第十八話 朝倉侵攻、っていうか予想外にも程があるわけだが…
元亀元年(1570年)
度重なる朝廷からの上洛命令に従わない越前国の朝倉義景攻めに向かう
俺は歴史好きであり、大河や色々な書物でこの朝倉攻めというのを知ってはいたが、その流れというか概要をよく知っていなかったように思う。
ここで朝倉に向かう途中に浅井長政に裏切られ、袋のネズミとなった信長はその人生で最大のピンチを迎えるということは知っていても、そもそもなぜ朝倉を攻めたのかという点で疑問を持っていたのだ。
詳しく概要を知らないまま此方の世界に来た俺は、ただ信長が自分の領地を広げるための侵攻戦であると思っていたのだが、どうやら大きく違っているということが時代の流れを通してみた俺の結論である。
いや、考え方自体が違うと言ったらいいのだろうか。
そもそも朝廷の権威というものが失墜しているからこその地頭による戦国大名の派生であり、本来一応の日本という国としての形は朝廷、将軍によって統治されるべきである。
まあその頂点の義昭様に諫言やら大口叩きまくってる信長ではあるが、一応の礼を取り義昭様を立てている。
それはなぜか?
それこそが信長の目指す天下統一の形、日本国の『中央集権』による統治だからだ。
形骸となっている朝廷に力を取り戻させる、あるいは自らが力となって周りを従えた後に、中央に礼を尽くせば最低限の基盤が出来上がる。
その為には自分が頂点に立つのではダメなのである。
なぜならそれは独裁となり、信長健在の時期はいいが、必ず最期には力を持つ独裁者が腐り落ちる。
軍隊、力を持つ者が上にたってはいけないという考え。
この時代にはその言葉すらありえないだろう『文民統制』を念頭に置いた統治が信長の最終目標なのである。
軍隊、兵力を持つものに指揮権を与えることの危険性を信長は知っているのか、本能的に感じ取っているのか。
っていうかその考えは第二次世界大戦後にようやく浸透されていった思想なわけで、やっぱりコイツの先進性、革新性はこの時代にあって飛び抜けすぎているようだと思い知らされる。
そして話は最初に戻るが、俺は朝倉攻めに反対したんですわ。
なぜなら浅井長政が裏切ることがほぼ確実とされているこの状況で、兵を出させるほど俺は信長に好きにさせていいとは思っていないし、させてもいけないんだろう。
さらに言えば、そもそも朝倉を攻めないという盟約のもとに浅井との同盟がある中での朝倉攻めは、浅井が裏切る予想ができなかったわけじゃないだろうに、と思っていたのだ。
だが、この信長の話を聞き、二の句を告げなかったね。
言うことを聞かないから侵攻する。
そんな低次元で軍を動かしているわけではないことを知って、あらためてデタラメさにため息を付く他無い。
史実の信長がこんな考えを持っていたのかは知らないが、少なくとも今の信長の思想はこの時代にあって尊いものであると同時に夢物語に違いないだろう。
だからこその朝倉攻め、そして大局を見過ぎたがゆえの足元にある小石につまずく形になるのだ。
どれだけ崇高な意志があっても、理解ができないのなら馬の耳に念仏ってやつだ。
なぜなら相手はそんな意志など関係なく、ただ自分のお家を守ろう、威厳を保とうと目先の利益に目を奪われ、その先にあるモノに目が行かないのだから。
だから浅井の裏切りという論理的でない小事の感情からくる裏切りに不覚を取ることになるのだ。
元亀元年(1570年)
平手家恒例緊急軍事評定…と言う名の飲み会
「信長殿が…まさかそんな大局を見据えた統治を考えていたとは…」
「文官による武官の制御? ……そんな事が可能なのですか?」
さすがの半兵衛も絶句しているようである。
最近半兵衛の薫陶を、英才教育を受けている氏郷もかろうじて理解できているのか、驚きを隠せないでいるようだ。
「ふむ、ようは信長様は自身によって日本を統治するわけじゃないと?」
