第三十一話 若き俊英、『武の一文字』の後継者
「二回目にして既に対策をうってくるとは…武田侮りがたしですな」
「いえ、今回は武田と言うよりも真田幸隆にしてやられたというとこでしょう。武田の騎馬隊は誇り高い。たとえ信玄とて血気にはやる騎馬将兵を抑えるのは難しいでしょう」
「ふむ、騎馬にて策を封じ、騎馬にて武功を立てさせつつ、影ではあわよくば種子島の回収、攻城戦にて種子島の威力を見せつけ、決して玩具ではないと印象付け、武田将兵の騎馬隊の驕りを戒める……全くもって隙のない用兵でございますな」
今話しているのはびっくりするほど馴染んでる弾正と秀長、半兵衛。
上から順に秀長、半兵衛、弾正だ。
負け戦を見事にひっくり返した弾正に感謝の念は絶えないが、どうしてもドつきたくなるのは普段の行いのせいだろうか。
話題の焦点となっているのは真田幸隆。
山本勘助を失った武田信玄には知恵袋がなく、その戦力を活かしきれないと、この遠征では思っていたのだが、まさか真田幸隆をここで持ってくるとは思わなかった。
武田の将兵は総じて個性が強く誇り高い。
今までどうにか拮抗を保ってこれたのは、騎馬隊による獣のような力強い突進力、攻撃力をどうにか宥めすかして、油断を誘い横っ腹に一撃かましたりする頭脳戦で応対してきたからだ。
リアルモンスターハ○ターみたいなものかな、相手がMHP2Gのマ○ジンティ○レックスっていう。
そこを上手くコントロールし、信任が厚く、かの有名な真田三代の始祖の幸隆が武田ティガ○ックスを操るというのだから焦らないほうがおかしい。
というより弾正が来なければ、ヘタすれば全滅すらありえた場面だったのだ。
「策とはこういうモノだという見本のようなモノでした。余程入念に地理を調べ内部を調査し、相手の行動を悟られないよう誘導したのでしょう」
「釣り野伏が穴山を葬った策で大成功を収めたのなら、次も使わない手はない。ならば徹底的に洗い、分析し、穴を見つけ出す。そしてあえて釣り野伏を使わせ僅か二回目にて封じるどころか、逆に此方に牙すら立てる…恐ろしい軍師が参加してきましたな」
真田って言えば幸村とか昌幸に眼が行きがちだけど、幸隆ってメチャメチャ凄かったんだな。
俺の認識では信虎の軍師が幸隆、信玄の軍師が昌幸、大阪の陣で幸村って感じだったんだがな。
「だが、弾正の援軍も来た。相手も焦っているはずだ。必ずしもこっちが不利ってわけじゃないと思うぞ」
武田が兵を引いた後、弾正(宗易って今更呼びづらいので)が引き連れてきた援軍12000+種子島500丁。
更には堀江城にも8000と300丁置いてきたという話なので、これで完全に局所的には武田軍を上回る兵力を動員できる。
だが援軍はこれだけでは終わらない。
時が経てば立つほど流通や経済を支配する織田は兵力、兵站、武器を充実させていくことが出来るため、玉…つまり信長さえ討たれなければ、このまま硬直を続けていれば今は遠江に食い込まれているが、俺達の優勢は動くことはなくなる。
更には鉄砲騎馬隊なんて物まで持ちだしてくれたんだ。
戦力は確実に充実しているはず。
「種子島…ああいや、鉄砲騎馬隊というのでしたかな? いや、平手殿の手紙に書いてあったときは、コレはと思い試しては見たものの、馬は元来臆病な生き物でしてな。近くで種子島が鳴り響くだけで怯える生き物を、背の上で撃たせるというのが中々難しく…」
弾正は申し訳なさそうに頬をかき、
「いやはや、実は100も用意できませなんだ、申し訳ござらん」
「………100かぁ」
その現実的な言葉に俺は思わず天井を見上げてしまう。
しかもその馬はやられれば補充が効かない上に、その性質上先頭に立って騎馬隊、長槍隊等を混乱させなければならない。
100でそれをやれるかというと微妙のまた微妙って感じだなぁ。
「今から育てるにも時間がかかりそうだしなぁ…いや、種子島主体の織田家のお家柄、馬もそろそろ慣れてきてもいいじゃないか? ここに居る馬を調べて適正がある馬を選別して何とか頭数を揃えるのもありか?」
「確かにそれはいい案かもしれません。そも、我が軍の騎馬隊は武田、徳川に対し一歩二歩どころか三歩は遅れていますからな。その分歩兵、足軽隊は突き抜けて屈強ですが…」
