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第二十九話 第二次遠江侵攻、武田の牙(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀2年(1572年) 7月

 浜松城にて平手家緊急軍事評定

 

 

 

 

 

 さすがに今回は酒を飲みながらなんて言う呑気な評定にはなりそうにない。

 何故なら半兵衛と秀長が顔を真っ青にして、平定が始まると同時に俺に平伏してきたからだ。

 

「申し訳ございません。全ては私の責任でございます」


 シンプルに筆頭家老である秀長は何に言い訳もなしに謝罪する。

 相手は武田信玄。

 用心に用心を重ねていたことは今までの仕事ぶりで判っているのだが、どうやら高天神城を奪われた責任は全て自分に帰属すると思っているらしい。

 

「軍師という役目を頂きながらこの体たらく。如何様な罰も覚悟しております」


 半兵衛は半兵衛で軍務を預かる身でありながら、主不在とはいえ、ここまで戦況を悪くしてしまった責任を感じているようだ。

 たしかに今まで失敗らしい失敗をしてこなくて及第点どころか花丸を上げたくなる活躍をしてくれた彼らだからこそ、今回の遅れは自身が許せないのだろう。

 誇り高いのはわかるがね。

 

「顔を上げてくれ。今回の甲相越三国同盟に関しては誰も予想できなかったし、俺は那古屋城にいて、半兵衛達の文書も途中で奪われているわ、女中に扮したくノ一がいるなんて突飛な考えは普通でてこないって。情報の価値を知り徹底して工作し綻びを出さず貫徹した武田を褒めるべきだ」


「し、しかし…!」


「俺はこの件に関してお前達に何の責任もないと思ってる。というよりも、だ。ここだけの話、徳川殿こそ気付かなければいけなかったのではないかと抗議すべきか迷っているところだ」


 だって浜松城の女中って家康殿が選んだ女中なわけだし。

 その言葉に意表を突かれたのか二人は俺を見上げるが、嘘だけどな、と付け足すとその顔が苦笑いに変わっていく。

 だんだん調子が出てきたみたいで結構なことだ。

 

「武田と北条はわかるけど上杉まで加わるとは予想外にも程があるだろ。事前に言われたところで鼻で笑って、はいオシマイだ。だからいい加減現状を正しく認識して、この先の展望を見据えた話し合いにしようぜ」


「久秀殿…」


「……はい…」


 まだちょっと割り切れていないようだが、現実を見つめて、策を考えることが出来るならよしとしよう。

 っていうかここから巻き返す策があるかどうかっていうのが一番のポイントなんだが。


「とりあえず誰か何か案があるか?」

 

 俺の言葉に手が上がるものは一人も居ない。

 とりあえず俺の家臣団全員が参加しているので脳筋組もいる。

 俺としては京で茶会などで社交性抜群、政略外交大好きな藤孝先生なんかが頼みの綱じゃないかと睨んでいたんだが。

 

「確かに茶の湯は社交界のようなものではありますし、政略、外交も得意といえば得意ですが、この時に政略、外交は必要なのでしょうか?」


 話を振った藤孝先生がそう答える。

 あのジジイと仲がいいならとんでもない悪知恵とか持ってそうだから頼りにしたんだけどなぁ。

 

「私は弾正殿のような悪知恵は持ちあわせてはおりませんよ」


 焦ったように訂正する藤孝先生。

 そうだよなぁ、みるからに人がよさそうだし。

 っていうか俺の家臣って皆人がいいからなぁ。

 悪知恵働かせて、屁理屈も理屈のウチみたいにゴネまくって要求押し通すような詐欺師紛いの知恵を持つ人物。

 こういう窮地にこそ光る行動力の人物。

 

 二人ほど心当たりがあるけどどっちも無理そうだしなぁ。

 とりあえず知恵だけでも貸して欲しい的な文章でも送ってみようかね。

 そんな事を考えていると、

 

「そういえば…」


 氏郷が口を開く

 

「越前はまだ朝倉健在ですよね? かつて義昭様を追い出した朝倉に義昭様がいい感情を持っているはずが無いですし、朝倉はこの同盟には加われず、必然越前からの侵攻は無いと思っていいのではないでしょうか?」


「そういえば、そんな経緯があったな」


 明智光秀に連れられた義昭は前は朝倉領にいて、上洛しろと言っても一向に上洛しなかったから見限ったのだとか。

 

