限りである。
だが今はまだ、
「おらぁ!」
「く…っ!?」
俺が軽い本気で模擬槍を打ち付けると、夜叉丸はその衝撃に耐えられなかったのか槍を手放してしまい、見事の放物線を描き彼方へと吹っ飛んでいった。
夜叉丸は痺れた手をしばらく見つめながら、深くお辞儀をし、
「……ありがとうございました!」
その言葉で立会は終了したのだった。
「あ~、ちょっと力を込めすぎたな。怪我してないか?」
「いえ、少し手がしびれる程度です」
「そっか、頑丈に産んでもらった両親に感謝だな」
「はい!」
訓練も一段落つき、縁側で一休みする俺と夜叉丸。
うむ、素直で大変よろしい。
氏郷なんかは昔はしおらしかったのが、今は誰のせいか知らないがずいぶんと図太くなり、俺に対しての敬意や尊敬なんかはさっきの槍のように放物線を描いてすっ飛んでしまったからな。
目の前の素直な少年が随分と可愛く見えるものだ。
やっぱり子供はこうじゃなきゃ行かん。
「……しかしアレだ、その年にしては随分と鍛錬を積んでるんだな。その上識字もできるし礼節や常識もあるし。正直驚いてるよ」
「そ、そうですか!?」
「ああ、このまま順調に成長すれば、次世代での氏郷の右腕として十二分の働きができると思うぞ」
筆頭家臣、次席家臣の秀長や半兵衛も三十を超えているし、俺の家臣団もそろそろ世代交代の時が来ている。
俺の家臣はどうしてか知らないが権力欲ってのに乏しいのが多いらしく、器量がなければ親の功績での跡継ぎの家臣団での位置づけっていうのをしない方針みたいだ。
俺は内政やそういう事に疎いから丸投げしている為、他の家臣が平手家臣団の運営を考えているようだが、『武の一文字』の織田家に与える影響は俺の考えているより遥かに重いらしく、強さの純度を保たなければならないんだそうだ。
みんな結構考えてるんだな、と感心した記憶がある。
まあ信長自体が実力主義なんで、ほかって置いてもそういうのは淘汰されて行くんだろうけど、自覚のあるなしでは心象も違うからな。
長秀や半兵衛、弾正が言うには、
『『武の一文字』平手家臣団という名前だけですら織田家と対立する諸外国への抑止力となっている今、その名実を次世代にも引き継がなければならない』
ということらしい。
まあ確かに実際戦ってみて、『武の一文字』が無様に敗走でもしたら敵は意気軒昂で味方の士気もガタ落ちするだろうしな。
その意味では将来有望な夜叉丸はとてもいい拾い物(と言ったら失礼だが)だったように思う。
何気なくもそんなことを考えていると、
「でも、俺なんかにそんな大役が務まるでしょうか? 槍働きはともかく権謀術数などは不得手ですし」
「ん~…まあ大丈夫だろ。何となくお前って要領や頭よさそうだしな。それにお前が槍働きしか出来ないヤツに育ったとしても、そうなったらそうなったでそこら辺のことは秀長や半兵衛、藤孝や……まぁ弾正のジジイも考えてくれるはずだしな」
弾正のジジイはそこまで生きているかは疑問だけど。
……いやアイツなら次世代どころか次ヶ世代まで生きてそうなもんだけど。
なにせストレスとは無縁の飄々とした爺だし。
「なんにせよ、今はいろんなことを勉強してみればいいさ。結構期待してるんだからな?」
そう言って髪の毛をクシャクシャとなでてやると、嬉しそうに、
「はい、頑張ります!」
眩しいばかりの笑顔を向けてきたのだった。
「あら、久秀様。こんなところお会いできるとは光栄です。いつも夫がお世話になっております」
「おはようございます、いい天気ですね」
「久秀様…。お久しぶりですね……と言いたいところですけれども、なんだかそんな気がしないから不思議ですわ」
場所は岐阜城の井戸周辺。
そう言って頭を下げながら、挨拶をしてくれたのは奥様’sの皆様。
上から利家の妻まつさん、秀吉の妻ねねさん、信長の正妻、濃姫である。
圧倒的な奥様~な空気を醸し出している、まさに井戸端会議の真っ最中だったようだ。
っていうか濃姫さん、貴方大殿の正妻じゃん。
なんで井戸汲みに来てるんですかね?
