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第三話 織田信秀様急死、信長の心境は?

 天文20年(1551年)

 織田信秀 流行病により末森城で急死


 

 知らせを受けた俺と信長は急ぎ末森城へと向かう。

 馬を必死に走らせる信長の顔は、能面のように硬い。

 俺も未来知識として、この辺りで信秀様が夭折するのは知識として知ってはいた。

 だが死因まではしらず、未だ元気である信秀様を見て安心しすぎていた。

 まさか流行病による急死とは思いもよらなかった。

 油断していた、とまでは行かないがやはり心のどこかで楽観視があったことは否めない。

 

「くそっ…!」


 苛立ち紛れに馬上で悪態をつく。

 俺はまだいい。

 隣にいる同じ馬を走らせる信長の心境を考えると、

 

「……」


 その信長は相変わらず能面をかぶっているように、冷静さを保っているように見える。

 だが、その心境は決して冷静ではないはずだ。

 

 母親から疎まれ、愛情のよりどころであったのは、理解者で合ったのは信秀様だ。

 その拠り所を急に奪われようとしている。

 

「くそったれ…っ!」


 俺はなんの言葉もかけることができす、ただ懸命に末森城へと馬を走らせることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 末森城へついた頃には、葬儀は行われており家臣団のすすり泣く声が聞こえてきていた。

 信長と俺は乱れた服装をただし、葬儀へと向かう。

 不謹慎であるが、ここで俺が驚いたのは、信長が喪服に着替え、冷静に葬儀へと参加したことであった。

 史実の信長は位牌に灰を投げつけ、一礼もせずに走り去っていったという。

 そのことを知っていた俺はどうにも信長の様子に不審を覚えずには居られなかった。

 

 葬儀は厳かに進んでゆく。

 思えば信秀様にも随分とお世話になったものだ。

 直接の対面こそ少なかったが、信長を通じて便宜を測ってくれたこともあった。

 42歳……まだ若すぎる年齢だ。

 あまりにも早く、あまりにも唐突すぎて実感もわきやしないな。

 

 俺がそうやって信秀様を悼んでいると、ふと隣の信長が目に入った。

 信長は能面のように表情を凍らせるだけで、そこからは何も読み取れない。

 少し心配になった俺は、

 

「信長……大丈夫か?」


 その俺の言葉に微かに頷き、

 

「…ああ、平気だ」


 そう言って再び座して黙して語らなかった。

 結局そのまま葬儀は恙なく終了し、信長はそれ以上何も語ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『父と久秀と3人にして欲しい。』

 

 

 信長は葬儀が終わり参席者が立ち去っていく中そう皆に言い残し、葬儀場は信秀様と俺だけを残して人の気配がなくなっていった。

 最後の参列者が立ち去り俺と信長だけになったのを確認した後、信長が懐にしまってあったのだろう扇子を片手に、ゆらり、とその姿をゆらす。

 そして床を舞い、表現されるのは幻想的であり、情熱的でもあり、そして寂寞感であった。

 

 

 

―――人間五十年…


 ”人の一生はせいぜい五十年である”

 

 

 

 

―――下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり…


 ”天上世界の時間の流れに比べたらまるで夢や幻のようなものであり”

 




―――一度生を得て滅せぬ者のあるべきか…

 

 ”命あるものはすべて滅びてしまうものなのだ”

 





 そして舞終えた信長は、その余韻のまま最後の一句を終えた最後に一言付け加えた。


 

「まだ八年、残っておるではないか……父上よ」









「……」

 

 言葉にならぬため息を吐く。

 俺でも知っている織田信長の好んで舞ったとされる敦盛。

 父の亡骸の前でその舞を舞う信長の心境は如何なるものかは、俺には理解できないだろう。

 唯わかるのは、史実とは違い父を悼み、その冥福を祈ると同時に、自分の感情を敦盛に乗せて昇華させたんだろう。

 その変化は決して悪いものではなく、きっと大切なモノを信長は理解したのかもしれない。

 

「久次郎」


 漠然とそんなことを考えていると、舞を終えた信長が俺に声をかけた。

 

「お市を正式に娶れ」


「はぁっ!?」


 あまりにも予想外の言葉に声を荒げてしまった。

 っていうかそれ今聞くことなのか?

 言葉の真意がわからず、思考の渦に飲まれてる俺に信長は続ける。

 

「俺は母親と仲が良くないことは知っていよう。そしてその母親は織田の家督を信行にと考えていることも」


「まぁ、そりゃ…な」


「父がいなくなった今、肉親すらも信じられぬ。信じられるのは平手の爺とお前だけだ」


「……なんだかんだで古い付き合いになっちまったしなぁ」


 出会ったのは幼少期。

 熊に襲われたコイツを助けたのがきっかけだったか。

 それからは俺のところに来ては引っ掻き回して、迷惑かけられっぱなしで。

 未来ではなんだかんだと言われているけど、付き合ってみたら意外と良い奴だったりするし。

 平出の爺さんに養子に迎えられてからは、警護の合間に勉強と、まあ信長と自由への逃走を図ったこともしばしば。

 

 俺にとっての織田信長。

 よくよく考えてみれば簡単な一言ですむ関係だ。

 

「俺はお前を信頼しているし友とも思っている。だがやはり戦国乱世、どのようなことが起こるかわからぬ……だからお市を娶らせ関係を深めておきたい。万が一がないように」


 俺の知る未来では信長は浅井長政に信頼と同盟の証に、お市を長政に嫁がせた。

 だがその信頼も裏切りによって反故にされている。

 浅井にしてみても苦渋の決断ではあったろうが、残るのは結果のみだ。

 

 そう考えて俺はひとつため息を付いた。

 

「別に血縁にならなくたって、裏切るつもりはないんだがなぁ」


「ふん、人は変わるものよ。人との関係など言わば継ぎ接ぎ。より頑丈なもので継ぎ接ぎをしておくに越したことはない」


「継ぎ接ぎねぇ」


 ようは俺との友情をそこまで買ってくれていると言うことなんだろう。

 買いかぶられているとわかっていても、政略結婚であるとわかっていても、不思議と悪い気はしなかった。

 

 この先信行がおそらく謀反を起こすだろう。

 信長の母の土田御前が信長の家督相続を認めないだろうためだ。

 そうなれば尾張のうつけと呼ばれた自分が、いかに負債を背負っているのかを考えなければならない。

 史実ではあの「鬼柴田」こと柴田勝家が信長に器量なしとみて信行に味方している。

 これから先、山のようにやることがあるのだ。

 

「なんというか、すごく断りづらいぞ」

 

「もとより断る権利はないな。上意、というやつだ」


 

 ニヤリ、と信長は俺に笑みを浮かべる。

 その笑顔がやけに決まっていて、少しばかり腹がたったのは俺の器の小ささではないと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして喪が開けて幾日か後に、正式に平手久秀とお市の方との結納がなされた。

 初夜の途中、信長と濃姫のエピソードを思い出して、枕もとをあさってしまったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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