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第二十四話 半兵衛の策(後編)、チャンスのテーマは自然と口付さむもの

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~言ってみるもんだなあ。種子島1000丁にいかなくとも700丁はマジで来ちゃったよ」


「これでこの戦の勝敗、わからなくなりましたぞ」


 あの三方ヶ原の戦いから10日ほどだろうか、頼んでいた種子島がようやく届いたことと、本当に用意できたことで、半兵衛と俺が絵に描いた餅、机上の空論を実行に移せるかもしれないのだ。

 堀江城を落とすのにかかったこの時間が、奇しくも俺達の命脈をつないでくれたのである。

 

「でも家康殿に回し打ちを教えなくてよかったのか? この作戦は家康殿のふんばりにかかってるっていうか俺達の連携が最大の焦点になると思うんだが」


 この時代にあって回し打ちはかなり有効な戦術となり得ると信長も太鼓判を押していたことだし(手紙のやり取りで半兵衛が伝えていたらしい)、家康殿にもつたえれば戦力はもっと充実するような気もするんだがなぁ。

 

 そう思って首をひねっていると半兵衛は苦笑しながら口を開く。

 

「久秀殿は頭の柔軟性はあれど、情報の重要性に疎いところがお有りですね。噂というのはどこから漏れるのかわからないもの、そして軍は途中で行動を迂闊に変えることはできません。人に伝われば記憶を消すことはできませんし、知る機会がなければ永遠に知ることはありません」


「なんかややこしいなぁ」


「それでいいんですよ。権謀術数など私達軍師が受け持てばよろしい。貴方は織田家の旗印である天下布武の『武の一文字』として堂々と諸侯と相対していればいいのです」


「……ま~ようわからんけど半兵衛がそう言うならそうなんだろ」


「………ご信頼いただき何よりです(家康殿とていつまで同盟が続くかわからぬ以上、必要以上に情報を渡す必要はない」


 俺は俺でやるべきことがあるしな。

 山県昌景にはいいようにやられたけど、もともと地力の違う体を持ってるんだ。

 卑怯だと言われようとも使えるもんは使ってやるさね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀元年(1571年)

 

 年が明けるとともに堀江城から武田軍野田城へ出撃

 城を守る将は秋山信友、穴山信君今はまだ頭角を現していない真田昌幸

 武田本軍が侵攻を開始したことから、以前より進めていた半兵衛と俺の渾身の策(ほぼ半兵衛)にうつる

 

 

 

 

 

「さて、伸るか反るかだなぁ…こうやって待ってる時間が俺には一番苦手だわ」


「上手く徳川殿がこの場所まで陽動してくれれば……」


 草薮で迷彩しながらじっと戦況を待つ俺達織田軍。

 浜松城への挙兵はないと確信した上での全軍出撃で、今浜松城には一兵足りとも存在しない誰もいないお留守番状態である。

 あ~やっぱ、こういう伏兵みたいな策は俺には向いてないなあ…俺から言い出した案だけど。

 微調整は半兵衛がやってくれているんだから問題はないと思うが。

 

「…!?」


 微かに馬の蹄の音がする。

 

「来たか!!」


 全員に合図をして、準備を行わせる。

 上手く言ってくれよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『武田家EYES』

 

 

 

「ふはは! 何を血迷ったのか徳川兵がこの堀江城に攻め寄せているだと? アレだけの敗戦を経験しながら家康は何も学ばぬとは、とんだたわけよ!」


 先日の勝利から、武田の意気軒昂はうなぎのぼりで、もはや世紀末状態のヒャッハー状態であった。

 三河武士の屈強さは当然武田にも伝わっており、それをアレだけこてんぱんにメメタァしてやったのだから八神庵ばりに三段笑いをかましてもしょうがないところではある。

 

「しかし、あれだけの敗戦をしていながら今度は攻城戦を挑む…解せません」


 そう呟くのは真田昌幸。

 近い未来、秀吉から『表裏比興の者』とまでいわせた軍略家であり、今はまだ頭角を現せずにいるが、武田の未来を担う若き人材である。

 今は経験不足ゆえ発言権は高くなく、この戦においても重要な立場には置かれていなかった。

 織田で言えば半兵衛が調教している平手氏郷(蒲生氏郷)といった存在であろうか。

 父である真田幸隆が凄まじい高性能お爺ちゃんであるため、期待のホープとして将来を嘱望されているのである。

 

