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第四十五話 平手家お家騒動 隠居しようと氏郷を当主にしようとしてみたら、オレの息子が生まれていました

ふんわり書こうとしたら、なんかちょっとシリアスになってしまいました。

シリアスを書き続けるとたまになるんですよね、シリアス病っていうか…


『隠居ぉぉぉーーーーーーッ!!?』


 武田信玄を討ち、更にはその先駆けとなった平手家は今猛烈に熱い時期であった。

 なにせ絶望的状況だった武田対徳川遠江戦線での援軍で見事戦線を押し上げ、信玄を始め、山県昌景、馬場信春、板垣信方、穴山梅雪を戦死させ、更には鉄砲騎馬隊、回し打ちという新たな織田の種子島を効率的に使う城跡が確立されたのだ。

 それに家臣団も優秀な人材揃いである。

 家臣筆頭である羽柴長秀、次席である竹中半兵衛を始め、武田騎馬隊13000に堂々と渡り合い、この戦で名を大きく上げた次期当主平手氏郷、可児才蔵、柳生宗厳。

 三国同盟を締結させる助力となった細川藤孝。

 終いには乱世の梟雄と呼ばれた松永久秀まで事実上の平手傘下の家臣である。

 今一番織田家で影響力を持つのは間違いなく平手家だ。

 そんな中での隠居宣言というのは、俺の中ではある意味節目になったかなぁ、程度の認識であったが、家臣たちにすれば青天の霹靂だったようだ。

 

「いやまぁ、俺も40だしさぁ」


「何を弱気なっ! かの戦ぶりを見れば今こそが全盛期であると言わんばかりの武者振りでありましたぞ!」


「才蔵殿の言うとおりです。凄まじいばかりの気迫と豪腕。拙者もまだまだと痛感するような見事な戦ぶりでありました」


 才蔵と宗厳が鼻息荒く反論する。

 

「ふぅむ。あれだけの戦果を上げたのだから褒美は望みのままでしょうに」


 弾正がそうぼやくように言う。

 確かに言えばなんでもくれそうなんだけど、

 

「といっても欲しいモノなんて無いしなあ」

 

 強いて言えば夏場のクーラーとか冬のコタツが欲しいくらいだ。

 そんなものこの世界のどこにあるわけがない。

 

「一体何が不満で隠居をなさるというのですか父上? 武田信玄を討ち、織田家は今まさに飛躍の時を迎えようとしている中、その先駆けとなって道を切り開くのが我々平手家の役目でしょうに!」

 

「そうやってちゃんと考えられる跡継ぎがいるから隠居しようっていうんだけどなぁ」


「何かッ!?」


「いえ、なにも…」


 氏郷の気迫に押され尻つぼみになる俺。

 やっぱコイツのが当主に向いてると思うんだけどねぇ。

 俺がそう考えていると、

 

「確かに武田信玄亡き今、世の情勢は落ち着きを見せようとしています。久秀殿が隠居をなさる、というのであればこの時期は的確かもしれません」


「おお、半兵衛! おまえもやっぱそうお―――」


「が、平手家は少々武功を立てすぎました。ここで隠居とあれば諸侯にいらぬ誤解を招くことになりかねません。『天下布武』の切っ先『武の一文字』平手久秀は戦死した、及び戦えなくなった、と。そうすれば武の脅威がなくなった織田家の武威は落ち、ともすれば武田信玄の仇討ちとばかりに武田は息を吹き返すかもしれませんし、上杉、毛利、長宗我部などの近隣諸侯の圧力も増すかもしれません」


「むぅぅ…」


 半兵衛につらつらと並べられる事柄はありえない事態ではない。

 本来は柴田勝家殿、明智光秀殿、秀吉などが大きく台頭して、織田家の中でのウェイトとを占めているはずなのだが、現在の平手家はその中でも大きく抜けてしまっているのだ。

 信長は友達感覚で仲がいいし、妹のお市も嫁にもらって娘は織田次期当主の嫁さんだ。

 俺自身は恋愛結婚推奨派なので気にしてなかったが、藤原道長や平清盛並のガチガチの地盤固めが出来上がってしまっている。

 まぁ、江は絶対誰にもやらんがな。

 もし結婚させられそうになったら大人気ない権力の使い方をしてゴネにゴネまくって、見合いなどしようものならその席でブレイクダンス踊ってやる。

 俺の持つ全ての力を使って相手をこの世から抹消してやるぞ。

 おっと、イカン。

 あまりの理不尽な現実の前に我を忘れるところだった。

 

「もはや我々平手家は走り続けるしかないのです。世のため、人のため…そして貴方の『友人』である信長様のため」


「………っ」


 痛いところを付いてくる半兵衛。

 ……そうかぁ、結局俺は信長ってやつに付き合って戦国時代を駆け抜けてきたんだっけな。

 はた迷惑なやつだという認識が今までにもあったが、アレか?


『魔王からは逃げれない』


 ってやつか?