「上杉は別に織田に対して武力行使するつもりじゃないんだろ? そうだとしても朝倉がいる限り、朝倉を攻め滅ぼさないと織田には軍を派遣できない。武田の領地を上杉の兵が通れるとはおもわないしな」


 武田の領を悠々と通る上杉軍とか不気味すぎるだろ。

 でも実現すれば凄いことになるんだろうけどね


「上杉が朝倉を攻め滅ぼすなら話は別になってくるが、かの謙信が将軍の言葉で命令されたとて、そのような義のない戦はしないでしょう」

 

 義がないっていうのは全体的に見て義昭は義の為に動いてる人物とはいえないからな。

 ただ信長が大きくなりすぎることに危惧は覚えているんだろうが。

 

「今わかってるのは、上杉による織田侵攻はなく、兵農分離を行なっていないにもかかわら遠征が出来、兵站は北条からの提供で後顧の憂いはない」


 でも、と一言おいて、

 

「逆に言えば、武田信玄と織田、徳川っていう図式は変わらない。北条が兵を出すわけじゃないし、上杉が越前を攻めるわけじゃない。良かったな、越前攻略しきれなくて」


 俺が肩をすくめて言うと、

 

「……柴田殿や丹羽殿に殴られますよ?」


 氏郷のツッコミに、


「殴られたら、お前がチクったとみなし三倍返しな」


「理不尽すぎる!?」


 うるせぇ、俺は理不尽に娘二人も奪われてるんだよ。

 結局結論が出ないままに、評定は終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀2年(1572年) 8月25

 武田信玄を総大将とし、二俣城、唐川城から計12000と本隊18000、合計30000合流

 織田、徳川連合は計12000 種子島1000丁

 浜松城へ第一次総攻撃を仕掛けられる

 

 コレを何とか凌ぐ。

 

 

 

 

 元亀2年(1572年) 8月27

 武田信玄を総大将29000の兵により攻城戦

 織田、徳川連合は計11700 種子島1000丁

 浜松城へ第二次総攻撃を仕掛けられる

 

 

 コレを何とか凌ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀2年(1572年) 8月27 夜

 籠城戦が終わったところで浜松城軍事評定

 

 

「一体何を考えておるのだ? 信玄は…」


 顎に手を当て思案顔を見せるのは徳川家康である。

 たしかにそう言いたくなる気持ちはわかる。

 この籠城戦で相手は死傷者1500は兵を失っているだろう。

 此方は相手の弓による軽症などの離脱も多く、実際の死傷者は100も行かないという報告が入っている。

 

「種子島の弾切れを狙っている?」


「いや、織田は京、尾張と貿易による火薬や弾に仕入れには苦労はしておりません。少なくともこのままいくら戦ったところで、武田が一兵もいなくなるまで種子島は打ち続けることが出来るほどの貯蓄はございます」


 半兵衛がそう答えるとますます混乱する一同。

 

「全くわからんな。信玄ともあろうものが簡単に兵を失う兵法を取るわけがない」


「ならば仕掛けてみますか?」


 そう答えるのは本多忠勝。

 

「穴山を陥れた策、釣り野伏せと申しましたか。此方は連勝によって浮かれていると思うでしょう。此方が油断して野戦をしかけると見せかけ罠をはる」


 本多忠勝殿が語るのは前回の種子島を使った釣り野伏のことだろう。

 確かに未だ信玄軍の使う馬は種子島の轟音に慣れぬ様子ではある。

 上手くいけば前回のように大将首を上げることは可能だろうが。

 

「それじゃ浜松城の守りに種子島が足らなくなるぞ? アレはあくまで野戦で活用してこその戦法だし、大量の種子島を外に出してる間に浜松城を落とされたら本末転倒じゃないか?」


 たしかに有効な作戦だと思う。武田信玄18000山県昌景6000穴山信友6000の三軍に別れ、二俣城、掛川城、高天神城に三方面攻撃での攻城戦だから、二俣城、掛川城の6000の部隊を釣り野伏で釣ることができたら多大な戦果を上げることが出来るだろう。

 

「野田城の信長様の兵を使うおつもりですか?」


 俺がそう考えてる途中鋭く声を発するのは半兵衛。

 

