第三十六話 武田崩し、やっぱり抹茶茶碗は様式美的な形があるよね
元亀2年(1572年) 鬼美濃討ちからの翌日
浜松城にて軍事評定
「私はこれを機に二俣城攻城戦を提案いたします」
評定が始まって開始早々本多正信殿が口を開く。
あまりの唐突さに、俺達織田家はポカーン状態だ。
とりあえず、俺は織田家代表としてこの場にいるので、その真意を聞いておかねばなるまい。
「二俣城を落とすと言われましたが、一体どんな策を用いてあの城を落とすつもりなのですか?」
「此度の戦いで相手は馬場信春という武田四天王を失いました。不死身の鬼美濃と呼ばれた猛将が死を迎えたとなれば、兵に動揺は避けられますまい。もともと六千という兵数で何戦も戦い、死傷者数もかなりの数になっております」
まあ、たしかに元々三万を18000、6000、6000に割り振った兵数だったしな。
将兵も少なからず疲弊してるし死んでいるだろう。
対する織田、徳川は鉄砲という武器の回し打ちで、籠城戦でのキルレシオは相当な数字になっているはずだ。
野戦を仕掛けた先の戦も兵の損害という面を見れば五分五分だろう。
だがそれだけで攻城戦はちとはやり過ぎではないか?
そう思ったのは俺だけではなく弾正もそうだったようで、
「攻城戦と簡単に申しましても、そも三倍の兵を要すると言われるほど攻城は難しいもの。士気が落ちているであろう、兵数が少なくなっているであろう…いささか戦に踏み切るには希望的観測が多いのではないですかのう」
ひょうひょうと語るジジイに正信殿より俺のほうがイラッと来たが、正信殿は表情を変えず、
「そうたしかに弾正殿の言うとおり、今挙げた全ては憶測。だが一つだけ確かな不足があります」
そう言って正信殿は口角を上げる。
「『兵站』です」
「―――! そうか! あれだけ戦を起こしているのなら槍も矢も馬も兵糧とて消費しているしている!」
「そして何より武田が農繁期に戦を起こし高天神城を落とした奇策。見事でしたがこれは北条の資源の供給を当てにしてのもの。自らが欲しいままに使えるものでもなく、交渉、運搬等の手間がかかる。しかも今は同盟を組んでいても元は敵国でもあり、鬼美濃を失った事で劣勢に立ったと言わざるをえない武田は、兵站の交渉に手間取るはず」
そうか、高値で売れるときに売るのは商売の基本だし、もし武田がこのまま負ければ織田が隣接するからこそ、それを防ぐために三国同盟で武田の地での決戦を望んでるんだよな。
そうなると打つべき手が増えてくる。
「すみません、話の途中で割り込んでしまうのですが」
徳川方が話し合ってる中、空気を読まず俺が話しかけるとちょっと嫌な顔をされた。
少しショックだったが、まあいい、本題に入ろう。
「徳川殿は仮に武田を討ち滅ぼした後、北条を狙いますか?」
俺のその質問に家康殿は少し悩み、
「いや、和睦を結ぶ。武田信玄、武田一門を打ちとってなお、あの地を平定するのは時間がかかるだろう。その間を北条に攻められてはたまらんからな。和睦を結び時間を稼ぐだろうと考える」
「ふむ、そうですか…」
もともと北条と闘う理由はないし、元将軍命令で兵站を担っているだけだしな。
後々の禍根としては弱い。
ならばいっそ発想を逆転させてみるのもいいかもしれないな。
「武田が兵站に苦しんでいるのはわかりました。北条もそうそう武田に対して良い感情はない。ならばここで…」
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「織田、徳川で西を、北条で東を挟んでしまうというのはどうでしょう?」
「なかなか無茶を言いますね」
評定が終わって半兵衛の口にした開口一番の言葉である。
いやぁ、そうはいっても武田は盟約破りの常連だしなぁ。
織田、徳川は歴史のある同盟だし、浅井に裏切られそうになったことはあっても、表立っていないので盟約破りなど無い犯罪歴は真っ白である。
