第四十八話 散歩は何文の得?
元亀2年(1573年)
岐阜城の城下町にて
「おお~改めて見ると賑わってるなぁ」
信長の政策である楽市楽座のおかげか随分と人が多く、賑わっている。
そこら中に露天で商売している商人たちの多さもさることながら、街を歩く人の多いこと。
「ココらへんはさすが信長って感じだよな」
元の世界では乱世の革命児とも呼ばれていた信長は、何も戦に強く版図を広げたわけじゃなく、こういう足元を固めて確固たる地盤を築いていたからこそ天下取りにあと一歩まで迫っていたのだ。
ただの人使いの荒い暴君というわけでもなく、ましてや第六天魔王なんていう評価からはほどというものだよな、と改めて思い知らされるね。
「さて、鍛冶屋鍛冶屋…と」
いくら美濃が鍛冶が盛んといっても、そこら中にあるわけではない。
以前武一文字を作ってもらった刀工のところに行ってもいいが、あの時は余裕がなかったしあんまり金をかけたわけじゃないんだよな。
全然家臣もいなかったしね。
今は領地を持っていない代わりに金は唸るほどあるし……ごめん、実は信長に借りてきたりしてる。
いや、俺の領地って無いし、軍資金は秀長任せだし。
そんなわけで信長に相談した所、武田戦で気分が良かったのか多めにお小遣いをもらったわけだ。
……筆頭家老がお小遣いってすげぇ情けないけど無い袖は振れないしな。
もし見つからなかったら、信長秘蔵の刀や槍をくれるって言っていたが、普通の刀とか槍は俺の力で振るうとポッキリいくからね。
もしそれが、
『実はその刀、胴田貫でした!』
とか、
『実はその刀、正宗でした!』
なんていう某文化財クラッシャー真っ青の行為をしてしまったらと思うと尻込みしてしまう。
貧乏症っていうか、文化財は大切にするべきだよな、うん。
でも氏郷のヤロウは武田信玄との立会で『和泉守兼定』と『来国長』を譲ってもらったらしく、多少羨ましいところもあったりする。
俺と山県昌景の戦いでは、必死も必死でそんな余裕なかったし、最後は「…見事だ」って潔く散っていったからな。
そんな相手の槍を持っていくのは気が引けるし、礼儀に反するわけで。
アイツならそんな細かい事気にしなかったんだろうけどな。
とまぁ、そんなわけで選択の余地はなく槍一択になってしまっているわけだ。
欲を言えば刀は欲しいんだが、そんな丈夫で振り回しても大丈夫な刀があるものでもなく。
畜生、氏郷め。
今度あったらいびり倒してやろう。
と、そんなことを考えながら歩いていると、
「うおっ!?」
思わず声を上げてしまった。
鍛冶屋と思わしき店前で掃除をしている子供(?)が目に入ったためだ。
子どもと言っても身長は俺より少し低いくらい(俺は180くらいである)で、この時代においてかなりの大男であることが伺えた。
「? なにか御用でしょうか?」
俺の声が聞こえたのか、此方を向き声をかけてくる少年(?)。
すこしばかり戸惑った俺だが、顔立ちを見ればまだ元服を済ませていなさそうな幼い顔立ちであるためそのアンバランスさに少し口角が上がった。
「…あの~?」
そんな俺の様子に訝しんだような声をかけてくる。
俺は少し咳払いをして、
「スマンなぁ、鍛冶屋を探してるんだが…主人は在宅か?」
「あ、はい! 刀をお探しですか?」
「う~ん、俺にあった刀があればいいんだけど、ないならこの槍を研ぎ直しっていうか修復? して欲しいんだが」
そう言って布に包んであった武一文字を取り出し、少年へと見せる。
「……ず、随分大きな槍ですね? それに随分と使い込まれてて………え?」
少年がその槍を見つめながら、驚いたような声を出す。
なんだ?
おかしな事でも……っていうか、こんな槍おかしなことだらけだわな。
俺が自己完結を図っていると、少年は周りが見えていないのか武一文字に釘付けである。
「……あ~、どうした?
「あの! この槍、見せてもらってもいいですか!?」
「ええ!? いや、いいけど…重いぞ?」
「大丈夫です! 俺、腕力には自信ありますから!」
「………まぁ、そういうなら」
そう言って差し出した武一文字を少年は軽々ととは行かないが、両手で大事に抱えると、拵えを検分し始める。
おお、さすがに片手では持てないみたいだが、しっかりとした手つきで持っているな。
「……身の丈より大きな豪槍。激戦をくぐり抜けたような刀傷や打撃痕。それにこの括りつけられた『武』のい一文字書かれた旗印…! ―――まさかっ!