「そうは言っておらん。信長殿は野田城にも500丁程の種子島と8000の兵がいるという。その兵を浜松城へ向かわせる代わりに、私本多隊が野田城へ向かいます。織田家の種子島は未だ予備を保有しているとお聞きします。その保有している予備に守備を任せ、浜松城はいつもどおり籠城してくださる間に策を実行します」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 信長の出陣で野戦は絶対認められねえ! たしかに囮役は本多殿の隊だとしても共に俺は出陣確実として秀長か半兵衛のどちらかを残して、才蔵、利家で中央を塞ぎ、野田城にいる佐久間殿、滝川殿で左翼を組ませる。野田から4000を引き抜く。それを俺達で率いて釣り野伏する」


 俺のその言葉に忠勝殿は少し思案したが、

 

「わかりました。前回と同じような編成になるわけですね。では地理をよく調べ最適な場所を洗い出しましょう」


 そういって忠勝殿は背を向けてその場を去っていく。

 そしてその言葉を皮切りに評定も終了したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 評定の部屋を出た俺は秀長ににこやかに立ちふさがれ、そして俺の背中に刺さる視線。

 

「生半可に約束をしましたな」


 無表情で迫ってくる半兵衛。

 メッチャ怖!

 

「実際決行日はそう遠く有りませぬぞ? 信長殿と連携は取れるのですか?」


 一番の危惧だろう所を聞いてくる秀長。


「信長との連携は無理だが、佐久間殿、滝川殿が野田城にいるのは都合がいい。一度出来たことが二度出来ないことはないだろ?」


「……確かに理屈ではそうですが」


「とにかく信長は野田城に待機してもらって、兵站に従事してもらおう。絶対に戦場には出すなと釘を差して置かなければな。武田はたしかに強いが、馬は限られているし、兵は農民で半農半士だ。兵の喪失がそのまま国力影響する。が、織田はそうじゃない。言い方は悪いが、資金力があれば兵も物資もいくらでも補充できる。そしてその資金はいくらでも織田は尾張、京、美濃から捻出できる。例え五分五分、いや四分六分の戦いでも、結局物量に勝る俺達が勝つ。いくら北条でも兵は出せないだろうしな。米の国作戦だ」


「米の国?」


 今から遠い未来だけど第二次世界大戦で日本が敗戦した理由はいくつかあると思うが、その敗因で最も大きなものは何かといえば『物量』『資源』これにかぎる。

 島国であるために圧倒的に両者が足りなかった日本は、輸入に頼っていたが、輸入が禁止されできなくなれば、戦う武器すらなくなり戦えなくなるのは道理だ。

 

 この時代の東の国はまだ未開といってもいい土地だ。

 種子島も流通しておらず、弓、槍や刀での戦いが主になる。

 だが俺達織田は違う。

 素人でも十分な殺傷能力を持つ種子島は練度はなくとも使える。

 その二点のメリットで強国武田と渡り合えるはず。

 いや、これが上杉、北条まで加わって領地画面していたら三方面作戦で死亡遊戯だったけど、マジで運が良かったとしかいえないけど。

 

「とにかくマムシの道三の見解は正しかったということだ。結局今の状況は美濃あってこそ。確固たる補給を背景に戦う織田と目に見えて物量が減っていく武田。兵の質も将の質も圧倒的に武田に分があるだろうが、大将の器だけは負けてねえ。武田信玄は織田信長には勝てないね。見ているモノの大きさと視野の広さ、先進性が違うんだっつーの!」



――――この時の俺は勝利を疑ってなど欠片も居なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『Another Eyes』

 

 

 

 

『ふん……まさかお前がな』

 

『ほっほっほ、時は金なり。まあ元よりこうするつもりでありましたからなぁ、少々方々に無理を押し付けてしまいましたが…緊急を擁するゆえご寛恕くだされ』

 

『一歩間違えれば謀反ととられる所を隠居して権力を放棄。確かに大至急といったがここまで速くとは言ってないのだがな』

 

『まあ速いに越したことはありますまい。まあワシにとってはついでというヤツですかなぁ』


『どちらがだ?』


『もちろん隠居にございます』


『…………いずれ茶会には呼べ。天下の名器とは言わずとも『珠光文琳』、『松島』、『青磁松本』位は用意してやる』


『ほっほっほ! それは楽しみですな!』


『……………アイツの力になってやってくれ…』


『それこそが我が『美』の集大成に華を添えますれば』

 

 

 

 

 

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