第四話 秀吉登場、土付かずの旗大将ってなんだよ?
「ふぁ~っと」
あくびをひとつ噛み締めながら、今日もまた政務に励みながらせっせと書類をかたしていく。
信秀様が亡くなられてはや数ヶ月が経ち、織田家の家臣たちの動揺も治まってきているようだ。
いや、違う意味では動揺は深まり、騒がしいくらいである。
というのも、信秀様の葬儀の信長の態度が家臣たちの今一番の注目なのである。
尾張の大うつけと呼ばれた信長だったが、葬儀の際には喪服を着て正装し、最後まで毅然として先代を見送ったその様が、家臣たちには驚天動地の出来事であったらしい。
いや俺ですらびっくりしてるくらいだからなぁ。
今家臣団では、信長をどう扱っていいか模索しているといった感じなんだろう。
そうそう、なんか正式に家督を継いでからの信長は昔とは違い、責任と重圧というものを日々感じているみたいだ。
たまに…というか結構頻繁にお市と俺と信長で飲んだりするんだけど、あ、濃姫は一応身内ではあるけど美濃のマムシが健在である中、弱みを見せるわけにはいかないので呼んではいないんですよ。
決してイジメとかそういうのウチのクラスにはありませんから。
まあとにかく気の置けない家族の団欒って感じで飲んでるんだけど、ある意味団欒というより信長の愚痴大会だよね。
織田の兵が弱すぎるだの、道路整備がどうだの、今川対策がどうのとか。
でもやっぱ一番の話題は家臣団の扱いなんだよな。
佐久間信盛、柴田勝家、滝川一益、前田利家、丹羽長秀、平手久秀…などなどの重臣達。
そうそうたるメンバーがずらりと並んでいるが……いやわかってるよ、最後になんか変なの混じってるってね。
そう問題は俺なんだな。
平手の爺さんはもう隠居しているため、平手当主は俺な訳だ。
だから評議会にも出席するし、意見を求められれば答えもする。
でもそのたびに古参の重臣方がすんごい顔して俺を睨んでくるんだよ。
信長もまわりくどくネチネチと重臣から諫言を受けてるみたいだし。
いやまあ、確かにお市を嫁に貰ったし、信長と仲がいいから重用されてるとか全部が全部的外れってわけじゃないしなぁ。
家督を引き継いだ後の家臣の使い方っていうのは大事で、特に先代からの重臣を軽視してはいけない。
そんなことをすれば信玄を失った武田家のように、もろくも崩れ去ってしまうものなのだ。
とはいったところで戦働きも政治も特に目立った功績はなく、しいて言えば超旗振ったくらいかな。地味に自慢だったりする俺だったり。
認めさせる場がなければどうしようもないわけで、来るべき今川との戦で少しくらいは目立って置かないといかんのかもしれんね。
そう思いながらふと信長を見ると見事に酔いつぶれていた。
あ~あ~、大して飲めないくせにベロベロに酔っちまいやがって……。
お市~、信長の布団用意してもらってもいいか~?
「…お?」
兵站の仕事で外に出て働いていると、なにやら兵たちが盛り上がっているようだ。
身振り手振りで面白おかしく兵たちの興味と関心を掴んでいる人物がその中心にいるらしい。
別に咎め立てることではないが、興味があったので近寄ってみると、
「やや!? そこに居らっしゃるのは平手久秀様でいらっしゃいませんか?」
「あ、ああ。よくわかったな」
「わからいでか! あれは美濃での小競り合いのなかの出来事で御座る。そりゃあ馬鹿デカイ旗を振る旗大将! ワシぁ目をひん剥いちまったんでさ!」
身振り手振りでその当時を再現する。
おそらく旗大将としてブンブンとにかく旗を振っていた時期の話だろうなぁ。
最近は俺も戦では人を使う立場になっているし、そう大手を振って旗を振ったりはしない。
その頃に俺の姿を見かけたんだろう。
「たしかにそうだが、よく覚えていたなぁ」
「へぇ、ワシは記憶力と要領だけはいいんで…!」
そういって照れくさそうに顔を掻く男。
頬を掻く仕草がまるで猿みたいだなぁ、顔もなんだかそれっぽいし。
ん? 猿?
っていうかもしかして、
「なぁ、名前を聞いてもいいか?」
「へぇ、わしの名前は木下藤吉郎といいやす」
「マジでかッ!!!」
「へ?」
オイオイ、木下藤吉郎っていえば、戦国一の出世頭ともいえる後の太閤、天下人豊臣秀吉じゃねーか!
