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第三十八話 人という字は支えあっているようで一方が楽をしている

元亀2年(1572年)

高天神城で武田に不穏な動きありとの報告が届けられる



「不穏な動きか…なんか漠然としていてどうにもなぁ」


「斥候によると兵が慌ただしく高天神城に出入りしているとの事で…」


「兵が出入り?」


「はい」


 俺の言葉に半兵衛が頷きながら返答する。

 

「北条との同盟が漏れた? にしては早すぎる対応だな」


 先日俺自ら小田原城に出向き三国同盟を取り付けてきたが、それからまだ一週間も立っていない内に武田にバレたってことか?

 確かに巫女や忍などを各地に飛ばし、情報収集に関しては武田には眼を見張るものがある。

 そもそも高天神城を奪われた背景からして、その高度な情報工作によって電撃作戦での落城なわけで。

 そう考えるとバレていてもおかしくないのかもしれないな。

 俺がそんなことを考えていると、

 

「いえ、これは私の感にすぎないのですが…」


 そう前置きして半兵衛が口を開く。

 

「北条との同盟は未だ武田には伝わっていないのではないかと」


「は? じゃあなんで武田が高天神城で動く必用があるんだ?」


「まず、織田、徳川、北条が同盟を組んだ場合、高天神城にて武田には勝利の可能性はありません。それは物資の問題でも有り、将兵の問題でも有り、何より武田単独では高天神城に籠城する兵站が存在しない」


 その兵站の維持を北条頼みにしていたんだからなぁ。

 しかも二俣城、掛川城、高天神城の三方向から浜松城を包囲しているため、余計に兵站の維持というのは難しい状態になっているはずだ。

 本国での収穫が今年は期待できない以上、何が何でも遠江を手に入れ物資を確保したいはずである。

 

「そしてなにより北条が寝返ったとなれば今度は背後からの強襲にも気を配らなければならない。そんな状況で高天神城に拘る愚を武田信玄、ひいては真田幸隆がするはずがない」


「あの爺さんはなぁ」


 数え上げればきりがない位煮え湯を飲まされてる相手だ。

 正直、俺の肛門括約筋が緩ければ脱糞の一つや2つはしてもおかしくないくらいである。

 あの独特の戦略眼とでも言うべきか、少しでも隙を見せれば喉笛を掻っ切られるというか。

 正直チートボディじゃなければ2,3回は死んでいる自信があるぞ。

 

「その両名をして高天神城へ留める理由は、北条の寝返りを知らず兵站の維持が可能だと思っている証拠にほかならない。掛川城を奪われれば高天神城は孤立するのですからね」


 高天神城は掛川城の南に位置して、交通設備はしっかりしていない山道の先にある城である。

 ゆえに掛川城が落とされれば交通路は無いに等しくなり、唯一の海路も徳川、北条で斡旋しているため陸の孤島になってしまうのだ。

 そうなれば後は掛川城に全軍を集結させ、二俣城と高天神城の二正面作戦で方は付く。

 此方には経済力を背景とした豊富な兵站と兵力、種子島が存在し、如何に屈強な武田だろうと腹が減っては戦はできぬという格言の通り、折を見て和睦でも従属でも信玄の身柄さえあれば夢ではない。

 

「故に掛川城は武田の生命線とも言える城。いくら海がほしいとはいえ北条に背後をとられる事実を武田が知れば掛川城へ撤退せざるを得ない。だからこそこの行動の裏には北条のとの同盟は関与していないと思うのです」

 

「実際、北条の爺様(北条氏康)からは、『ぎりぎりまで武田との折衝を続けて、武田との埋伏の毒になってみせるわい』とかスゲエいい顔で言ってたからな…」


 この時代のジジイは元気すぎて対処に困るというか。

 老いてなお盛ん、黄漢升もかくやと言ったところだよ、全く。

 

「さて、では何故高天神城で兵が慌ただしく出入りしているのか。これは全くの憶測に過ぎませんが」


 話を戻し、半兵衛が一息入れるように茶を口に含む。

 これは言い難い事を言い出す半兵衛の癖である。

 そして静かに口を開いた。

 

「――――武田信玄の身に何かあったのではないか、と」









 元亀2年(1572年)