 俺は諦めたように項垂れた。

 

 そうして俺の隠居騒動は終わりを告げたように見えたが、それは平手家にこの先振りかかる幸運という名の不幸の序章にすぎなかったのである。





 

 

元亀2年(1573年)

年を越し遠江にも落ち着きが戻りつつある中、一つの知らせが届く。


『平手久秀の長男生誕』


この知らせは誰にとっても青天の霹靂であり、そして同時に幸運と不幸を同時に運ぶものであった。





「マジでかぁぁーーーーーーッ!!!??」


 その言葉とともに浜松城を脱兎のごとく駆け出し、信長が武田戦線が落ち着いた頃を見計らって移した岐阜城へ突っ走る。

 いや、俺の子供って言われても武田戦で忙しくて最後に『ピー』したのがいつだったっけ?!

 ま、まさかお市が浮気を…!?

 いやいやいや、そんな兆候はなかったし、基本信長の側にいるためそんな大それた事をする勇者はいないだろう。

 そもそも茶々、初、江と三姉妹が生まれたため、歴史に忠実に子供も生まれるんだな、と考えていたのだがどうやらやることをやれば歴史ってのは変わってしまうらしい。

 当たり前といえば当たり前の話だが、どうにも俺は既定路線っていうのを頭のなかに描きすぎて予想外の展開についていけないのだ。

 とにかく事の究明を図るため、俺はメロスのごとく岐阜城へと走るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジで生まれてるよ……」

 

「おぎゃ~! おぎゃ~!」

 

「貴方…」

 

 周りが見守る中、俺はお市と顔を合わせ息子を抱いている。

 喜びとも戸惑いとも取れないこの感情。

 子供は神からの贈り物と呼ばれる世の中で、三姉妹に続いて生まれてこず、10近くも離れて生まれた男児に数奇を感じる。

 なんていうか全く実感がわかないっていうのが本当のところだ。

 

「俺の子…なのか?」


「――――ッ!」


「あ…! す、すまん!」


 俺のそんな無意識に近い言葉がお市の胸に深く釘を挿したのが分かる。

 お市も不安に思っていたのだろう。

 俺がそばに居らず、たまに帰ってくるものの武田戦線に集中しなければならない立場の俺だ。

 夫が側にいないのに生まれてくる子供。

 疑われても当然だと思っていたのだ。

 だからこそ、この子を受け取る際、喜びをあらわにすることが出来なかったのだ。

 俺の無神経な言葉を今更ながら悔いる。


「このうつけが!」


―――パァン!!


「……っぐ」


 信長の張り手が俺の横っ面を叩く。

 いつもの様に冗談めかした調子ではなく真顔で。

 

「お前は市が不義を働いたとでも思っているのか!?」


「す、すまん…。ただ突然過ぎて…それだけなんだ」


「なら、市にねぎらいの言葉の一つでもかけてやれ」

 

 振り向くと、不安そうにうつむいて視線を合わせようとしないお市。

 俺はどうにかお市に心労をかけないようにねぎらいの言葉をかけることで精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 元亀2年(1573年)

 岐阜城天守閣にて

 

 

 

「あの場ではああ言ったが、たしかにお前の不安も分かる」

 

「………」

 

「だが、たしかにお前の子だ」

 

「そう、だよな。お市はいつだって献身的だったし、そんな素振りみせなかったし」

 

 俺は晴れない心でそう呟く。

 信長も俺の子が生まれるというのは予想外であったのか、どこか精彩を欠いているように思う。

 しかし俺の子供…初の男児かぁ。

 前世は結婚もせず早世した俺なので、娘は勿論、息子だって初めて此方で生まれた。

 茶々の時もそうだったが、今回は特に実感がわかないというか。

 

「そういえば名前は?」


「あのな、父親であるお前を差し置いて名前など付けられるはずがなかろう」


「そういえばそうだ」


 そんな当たり前のことにも気付かない。

 そうしてそんな当たり障りの無い言葉を交わしていると、信長が不意に頭を下げた。

 

「………すまん」


「は? な、なんでお前が謝るんだよ?


「もっと早くに、市が懐妊した時にでも連絡すべきだった。だがあの時は対武田で手一杯のお前に伝えることが……憚られた」


「…んなこと気にするなよ。俺だってあんな時期に教えられたら困惑してたって」


 武田戦は今でこそ快勝といえる勝利を納めてはいるが、当時は三方ヶ原の戦いや高天神城攻防戦、掛川の戦いと大連戦を繰り広げていたんだからなぁ。

 どっちに転んでもおかしくないどころか、もし武田信玄が辞世の句『自ら風流』のように戦場に死を求めず、徳川殿を追撃していれば、俺達を包囲した時点で押しつぶしていれば、今頃は武田が遠江を支配していたかもしれない。

 それほどに天秤は揺れ動いていた戦いだったのだ。

 

「そうか……」


「当然のことだと思うし、恨む気持ちなんかこれっぽっちもねえよ」


 信長は一つ頷き、


「……わかった。それに関しての話はここまでにしよう。では、此処から先はかなり複雑な問題となってくる。今頃半兵衛や秀長もあたまを抱えているだろう」


「? なにかあったのか?」


 俺の問に信長は若干答えづらさを見せながら、

 

