第二十六話 人の価値観、物の価値、絆の価値
「そういえば昨日の文は殆ど読んでなかったなぁ…ま、今はまだ昨日の今日で武田もおとなしくしてくれるだろうしな」
届いたのは織田家の重臣方だが、まずは秀吉から片付けていくかね?
『いやお久しぶりにございます。本願寺の方は羨ましくなるくらいの酒池肉林んでしてなぁ、こんな教えがあるのなら是非ともワシも入教したいと思えるくらいですぞ。
さて、本題なのですが此方には本願寺という強敵がいるのですが、それ以上に雑賀衆という傭兵のような組織があるのですよ。やはり傭兵ならば賃金でと言うことで話し合いをした所、案外その傭兵の頭である鈴木重秀殿、ああ代々雑賀孫市と名称を継いでいるそうなんですがな、なんと驚くことに傭兵団であるのに数千丁の種子島を保有するとか何とか。
色々と話してるうちに例の回し打ちですかな? アレの本質は理解していないものの興味が沸くように誘導して本願寺と対立を煽れないかな、などと画策していたりしております』
「相変わらず食えないやっちゃなぁ…。雑賀孫市か、俺でも知ってるくらいの有名人だからな。油断はしないようにちゃんと釘は刺しておくかね。ま、無駄なおせっかいだろうけど」
未来知識の中の雑賀孫市はとにかく種子島とセット扱いされてたもんな。
種子島の名手ってことは回し打ちで打ち手に雑賀衆を持ってきて隊列を組めば、火力が凄そうだな。
まぁ、実際は情報の流出の問題で傭兵に織田家の対武田戦線の秘策を教える事は出来ないし、そこら辺を分からない秀吉じゃないだろしな。
後は近況報告や浅井家臣が意外に仕えてラッキー的な事を書いているだけで、これといったことは書いていなかった。
ただの足軽からこうして城持ちに王手かけるくらいの活躍してるんだもんな。
俺なんかどんだけ活躍しても領地もらえない立場だもんな。
あ、一応説明しておくと、俺は今までの活躍から城持ちになってもおかしくないっていうか織田家No.2なんで、もってなきゃおかしいくらいの権力は持ってるんだけど、はっきりとそれを俺が辞退してるのね。
なんでも半兵衛が、
「権の大きものは禄少なし、その逆もまた然り」
なんて、言って領地はほとんど持たせず(信長の家に泊まってたりする)、信長も暇な時は信長の側控え、戦時は一箇所に俺を止めようとせずに各地にポイポイ投げるもんだから、もう那古屋すらも俺の故郷って感じがしないわ。
家臣団の禄等に関しては全部半兵衛に丸投げしてるけど、よもや領地全力投球で投げるとは思わなかったぞ。
ま、べつにそれに関してはお市も信長の側で嬉しそうだし、なんだかんだで信長はほっとけないからな。
領地貰ったところでどうせ最前線まっしぐらに配置されることうけ合いだしな。
とまあ、そういう経緯があってこそ種子島1000丁要求やら信長に対しての発言権や、重臣達の軋轢から開放されてるとこもあるし、ものはかんがえようってとこだぁね。
うーん、権力かぁ。
秀吉は上昇志向でめっちゃ張り切ってるけどな。
どうも俺はそういう上昇志向はないみたいだな、ヤル気のない現代人そのものだなぁ全く。
「ん、コレは松永弾正のジジイからの手紙か?」
そんな事を考えながらふと目をやると、弾正からの手紙が目に入る。
アイツはアイツで秀吉並みに厄介なやつだからなぁ。
現代の時は波瀾万丈で凄い好きだったけど、巻き込まれる方は溜まったもんじゃないからな。
こうやって文通してる文にはお茶目なジジイって感じで面白いんだけどなぁ。
『いやぁ茶の湯は奥が深いですな。最近は謀略を考えているより平蜘蛛や九十九茄子、さらには最近天下三肩衝の1つ『初花肩衝』を宗久殿から譲っていただきましてなぁ! もうこのまま茶の湯に没頭するため隠居しようかと思ってしまうこともしばしば――』
「オイィィィ! 働けよジジイッ!!!」
のっけからハイテンションで自慢の茶器を語って嬉しそうにしている様子を想像させられる。
こっちがどんだけ大変かわかってんのかクソジジイ!