「周りくどい! 朝倉などそれがしの槍にて一掃してやるものを!」
「うむ! 才蔵殿は剛気であるなぁ! 俺もその時には槍の又左の異名を轟かせて見せようではないか!」
秀長がなかなかついてこれていないのは意外だったが、利家と才蔵の脳筋コンビはおとなしくそこで酒を飲んでいてくれ。
一応説明しておくと出席者は俺、氏郷、秀長、半兵衛、才蔵、利家の6人だ。
正直後半の二人は省いても良かったが、少しでも理解してもらおうと呼んだわけだが、時間の無駄だったと言わざるをえない。
今度からは首脳会議とでも称して俺と氏郷、半兵衛、秀長の4人でいいや。
「いや信長自身もボンヤリとしたモノで形にはなっていないのだろうが、根底にあるのは武力、兵力を統治する指揮権の一元化なんだろうとおもう。色々要領を得ない酔っ払った信長の愚痴から纏めた俺の結論だが、そう離れては居ないと思ってる」
俺のその言葉に半兵衛が唸る。
「仮にその構想が実現したとすれば、まさに信長様の独裁となりませぬか?」
半兵衛の言葉に俺は頷きながら口を開く。
「今はな。だからこその朝廷の威厳と威光なんだろうな。各地から国の文官の代表者を招集し、話し合いによって決議を決める。その大前提にすら今はたどり着けない。なぜなら自身の国力が付きすぎていているからだ。朝倉もそうだが武田、北条だとて素直に頷くはずがない。なぜならここでその言葉に頷けば、義昭様の後ろにいる織田家に事実上屈した形になるからだ」
将軍の上洛命令とは言え、その背後にいるのは織田家であることは周知の事実。
将軍の言葉だとしても、それに従えば織田家の命を聞いたも同じであり、自らの権威の失墜を意味するのである。
「だから上洛に従わない朝倉を攻めて権威や威光を示す必要が出てくるわけだが…さて、そこで話を本題に戻すが、この朝倉攻めで浅井は裏切るぞ」
「なっ!?」
俺が断言したことで周囲は驚きの声を上げる。
「長政はどうか知らないが久政は必ず強攻策にでてくる。幸い月姫が未だ輿入れしていない事実が救いなのか、不幸なのか、その存在が抑止力とはならないし、もし裏切ったとしてもなんの保険も撃つことができない状況に陥る」
史実ではお市が小豆の入った袋を両縛りにして信長に送って、『袋のネズミ』ということを伝えたと言われているが、今回はそれには期待できない。
奇襲を受けて挟撃され、逃げ道を塞がれてからでは遅いのだ。
「確かに盟約違反ではありますが…それも上洛命令に従わぬ朝倉への勅命。父上…確証がない上に憶測で浅井に疑いを向けることこそ同盟に対する本末転倒なのでは?」
「確かに耳を傾ける価値のある話ですが、全ては氏郷様の言うとおり憶測。固執した考えは危険ですぞ?」
浅井は史実だと裏切ったから、今回も多分裏切るよ。
なんて言えるわけもなく。
未来を知ってる俺が手を打たなければならないのだが、どうやら浅井が裏切ることに半信半疑ということもあるし、文民統制などによる中途半端な思想を語ってしまったことで流石のチーターマン竹中半兵衛も頭の回転が鈍っているらしい。
いや、というより未来知識で裏切ることを知らない俺なら間違い無くこんな事考えないし、確信なんて持てないんだから、説得力に駈ける事この上ない。
さてどうしようかと考えるもいい案が出るはずもなく…
「いやまてよ?」
そもそも朝倉を攻める事を事前に浅井に報告したっけ?
若狭を攻める事をまずもって前提として、ついでとばかりに本命の朝倉に戈を向けるんじゃなかったか?
なら事前に報告しておけば?
いや、それでも面従腹背の可能性もあるし…たしか朝倉に浅井側は恩があったとか何とか…。
史実ではお市の方が信長に窮地を知らせたことで危機を脱した。
逆を言えば危機を知らせること『しかできなかった』んじゃないだろうか?
―――もしお市が長政、久政を食い止める力があったとしたら?