 平手久秀の自室にて




「武田信玄の身に何か、か」


 ありえない話ではない。

 というか考えれば考えるほどに現実味を増していく。

 

 そもそも武田信玄は織田信長と正面対決する前に病死してるはずなのだ。

 俺という異分子によってだいぶ歴史が捻くれ曲がって入るものの、大筋の流れは人の寿命や年月の流れという点においては変えようがないはず。

 病死であるのならなおさら異分子である俺が武田信玄に関わることがなければ、根本からの治療や抜本的な解決にはならず、せいぜいが死亡年が前後するくらいなはずだ。

 半兵衛が言ってることは確かに正鵠を射ているかもしれない。

 

「……あ~!! 俺がせめて正確な年号や推移を覚えていればなぁ!」


 とは言えこっちに来て30年。

 いくら前世の記憶があると入っても、忘れてしまうことがあるのは仕方ない。

 メチャクチャ忙しい日々を送っていたわけだしなぁ。

 

「もし武田信玄が病気でこのまま死亡したらどうなるんだ?」


 当然武田家は混乱に陥るだろう。

 次の当主は勝頼だっけか。

 歴史家からの評価は決して高いとはいえない人物で、プライドが高く前当主信玄と何かと比較されるのを嫌い、重臣を重用せず武田家の内部に亀裂を入れたとも言われている。

 しかし戦をさせれば勇猛果敢であり、数々の戦功を上げる能力は親譲り。

 最後は鉄砲の前に騎馬隊と共に散る…そんな人物だったはずだ。

 信玄よりは組みやすく、歴史上の結果からもその方が有利であるため願ったり叶ったりの話ではあるが…。

 

「って、まだホントに信玄が病気になってるとは限らないんだけどな」


 大体寿命云々が逃れられないのであれば平手の爺様や浅井長政は今生きていない。

 楽観視するべきじゃないだろう。

 

 っつーかそう考えれば考えるほど真田幸隆の顔がちらついてくるな。

 何しでかすかわからない怖さというか。

 まぁ、とりあえずは斥候の報告待ち、どんな報告にせよこのまま時間がかけられるようなら一気に掛川城を落としてしまえばいい話だ。

 そうすれば確実に高天神城は落ちるわけだしな。




元亀2年(1572年)

浜松城にて評定



「では掛川城攻略についての評定をはじめたいと思います」


 家康殿の評定開始の合図から様々な意見が評定に打ち出されていく。

 今ここにいるメンバーは徳川家康を筆頭に重臣がズラリ。

 俺の方は俺、秀長、半兵衛、氏郷、弾正の5人。

 他の家臣は武田がどうも怪しい動きをしているのが気になるため、藤孝を中心とした構成で探らせている。

 そしてこの他にもこの場にいるのが、

 

「氏康殿、掛川城への派兵はどの程度用意できましょうか?」


「そうですな。佐竹家、里見家と我が家も交戦状態ではないが、あまり多くの兵を出し国の防備を疎かには出来ませぬゆえ…2000、3000が限度でしょうな」


 そう語るのは北条氏康その人である。

 なんでも三国同盟を締結させるためには自らの足で出向いたほうが速いうえ、飢えた獣となるだろう武田に対し迅速に対応するためだという。

 そしてその横にいるのは戦国のシーラカンスこと北条幻庵と北条綱成。

 いくら隠居しているとはいえお前ら国の中枢じゃん、という思いとともに、氏政の苦労が慮れる限りである。

 その氏康の言葉に何を思ったのか、本多忠勝が口を開く。

 

「ほう、かの大国北条家がこの武田戦線の重大時に3000程度などと。それではあらぬ誤解を招きかねませぬな」


「ほほぉ?」


「此度の戦が額面通りにゆけば武田家は大きく力を失うことになり、領地もまた削り取ることも可能でしょう。そんな中、大した派兵もせぬ北条家の方々が上澄みをすくうとなれば…これは如何なものかと」