興奮したようにまくし立てる少年。
ちょっと怖いくらいの勢いだ。
「あ、あの! 失礼ですがこの槍、武一文字ではありませんか!?」
食いつくように迫ってきた。
「あ、ああ…。そうだけど…よくわかったな? 別に有名な刀匠に打ってもらったわけでは無いものなんだけど」
前に打ってもらった刀匠はまだまだ修行中の身で、といって言っていた歳若いおっちゃん(少し矛盾しているが)だった。
丈夫さと組み立て式っていう急造もいいところの手探りな作品なので、業物ではない。
まあ頑丈さは折り紙つきだが。
お金もなかったし。
「じゃあ、もしかして貴方はあの『武の一文字』様、時に城門をその槍で粉砕し、時にその一振りで何十人も敵兵をなぎ倒したと言われるという平手久秀様ですか!?」
「え? 俺はまあ確かに平手久秀で、そんなこともあったような?」
「やっぱり!!」
その言葉を聞いた少年は満面の笑みを浮かべた。
俺はよくわからずに愛想笑いを浮かべていた。
「父ちゃん! 父ちゃーん! 武の一文字様が店に来てくださったよぉー!!」
そう言って店の中へと入っていく。
俺は取り残され、ぼーっとつっているだけだった。
「へぇ、じゃあ親父さんは元美濃の武将だったんだな」
「はい、道三様に仕えていたのですが負傷を機に刀鍛冶へと転職したんです」
「なるほどなぁ」
しばらくして少年(夜叉丸というらしい)と親父さん(此方は加藤清忠と名前いうらしい)と談笑していた。
なんかすっごいキラキラした目で俺を見つめている夜叉丸君が気になってたりもするが。
しかしこの親父さんなかなかに苦労しているようで、道半ばで鍛冶師を目指したモノの関の孫六の門は非常に狭く、最近ようやく独り立ちして刀作りを始められたらしい。
関の孫六って言えば美濃では名門中の名門だからな。
相当苦労したんだろうということがよく分かる。
「それにしても…」
周りを見渡すと、打刀も置いてあるがそれ以上に野太刀、大太刀が多く見られた。
中には俺よりも長く、丈夫そうな刀身の何を切るんだっていうか、持てるのか? って言うような作風が多い。
そのことを聞いてみると、
「家の夜叉丸が元服した時に備えて多少大きめの刀のほうが良いと思いましてな。今でも十分デカイですが、コイツは大食いで元服時にはよほどの大男になっているはずですから。その時に合わせて私も作風を試行錯誤しているのですよ」
「……それにしてもデカイような。いや、でも俺の事情を考えると…う~む……よし、ちょっと試しに握らせてもらってもいいか?」
「はい、よければ試し切りもどうぞ」
「ありがとな」
一言と断り、最近の作では最高の代物で自慢の逸品とオススメされたひときわ凶悪で分厚い野太刀を選び柄を握り構えてみる。
ずしりとした感触が手に残る。
刀身は俺の身長より少し低いくらいの170cm強といったところか。
かなり幅の広い、なんというか逆に反った鉈を持っている気分だ。
だが握り心地は悪くない。
刀は重心が柄に近いほど良いと言われているらしいが、この刀はその法則を無視したように切っ先、物打ちに近い部分に重心があるようで普通の人には構えることすら辛いだろう。
だが俺にはやけにしっくり来る。
というか武一文字がそういう重心で造られていたからだろうなぁ。
「じゃあすまんが試し切りさせてもらうぞ?」
「はい、どうぞ」
用意されたのは木材に固定された刀。
普通の武将が腰に下げるモノである。
「オイオイオイ、刃が欠けるんじゃないのか? っていうかそれも商品だろうに」
俺のそんな言葉に親父さんは、
「いや、構いませんよ。どうせウチはいつも閑古鳥泣いているような店ですから。それにコレは売り物には出来ない作なので、遠慮なくどうぞ」
そりゃこんな普通の人が使えないような刀ばっか打っていたら買う人はいないだろうけど。
息子のためとはいえ採算度外視ってのどうなんだろうか?
「じゃあ、まあ遠慮なく」
そう言って俺は大上段に刀を構える。
普段の訓練で刀を扱うことはあまりない。
なので斬ると言うよりはぶった斬ると言ったノリ、ようはいつものような武一文字を振るうような感じの延長線にあると思って、袈裟斬りにソレを振るう
「オラァ!!」
―――バキィンッ!