なんか凄いはしゃいだジジイの姿が目に浮かぶがとりあえず脳内から蹴りだしておく。
なんかもう読む気をなくしかけたが、とりあえず続きを読もう。
『さて、まぁ秀吉殿とも連携は上手くいってまして、信長包囲網の一角の本願寺戦線は大きな被害なく終りそうでしょうな。全く器用で要領のいい御仁でこの久秀の目を持ってしても底を見せぬ深さを感じさせながらも、愛嬌がある。今でも十分大物ですがもしかしたら更に大きな…なんていう事も思ってしまいますなあの方を見てますと』
ふーむ、やっぱり秀吉は大局的視点を持つ人や身分意識のない人物鑑定に鋭い人が見ると大物に見えるらしい。
俺の知っている中でも、信長、半兵衛、秀吉、秀長、弾正、丹羽殿等の武より文に強い人物には評価が高い。
更に驚くべきは、その評価を下げないどころか上げてくるところだよな。
不良がいい子とするといいやつに見える原理で、出来ない奴が凄いことをやると持ち上げられるがその後が続く例はあまりないのだ。
ところが秀吉は危ない橋を率先して楽しそうに渡り、当たり前のように帰還しては武功を持ち帰ってくる。
底が見えないんだよな、一時期部下としていた身としては。
恐怖って感情を楽しむ節っていうか、リスクマネージメントってなんですか? 状態でハイリターンなら飛びついて当たり前のように利益を手に入れる。
天運なのかねえ、こういうのって。
ま、最期はスゲエ悲惨な最期だったけど。
『とまぁ、信長包囲網も越前方面で上杉さえ動かなければ特に問題は無いでしょうな。やはり問題の渦中となるのは対武田戦線。平手殿と滝川、佐久間殿がいたとしてもやはり武田は脅威。なにせ京にまで轟く武勇ですからな。あ、そういえば最近房事の書をしたためてましてな、そろそろお市殿ともマンネリ気味になるころかと、この弾正考えまして、この脳の皺からあらゆる手管を絞り出し、それはもうお市殿も天に登る事間違い無しの―――』
「テメエが天に登れジジイィィィィッ!!!」
あまりの文脈の無さに壁パンしたら、穴が開いてその奥にいた氏郷がモロに礫を受けて気絶しているが俺は悪くないと思う。
ってかなんでいきなりエロ本の話になってるんだよ!
全然関係無いじゃん!
もういいや。
肝心な部分だけを抜き出して読んでいこう。
まじめに読むだけ疲れるだけだ。
『この辺でそろそろ本題へと入らせて頂きますが、今の平手殿の陣営は少々武田と戦うには色々に不足があるとワシは思い、少し手を回させていただきましてな。いや茶の湯というのは色々な人材の交流、社交場といってもいい場所でして。天下の名物を持つ身としては少しばかり融通を効かせる事のできましてな、少しばかりの贈り物を送っておきました、とこの言葉で締めくくらせていただきましょう』
「……はぁ?」
よくわからないが弾正がなんか俺にくれるっていうことなのか?
まあよくわからないけど、この文が届いたのが3日前っていうのならそろそろ何かあってもおかしくないだろうから、覚悟だけはしておこう。
しかしフリーダムだな弾正は。
あんだけ自由に生きてる人は他に知らねえよ。
史実では信長に反旗を翻して爆死する運命だけど、どうかそんな未来は来ないでほしいもんだね。
そんな手紙が届いた数日後とんでもない事が起こるのである。
「久秀殿。 お客人が来ておりますぞ?」
背後からかかる声は半兵衛の声。
何かちょっと呆れたようなニュアンスが感じられるのは気のせいだと思うことにした。
「え? っていうか浜松城って家康殿の城だから普通は家康殿の客人じゃないのか?」
そもそも俺自体が客将なんだから、客将に客とかちょっとおかしな話しである。
もうちょっとで終りそうな書簡が目の前にあると、終わらせておきたくなるこの気持ち。
「済まないが、ちょっと手が離せなくてなぁ。待っててもらってもらってくれないかなぁ」
一応仕事中だし、織田家では結構な身分だから少しくらい待ってもらっても罰は当たらないよね。
そう思いながら、落ち着くようにお茶を口に含み、
「しかし、その客人というのが千宗易と申しておりまして」
「ブフゥゥゥーーーッ!!!!」
せっかくの書類は見るも無残な姿へと変貌していくのを見ながら、絶賛混乱中である。
「改めまして、千宗易というのは弾正殿から『かの御仁には印象的な名前であるからすぐに会ってくれるだろう』と」
「忘れるにも忘れられませんよ、あんな無茶をやらかした上に弾正殿にふりまわされて散々でしたんだから!」
思い出すと振り回されてはいたが、最期にはキチンと纏め見せる辺りが乱世の梟雄たる所以なんだろうなあ。
いい年した爺さんのはずなんだが、やたら元気で困るわ。
「いやまあ、それはいいとして。コホン。さて、そろそろ自己紹介を。私の名前は平手久秀と申します」
頭を下げるのは日本人の得意技。
まえに家臣からむやみに頭下げるなって言われたけど、サラリーマン根性の染み付いた俺には無理な相談というものだ。
顔を上げてみると、あ、やっぱ驚いてる。
何回も言うと自慢するようで嫌なんだが、普通俺くらいの家老になると人に頭を下げないんだって。
家格を落とす事もあるし、権威や威厳というものは人を纏めるには必要な物だからな。
っていうかまあ俺の周りに、俺に威厳を感じてるやつなんか居やしないし、現代人気分の俺にはそっちのがやりやすのが事実だったりするしなぁ。
「コレはご丁寧に、私の名前は細川藤孝と申します。後ろにいるのが柳生宗厳です」
「……………」
いや、実はお客人が二人いたっていう話をしてなかっと思うけど、二人いたんだよね。
俺も通すまで気づかなかったから説明し忘れてたけどさ。
さて、そろそろ驚こうか。
なんで細川藤孝がここに居るんだよ。
しかも柳生宗厳って剣術ですっごい強い人でしょ?