「まあ、ヤケになったのか策があるのか知らぬが、こうして再び姿を見せるだけの余裕があるわけだ。家康にはもう一度武田の牙を見せておかねばならぬなぁ」

 

 そう言って顎髭をしごくのは秋山信友。

 智勇兼備の武田二十四将に数えられる優秀な将であるが、やはりそこは周りのヒャッハー状態がいつもの冷静さを失わせていたのか、

 

「見たところ5000も行かぬ兵数か、穴山。身の程を教えてきてやれ」


「ははッ!!」


 そう言って攻城戦ではなく、武田お得意の野戦に持ち込もうとしたのである。

 

「お、お待ちください! 相手の兵が我軍より少ないとて、無駄に野戦を持ちかけ兵を失うよりは攻城戦にて兵を温存するが吉では有りませぬか!?」


 昌幸の言葉は最もであったが、勝利の美酒というのは何よりも旨いものである。

 そして、先日武田の騎馬隊がどれだけ精強であるかを自覚してしてしまった、あるいは無自覚の自惚れなのか。

 実際戦えば強い。

 そして戦って下して間もない相手、時間も立っておらず例え策があったとしても踏みつぶしてしまえばいいのである。

 確かに生半可な罠なら逆に食い破る突進力が武田騎馬隊には存在する。

 言っていることは決して間違いではないのだ。

 

「昌幸よ、武田は虎よ。牙を見せ他の動物を威嚇して怯えさせてこその虎よ」


 ここで消極策を取れば風評にも関わる。

 むしろ罠がありそれを食い破ってこそ周辺諸国に武田の武威が轟くというもの。

 何も考えなしに野戦に望むわけではないのだ。


「……わかりました」


 若い昌幸はそれ以上何も言うことができず俯くことしかできずにいた。

 もしここで冷静な判断を下せるものがいれば、また違った戦況になったかもしれない。

 なぜ浜松城への追撃の手が緩まったのか、その要となった種子島という存在は武田にとって未知の物ではあるが、馬を混乱させる等の副次的効果に目が向いてしまい、本来の威力にまで考えが回らなかったのである。

 

 

 

 

 

 

『徳川EYES』


「くっ! やはり武田の兵は強い…!」


 先鋒を務めるのは本多忠勝。

 家康に過ぎたものと称された者であってもやはり武田の騎馬隊の突進は容易に受けきれるものではなかった。

 

「いいか! 指示の通りあの場所まで専守防衛しながら後退っ! その後は鏑矢を合図に全力で駆け抜けよ!」


 後ろ向きに前進しろと言っているようなものだが、本来の三河武士というのは粘り強く逆行に強いという性質を持っている。

 それはいつでも他者の風下に立たなければならないなか、腐らずまっすぐ主君の可能性を信じた雑草魂こそが本質なのだから。

 

「ふはははははは!! 弱い、弱いな本多とやら! 小杉左近から大層な評価を得てるようだが、コレほどに他愛ないと評価の正当性すら疑ってしまうぞ!」

 

 もう誰にも止められないほどヒャッハーしている穴山。

 その罵詈雑言を何事も無くいなす本多忠勝。

 戦況は拮抗しているようで武田が競り勝っているような状況だ。

 隊列こそは崩していないが、ジリジリと後退させられる徳川軍を優勢と見るものは誰も居ないだろう。

 だがそんな劣勢の中で本多忠勝やその配下たちの眼の奥に燻る炎の色がある。


 両者の違いはただひとつ。

 

 それは勝利への確信。

 己の勝利を疑わない迷いなき自身の行動の正当性である。 

 

 

――――――ヒィィィィィィォォォォォ……

 

 

 

 どこからか鏑矢の音が聞こえる。

 時は熟したのである。

 

 後は反撃に移るだけ。

 

「合図だ! 前方の藪に向かって突撃せよ!! 決して振り向くな! この藪を抜ければ、我らが後ろには『武の一文字』が立ちふさがっておる!」


 藪に向かって入る途中にたなびく『武の一文字』の旗を見た忠勝は一つ息をついた。

 その吐いた息が披露からか、溜息からかは本人にしかわからないだろう。









『久秀EYES』

 

 

 

「おっしゃあああ!!!! 撃って撃って撃ちまくれッ!」


 残念ここは”釣り野伏せ”の本命真っ直中だ。

 さらには左右350丁づつ佐久間隊、滝川隊で回し打ち700丁フルで撃ちまくってるから超耳が痛い!!