凄まじい衝突音が響き渡る。
およそ刀で打ち付けたような音ではなく、鈍い打撃音と甲高い金属音が合成されたような音をたてた。
そして、
「………す、すごい…っ!」
夜叉丸が感嘆の声を上げると同時に、はじけ飛んだ切っ先が数メートル先に突き刺さる。
勿論俺の振るった刀ではなく、試し切りに使われた刀の方の切っ先である。
「刀が真っ二つに切れるなんて初めて見たっ! やっぱり凄いっ!」
興奮冷めやらぬ夜叉丸が、感嘆の声を上げる。
「………親父さん」
俺はその異形の業をなした刀身を見ながら問いかける。
刃こぼれはない。
歪みもない。
まるでびくともしていないと言わんばかりのその刀身の健在を示すその刀。
「これいくら?」
もはや俺にはこの刀を買わないという選択は存在していなかった。
運命の出会いとすら感じるこの刀。
どんな値段でも払うつもりであった。
そう言って親父の方を向くが、親父は放心したように呆けた顔をしていた。
幾ばくか時が過ぎた時、親父ははっと意識を取り戻したのか、頭を振る。
そして、慌てたように、
「武の一文字様…いえ、平手久秀様!!」
平伏し、頭を下げ始めた。
「え?…ええ?」
俺は訳がわからず困惑するが、なおも親父は続ける。
「私は怪我により鍛冶師になった半端者の武士でしたが、親の欲目抜きにしても息子の夜叉丸は私とは違い名を残す武将となるよう教育を施してきました! 噂に聞く久秀様の武勇伝が本物である、いえそれ以上なのだと今の一振りにて確信いたしました! どうか、どうかウチの夜叉丸を貴方家臣へと取り立てていただけないでしょうか! 今はまだ小姓としてしか働けないでしょうが、必ずや久秀様…ひいては平手家のお役に立ってみせることでしょう! どうか、どうか…っ!!」
いきなりの言葉に混乱する俺だったが、それに続くように夜叉丸も平伏し始めた。
「お、俺からもお願いします! 喧嘩では負けたことありません! 人一倍努力だってしてみせます! 読み書きも勉強します!」
そう言って親子揃って平伏し続ける親子。
………どうしていいか全くわからないんだが。
なぜに槍を補修しようとして小姓志願されるのだろうか?
いやまあ、確かに家は人で不足ではあるし、小姓もいないし、部下を雇うくらいは問題ない。
体付きを見れば将来は大柄になるだろう。
俺の槍を両手とはいえ抱えてみせた膂力はたいしたものだ。
しかし家って脳筋が多いんだよね。
そんなことを思っていると、
「俺、あの武田に一歩も引かず勇敢に戦い、遂には下したという武の一文字にずっと憧れてて! いつか自分もそんな風になりたいって! だから…!」
いやあれはかなり運の作用した戦だったしなぁ。
正面からぶつかってたら間違いなく脱糞してたくらいの激戦だったし。
「……本来ならば、私の妻は羽柴秀吉様の母上の親戚関係であり、すぐにでもそのつてを頼りに羽柴秀吉様にお仕えさせるつもりだったのですが、しかし息子は次々と武功を立て、今や織田の武の象徴とまで呼ばれるようになった立身伝を事あるごとに口にし、仕官するなら『武の一文字』平手家を目指したいと。妻は秀吉様を頼りにされることを望んでいましたが…それでも息子の意志は固く、私が教育を施し情勢が落ち着くのを待ち、平手の門を叩こうと、信長様のご友人であると言われる久秀様が訪れるだろうこの岐阜城にとどまっていたのです」
ふーむ、確かに武田戦線はもっと長引くはずだったしな。
数年は覚悟していたと信長も言ってたし。
でも秀吉に仕える予定だったのか。
この歴史はもう既におかしくなってるから未来知識は役に立たないけど、なんか引っかかるな。
秀吉の小姓上がりっていうとまず石田三成が浮かぶよな。
でもアイツは脳筋じゃないし…っていうか対極だし。
いや? 待てよ?
いたな、秀吉の小姓上がり、っていうかねねさんの子飼いっていうか掲載教育したそういう武将。
確か…福島正則と加藤清正…加藤清正!?
「……なあ親父さん、確か加藤清忠って名前だったよな?」
俺の問いに疑問を感じたのか顔を上げると、
「はい、私の名前は加藤清忠と申しますが……」
「いや、例えばの話なんだけど夜叉丸が元服したらなんて名前をつけるつもりだったんだ?」
「は、はあ? それは息子の主君となる御方に決めていただくと思いますが…」
そう親父さんが言うと、夜叉丸くんが顔を上げ、真剣な表情で此方を見つめ口を開く。
「加藤清武です!」
「え?」
「久秀様の『武の一文字』の名に恥じないよう武の一文字を頂きたいと前々から考えました!」
「………清武……か」
やっぱり勘違いなのか?
いやでも加藤清まで合っていて更には秀吉の配下になる可能性が高いため、ねねさんの薫陶を受ける可能性の高い人物。
今の年代的にも朝鮮出兵の時点では隠居してないはず。
しかも体格から脳筋系の武断派である可能性は高い。
いやいや、親が元武将で別に加藤清正じゃなくても十分将来性はある。
小姓もいないし別に一人くらいの食い扶持は余裕だしな、平手家は。
よし、じゃあ決まりか!
「わかった。そこまで言うなら小姓として夜叉丸くん…いや夜叉丸を平手家に加えよう。その代わり俺の家臣は癖の強い奴が多いから、上手く立ちまわってしっかりはげむようにな」
「あ………! ありがとうございます!!」
そうして加藤清正(?)が平手家に加わることになった。
俺、槍を修復しに来ただけだったのになぁ。
『平手家の主な家臣団一覧』
御隠居 平手政秀
当主 平手久秀
次期当主 平手氏郷(蒲生氏郷)
家臣筆頭 羽柴秀長
家臣次席 竹中重治(竹中半兵衛)
家臣 可児才蔵
家臣 前田利家
家臣 宮部継潤
家臣 細川藤孝
家臣 柳生宗厳
小姓 夜叉丸(加藤清正(?)) NEW