「忠勝ッ!! 口を慎まぬかッ!!」


 家康の怒声による制止で忠勝は口をつぐむ。

 ただその表情は消して納得の言っているものではないことは明らかだ。

 表立って戦うのは徳川で、兵を失うのも徳川である。

 だからこそ派兵の少なさに対し文句の一つでもいいたくなってしまったのであろう。

 周りを見れば徳川家臣団のほとんどが忠勝と同意見なのか、あまりに過小な派遣に憤っているのか、例外は本多正信殿くらいである。

 そしてこの波乱の予感に弾正がどこかウキウキしはじめたのは勘違いだと思いたい。

 それを見た氏康は、ふむと顎をさすり、

 

「徳川殿の家臣は勇猛果敢なれど、ちと周りを見る目が足りぬように感じますなぁ」


『―――ッ!!』


 火に油を注ぐようなその言葉に、文字通り炎上し始める徳川家臣団。

 血管がブチ切れそうな人もチラホラと。

 俺は巻き込まれぬように空気になっていよう。

 

「そもそもがですな、私が同盟を組んでも良いと思ったのは平手殿、ひいては織田殿とその盟約によるものゆえであり、あくまで徳川殿は織田殿の同盟相手。皆様方の知っての通り北条は武田との兵站の中止をします。それが大前提であり我が北条の役目でありましょう。その見返りは織田家からの種子島の提供による我が家の軍事力の強化、武田領の分割による有能な武将の確保にある。さて徳川家はなにを北条へ頂けるのか。それを明確にせねば北条も徳川家に対し身を裂き礼を尽くせませぬゆえ」


「黙って聞いておれば浅ましい物言い!! 同盟を組んだのであれば協力するのが当然であろう!」


「それは対等の立場での話。同盟とは互いに利益があるからこそ結ばれるもの。もう一度申し上げる。『徳川殿は北条に何をもたらして頂けるのか』」


 そう言って氏康殿が徳川殿へと視線向ける。

 交渉の向かいどころによっては、武田に兵站を続けかねない勢いである。

 確かにもともと武田と同盟を組んでいたのだ。

 いや、今も武田は北条と同盟を組んでいるつもりだろう。

 掛川城を奇襲で落とす為には、今はまだ三国同盟を表に出す状況ではない。

 故にこの三国同盟は北条の意向で『どうとでもなってしまうのである』。

 

「―――さて、返答は如何に?」


 そこには戦国を生き抜き、相模を繁栄させた『獅子』の姿があった。

 





元亀2年(1572年)

久秀の自室にて




「いやはや、上手くやったものですな」


 弾正が上機嫌に氏康に酌をしながら褒め称えている。

 この二人、小田原城で余程気があったのか暇さえあれば茶飲み友だちとして、酒飲み友だちとして、まあ言わばマブダチになっていたようである。

 毎回疑問に思うが、なんで俺はこの二人の茶のみ話なんかに付き合わされにゃならんのですかね?

 

「まぁ、徳川家には優れた武将が多数存在しておりますからな。今のままでも十分領地を広げても経営は成り立つでしょう」


 氏康殿と家康殿の折衝の結果、北条家は対武田戦線に於いての有力武将に対する優先交渉権を獲得したのである。

 つまり、徳川が欲しいと思った人材であっても北条の許可がなければ口説くことは出来ず、先に北条との交渉をさせろという条件を勝ち取ったのだ。

 徳川にしてみれば痛恨ではあるが、確かに北条に徳川が与えられる物は少ない。

 そこをついての折衝であったのだが、

 

「だけど氏康殿、10000も派兵して大丈夫なのか? 国の守りもあるし少々心もとなくなるのでは?」


 その変わり、北条の派兵数は10000となってしまったのだ。

 譲ってもらってばかりではいい関係は築けない。

 最後は家康殿の才気を認めるとばかりに派遣兵を増加し、北条への風当たりを緩めたのである。

 交渉事っていうのは難しいね、全く。

 

「そこは織田殿に事前に種子島の融通を依頼しておりましてな。なぁに、里見や佐竹などの種子島の存在すら知らぬ田舎大名なら武田戦線が終わるまでは時間が稼げましょう。むしろこの際両家ともども屈服させてしまうのもありかと思っておりますよ、あっはは!」


「なんというかまぁ…」


 そう言って、上機嫌に飲む氏康殿に酌をするのであった。

 弾正タイプかと思ったら、信長タイプなのかもしれないなぁこの人。

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