第十五話 将軍擁立、松永弾正久秀の憂鬱
永禄11年(1568年)
信長、京へ上洛
足利義昭を第15代将軍に擁立
六角侵攻の勢いのままに畿内を平定し、ようやく京へ上洛した織田家。
信長にしても義昭様にしても本当にようやくか、といったところだろう。
問題は三好三人衆と松永久秀等の畿内で好き勝手やっていた御方々だが、六角氏共闘での負け戦や、三好長慶死後の内輪揉めにより崩壊しつつあったようで、あっさりと臣従を申し出てきた。
とはいっても三好義継・松永久秀が臣従し、他の三好三人衆に属した勢力の多くは阿波国へ逃亡。
唯一抵抗していた池田勝正も信長に降伏し、遂に義昭様のとりあえずではあるが地盤固めが終わり、無事義昭様は将軍になったというわけだ。
正直結構ドンパチやるのかな、と思っていた俺だったが、そんなこともなく本当にあっさりと事がすんだ印象が強いね。
武の一文字の下に槍を振るいたがっていた才蔵はメチャメチャウキウキしていたが、争いがないと知るとショボンとなったのは結構面白かったがね。
さて、俺はここにいたってある目的を持っていた。
それは俺が歴史好きであり、未来から来た人間であるがゆえの欲望といってもいいだろう。
もしあの人物に会えたら、っていうのが可能な今、俺は是非ともあってみたい人物がいたのだ。
その人物とは、常人にはできない三悪事を成し遂げ、乱世の梟雄と呼ばれながらも、領地はよく治め善政の名君とされ、築上の名手でもあり、一流の文化人、茶人であり、茶器コレクターとしても名高く、日本人初のHOW TO S○X本を書き、そして最期はその茶器とともに日本人初となる茶釜とともに爆死をするという、どんだけ波瀾万丈に生きたんだよな人物。
その名も松永弾正久秀である。
「ほほぅ、貴方があの信長公唯一の友にして、かの武の一文字を擁する平手久秀殿ですか。ワシに面会を申し出ていただき、このような茶会まで…いやはや、感謝の言葉もありませぬなぁ」
「いやぁ、俺自身茶の湯は嗜みませんが、息子が茶の湯を嗜んでまして。まだ若輩ながらなかなか筋がいいと評判でしてね。是非とも今後のため弾正殿の手ほどきを得られえば、と……これじゃあ親バカですな、ハハハ」
「父上…」
そう言って睨めつけるような目で俺を見る氏郷。
っていうか無理やり連れてきたしね。
松永久秀に会うにはどうしたらいいんだろうと色々考えた結果、一流の文化人、茶人である事を理由に茶の湯を通じて面会しようと考えたのだ。
やっててよかった茶の湯の道!
俺じゃなくて氏郷だけどね。
いやぁ、しかし松永弾正、渋っ!
