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第二十一話 決戦、三方ヶ原の戦い(前編)

 

 

 

 

 元亀元年(1570年)

 武田信玄ついに動く

 三万の軍勢を持って上洛戦を開始した武田信玄は、徳川方の遠江国二俣城を攻め落とし、浜松以東を勢力下に組み入れる

 これに対して浜松城の徳川家康は、同盟国である尾張国の織田信長に応援を要請

 

 

 

「遂に動いたか、武田信玄」


 使者を丁重にもてなした後、信長は顔をしかめつつ口を開く。

 徳川からの使者は息も絶え絶えで、見てる此方がかわいそうになってくるほどの顔色であった。

 ただでさえ精強といわれる武田騎馬隊の機動力や屈強さを、なお甘く見積もっていたのか、信じられないような破竹の勢いで徳川を責め立てているそうだ。

 コレが噂に聞く三方ヶ原の戦いなのかなぁと場違いにも思っていた俺だが、隣にいた半兵衛が顔を青くしていることに気づく。

 

「早い…あまりにも早すぎる…! いくら足利家の親書が届いたとはいえ、ここまで早く軍を動かせることなどありえない!」


 普通戦争を始めるには軍備が必要で、それは兵力であったり、兵站であったり、周辺諸国との折衝であったり。

 つまり信玄のもとに親書が届いて、宣戦布告、年も開けないうちから戦争を始めたのである。

 

「私が思うに後二年、二年は動けないと読んでいたのです! 武田は周辺諸国は思っているほど一枚岩ではない。ある程度地盤を固める必要があります」


 上杉に対しては大雪によってお互い不干渉を保てるこの12月という年は進行には相応しい。

 だがいきなり戦争をするぞといって軍備が整うはずがなく、整ううちには雪解けを迎え上杉との折衝も頭に入れなければならない。

 更には農繁期による遠征が不可能になることにより、隣国である徳川はともかく尾張、美濃にまでは手が届かないはずが、この時期なら十分に侵略が可能となる。

 半兵衛にとっては痛恨の武田侵攻であったに違いない。

 

「まあ、状況が悪いのはわかったけどな。どうする信長? 家康殿に増援を出すのは当然として、何かしらの対応策を用意しておかないとマズイ事になりそうな雰囲気じゃないか?」


「ふむ…」


 俺の言葉に顎に手を当て考える信長。

 内心はどうだかわからないが、外見は落ち着いて見える辺り、周りの家臣たちに少なからず安心感を与えている。

 そういう姿をみると、やっぱコイツはスゲエなぁと素直に感心しちまうところだ。

 

「皆の者、この決議はいますぐに出すわけにはいかん。当然援軍は出すが今は解散じゃ。方針が決まり次第皆を呼ぶ。久次郎! お前は俺と来い」


 そう言って立ち上がり、評定を中断し、無理やりな形で信長の自室へと通された俺であった。

 

 

 

 

 そこで語られた内容は簡単である。

 織田家の三方面作戦の越前、畿内の二方面を1年、最低でも2年で一気に片付けるから、浜松城に平手家臣団はその間援軍として逗留、徳川領地をできうる限り死守。

 増援には滝川家臣団を初め問題が片付き次第送るから、何としてでも徳川領で武田侵攻を食い止めろとのこと。

 その間、織田家のことは一切関わる必要はなく定時連絡だけはよこすように。

 一日でも早く対武田戦線を整えるから、徳川の援軍として活躍してこいとのこと。

 

 あの~、これって決死隊っていうんじゃないですかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀元年(1570年)

 援軍として佐久間信盛、滝川一益、平手久秀が浜松城へ到着

 救援物資として大量の鉄砲と火薬、兵站を提供

 

 

「よくぞ駆けつけてくれました!」


 俺達が浜松城についた時真っ先に迎えに来てくれたのは徳川家康とその重臣である本多忠勝達であった。

 よっぽどテンパってたんだろうね。

 俺が馬から降りると一目散に手を握り感謝の意を表してくれた。

 

 なんかそんなちょっと情けないところが幼少の竹千代くんを思い出させて少し口角を上げてしまった。

 

「援軍として滝川家臣団を初め、佐久間信盛家臣団、平手家臣団総勢6000で援軍に駆けつけさせて頂きました」


「6000もですか!?」


 安心させるように家康殿に向かってニコリと笑いかけると、驚きを隠せないように目を向いていた。

 まあ援軍にそんな数が来るとは思って見なかったんだろうね。


「そして平手家臣団は武田の脅威がこの徳川から去るまで、浜松城、しいては家康殿の元え御身を守護する覚悟です。この『武の一文字』が徳川への武田の戈を止めてみせましょう!」


 そう言って、パフォーマンスのように馬鹿でかい武一文字を振り回し、最期は石突で、


―――ゴォンッ!!


