第二十三話 半兵衛の策(前編)、ライン作業の精神消耗力は異常
「お、おおおお!! よくぞご無事で…! 貴方に何かあれば私は信長様になんとお詫びを……!」
「お、おおげさっすよ」
家康殿がすごい勢いで抱き付いてきて、うっちゃりをかますかの如く抱きついてくるので、ちょっと困る。
でもそれだけの激戦であったことには違いなく、周りを見れば傷ついた兵が多く…
「アレ?」
思ったよりは被害は軽微なのか?
メタメタにやられて脱糞したとか言うくらいだから、相当ひどい被害を被ったと思っていたんだが。
「久秀殿」
そんな事を思っている俺に声をかけてくるのは、竹中半兵衛。
いやもう出陣中どれだけコイツに意見を聞きたかったことか…。
いなくなって初めて分かる秀吉と半兵衛の凄さ。
これで秀長もいなくなったら俺死ぬなぁ。
「半兵衛、見たところ被害がそう大きなものではない様に見えるが、何かあったのか? 俺は山県昌景にヤラれちまって状況がよくわかってないんだ。まだ攻城戦なら挟撃でもしてやろうと思っていたんだが…」
俺が急いで戻った時には、もう武田の兵の姿はなく、平穏とはいえないが戦の最中ではない浜松城が残っているのみだった。
「いや、それが貴方の考案した回し打ちがおもった以上の効果をもたらしたと云いますか…」
若干言いよどんでいる半兵衛。
そんな話し合いの中で家康殿は、
「此度の敗戦、全て私の短慮からのモノ。何が三河武士! その驕り高ぶり、更には何ほどもできず、あまつさえ同盟国の将を失うところであった! 恥を知れ家康!」
そう言って超エキサイティングしながら軍配を叩きつける家康殿。
俺が無事に帰ってきたことで、張り詰めたものは切れたのか、憤怒の表情である。
怒りが収まらないのか、顔を真赤にして怒りが収まらない様子だ。
「まぁ、家康殿。過ぎてしまったことよりこれからを考えなければ。そのお怒りは最もですが怒りに任せた行動で大義をなした人はいない…だったっけ? 半兵衛?」
「はい。一時での勝利を大義とするなら、多くの事例がありますが、すぐさま巻き返され以前によリ不利に、更には全滅までした歴史すら存在いたします。どうか家康殿、短慮による行動の愚かさを学び、最期に勝つ戦いというものを」
「……最期に勝つ……」
コレが狸親父と呼ばれる徳川家康の始まりの姿であった。
と言いたくなるほど、なんか半兵衛の言葉を胸に刻んでる様子。
まあ、史実でも結局天下餅を食うのはこの人だしね。
耐え忍ぶということの大切さというのをいままさに、改めて痛感したんだろう。
「それより、久秀殿」
考えこむ家康を横目に、耳に口を寄せボソボソと語る。
なんかこそばゆいな・
「『回し打ち』に対して詳しくお聞かせ願いますか? 此度の戦、アレこそが勝敗の要でございました」
『火縄銃の使い方講座』
普通種子島を撃つためのアクションは大きく分けて4つに分類される。
1、種子島の砲台に火薬を入れ、弾丸を詰めた後、棒によって火薬と弾丸を詰める。
2、次に火皿に着火用の火薬を入れ、誤作動しないように火蓋を被せる。
3、火のついた縄を引き金に連動した仕組みに組み込む
4、後は火蓋を開けて火皿に乗っている火薬に火縄で火をつければ、ズドンと発射されるという仕組みである。
とまあ大まかではあるがコレが火縄銃のおおまかな仕組みである。
その為、少なく見積もっても1、2分はかかり、さらには敵が近づいてくる焦りなどで動作不良も多く、この時代にあってこの威力でも玩具と揶揄される要因となってえいるのである。
「しかし貴方の考案した『回し打ち』。コレは全く別の考案からの視点から来ている。違いますか?」
「ふーむ」
夕餉も終わり、夜半兵衛に呼び出された俺は少し困り顔だ。
俺の考案した『回し打ち』とはかの織田信長の三段撃ちを参考にしたもの……じゃなくて、昔アルバイトしていたライン作業の経験から来た思いつきである。
要は、一人でやるから焦るし操作ミスが起こるのであって、単純作業の繰り返しなら、人は8時間ぶっ通しでも続けられるという経験則からのものだ。
一人に火薬を持たせて、弾丸と詰める作業をさせて、一人に火縄をつけさせ、一人で撃つ。
見事なライン作業撃ち(回し撃ち)といえよう。
「で、どうだった? 効果の程は? 野戦でもアレだけの数で連射すれば意表は付けただろ?