俺と才蔵と宗厳の新脳筋三兄弟が大暴れしてるからなぁ。
本人達も強いが、その強さで士気もガンガン上げていき、背後では半兵衛、秀長、藤孝先生が指揮を取り一致団結に関しては他の追随を許さない(ただの傀儡とも言う)
今や精鋭が集まっているといっても過言ではないのが平手足軽隊である。
それに比べてパッとしないのが最近騎馬隊を任せた利家だ。
本人は足軽隊がいいとか言ってたけど、俺達馬で器用に戦えないしね。
戦場までは馬で行くけどすぐ降りて無双しはじめるから、馬の意味はあんまりなかったりする。
そこを修正するために騎馬隊に利家に任せたんだけど、イマイチぱっとしないのはやっぱり脳筋だからだろうか。
他に誰かいないものか、俺がそんな事を悩んでいると、
「氏郷殿がいるではない無いですか」
飄々というのは弾正だ。
「待ってください、氏郷様は先の戦でようやく一軍の副官を務めた若武者にございます。まだそのような役目は…」
秀長がそういい、半兵衛も賛成の様子だ。
俺も婿養子とはいえ、氏郷はかわいがっている。
万が一ここで戦死されれば戦力もそうだが、平手の家にしても俺にしても精神的にダメージが大きい。
「――――甘いッ!!!」
弾正の一喝が場に響き渡る。
その声は威厳に満ち、かつての戦国の梟雄を彷彿とさせるものだった。
「「「!?」」」
「蝶よ花よと愛でるのは娘にござる! 息子はあえて千尋の谷に落とし、その成長を見届けるもの! いつまで才能ある若者を籠に仕舞いこむおつもりか!」
弾正の一喝が俺の心を、秀長、半兵衛の心もえぐっているようだ。
確かに先日俺の副官として出陣させたが、機会はそれ以前にもいくらでも有った。
それでも出さなかったのは騎馬隊は徳川が有しており、今はまだ必要性がなかったためであり、コレでも早めに氏郷を使い物にして育てているつもりだったのだ。
―――だが、あくまでそれは俺達の主観である。
「先日の槍捌き、騎乗、滝川隊、佐久間隊への対応も見事。そして何より初陣でありながら逆境に折れず冷静に判断を下し、その背に背負う『武の一文字』の後継者たろうとする自負。子は親を見て育つもの。もはや親離れは過ぎており、必要なのは子離れではござらぬかな?」
その言葉に返す言葉は見当たらない。
確かにまだ20にも行かない年齢ではあるが、この時代既に元服を迎え大人の仲間入りを果たしている。
体格とて周りに劣るものではなく十分に出来上がっており、文武において既に周りからは太鼓判を押されている状態だ。
それを使わぬ手はない。
わかって入るのだが……。
「俺は死ねなくてなぁ…そういう体だ。だが氏郷は死ぬ…息子に死なれるのは………辛い」
「その辛さを背負わぬ武将がこの世に存在すると御思いか」
「!?」
「ワシには見えますぞ、戦場にて『武の一文字』を掲げ戦場を縦横無尽に騎馬を走らせる氏郷殿の姿が、そして『武の一文字』を掲げ次々となぎ倒す平手久秀殿の二つの『武』が」
采配は半兵衛か秀長か、俺は脳筋共を連れて突貫して、氏郷は利家を連れて戦場を蹂躙する。
そんな光景が浮かび上がる。
俺は諦めたようにため息をひとつついた。
「分かった。氏郷は今日を持って騎馬隊の大将として、利家は副官につける。場合によっては二手にわけ、鉄砲騎馬隊に目算が付けばその隊は氏郷に一任する」
俺のその言葉にこの場で反対するものは居なく、コレにて評定は終了となった。
だが最期に一言だけ半兵衛か問うた。
「氏郷殿は平手家の次期当主。この決断により戦死する可能性もありましょう。男児のお世継ぎが居ない平手家を如何するおつもりなのでしょうか?」
分かりきったことを聞くなぁ。
「氏郷は俺が認めた唯一の跡取りだ。もしこの先俺に実の息子が生まれようが何一つ変わらないよ。お市も納得済みだしな。平手の爺さんとも相談したんだけど、どっちも死んだら信長の直臣か秀吉に仕えればいいってさ。平手縁者にはこれだけのメンツを纏める器量持ちはいないらしい。ま、それだけの才覚のやつが揃ってる自信があるし。平手はそもそも俺の血で繋げるつもりなんてこれっぽっちもなかったからな。あくまで平手は織田の側にあってその天下布武の『武』の一文字を体現できる存在であれば良い。『平手』なんてただの記号なんだよ」