書物とか大河だと食えない爺さんっていう配役や設定なんだが、こうして見てみると爺さんどころか壮年ぐらいに若々しく見えるわ。
なんて言うか。そう阿部寛や豊川悦司っぽい含み笑いの似合う渋さっていうか、イケメンっていうよりダンディだよね。
阿部寛は上杉謙信で、豊川悦司は信長だったけど。
俺がそんな感想を抱いてる中、久秀は久秀で、茶器コレクターの血が騒ぐのか、俺(セッティングは氏郷任せだけど)が用意した茶室にある茶器に目を奪われているようだ。
特に茶入に目が行くと、
「ほぉ~…その肩衝茶入はまた見事な…。名はなんと申すので?」
「まだ名は無いのですが、父上の腹心の方に茶の湯を始めることを教えたら、練習用もいいが、本物を見て、使ってこそとのことでお譲りいただいた一品でございます」
「…なるほど。大切にされるといい。紛れもなく一品ですぞ。よほど期待をされている証拠なのでしょうな」
久秀の問に氏郷が答える。
俺もよくわからないが、秀吉が氏郷にくれた茶入で、結構なシロモノなのだそうだ。
他にも色々信長に俺が貰ったもの、氏郷自らが選び選定したものなどでこの茶室は構成されている。
久秀(って、ややこしいな。松永弾正と呼ぶか)は茶入だけでなく、様々なものを見て楽しんでいるようで何よりだ。
「ワシも茶器には目がなくてのぅ。先日まで九十九髪茄子という天下の名物を手にしておったのだが、信長殿に降伏するおり手放してしまってな、あれは惜しかったとつくづく…おっと口は災いのもと。どうも茶会の雰囲気は気を緩めてしまうのう」
そういって改めて表情を正す弾正。
やはり九十九髪茄子は相当惜しかったようで、手放さざるを得なかったものの、やはり惜しいものは惜しいようだ。
ふ、ここで俺のサプライズだ。
「弾正殿」
「む、なんでしょうかな?」
「コレを」
そういって俺は箱に入れ、厳重に仕舞っておいたあったモノを取り出し弾正へと差し出す。
さて、喜んでくれるといいが。
「これは…な…なんと!? な、なぜコレがここに!?」
弾正が度肝を抜かれるのは仕方ないだろう。
なぜなら俺が差し出したのは先程弾正が口にした天下の名物と言って差し支えない「流転の茶器」の異名をとる戦国時代随一の名物茶入。
『九十九髪茄子』
まさにそれであったのだから。
驚きに声の出ない弾正に俺は口を開く。
「俺は武の一文字の下で信長に仕えており、そこそこの武功を挙げていると自負しております。今までの武功と共に息子が茶の湯を始めるというので、此度信長公から賜りましてな」
そう言って笑って説明するが、概要は全然違っている。
実際は先日の酒の席で、
『息子が茶の湯を始めるから九十九髪茄子頂戴、お前茶器の価値わからんって言ってたじゃん』
『いきなり天下の名物を息子に持たせようとするな。それに価値はわからんがアレは極上の褒美になる。その意味での価値がわかってればいいんだ』
『けち臭いな、俺の報奨も弾んでもらった記憶が無いぞ?』
『お前は物欲がないのか、何も欲しがらなかったからだろうが』
『じゃあ、今纏めてひっくるめて九十九髪茄子くれ』
『むぅ……なぜ九十九髪茄子なんだ?』
『……実はちょっとした使い道が、ね?』
『……だったら最初からそう言え。全く豚に真珠とはこの事をいうのだろうな』
『オブリガード!』
『…………(イラッ』
そんなやり取りを持って、今俺の手の中には九十九髪茄子があるというわけだ。
まあ使い道って言っても九十九髪茄子って未来でも有名だし、見てみたかったこともあるが、それ以上に、
「弾正殿は事実かはわかりませぬが、黒き噂の耐えぬ方。しかしその能力と手腕、文化人としての一流の腕、さらには築城にまで精通していらっしゃるという。それを織田家にて尽くして頂きたく思い、誠意として九十九髪茄子を返上し、それを持ってこれからの我らの約定としていただきたく思い、持参したのです」
「………」
九十九髪茄子を静かに見つめる弾正。
その表情には様々な感情が浮かび、そして消えていく。
何を考えているのかは推し量れないが,並々ならぬ情報を頭の中で整理して考えをまとめているのだろう。
