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第三十九話 甲斐の虎 その壱


 結局、藤孝に依頼した高天神城の詳細はわからず、不安要素を抱えたままの状態であったが、この機を逃すわけにもいないと遂に掛川城攻略戦が始まろうとしている。

 

「こっちはの兵力は23000。10000の北条が背後をついてくれれば33000と掛川城の山県昌景率いる6000に対し5倍以上か」


 通常、籠城する側の3倍以上の兵数を用意するのが籠城戦と言われており、今回は織田、徳川だけでもその3倍以上を用意しての盤石の姿勢だ。

 更には頃合いをみて北条の10000が挟撃する手筈であるから、いくら山県昌景といえどこの攻勢に耐えられるとは思わない。

 唯一の懸念といえば高天神城、二俣城からの援軍であるが、此方には後詰の信長が20000の兵を用意して、二俣城を板垣信方が動くようであればすぐさま二正面作戦を行える準備をしている。

 やっぱり経済圏を背景とした人海戦術というのは便利だよね。

 金に飽かした緊急徴兵で練度のれの字もない兵であっても、種子島はその練度をカバーする攻撃力と破壊力がある。

 攻城戦ということもまた追い風で、今回は釣り野伏や鉄砲騎馬隊などの面倒な手順を踏まず、武田が馬を使えないため数の暴力で押しつぶす事も可能だ。

 もし野戦に持ち込もうと騎兵が突撃してきた所で、鉄砲騎馬隊と足軽鉄砲隊もいるため突破されることもないだろう。

 だが……

 

「………」


「どうしました、父上?」


「? 氏郷か」


「先程から顔色が優れぬ模様。なんか懸念ごとでもあるのですか?」


 どこか心配そうな氏郷に向かい、多少の笑みを浮かべる。

 だがよくみると氏郷自信もあまり顔色が良くなく、何か懸念があるように感じられた。

 ともすればそれは同じ悩みであるのかもしれない。


「真田幸隆だぞ? あの遠謀深慮、表裏比興を地で行くあの爺さんが前線にいてこんなにうまく事が運ぶ事自体が懸念そのものだよ」


「……やはり父上もそう思われますか?」


 俺の懸念を氏郷も持っていたらしく、俺の言葉にひとつ頷く。

 

「真田幸隆の用兵と対峙したものにしか分からない事なのでしょうね、この感覚は。こうして圧倒的有利な状況で掛川城攻略を目の前にして、まだどこか勝利を信じ切れない、一波乱の予感を感じさせます」


「正直、俺もこのまますんなり終わる気が全くしないわ」


 お互いに顔を見合わせ苦笑する。

 

「ただまあ、額面通りに取れば俺達の有利は確実だ。いくら山県昌景とは言え兵站のない援軍の期待できない籠城戦ならどうしようもないさ。ま、この手でぶん殴ってやれそうも無いことが残念といえば残念だが」


 俺の軽口が軽くツボに入ったのか、氏郷は声を上げて笑い出す。

 悪かったな、粘着質で。


「そうですね。不安は足を鈍らせる。今は目の前のことに集中することにしましょう」









元亀2年(1572年)

掛川城へ一斉攻撃開始。

ついに掛川攻城戦の火蓋が切って落とされる




―――ダーン!! ダダーンッ!


「とにかく城の四方から種子島を掛川城に撃ちまくれ! 兵に顔を出させない位派手にやってやれ! 弓兵は火矢を! 派手な炎上を起こさなくていい、消火活動に専念させる兵を作るだけでいい!」


 包囲した掛川城に絶え間なく降り注ぐ弾丸の嵐。

 火矢も絶え間なく降り注いでおり、ちらほらとぼやも見掛け始めている。

 ここまでは完全に此方の予想道理の展開だ。

 そんななか半兵衛が腕を組み考えるように、

 

「思った以上にあちらの攻勢が弱いですね。この籠城戦は援軍のない籠城戦であることは山県も承知のはず。何か手を打つなら戦力に余裕のある今しかない。それともこのままジリ貧に削られ屍を晒すとでも言うのですか?」