 地面を石突でアースクエイクするお決まりの演舞だ。

 最初はみなポカーンとしていたが、かの『武の一文字』が6000もの大群で援軍に来た上に、武田の脅威がなくなるまで逗留してくれるという。

 武田にメタメタにやられた徳川に対しての心象操作というか士気を上げるつもりが滑ってしまったか?!

 と内心ドキドキの俺であったが、次の瞬間、

 

  

――――オオオオオオオオオオォォォォォォッォォォォ!!!!!



 地響きすら起こすような歓喜の叫び。

 ここに居るすべての人が只々声をはりあげている。

 

 不安だったに違いない。

 そしてその不安は何も徳川家だけじゃない、織田家にしてもそうだし両軍の一般兵士ですらそうだろう。

 出来るなら逃げ出したいのが本音だ。

 だがそこで足を踏ん張って、立ちとどまり、脅威が迫る中に見た一条の光。

 

 兵たちが浮き立たないわけがなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、申し訳ございませなんだ」


「いえいえ、お気になさらず」


 あの騒動が終わり、正式に援軍であることを表明し、手続きが終わった後、もう既に夕刻を過ぎており、今は接待の最中で俺と家康殿でさしで飲んでいる。

 やはり武田の脅威というのは、家康にとって大変なストレスになっていたみたいで、以前見たより少し顔色が悪く見える。

 

「それより、まことなのですか? 平手殿が武田侵攻の脅威がなくなるまで、この浜松城、ワシの側で戦ってくださるというのは? 織田殿とて包囲網があり手が足らない今、援軍すら送る余裕なんて…」


「もちろんですよ」


 若干不安そうな家康に対して俺は裏表のないような笑顔を意識して向ける。

 その笑顔にひどく安心したのか、崩れるように肩を落とす家康殿。

 武田の脅威がその両肩にかかっていたのだ、ムリもないことだろう。

 

「信長が言うには一年。最低でも二年で全てを片付け全軍で応援に向かうとのことです。まあ、アイツのことだから案外本当にやりかねませんがね」


「はは、確かに」


「アイツは戦場を尾張にするよりは、徳川領でやってもらっていたほうが都合がいい。もし尾張領内に武田の侵入を許せば援軍を全軍引き上げさせるとか言ってましたがね。アイツらしい叱咤激励ですが、物の言い方を考えたほうがいいと何回も注意しているんですがなんともはや」


 マジでツンデレってやつだよな。

 本気で兵を引く気があれば虎の子の鉄砲を大量に持参させるわけがない。

 

「本当に……信長殿らしい……」


 その言葉が少し琴線に触れてしまったのか、家康殿は俯き体を震わせ、顔を上げることができずにいた。

 上に立つ者の孤独というのは計り知れないものがあるというのは古来から言われる言葉だ。

 それを克服し、見事抑えこみ大義をなしたものこそが歴史に名を刻み世界を動かしてきたのだろう。

 だからと言って24時間気を張れというのは無理な話だ。

 せめて、この時間だけでも張り詰めた糸を緩ませる時間を作ってあげていると信じていたいものだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀元年(1570年)

 武田信玄進軍、浜松城を素通りして浜名湖に突き出た堀江城を目指し、通りすぎて行く

 

 

 

「お待ちください! 明らかな陽動です!」


 半兵衛が憤る家康に対して、この行動は浜松城から家康を引っ張りだす陽動であると進言する。

 だが頭に血が上っている家康は、このまま素通りされれば武士の恥として強引に追い打ちをかけようとしているのである。

 

「このまま信玄を我が領地にて好き勝手させること我慢なりませぬ!!!」


「それが負け戦だとしてもですか!?」


「そうにござる!!!」


 そう言い残して、兵を集め追撃の準備を始めている。

 あっちゃ~、見事に頭に血が上ってるな。

 これだけ冷静さを失えば、勝てる戦とて勝てないだろうに、元々負ける戦ならウンコの一つでもするってもんだろう。

 案外この戦が三方ヶ原の戦いなのかもなぁ。

 

 ん? 三方ヶ原?