『氏郷eyes』
「こんな夜に散歩ですかな?」
働かない頭と、真っ赤になった眼を見られぬように、人目につかぬ場所で月見をしている俺に声をかけたのは松永弾正久秀。
戦国の梟雄と呼ばれた凡そ常人にはなせぬ悪行の数々を繰り返した大悪人であるが、こうして話している分にはそんな様子など微塵も感じられない。
「…………あんな会話を聞かせておいて、よくも飄々と」
「ほっほっほ…」
先ほどの話し合いに呼ばれては居なかったが、弾正に呼び出され隣の部屋で声が聞こえて来ると、聞き耳をつい立ててしまい、その内容が如何に自分がこの平手において重要な位置にいるのか、期待されているのか、一時は疎まれているとさえ思った父はアレほどに俺に期待と情を向けていると思ったら、居てもたっても居られず、人目につかぬ夜道で月見をしていたと言うわけだ。
「……重いですかな?」
「………」
期待が、信頼が、情が、あるいはその全てが。
答えなければならない。
それは昔から自分自身を戒めていた鎖だ。
ようやく自分に出来る仕事が増え、今回の副官での野戦の全ては全てが新鮮で怖かった。
自分の命で何十、何百の命が簡単に死んでいく。
それが戦場。
ようやく自分はその戦場に足を踏み入れたという実感。
――――重い
自らの命によって死んでいくだろう兵の命が。
「……怖いですかな?」
「…………」
怖くないわけがない。
アレほどまでに自分を信頼し、その能力を信じて疑わぬ半兵衛殿、秀長殿、そして我が父が!
自分はそんな大層な人間ではないと。
だが俺を評価しているのは、かの半兵衛殿であり秀長殿であり我が父である『武の一文字』なのである。
大声で叫びだしたい!
自分はそんな期待を背負えるような器ではないと!
今までは上手くやれてきた。
だがそれもいつまで続くのか。
失敗など許されない。
もしそんな失敗などをしてしまえば……っ!
「怖くてしょうがないのですな。平手家…ひいては、貴方の師の方々に失望されるのが」
「…………ッ!!」
まさに図星を刺され、図らずとも弾正殿に殺気を向けてしまう。
そう言った弾正どのは俺の視線を受け、ふいと逸らし月を見上げた。
「でもそれはある意味羨ましいことなのですぞ?」
「……?
「この乱世、お家を守る為ならなんでもする者も多いでしょう。氏郷殿も人質だったのがいつの間にか平手次期当主に変わり、と変遷を繰り返してきましたが、平手に集まるものは違う………細川家を持つ藤孝殿のみではないですかな、お家を残し次世代へ繋ぎ武功をあげようとしているのは」
だからいつでも前線に立ち、誰よりも前で兵を鼓舞して、お前達は天下布武の『武の一文字』を背負うものだという自負を忘れるな、と背中越しに繰り返し叫ぶのである。
全ては信長様の天下布武のため、ひいては平手という信長様の親友の、友を思い前線に立ち続け、味方とともに戦場を疾駆するその姿に惹かれる者達の集団。
その心は、その憧れる姿は俺の眼にも心にも焼き付いている。
いつまでもこの人の背中を追い、ただひたすらに戦場を疾駆する。
――――それが今までの俺だったのだ
「さて、ここからは氏郷殿本人次第。平手家にただ仕えていくものから、平手家を動かす者へと変わる機会ですな。殻を破り、目線を変え、『武の一文字』を背負えるかどうか。試されるときは近いですぞ?」
そう言って去っていく弾正。
が、何を思ったか懐から一冊の本を出し、
「コレは男として必要な物を書き記した書にございます。有効に活用なされよ」
そうして今度は振り返らず去っていくのであった。
「…………」
相変わらず月夜は綺麗だが、その光は先程とは違い暖かい光に包まれるような、母性を感じさせる温かみを持っていたと感じるのは気のせいか?
覚悟決まったとはいえない。
―――だが、やるしか無いことだけは判っている
今はそれだけをわかっていれば良い。
ちなみに例の書は初に適用されたかどうかは二人にしか分からない秘密である。
ただ、その書は弾正のもとに帰ることはなかったということだけを付け加えておく。




