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第三十三話 風林火山、キャラ立ちって難しいよね。

 

 

 

 

 『武田eyes』

 

 

 元亀2年(1572年) 9月4日

 高天神城にて浜松城攻城戦軍事評定

 

「ふむ、お主を持ちだしてなお平手は崩れぬか。さすがは武の一文字を背負うだけのことはある」


「は、言い訳の言葉もございません」


 武田信玄が軍配を弄びながら上座にて口を開く。

 眼の前にいるのは膝をつき、己のふがいない戦果に歯噛みしながら平伏する高坂昌信である。

 

 途中までは完璧な用兵であった。

 敵の伏兵は狙い通りの場所に伏せてあり、先手を打ち逃げ道を塞いだところで形成は逆転され、全てが真田幸隆の手のひらの上の出来事であったはず。

 だが、結果だけ見れば痛み分け。

 此方には高坂昌信の参戦と増援を悟られているだろうし、ここで相手の種子島を奪って戦力を奪い、尚且つ此方に益するという目的も達せられなかった。

 負け戦とは言わないが決して勝ち戦とはいえない。

 そんなふがいない戦果を下げて戻ってきたのでは合わせる顔がなく、高坂は信玄の顔をまともに見ることができないでいた。

 そんな高坂を慰めるように幸隆は口を開く。

 

「仕方あるまい。戦場に予想外は付き物じゃ。一喜一憂し、浮かれ落ち込み自身の力を見失うことこそ信玄様の望みではあるまいよ。戦いは五分の勝ちをもって上となし、七分を中とし、十を下とす。最近儂らは勝ちすぎていた部分がある。窮鼠猫を噛む。人は心の臓を一突きされれば死ぬ生き物である。乱れた天秤を戻すにはちょうどいい出来事であったじゃろうよ」


「幸隆様…」


 それは決して高坂昌信にだけ言った言葉ではあるまい。

 自分自身、この策であれば徳川、織田を完封できると信じていた為多少なりとも動揺は隠せなかっただろう。

 いや、確かに完封していたのだろう。

 ある不確定要素さえ戦場に現れなければ。

 

「……松永弾正久秀。梟雄がいまさら情に生き、権力を捨て隠居までしてなお平手当主に尽くすか」


 今までの松永弾正であれば、信長包囲網ができ、甲相越三国同盟が結ばれた時点で信長に反旗を翻していたであろう。

 そうなれば武田戦線に兵力をここまで割くことも出来ず、武田が小細工することなく威風堂々徳川を馬蹄にて踏みつぶしていたハズてあった。

 そしてその全ての原因を作ったのは、家の天才軍師竹中重治か。

 いや、違うだろう。

 彼だけならば、弾正は動かなかっただろうし、浜松城を落とすのにこれほど苦労することはなかった。

 そう、その松永弾正の隠居してまでの対武田戦線参戦の元凶をあげるとするのならば、

 

「……平手久秀」

 

 羽柴秀長、竹中重治等の優秀な家臣を率いながら、織田信長に一切の危機を抱かせないその人柄とでも言えばいいのか。

 普通家臣がこれだけの勢力を持てば上は危機を覚えるものだが、むしろ信長は進んで平手に人材を任せているフシすらある。

 絶対的な信頼関係がそこにはあるのだろう。

 

 また家臣団の団結は強く、他の重臣等とも不和が少ない。

 当時唯の足軽から付き合いがあった羽柴秀吉を重用したとし、秀吉が織田家直臣になるというある意味裏切りに等しい独立を果たしてなお交流は続いているらしく、むしろ秀吉の出世を快く思わない重臣の間に入り取り持っているという。

 いつ背後から刺されても可笑しくない戦国の世。

 人は信じるより疑い裏切る方が楽なのだ。

 

「……これ以上厄介にならないうちに、対処せねばならぬのう」


 幸隆はしゃがれた声で地図を見渡し、改めて戦況を整理する。

 間者からの報告によれば敵軍およそ浜松城25000、種子島1000丁強。

 此方は掛川6000、二俣6000、高天神城18000で浜松城を包囲。

 動員数は30000。

 兵の数では此方が有利だが、兵站や経済、流通、物量の点を見れば北条頼み。

 

「海…か」


 そう言って高天神城から海を眺める昌幸。

 どれだけ待ち望んだ光景だろう。

 どれだけの価値を武田にもたらすのだろう。

 その価値は計り知れないものになる。

 だが、

 