もし浅井の中に入り込むことができ、そんな事を出来る人材、一軍を相手にとって食い止めることができる少数精鋭。
もしくは…そんなデタラメな『チート』ができる人物がいるとしたら?
「………」
俺の旗印である武の一文字。
戈を止めると書いて武の一文字。
いるじゃないか、適任が。
意外と身近にね。
元亀元年(1570年
平手久秀が浅井との同盟強化、此度の挙兵に関しての使者として北近江の国に訪問
「ほぉ、貴方が噂の『武の一文字』平手久秀殿でございますか」
「お目にかかれ光栄でございます、平手久秀と申します」
上座に座る浅井長政らしき人物は一つ頷くと、俺の隣に座っている人物に目を向けたのか、
「かの有名な平手殿とご一緒の来なされるということは、さぞ名のある人物とお見受けしますが?」
俺は一人で来たかったのだが、とある人物に手八丁口八丁によって丸め込まれ、一緒に北近江に無理やり随行してきた人物の姿があった。
なんというかこの人は目敏いうか鋭いというか…。
「はっ、私は恐れながらも平手様の跡継ぎ様の茶の湯の師をさせていただいております、千宗易と申します、以後お見知りおきを…」
「千宗易殿か…聞かぬ名だが平手殿のお抱えと言うのであれば、さぞ腕の立つ茶人であるのでしょうな。是非とも此度、馳走していただきたいものだ」
「光栄でございまする」
そう言って千宗易は頭を下げ平伏する。
「さて、堅苦しいことは抜きにして、今宵は歓迎をさせて頂くゆえ、暫し此方で部屋を用意させていただきましたので、女官に案内させる故ごゆるりとお寛ぎくだされ」
「「ははっ」」
そういって、俺と千宗易は長政に頭を下げてその場を後にするのであった。
「ふ~む、上手くいったようじゃのう。案外警戒心は緩いと見える」
「俺は今でもメチャメチャ緊張してますけどね」
咬み合わない俺達の言葉。
「まぁまぁ、平手殿。こういう時こそ平常心ですぞ? 事を成すにはまずもって広い視野をですな…」
「貴方のやってきた『悪行』の成すコツを教えられても困りますけどね」
俺のその言葉を聞いた千宗易は肩をすくめる様にした後、
「ふむ、案外肝が小さいのですな?」
一つため息を付いてみせた。
そんな仕草も渋くてカッコいいのが腹立つ!
「とにかく! 今回の目的はここに来る前に話した通りです! 変にかき回さないでいただけますね!?」
「なんと心外な!」
心底その言葉が心外であったように戯ける宗易。
「平手殿の為を思っての行動であるというのに、理解されぬとは…」
「俺のことを思うのならついて来ないで欲しかったですよ! 仮にも一国の大名が名を騙って他国の使者になるなど聞いたことがないですよ」
その言葉に、はっはっはと笑いながら、
「人と同じ事をやって大事を成し遂げられますかな? 思わぬところにこそ大事をなすための鍵というものは落ちているものでございますからなぁ」
「とにかく、ここは敵国になるかもしれないどころか、場合によっては敵の腹の中と言っても過言ではなくなるのですから、くれぐれもお願い致しますよ『弾正』殿」
「いやはや、久々に心躍る展開でございますなぁ」
「……聞いてねえよ、このジジイ……ッ!」
全くなぜこんなことになったのか…。
今思い返してもよくわからんわ。
偶然出会い、偶然世間話をし、偶然近江に付いてきた(ここから怪しい)のであるが、ホントになに考えているんだか。
まぁ確かに俺一人で滞在するには、何かしらの芸がない。
茶の湯に精通する弾正殿が同席してくれるのなら、滞在を引き伸ばすどころか相手の裏をかく頭脳を持ち合わせる乱世の奸雄だ。
この予想外の展開が、本当に予想外にならないことを祈るのみである。
「何をブツブツいってるのですかな?」
「アンタの愚痴だよ!」
だんだん遠慮がなくなってきているのは俺のせいだとは思いたくないなぁ。