全然意味がわからないんだけど…
「ふふ、久秀殿は弾正殿から聞けば聞くほど真に迫った人物像をされているのですな。身内に甘くおおらかで腰が低くありながら凄まじき武を持つあべこべなお方であると。逆境には強いが予想外の展開には適応できず、危機になれば保守的…かと思えば思いもよらぬ策を敢行しおもわぬ行動力を見せる…そう伺っております」
「…なんか否定出来ないけど、弾正から言われると反論したくなるのはなぜだろう」
やっぱあの渋い顔なのがイカンのだよな。
それでいてとんでもない問題児だし。
そんな事を考えていると、藤孝殿は背筋を伸ばし、
「不肖細川藤孝、柳生宗厳、この対武田戦線の時をを持って助太刀とともに、その後の平手家の家臣へと忠勤させていただけるようこの浜松城に参りました」
そう言って平伏する二人。
「ちょ、」
さっき言われたように予想外の事態には適応できないみたいだ。
ちなみに俺が落ち着くのは今しばらく時間が必要であった。
「私と弾正殿は茶の湯で知り合った仲でしてな、対武田が不利な状況に陥っているというのは聞き及んでおりまして、弾正殿も気にしていたようです。織田家、特に武田を相手にするにはそれを指揮する統率力のあるもの、そして山県昌景に痛い目を見たと文で知った弾正殿は私と柳生宗厳殿をこちらへと寄越したのです。柳生殿は『武の一文字』に前からご執心であったようですしな」
「う、たしかに不覚は取りましたが…」
「それと弾正殿のお気持ちを考えてあげてください。貴方とあってからの弾正殿はどこか雰囲気が変わりましてな」
そう言って、側においていた袋から木箱に包まれた袋の中から茶釜を取り出した。
「この茶釜は古天明平蜘蛛といい、天下の名物として名高い、松永弾正殿が何があっても手放そうとしなかった一品でございます」
「な…なんでそんなものが…」
史実でも信長に再三による常渡命令に逆らい、決して手放さなかったという茶釜である。
それがどうして今この、近畿から遠く離れた地にあるのか。
「私も当初は足利義昭様お仕えの者であり、松永殿の頼みであれど、この包囲網をひくは義昭様であり、要請を断るつもりだったのです。しかし、弾正殿は」
『平手久秀殿はワシがこの生涯で得た唯一の友に等しく! その価値、今まで所有した何物より、なによりワシより先に失われることは何者にも代えがたい苦痛! ワシは今まで悪行を重ねすぎ信用など無きに等しく、示せる誠意はコレ以外にはなく、そしてコレ以上の価値を見出した『絆』の価値に並ぶことなく! どうかかの御仁にお力添えを…!』
そう言いながら平伏しながらも平蜘蛛を差し出したらしい。
九十九茄子は大事な『貰い物』ゆえ手放すことが出来なかったのだと。
これだけは死ぬときに火薬を詰めて抱えて爆死でもしようか、と笑っていたという。
「あの弾正殿を変えたお方がどのような方なのか、道中で色々見聞しながらも聞きまわりましてな。信長公唯一の友であり、弾正殿にあそこまでの覚悟をさせ、武勇は『武の一文字』としてとどろき、そんな主君に仕えること、これは家臣としてはなんとも仕えがえがあるとお会いして改めて感じました」
「………っ」
俺は藤孝殿の声になにも返すことが出来ずに、俯くことしか出来なかった。
あのジジイ…いつもいつもおいしいとこ持って行って、最期はこうやって弾正なりの『美』や『華』だとか言って価値観を押し付けて見惚れさせるんだよ。
何が悪徳だ…何が醜悪だよ。
俺があった後のアンタはいつだって自分の価値観を持ったカッコいいジジイじゃねえか。
アンタの死に目ぐらいは見てやるから、これからは好きに生きろってーんだよ、くそぅ…
『平手家の主な家臣団一覧』
御隠居 平手政秀
当主 平手久秀
次期当主 平手氏郷(蒲生氏郷)
家臣筆頭 羽柴秀長
家臣次席 竹中重治(竹中半兵衛)
家臣 可児才蔵
家臣 前田利家
家臣 宮部継潤
家臣 細川藤孝 NEW
家臣 柳生宗厳 NEW