 

「ちょっと半兵衛! 地図、地図!!」


「は?」


 俺の突然の言葉に戸惑いを隠せない半兵衛であるが、素直に地図を持ってきてくれたことに礼を言い、地図を開く。

 すると、

 

「あった……三方ヶ原!! マジでこの戦があの三方ヶ原の戦いなのかよ!!」

 

 堀江城と浜松城を結ぶ地図の間にあるのは、三方ヶ原という場所が存在する。

 確かこの戦は攻城戦でも籠城戦でもなかったはずだ。

 先に武田が堀江城について籠城戦して大敗?

 それなら脱糞するほどの恐怖はなかったはずだ。

 そして名前の由来の『三方ヶ原』の戦い。

 

「半兵衛、お前なら家康殿をどう迎え撃つ?」


 俺のその言葉に暫し考え、

 

「私ならこの三方ヶ原にある坂の手前にて魚鱗の陣を布いて待ち構え、慌てて追いかけてきた三河勢を騎馬隊にて粉砕いたします。おそらく徳川殿は三方ヶ原の先の祝田の坂から攻め下れば勝機が有りと見ているのでしょうが、それを見抜けぬ武田ではございませぬ」


「家康殿はまず間違い無く負けると見ていいな?」


「はい。兵力差、音に聞く騎馬隊。これで勝てるようなら兵法は必要ありませぬ」

 

「……わかった。武田の騎馬隊で初お披露目か。因果というかなんというか…」


 俺のその言葉にはっと顔を上げる半兵衛。

 

「まさか、いきなり実践投入するおつもりですか!? 無理です、鉄砲の数も兵数も足りませんぞ?!」

 

「うまくいくとしてもいかなくても、こっちとしては家康殿が浜松城に戻る時間が稼げればいいんだ。家康殿が目を覚まし次第、即撤退。申し訳ないが平手の脳筋達には徳川と共に殿軍に残り時間を稼いでもらう。もちろん俺も残る」


「馬鹿な!!! 大将自ら殿を引き受けるなど聞いたことがない!!」


 俺は半兵衛の反論を聞くことなく、馬へまたがり、先へ行った徳川軍を追う形で走りだそうとする。


「いいか! 逃走経路は浜松城一直線上になる! お前ならどこに布陣すればいいかわかるはずだ! そこで武田の土手っ腹に食らわせてさっさと離脱! 欲を出すなよ!? 少しだけ時間を稼ぐ一助になればいいんだ! 後は俺達殿軍に全て任せればいい!! 秀長、氏郷、継潤お前達は半兵衛指揮下の伏兵部隊でアレも試験的に使う。武田相手だがちょうどいいだろ」


「アレ…ですか?」


 氏郷の言葉にニヤリと笑みを浮かべる。

 どうやら秀長もピンときてないらしい。

 

「『回し打ち』だよ! さんざん練習しただろうが! 本来は籠城戦向きだが未知の戦法に武田も足が鈍り指揮系統が乱れるはず。そこを俺達がどつきまわして隙を見て撤退する!」


 そう言った後、既に才蔵、利家は俺の隣に控えており、殿軍を務めるとは思えない顔立ちをしていた。

 

「悪いな、なんか本格な初戦が殿しんがりって、運がなかったなぁ」


「何を言われるか。この才蔵、戰場を選ばず、いつとて常在戦場の心得でございます」


「ま、乗りかかった船だ。せいぜい暴れてやろうぜ!」


 皆のその言葉を受け、俺は一つ深呼吸をした。

 狭くなっていた視界がひらけるような錯覚がする。



「よし。お前ら! この『武の一文字』に続けぇぇぇぇ!!!!!」



 戦が避けられないというのなら…

 

――――多くの戈を止める武となってこの戦場をかき回してやるッ!!!

 

 

 

 

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