「あ~……おはようございます。いや~まぁ、頻繁に文のやりとりをしているんで、あんまり久しぶりという感じはしないのかもしれませんね」
「まぁ! そういうなのでしょうか?」
俺の言ったことの何が受けたのかわからないが、奥様方はコロコロと笑っている。
………なんていうか妙な団結を感じて尻込みしてしまうな。
「それでどうしてこんな所にいらっしゃったのですか?」
「いや、家に小姓を預かる事になりましてね。訓練が早朝だったこともあって水浴びがてら水汲みなんかをしようとおもいまして」
「まぁまぁまぁ。夫自ら率先してそのような雑事をなさっているのですか?」
「いつもじゃないですよ? 今日はたまたまであって…」
「それでも自ら率先してこちらへ参られたのでしょう? 素晴らしいことだと思います」
「え~…あ~…どうもです?」
口々に賞賛の言葉を駆けられてちょっとむず痒い。
確かにこの時代は男尊女卑だしなぁ。
男が家事を手伝うっていうのは珍しいのかもしれないな。
「そういえば小姓といえば夜叉丸くんと言いましたか? 随分と将来が有望な子だとか」
「!?………はは、もうご存知でしたか。まだ引き取って幾日も経っていないのですが」
っていうかなんで知ってるんだろうか。
信長にもまだ話してねえよ。
俺のそんな心境がわかったのかねねさんが口に手を当てながら上品に笑う。
「ふふ、私達は私達で情報網があるのですよ? 殿方には聞こえない所でも色々と噂は流れてきたりなど、ね」
こえーよ。
女ってマジこえーよ。
姦しいとかそういう問題じゃねーよ。
情報ダダ漏れだよ。
「そんな警戒なさらないでください。冗談です。昨日お市様とお会いしてその旨を聞いたというそれだけの話しなのですから。ねねさんもあまり久秀様を困らせてはいけませんよ。警戒なさってしまっているではないですか」
「あら? ごめんなさいね久秀様。悪気はなかったのです、お許し下さいませ」
そう言って楚々と頭を下げるねねさん。
いや、絶対俺の反応を楽しんでいたよね?
さすがは元の世界で北政所と呼ばれる人だよ、勝てる気がしねえよ。
「ああ、いや、構いませんよ。別に内緒にしていたわけじゃないですし」
ポリポリと頬を掻く。
男子校に一人女生徒がいても暮らしていけるが、女子校に一人男子生徒がいるとその男子は暮らしてはいけないと聞いたことがあるが、今ほど実感したことはないな。
さっさと退散するのが吉だろう。
そう思って水を汲み素早く立ち去ろうとしようとするが、
「そういえば久秀様。家の亭主はお役に立っていますでしょうか? 槍の又左なんて言って粋がっておりますが、根は小心者ですから…」
「は? ああ、利家ですか?」
まつさんの言葉にそうも行かず、新たな話題に巻き込まれてしまった。
「そうですね。いつも助けてもらってますよ。最近は先日文にも書いたように算術に興味を示しているのか、たまに記帳とにらめっこしてたりしますね。あ、もしかして仕送りなどの金子が足りなかったりしますか? そういうことなら少しは融通してみますが」
俺のその言葉にまつさんは首をふる。
「いえ、亭主は元来は怠け者です故、少しくらい苦労させたほうがいいのです。金子に関しては問題ありません。というよりも私のことはいいのですが平手家は今や名実共に筆頭家老なのでしょう? 転戦連戦で移動が多く、領地を持たないと聞き及んでおります。久秀様こそ御苦労なさっていらっしゃるのでは?」
「もはや平手家なしに織田家を語れぬほどに影響力をお持ちですから。平手の地盤を固める意味でも領地をお持ちに成られたほうがよろしいかと思うのですが」
まつさんやねねさんのその言葉に続くように、濃姫が言葉を続けた。
「それに関しては夫である信長にも再三申し上げているのですけれども……。これだけの戦果、功績を誇る平手家に対して恩賞が不足しているのではないかと」
そう心苦しそうに語る。