そして今のこの状況、北条が兵站を負担しなければ武田は間違いなく貧困し、高天神城、二俣城、掛川城のいずれかを放棄せねばならなくなる。
いずれ北条も武田か織田、徳川を相手にしなければならない。
別に織田は従属という形を取ってくれれば相手を滅ぼしたりはしていない。
しかも相手は北条になれば同盟関係も考えられる。
徳川殿も和睦を結ぶって言ってたし、いい案だと思うんだがなぁ。
「確かに武田は北条にとって目の上のたんこぶ。取れるものなら取ってしまいたいでしょうが、そううまく行くものでしょうか?」
「そうさなぁ。俺の独断で決められることじゃないから、信長にちょっと話をしてみるわ。……文じゃ時間がかかるな、馬で行くか!」
そう言って厩へレッツゴーである。
『半兵衛eyes』
「はぁ……」
我が主は荒唐無稽な人だとは思っていたがここまでだと思っていなかった。
思い立ったら直ぐ様行動。
即断即決の人物である。
どちらかと言うと私はあらゆる点を鑑みて短慮を避ける節があるため、行動が遅れがちな部分がある。
それは思慮深いとも言えるし、優柔不断とも取れる境界線であろう。
即断即決にしても短慮で身を滅ぼした例は数知れずあり、これもまた一長一短の部類なのだろう。
彼の御仁に付き添い始めてからどれくらいが立っただろうか。
これだけ長く一緒にいるのに、驚きや新鮮さというものがあの方と居ると途切れることがない。
武辺の者かと思えは思慮深いところもあり、身内に甘く、情に厚い。
羽柴秀長殿と私は筆頭家老、次席家老であり平手家の全件を任されているに等しい。
氏郷殿や継潤殿が間違いを犯すとからかうくせに、私や秀長殿が間違いを犯すと珍しい物を見た顔で感心し、いいものを見たと笑って去っていくのだ。
くったくのない、邪気のない笑顔でである。
普通上に立つものは自分より優秀な者は自分の下に置きたがらないものだ。
自分にできないことを人に任せるということは、思っている以上に難しい。
任せたとしても途中経過を幾度もはさみ、経過を知ろうとするだろうしそれは当然といえるだろう。
だが久秀殿の場合は、ずべて丸投げである。
コチラがききに言っても寝たふりをしたり、キミに一任するとか意味の分からない威厳をもたせているのだろう言い方で要は丸投げするのである。
秀長殿も同じようでまるで助言にならなくて困るとため息を漏らしていた。
だがそのお陰で私は以前より柔軟に幅広い知識を手に入れたと思っているし、秀長殿や他の官僚との繋がりもより深いものになっていると感じている。
『上が働かないから、仕方ないから私達でどうにかしてやろうじゃないか』
端的に言ってしまえば、私竹中半兵衛は、平手久秀をこう評価しているのである。
――人を活かす天才であると。
かの弾正と茶を飲んで談笑している姿何かを見てると特にそう思う。
よくもまああの癖の強い弾正殿が平手家でおとなしくお茶を飲んでいるものである。
まあ私も色々な経験談を聞かせて頂き、勉強にはなっているのだが。
………あの本だけはさすがに目を通せなかったが。
「ふむ、武田を北条と我らで挟む…か」
「少なくとも兵站の供給を止めてもらえるだけでもいい。武田は今疲弊している。高天神城の基盤が整うまで信玄は遠江を動くことは出来ない。ここで兵站を維持できなければ武田はこの冬を越せない」
唯でさえ戦続きで、高天神城の海上運輸の基盤づくりにも着手している。
兵站や資源が手に入らないとなればこれほどのダメージはないだろう。
「北条と組むのはいいが、果たして奴らが首を縦にふるかな」
「え?」
「考えても見ろ、竹千代は和睦を結ぶといったが、それは織田と徳川が武田に勝利した場合であろう? そこに北条が手を貸すとなれば、それなりの利を要求するのは自明の理だろうが」
「あ…」
そうか、兵站が供給されなければ武田は負ける。
ならその兵站を止める北条にも利がなければ動くはずがない。
となると焦点となるのは武田の領地の分割か?