俺のその言葉を聞いた半兵衛はため息をつきながら報告を始める。
「まず使用された火縄銃は100丁で四人一組になり、練習で火縄銃の扱いが上手いものを射撃主として配置しました」
「まぁ、当然の配置だな」
「効果は思った以上に絶大で、命中率も連射も今までとは全く違う数の弾丸に、大音響に馬も兵も混乱し、相手は私達が持つ100丁を500丁とも1000丁とも勘違いしたのか、浜松城への追撃は危険とみなしたのか堀江城へと引き返して行きました」
「予想以上の戦果だったんだな……」
家康殿はウンコを漏らさずに済んだのか…それだけが心配だな。
「しかし久秀様、コレはあまり良くない結果になるやもしれない」
「は? なんでだよ? 浜松城で篭って籠城中に回し打ちしておけば農繁期までは持つんじゃないのか?」
武田は半農半氏であるため、農繁期には国に帰らなければならない。
平に里心が着くこともあるだろうし、和睦を結んだとはいえ上杉に北条がいる。
武田は盟約違反常習者なのであまり周辺諸国からは信用はされていない。
どちらにしろこの冬から春にかけての武田戦が最大の山場だと思っているんだが。
「それは武田が浜松城に固執した場合です」
「……あっ!」
慌てて俺は半兵衛が用意していたであろう地図を見て、
「………おいおい、浜松城が後方に位置してちゃ野田城、長篠城、吉田城が取放題だぞ?」
「さらに言えば、それ以降は城はなく、岡崎城…さらには尾張まで一直線です」
おいおいおいおいおい!
ちょっとまて、メチャクチャマズイんじゃないのか?
唯でさえ武田相手に…
「だけど、補給線が伸びて戦えなくなるんじゃないのか!? さすがに尾張まで侵攻すれば現地調達だってバカにならないし、農繁期だってある!攻め込まれる時期は限定されるんだったら…」
その言葉に半兵衛は大きく頷く。
「さすがの信玄も尾張侵攻までは考えていないでしょう。織田は三方面作戦をしているとはいえ財政も豊かですし物資も豊富にある。徳川と織田を相手取ることはできないでしょうね。だが今は信長包囲網で信長殿の戦力は分散され、徳川殿への支援も自然と心もとなくなる」
「考えれば考えるほどドツボにはまってくなぁ」
「で、先ほど申した回し打ちの事なのですが」
「うお、いきなり寄ってくるなよ!!」
いつの間にか目の前に半兵衛の顔が近づいていた。
俺にアッー!の趣味はないっつーの。
「種子島は単発式だという固定概念があります。100を300、500に見せかけることが出来るなら、その城にいる兵数も相手にとっては脅威と映るはずです。ならば籠城戦ならその数を数倍にも見せることができます。幸い武田は騎馬隊が主で種子島の知識には詳しくないはず。現に馬も怯えておりましたし」
まああれだけの大音響でなればなあ。
俺も最初は……別にびびらなかったっけ(一話参照)
「武田が次に狙うのはおそらく野田城」
「浜松城なくて?」
「警戒された上に猛将が並み居る状態の浜松城は狙いませぬよ。さらに言えば、野田城侵略最中に浜松城を開ければ攻め入られるのは道理。相手は武田30000の兵に猛将揃いですぞ?」
「30000!? マジかよ! 織田と家康殿の軍合わせても12000いくかどうかだぞ?!」
マジでどうしようもない兵力の差だなぁ。
せめて1年、欲を言えば2年持たせるって言ったからにはやらなきゃならんか…。
「半兵衛、絶望的だなぁ…」
「絶望的ですが路がないわけではありませぬ…ゴニョゴニョ」
そうして俺と半兵衛は悪巧みを開始するのであった。
『今日の信長くん』
今日も書を読み、印を押す仕事が始まる。
「全く本願寺の生臭坊主は相変わらずのようだな」
秀吉から送られてくる文には如何に腐敗しきった本願寺の本当の姿というものが、ズラズラと書き連ねてあった。
宗教が権力を持つと碌な事がないのは古来からの道鏡の件でわかっておることだろうに。
ただ、近況としてはけして悪くなく、雑賀衆が気になるものの明智光秀と上手く連携を取り、一年、最低でも二年で結果を出してみせるとの事。
「サルめ、張り切っておるではないか…」
あいつは仏教だの何だのより自分自身を信じ我が道を行く者だからな。
結果を出すというのなら出すのだろう。
ちなみに浅井家の家臣はとても優秀で扱いやくくて助かるとも添えてある。
「全く、気配りを忘れぬ男よなぁ」
そうして次の文を見ると、今度は越前からであった。
柴田、明智、丹羽と重臣で固めた越前は、浅井の協力なしではそこまで神経質になることはなかったかもしれない。
ただ近くに越後の龍がいるため、安全策を取ったつもりだったが、逆に消極的だったか?
まあいい。
次は徳川へ寄越した久次郎の手紙である。
定期的に送るように言ってあるが、律儀に守るとは思わなかったな。
半兵衛の入れ知恵でもあるのかもしれんな。
手紙は二通ある。
嫌な予感がしたので先に半兵衛の方を読むと、詳細に三方ヶ原の戦いの事が書かれている。
あの家康、三河武士を持ってして一掃する武田三万か…少しばかり厄介だな。
さて、最期は久次郎の手紙か。
しばらくあってはいないが、あいつがそうそう変わっている事もないだろうな。
懐かしい思いとともに手紙を広げるとそこに書いてあるのはこん文であった。
『いや~種子島が不足しちゃってさぁ。後1000丁くらいくれないかな? 半兵衛が驚くような使い方も思いついたいし、今度あったら教えてやるよ。マジビビるぞ!
でさ、武田軍超強い! 初めて負けちゃったよ、マジヤバス。
あ~後は半兵衛が色々纏めてくれてると思うからそっちに任せるわ!
追伸
お市には今度帰ったときは揚げ出し豆腐が食べたいですって伝えといて、じゃ!』
――――――ゴシャァァァァァッッ!!!
真っ先に異変を感じた女中が見たその光景は、長谷部国重を力いっぱい手紙越しに机へと叩きつけている鬼の形相をした信長の姿があったという。