「平手家というのは爺の代より前から織田家の家老を務めていた重臣の家だ。その平手家に跡継ぎが生まれず、そこにお前が現れ当主となった。そして今、お前の跡継ぎは氏郷であり氏郷自身もそういう気構えでいるだろう」


「ああ、アイツは俺なんかよりよっぽど当主に向いてるよ。実質信玄の首を挙げたのはアイツだし……っとこんなこと言うと忠勝に怒られちまうな」


 忠勝とは信玄の首を平手次期当主の箔付けの為に戦わせたわけではないといっているし、実際そのつもりでもいる。

 だが、事実は事実としてそこにあるわけで、それが後押しとなっている事までは流石にフォローは出来ないというか。

 まぁ、忠勝には今度いい酒と、今度もらえるだろう褒美でちょっと奮発した良い物を送っておこう…壺とかいいかもしれん、特にいい音がなるような。

 

「それが問題になるんだ」


「はぁ?」


「お前の跡継ぎが生まれたんだ。当然平手家の跡継ぎにと考えてくる奴もいる」


「…んな馬鹿な。考えすぎだろ」


 気楽そうにそういうと信長はため息を付き、ひとつ間を置き口を開いた。


「馬鹿なのはお前だ。いいか、平手家は今、織田家筆頭家老にして『武の一文字』という織田家臣団の武の先駆けであり、お前が当主になってからの武功だけみても他の家臣団の頭一つ抜けた家であり、内政にも通じ、歴史もある。お前には自覚がないかもしれんがな、もはや一つの大名家といっても過言ではないくらいの影響力があるんだ」


「嘘つけ。だったらなんで俺はお前に会うたびに長谷部国重でガッツンガッツンやられなきゃならんのだ」


 そんな威厳や武威があったならもっと遠慮してくれよ。

 俺の心境がわかったのか、「まあそんなお前だから人材も兵も安心して預けられるわけだが」と、前置きして、

 

「そして武田戦の活躍で次席家老の柴田家を完全に風下に立たせた。アイツは越前を前年に攻めきれずに歯噛みしていたからな。もはや武功は完全に上位だ。そんな中でのお前の男児、正当な平手家の血筋を引く子が生まれた。分かるか?」


「………内部分裂でもするっていうか? んな馬鹿な。俺は氏郷を後継者として指名しているし家臣たちもそのつもりのはずだ」


 氏郷は後継者にふさわしい功績を上げているし、俺自身も認めている。

 家臣だってそうだ。

 今俺の子が生まれたとしてもそれは変わりないことのはずだ。

 

「平手家は誰がなんと言おうと、跡継ぎは氏郷一人だ。今までアイツは俺にいびられながらも真っ直ぐやってきたんだ。俺自身がアイツ以外いないと思っている。俺の子が生まれてきたけど歳の差だってあるしな」


「たかが十数年の差だ。そして平手家はもはやお前が一から起こしたと言ってもいいほど家風が違う。そのお前の子に誰が期待しないでいられる? 氏郷には、元の性の蒲生を名乗らせ、当主としてではなく家臣として仕えればいい。氏郷もお前に似た気風の男だ。否とは言うまい」


 信長のその言葉に瞬間的にカッとなった。

 

 

「――――ふざけんなッ!!」



――――ドンッ!!


 怒りのあまり、床に拳を振り下ろした。

 氏郷が蒲生の性を名乗りたくて名乗るならそれもいい。

 だが、状況で流されて、妥協し、諦めるようにその性を名乗るのなら絶対に認める訳にはいかない。

 不義理にも程がある。

 

「今言ったことは現実としてあり得ることだ。俺はそれを代弁しているに過ぎない。そういう話が織田家には流れつつあるということだ」


「だったらその流れを止めればいい。どいつだよ、氏郷の苦労も苦悩も知らねえで…。たしかに俺の子は可愛いけどさ、んな事許されるはずないだろ!? 幸いまだ生まれたばかりだし、氏郷にもいい含めて兄弟やみたいに育ててやればいい話だ!」


「兄弟でもいつかの俺と信之のように仲が良くなく、家が割れることもある」


「! さっきから否定的な……っ! そもそもお前が鶴の一声で氏郷を指名すればいいんじゃないのか!?」


 信長は俺の言葉に首を振る。


「俺には出来ん事情がある。それにこれはその者の言葉を代弁したにすぎん」


「だから誰だよ、そいつは。いいよ、俺が直接話しつけてやる、変な噂流すなって。それでも納得しないなら大人気なく権力振るってやる。俺は織田家では筆頭家老なんだろ? 影響力だってあるはずだ」


 勝家殿だろうと光秀殿だろう知ったことか。

 そう言って立ち上がろうとする俺を呼び止めた言葉は、思いもよらぬ人物の名が出たためだ。

 

「爺だ」


「は……?」


「爺―――平手政秀。現平手家の隠居であり、幼少の頃に散々世話になったあの爺だ。『我が息子、平手久秀の嫡男こそが平手家の次期当主』だと、言い出して聞かぬ」


「あの…爺様、が……?」



―――武田戦線において眩いばかりの名声と功績を挙げた平手家が今まさに、2つに割れようとしていた。

 

 

 

 

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