 半兵衛の言葉の通り、ここまでは一方的だ。

 正直な話、確かに攻略の糸口を見つけ出すのは難しいだろう。

 だがさんざん俺を苦しめたあの山県昌景がこんなに簡単に崩れ落ちていっているという現実がどうにも癪に障るというか。

 俺にライバルはこの程度なんかじゃないっていう子供じみた感傷というべきか。

 

「この調子ならさほど時間をかけずに掛川城を攻略できそうですね」


 俺がそんな感傷に浸っていると背後から藤孝に声をかけられた。

 

「藤孝か…。確かにこの調子がなら、な」


「ふむ、そうですな」


「で、どうした? なにか問題でも起きたのか?」

 

 俺の促しに対して、藤孝は何かを考える素振りをしては話を切り出しづらそうにしている。

 普段見せないその歯切れの悪い姿に疑問を覚える。

 

「いえ、この戦に関係ないかもしれないし、関係あるかもしれない。その判断が私にはつかないのです」


「ん~、要領を得ないな」


 いくぶんか迷った末、藤孝は口を開き始める。


「先ほど以前の斥候からの報告を受けました。高天神城周辺を始め武田領地に至るまで、まぁ茶道によるコネを使い情報を集めていた所、実は武田信玄は既に病身、幸隆も長くないとの事」


「……そうか」


 ある程度は予想していた展開だ。

 俺は別に武田信玄と雌雄を決したいと思っているわけじゃない。

 幸隆とて病気で没してくれればそれに越したことはない。

 ただ、未来から来た俺としては、戦国の雄である二人に対し尊敬や畏怖の念を持っているだけで。

 

「そしてこれは信憑性が高い情報ではないのですが、高天神城にて上杉謙信と武田信玄が会見を行ったという噂が流れております」


「「なっ!?」」


 あまりの事実に驚きの声が上がってしまう。

 隣にいる半兵衛も同様のようだ。

 

「内容まではわかりかねますが、その後謙信は躑躅ヶ崎館にて勝頼とも会見をしたとも。事実である確証はありませんが、無視するには余りにも大きな問題です」


「武田信玄と上杉謙信が…?」


「今更何故会見を…」


 俺はその時、二人とは違うことを考えていたように思う。

 後の歴史でもライバルとされるこの二人だが、お互いを認め合っていたという逸話は数多く存在する。

 例えば塩不足の武田に、謙信が塩を送った逸話。

 勝頼の後見に謙信を推し、礼を失する事なければ謙信は勝頼を支えてくれると信玄が語った逸話。

 

 ―――嫌な予感がする。

  

 謙信と信玄はもう幾度も刃を交えすぎ、そして家臣を失いすぎ歩み寄る余地はなかった。

 だが、勝頼ならどうだ?

 まだ若い勝頼に対し謙信はどう対処する?

 

(和睦か、それとも同盟か、もしかすればそれ以上に……)


 信玄が健在の間は無理だろうが、勝頼になれば話は別だろう。

 それならばこの掛川城を早急に落として、信玄を孤立させ勝頼への権力集中を防ぎ――

 

 

「伝令! 高天神城方面より大群が押し寄せてくる模様!! その数およそ13000! 旗印は真田六文銭、桔梗紋、赤揃えの裏花菱、そして―――風林火山です!!」



 伝令の言葉が耳に入るたびに、目眩を感じる思いだった。



『斥候によると兵が慌ただしく高天神城に出入りしているとの事で…』



「やられた…」


 あまり重要視していなかった事柄が、個々に来て逆転の一手へと変わろうとしている。

 おそらくは将兵が兵に化けて高天神城へと集結していたのであろう。

 武田信玄はもはや病床の身だという。

 その死は避けられない。

 

 『虎は死して皮を残す』

 

 これはもはや掛川城攻略戦などではなく、武田信玄という男の最後の戦。

 勝っても負けても古き血は淘汰される。

 なにより武田信玄という男は、高天神城を枕に病死するような男ではなかったということなのだろう。

 攻城戦を仕掛ける以上、援軍に対しては野戦で対応するしか無い。

 それはつまり、戦国最強と呼ばれる武田騎馬隊との全面衝突を意味するのである。


「真田幸隆、板垣信方、山県昌景………そして武田信玄!」


 

 ―――こうして戦国最強武田信玄率いる騎馬隊13000との火蓋はこうして切って落とされたのである。

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