この戦国の時代では領地の大きさ=功績の大きさみたいな尺度が存在している。
確かにそういった意味では平手家の現状は歪ではあるのだろう。
俺からしてみれば領地をもらうということにさほど興味はなく、賃金さえもらえればさほど問題ないのだが。
多少の無茶ならそういった理由もあって頼みやすいし、信長も事情さえあればかなりの裁量で融通もしてくれている。
武田の鉄砲1000丁要請なんかとかがそうだし。
「いやぁ、信長には色々便宜を図ってもらってますし、家臣たちも現状のままのが都合がいいと納得してますよ。というより家臣達から申し出を断っていますから。平手家は拠点の置いて防衛するのではなく、自由に動くことのできる織田の武の切っ先であるべきだ、だそうで。それに…」
「それに?」
「信長は敵が多いですからね。あの性格で色んな所に喧嘩をふっかけたりして、そんないざという時身動きがとれないのは困るというか…まぁそんな感じですよ」
アイツは合理主義だから敵を作りやすいんだよな。
もう少し物腰を柔らかくしてればもっと上手く立ち回れると思うんだが。
俺がそんなことを考えて頭を悩ませていると、奥様方三人は微笑ましそうに俺を見て笑みを浮かべていた。
なんだか無性にむず痒い気分である。
「……久秀様は本当の意味で信長様に尽くしておられるのですね」
「この乱世でそのような忠節を夫に尽くしてくれること、なんと言ってお礼を申せばよいのか…」
「信長様は本当に恵まれた方ですわ…」
いやいやいや、ちょっとまってくれ。
そんな美談にしないで欲しいんだけどっ!
俺としては危なっかしいからほっとけないって感覚なだけで、忠節とか忠臣とかそんなんじゃないと思うんだよね!
友達に手を貸してやるか、みたいな軽いノリなんですけどっ!
濃姫さんなんか若干涙ぐんでるし。
なんだこのアンジャッシュ的展開は。
……そうして結局そのまま誤解(?)を解くことが出来ないまま、井戸端会議は解散となったのである。
その日の夜、俺は癒やしを求め夜叉丸と縁側でお茶をのむことにした。
「なあ、夜叉丸……女って怖いな。三人よれば姦しいどころじゃねぇよ」
「はぁ…元服前の自分に言われましても…」
「いやさ、褒めてくれるのは嬉しいけどさ。何事にも限度っていうか、過剰は良くないと思うんだよね」
「……なにか妙なことにでもあったのですか?」
いちいち相槌を返してくれる夜叉丸はとても良い奴だ。
今度なにか良い物をプレゼントしてやろう。
そんな癒やしの場に、
「あ、夜叉丸君! こんな所にいたぁー!」
「ん?」
「ご、江様」
乱入してきたのは愛しの江であった。
何やら上機嫌ではしゃいでいる。
その姿も愛らしい。
実に罪深い可愛さである。
「ぶー! お昼は江って呼んでくれたじゃない!」
「そ、それはままごとの事であって…っ!」
「えぇ~!? 生涯愛し合いますってお母様の前で誓ったよ?」
「いや、あれは…っ!」
「………………………ほぉ? それはめでたいなぁ。いやぁ実にめでたい」
「へ? あ、あの…久秀様?」
「………………………そんなめでたいこの日に、俺から贈り物が無いのはさみしいよなぁ。受け取ってくれるか、夜叉丸?」
「え、いやその…何をですか?」
「―――この俺の熱い拳だよオォッ!!」」
―――ボシュゥッ!!
「ひぃっ!」
ちっ、かわしやがったか。
無駄に運動神経がいいやつだ。
「テメェ。僅か数日で江を拐かすとは恐れいったぜ。その優秀さに免じて遺言を残す時間を3秒だけ与えてやる」
「ちょ、誤解で―――」
「1ッ!!!」
―――ベキィッ!
狙いが外れ木の柱がへし折れたが、そんなことは関係無かった。
「2と3はァァァ!?」
しらねぇなそんな数字。
男はなァ1だけ覚えとけば生きていけるんだよ。
結局、騒ぎを聞きつけたお市の説得の言葉によって俺の暴走は収まったが、夜叉丸は早い内に浜松城に更迭してやろうと決めた俺だった。