なんか取り合って喧嘩になりそうだな…。
「というわけで、ここで北条をかませるのは得策ではない…が、一つだけ手はあるな」
信長はニヤリと笑い、
「甲相越三国同盟が組めたのだ。織田と徳川と北条の三国同盟が組めたとしても不思議ではあるまい」
「………」
その発想はなかったわ。
「そもそも俺は武で天下を収めようとしているわけではない。各国が互いに攻めることなく、中央に要人、兵力を集め、各地にはしっかりと防衛機構も作って治め日本という一つの国にしようというのだ。好戦的でいうことを聞かない奴はさすがに排除させてもらうがな」
おお、民主主義的で俺としては馴染み深いな。
ただ軍人をトップに添えるとろくな事にならず、絶対暴走するから、シビリアンコントロールだけは注意しておこう。
そんな事を考えているうちに話は変わっていたようだ。
「で、誰が使者としていく? ある程度俺の構想を理解している人物と言えばお前だろうが…なんか不安だな」
「失敬な!」
俺も不安だが!
「だが半兵衛、秀長が抜けるのは如何にもマズイ。………ああ、行きたがる奴が居るなそういえば」
俺も同じ人物を想像したに違いない。
絶対首を突っ込んできそうだ。
「正直今は人手が足りない。お前のところに細川藤孝がいるが外交と社交性に優れていると聞く…同行させたいところだが」
秀長と半兵衛の胃痛がマッハだな。
でもこれを機に継潤も一皮むけてもらうチャンスかもしれんな。
氏郷がズル剥けになっちゃったもんだから、継潤にも期待がかかるんだが…
「……どうした?」
「いや、俺と弾正、藤孝で行こう。藤孝は多才で武芸も嗜んでいるし、道中の用心棒にもなるだろう。後は平蜘蛛、九十九茄子でももってってお茶絵も楽しみながら談笑してくるかね」
「………たく、お前というやつは」
そう言って、ガサゴソと棚を漁り始め、目の前にポンポンと並べていく。
俺から見ると唯の茶器なんだが、信長がこうやって出したということは国が買えるような値打ちのものなんだろうなぁ、
「弾正が九十九茄子…は持っていくかどうかは知らんが初花肩衝は持っていくだろうな。藤孝は平蜘蛛釜だろうから、お前も何か泊をつけるため持っていけ。そのままくれてやる」
「くれてやるって…さぞお高いんでしょう?」
通販風に尋ねてみると、
「まぁ官位は余裕で買えるくらいの値段のものばかりだな」
「うげ…」
相変わらずの値段設定だ。
百円ショップでも買えそうな物ばかりだというのになぁ。
時代の進歩っていうのは風情をなくすのかねぇ。
「なんかどれもピンと来ないなぁ、他にないかぁ?」
「あ、コラ!」
俺は勝手にガサゴソ探していると、
「おお!? これなんかいいじゃん。これにするよ」
漆黒に塗られた黒の艶のある、現代にも馴染み深い形の抹茶茶碗って感じの一品。
見れば見るほど趣があって良いなぁ。
「まぁ構わんが…それはあまり値打ちのものではないぞ?」
「いいんだよ、俺はなんかこの黒の艶がある形が気に入った、これで普通の茶でも飲もうかなあ」
「……まぁ気に入ってくれる分には構わんのだが…」
そう言って俺はお気に入りの茶器を手に入れた!
『余談』
「おや、茶碗は…!?」
「お、弾正か? いいだろ? なんか渋くて」
「す、素晴らしいィィ!?」
「はぁ!?」
「この艶は一見派手を主張しているようで侘・寂を失わせておらぬぅ!? ワシは今、始めて侘・寂の世界に触れたのかもしれないぃぃぃ!!」
「ついでに気も触れていそうだけどな」
結局興奮した弾正は一頻り茶碗を眺めた後、勝手に『黒楽大黒』と名前をつけてはしゃいでいた。