 だがその爆音が全て武田騎馬隊へと向かっていることは間違いなく、700*10回撃てたとしても7000発の弾が飛び交っているわけだから、相当な兵数が削れている上に、士気もガタ落ちしているに違いないだろう。

 

「撃て、撃て、撃って撃って撃ちまくれ! 愛と~希望と~夢を~抱き~し~め~!」


「……何を歌っているんですか?」


「俺は中日ファンだからな」


「……意味がわからないのですが」


「気にするな」


 歌わずにはいられないんだよね、愛知県民だし。

 

 さて、薩摩の島津が最も得意とした戦法『釣り野伏せ』。

 コレによって島津家久は大名首のタイトルホルダーにも輝いているという凄まじい威力を誇る戦法ではあるが、この策を扱うには難度とそのタイミングの難しさが問題である。

 そこで本来は囮が反転するところを種子島で足止めをし、本多隊を逃がす。

 そして空いた穴には俺と才蔵、利家のお馴染みトリオで塞ぎ、頃合いを見て一斉攻撃。

 懸念は本多隊の種子島に対する馬の恐怖だったが、なんとか年を越す頃には馬も慣れてくれたようで問題なく戦線を離脱してくれている。

 後は種子島が尽き始めたとき反転して武田軍の背後を取り包囲網に敷き、この軍の総大将や大将首は確実に打ち取る。

 そうすれば人材も兵数も釣り野伏せの情報も上手く伝わらず、武田をポカーン状態へと持込み少しでも優位に持っていけるという半兵衛と俺の策である。

 それにしても種子島が手に入って良かったわ…。

 種子島がなければ如何に釣り野伏せで三方面攻撃しても競り勝てたかわからない位に武田の騎馬隊は突進力があるからな。

 後でちゃんと信長にはお礼を言っておこう。

 

「久秀殿、そろそろ準備を。一気に畳み込んでください。大将首だけを狙って行動を!」


「おいよ! 幾つかの首はとって来てやるさ」


 そう話してるうちに途切れていく種子島の音。

 一気に砲撃をやめて、硝煙の中で目眩ましと正気を取り戻す時間に敵陣深く突撃するためのコレまた半兵衛の策である。

 いやぁ、敵に回したくないわ、ほんと。

 普通に話す分には良い奴なのに、戦が絡むとマジ鬼だからな。

 

 そして、完全に途切れた瞬間、

 

「全軍突撃ィィ!! 俺の旗を『武の一文字』を見失うんじゃねえぞ!!」


 一気に硝煙が渦巻く中に飛び込んでいく。

 種子島を撃っていた兵も槍を持ち、俺の後方にいた兵は今か今かと機会を待ちかねたこの時。

 全軍で総攻撃をかけたこの瞬間、もう既に勝敗は決していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふひ~」


 毎度のことながらこの戦のあとの疲れっていうのは、気が抜けるっていうか慣れないもんだね。

 だいたいの兵は種子島で瀕死になっていたから手を下すまでもなく、大将首を探しまわってたんだが、偉そうなやつは一人くらいしか打ち取れなかったっていうか、いなかったんじゃないのかねぇ?


「久秀様!」 


 一人の兵が俺に報告してくれる。

 ありがとね、と礼を言いながら報告を聞くと、


「生き残った武田兵に調べさせた所、とんでもない大物を見つけた模様!」


「へ?」


「穴山信君! 武田信玄の娘婿であり、御一門衆のひとりでもある人物です!」

 

「穴山信君……どっかで聞いたような……?」


 とりあえず大物を討ち取れたんだから良しとするべきなんだろうな。

 穴山…穴山…穴山…

 

「ああ!!」


 あのバカボ○ドに出てくる鎖鎌の奴か!

 この時代の人間だったんだなアイツって。


 ちなみに勘違いだとわかったのは半兵衛に説明された後である。

 

 

 この徳川の大勝利が、後の対武田にどう影響してくるか、俺にはよくわからないが半兵衛がいてくれるからまず間違いは起きないだろう。

 何はともあれ武田に一矢報いたっていうのは大きいからね。

 信長にも良い報告が書けそうで何よりだ。





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