はぁ~、たしかにサル顔だなぁ。
でも話してみた感じ、人の関心を買う話術、記憶力や要領のよさ。
やっぱり天下を取る人物っていうのは違うもんなんだなぁ。
でもやっぱりサル顔だ。
「木下藤吉郎か。俺は平手久秀だ。一応平手の家督を継いで家老ではあるけど、もともと農民上がりの養子だからなぁ、今度あったらまた話でもしよう」
「へ、へぇ」
そういって未来の天下人と握手、と。
いや~驚きの邂逅だ。
やっぱ人は見かけじゃないね。
しかししつこいようだがサル顔だったなぁ。
信長のネーミングセンスはようわからんが、こればっかりはあたってる気がする。
天文23年(1554年)
織田信友 斯波義統を暗殺。
織田家当主に信行を支持を表明。
さてさて、実に厄介な出来事が起こったもんだなぁ。
今、織田家中ではダイレクトにその問題を抱えているためだ。
正式に家督を継いでいるのは信長のはずなのだが、普段の行いから尾張の大うつけと呼ばれた信長に家督を継がせたくない土田御前が信行を家督に推挙しているのだ。
かねてから織田信友と先代信秀様は衝突しており、そんな中でこの表明である。
いわゆる内乱状態に突入仕掛けているのだ。
だが、信長にとって救いがあった。
それは信行の信長対する嫌悪感の緩和である。
織田信秀の葬儀の際に、喪服を着て正式に父を悼んだことを目の当たりにしたためだ。
信行と信長は土田御膳との確執からあまり顔を合わせる機会がなかったようで、俺との出会いによって(自分で言うと照れるが)性格が温和に落ち着いた信長を葬儀で初めて見たらしく、その変わり様に驚いたそうだ。
大うつけと呼ばれた兄に国を任せておけないと思っていた信行だったが、ここに来て態度を軟化させ始めているのである。
家臣団も同じような姿勢を見せており、どっちつかず。
唯一方向性を見せているのは、丹羽長秀、平手久秀(俺ね)の両名のみ。
両者ともに信長支持を表明している。
後の家臣は風見鶏のようにクルクルくるっくーである。
「さてどうしたものか」
もはや恒例となった我が家の晩餐に今夜はなんとゲストが来ていた。
「土田御前にも困ったもので御座るなぁ」
丹羽長秀そのひとである。
『米五郎佐』とも『鬼五郎左』とも呼ばれ、『かかれ柴田』こと柴田勝家に並ぶ織田家随一の猛将でありながら行政でも活躍は著しく、器用貧乏どころか器用富豪のような人物だ。
というよりこの場に呼ばれる時点で信長の信頼加減が伺える。
自分の嫁さんも女中でさえもこの部屋に入れようとしないもんなぁ。
「そう言ってくれるな、俺の母には違いない」
「……申し訳ござらぬ。殿の気持ちも考えず」
「よい、気にするな」
信長はリラックスしているのかお猪口を片手に丹羽さんに向かって手をふりふりしている。
っていうか俺とお市の部屋でリラックスしすぎじゃね?
なんとなく理不尽な怒りが湧いてくるが、まあ信長だからなぁ。
「ん?」
まてよ、リラックスか。
もしかしたらコレでうまくいくかもしれんなあ
今の信長なら滅多なことにはならないだろうし。
随分と長いこと考えていたのか、
「どうしたぁ~久次郎~? 酔ってるのかぁ~?」
それはお前だよ。
こりもせずにまたベロベロに酔ってやがる。
ったく、コイツと出会ってから気苦労が絶えないっつーの。
ほら、肩かせ! 布団まで引きずってやるから。。
というわけで俺はかねてから考えていた作戦を実行した。
その名も、
『チキチキ! 信長、信行の食って酔って暴露大会!』
まあ、名前の通りである。
お互いに今までの確執がありすぎて、距離を縮められないというのなら話し合いの場を設ければいい。
さすがに二人だけにするとヤバそうなので俺とお市もその場で御相伴するつもりだ。
土田御前の手前、多少言い訳と根回しを丹羽さんに頼んでいるため、後顧の憂いなしである。
っていうか前の飲み会の時に思ったけど、丹羽さんって超いい人なんだよね。
俺って結局は農民上がりでもあるわけなんだけど、それを知りながらも「過去は過去、今は今でござる」とか言われてちょっと泣きそうになったのは秘密である。
今度なにかお礼をしなければいかんかもなぁ。
え? 作戦の成否?
うまく行ったよ、信行くん(親しみから呼んだらこれからもそう呼んでほしいと言われた、いい子や)と信長もよかったなぁ。
最後は皆で盃をかわして、兄弟仲良くしようぜって具合に閉めて終わった作戦だった。
後は信行くんが信長の家督相続を認めることを正式に表明し、家臣たちに言い聞かせればこの件は一件落着かな。
あ、信行くん信長は家に泊まらせてくからだいじょうだよ。
信行くんは……あ~土田御前かぁ。
まぁ、また今度泊まりに来ればいいや、また飲もうぜ!
ちなみにこの後、織田信友は一丸となった織田家家臣団によってメメタァされ、尾張が遂に統一されたのは言うまでもない話である。