「――――いま、まさにこの瞬間、局面には不要」

 

 鋭い眼光で高坂を睨みつけると、

 

「松永の援軍に馬上から種子島を撃ったという知らせが届いておるが真か」


「は? は、はい! およそ数は100にも届かぬ数でしたが」


 高坂の言葉に幸隆は軽く眉を寄せる。

 

「問題は数ではない。『出来るか出来ないか』だ」


 そう言って、暫しの間口をつむぐ幸隆だったが、考えがまとまったのか武田信玄に向かって平伏し、口を開いた。

 

「松永弾正はどういうわけか馬上にて種子島を撃てる技術を生み出していた様子。浜松城の忍びは徳川お抱えの忍びの警戒により入手できませんでしたが、おそらくその技術を平手家臣団に伝えているはず。ならば次の戦必ずやこの戦法を使ってくるはずにございます」


「むぅ…言ってみれば種子島の騎射ということか。弓より殺傷力が高く、射程距離が長い。そして馬上がゆえに単発であると考えてよいだろう。

 して幸隆よ、お主はこの状況を前にどうするつもりじゃ?」

 

 その言葉に幸隆はニヤリと口角を上げる。

 

「騎射であること、これこそが活路。竹中半兵衛は必ずや最小被害で最大効率を狙ってくるはず。

 そして失礼を承知で申し上げれば御屋形様、はっきりと申せばこのまま膠着状態を保てば武田に勝機はございませぬ」

 

「な! 無礼でありましょう!! いくら幸隆殿とてその言葉捨て―――」


 いきり立つ周りの重臣を視線と軍配の動きで制する信玄。

 まさに甲斐の虎というべき姿である。


「農繁期を逃してまで手に入れたのは高天神城のみ。更にはこのまま膠着状態を続ければ武田は疲弊し、織田は潤う。徳川は専守防衛を心がければ次第に戦況は織田、徳川に傾くのは必定…そう言いたいのだな?」


「はい。皆様方もお認めください」


―――今、武田は危機に瀕しているということに。

 

 幸隆の言葉にざわめく中、続けて口を開く。

 

「この状況を創りだしたのは武田か、徳川か、織田か! いずれも正しく間違っている! では我々武田を挫いた出来事を並べましょう! 浜松城を落とせなかったのは、三方ヶ原で大勝しつつも穴山梅雪を失ったのはなぜか、松永弾正を呼び寄せたのは…誰か?」


 ここで幸隆は一つ呼吸を置き、

 

「攻め落とすべきは浜松城、堀江城、家康にあらず。この状況を創りだす天運と人望」


 鋭い眼光は高天神城から浜松城へ。

 そしてその視線が向かうべき怨敵、倒すべき、排除すべき敵。

 その名こそは、

 

「平手久秀。不確定要素としてどのような手を使おうと排除させてもらうぞ」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久秀eyes』

 

 

 

 

「俺、この戦が終わったら隠居しようと思ってるんだ」


「は?」


 鉄砲騎馬隊の準備を手伝っている中、言葉が聞こえたのか側付きの兵士が怪訝そうに此方を見てくるが、なんでもないよ、と手を振っておいた。

 のっけから死亡フラグ満々のセリフを吐くが、どうやらこの時代の人間には通用しない諧謔らしい。

 まぁ、別に冗談ってわけじゃないんだけどな。

 なんか最近氏郷の覚醒っていうかキル○アイスの死を乗り越え、カイザーとなったライン○ルトの能力アップイベントが発生したとでも言うのだろうか。

 突然頼り甲斐が出てきちゃったもんだがから、親としては嬉しいような悲しいようなフクザツな心境だァね。

 初と結婚してここまで成長したっていうのならまぁ俺としても? 満更でもないっていうか? 俺の娘のおかげってことだもんねぇ?