そして何やら、疲れきったような、歳相応の顔つきとなった弾正が口を開く。
「ワシは所詮悪行を重ねたジジイに過ぎませぬ。改心するにも、誰かに尽くすも、全てが疑心暗鬼に飲み込まれる。奪うことがそれ、我が人生であったゆえ」
そう言って九十九髪茄子を一撫でて、
「そんなワシの口約束にどんな価値があるかわかりませぬが、せめてこの九十九髪茄子には誓いましょう。織田に忠誠、忠勤を誓うとは断言できかねますが、平手家には決して刃を向けぬ、と」
そう言って、悪辣とした覇気のある顔ではなく、どこか憑き物の落ちた好々爺然とした表情でそう語った。
でもやっぱり渋いから困るわ。
「今度は我が城にて、茶会を披露いたしましょう。平蜘蛛、九十九髪茄子、そしてそれには及ばぬものの、素晴らしき茶器を持ってお迎えいたしましょう」
そう言って、弾正は深々と頭を下げた。
「良かったのですか、父上。九十九髪茄子は無理を言って譲り受けたモノで…」
「いいんだって。俺が持ってても宝の持ち腐れだし、お前にはまだ早い。その肩衝茶入ですら早いくらいなんだぞ?」
「わ、わかっております! ……父上に茶の湯で何かを言われるのは釈然としませんが」
「それより京の滞在中は弾正殿直々にお教えしてくださるそうだな。失礼はしないように、そしてこの機会にたくさん学ぶように」
「………ブツブツ」
文字通りぶつくさ言う氏郷。
ま、確かに俺には絶対わからない世界だよな。
その息子のふてくされた姿を横目に考えに耽る。
さて、ここから始まるのがまた厄介な出来事なんだ。
『信長包囲網』
言葉だけは覚えているがなにがどうなってというのは全く覚えていない。
ただ、弾正殿が絡むのはまず間違い無いだろうから、こういう裏工作もありかなぁ。
個人的に会いたかったのが一番の目的だけど。
もうほとんど覚えてないからなぁ、未来知識なんて。
しかし平坦な道ではないことは確かなようだし、何があっても武の一文字の精神で頑張らなきゃなぁ。
永禄12年(1569年)
信長、美濃に帰還
その隙に京にて三好三人衆と斎藤龍興ら浪人衆が共謀し、足利義昭の御所である六条本圀寺を攻撃しようと企んだが、松永久秀が明智光秀に事前に情報を流し、事を起こす前に鎮圧に成功
援軍は無用とのこと
その報告を受けた信長は、訝しげに、
「裏切るとしたら弾正かと思えば、その弾正が鎮圧側に与するとは……全く、何が何なのかわからんわ」
乱世の梟雄の見せた、織田家への忠義とも言える行動。
信長の不可思議な顔を見ながら、俺はあの口約束は弾正の中で大きく根付いてくれていることを確信できた一件だった。
やっぱ人間誠意を持って接するのが一番だよね。
結局良くわかってない信長はいつものごとく家に来て、新たに加わった氏郷にも絡みまくりベロンベロンになってそのまま寝入ってしまった。
「い、いつもこんな感じ…なのですか?」
「うむ……いつもどおりの信長といえるな」
布団に押しこみ、無理やり寝かせた後、今度は俺と氏郷の二人で飲み始める。
息子と飲む酒か…感慨深いなぁ。
そんなことを思っていると、氏郷がぽつりぽつりと話し始める。
「今回の弾正殿の件、やはり…」
「うーん。どうかな? 京を守るのはあの明智光秀殿だ。勢力の乏しい三好三人衆や、龍興の器では勝機はなく、だったら此方に恩を売る…という見方もできる…けど」
茶会でみた弾正のあの自嘲したような諦めのような、しかし野心もあるが情も見える。
そんな瞳の色を思い出しながら、
「俺達が考えてるとおりに、弾正殿が口約束を守ってくれていると考えたほうが、俺好みだ」
そう言うと氏郷は堪え切れぬように笑い出す。
「ふふ、好みの問題でしょうか?」
「俺としては、だよ。京での出来事からお前の師にも当たる人物にもなったんだ。機会があったらまた師事してもらいたい、そう言うふうに前向きに考えておくのが一番だと、俺は思うがね」
「……私も、そう願います」
それきり静かに、お互いの酌をしながら、夜は更に更けていった。