 

 っていうか俺もアラフォーだし、四十前後には家督を信忠に譲ろうかと考えている、なんて信長も言ってたしな。

 俺もそれくらいのタイミングで家督を氏郷に譲ろうかねえ。

 隠居してジジイと茶でも飲んで暮らそうかなぁ。

 ま、隠居したら信長の御伽衆か、平手家の御意見番的存在に祭り上げられそうだけどな。

 そんな事を考えてると、

 

「父上、鉄砲騎馬隊の編成が終わりました」


「お。早かったなぁ」


 今回の戦は二俣城方面からくる山県昌景率いる6000に対し鉄砲騎馬隊700、騎馬隊4000、足軽隊5000の約一万の部隊で波状攻撃をかけることになっている。

 残りの約一万は浜松城の死守をしてもらい、とにかく、

 

 山県昌景率いる騎馬隊6000

 

 VS

 

 平手久秀足軽隊5000

 平手氏郷鉄砲騎馬隊700

 本多騎馬隊2000

 榊原騎馬隊2000

 

 の鉄砲騎馬隊の成否に関わらず、兵力も優勢を保っていられるような編成にしてあるつもりだ。

 余裕を持った編成とはいえあの山県昌景だ。

 油断なんか出来る状況じゃない。

 

「よし! 準備ができ次第、二俣城方面へ突撃を敢行する! いいか、落ち着いてやるべきことをこなせ! 氏郷の鉄砲騎馬隊が必ず武田の騎馬隊に風穴を開ける! その混乱に乗じて突撃し、山県昌景までの道を開け! 後は俺が奴に始末をつけてやる!!」


 俺は大げさにアピールするように武一文字を馬上で掲げ兵を鼓舞する。

 思えばこの中にどれくらい初期の六角戦からの付き合いの兵がいるのかね?

 勝てない戦じゃない。

 勝算は十分にある。

 

―――信長の覇業を邪魔するってんなら、全員纏めてぶっ飛ばしてやる!

 

 

 

「テメェ等! 行くぞ! 出陣だッ!」



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『武田eyes』

 

 

 

「まさに予想通りといったところか」


 そう呟くのは二俣城方面で、既に城を出て隊列を組み、押し寄せてくるだろう大軍を前に泰然とする山県昌景。

 彼は突然の浜松城の攻勢を冷静に見据えている。

 

「ったく、アンタは全く動じた様子を見せねェんだなァ。ワシァ漸くの出番に血がこんなに滾ってるっていうのによォ…ッ」


 そう言った男は片手に持った三国志に出てくるような方天画戟を担ぐようにおどけている。

 身長は高く筋肉質でありながら細身な身体つき。

 それは無駄な贅肉をそぎ落として、獲物を狩ることだけを目的としたモノであるようにみえ、実際にそうなのであろう。

 まるで知性を持った獣のような印象を与える男だ。

 

「全く、お前のその無駄に好戦的な考え方が余計に戦場から遠ざけるというに…」


 昌景のその言葉に、男はうげぇと舌を出しながら、

 

「敵なんてのは全部ブッ飛ばせばいいだろォが。それにワシはワシの部下に必要以上の犠牲をしいたことなんざねェ」


「確かにな」


 この男は確かに猪突猛進ではあるのだろうが、獲物を嗅ぎつける能力や、弱点や隙を見逃さない獣のような第六感で勝機を掴み武功を必ず持ち帰ってくるのだ。

 それも仲間の被害も極力抑えた状態でである。

 ただ、その本能が作戦と噛み合わない場合、独断専行に走る場合も少なくなく策士や軍師とは折り合いが悪い。

 真田幸隆ぐらいではないだろうか、この男を御せるのは。

 男いわく、


「アイツは狩人だ。ワシァこの手で獲物をブッ潰してやるが、アイツは冷静に冷徹に獲物を追い詰め確実を期して屠る。本質は一緒なんだよ、違うのは手を下すのが自分か他人か…ただそれだけだ」


「そうか」


 軍師と武将では色々役割は違うが、二人だけに通じる部分があるらしい。

 山県昌景は思考をそこで一旦切り離し、この作戦の概要を改めて確認する。

 

「わかっているな、これは俺達が思う以上に重要な一戦になるだろう。目的の達成だけを考え適切な判断を下せ」


 その言葉を聞いた瞬間、男は大げさに肩をすくめてみせた。

 

「分かッてねえな『山の将』よォ…。作戦に忠実に動き、武田の掌で踊ってくれる相手なら『林』や『風』がここに居るはずだ。だがワシがここに居るってことは、予想外の展開が起こりうる自体を否定しきれないからこそだろォが。どんな状況でも戦果を上げ予想外に最も適した人材であるワシが、『火の将』がいるんじゃねェのか?」。



――――武田の旗印である風林火山。


 疾きこと風のごとし

 徐かなること林のごとし

 侵掠すること火のごとし

 動かざること山のごとし

 

 

 そう言って『火の将』である馬場信房は獰猛に笑うのであった。

 

 

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