第十四話 六角侵攻、『武』の一文字に集う者達
永禄12年(1569年)
信長、六角氏に再度侵攻
箕作城は落城、事実上の六角氏滅亡である
なんか前回六角に優位に立たれたのが相当頭にきたのか、今度は織田、浅井、徳川連合の2~5万勢で侵攻するあたり、実に信長らしい堅実さと気性を表しているといえよう。
そんな大軍勢で攻められれば、所詮は六角氏は南近江一国の大名。
三好三人衆の支援があったとて、支えきれるものではない。
多少やり過ぎの感はあるが、ひとたまりもなくプチっと箕作城は落城し、織田家は南近江の領地を手に入れたというわけだ。
しかしやっぱり戦いは数だよね。
史実の信長は、相手より少ない兵力で戦うことを極力避けたみたいな話を聞いていたけど、どうやら本当のようだ。
桶狭間の時もそうだけど、兵力差というのは目に見える優位だけじゃなくて、心理的にも大きな重圧を相手に与えるし、取れる作戦の幅も大きく違ってくる。
多分信長はそれを対今川戦で身を持って知ったからこそ、今に活かしているんだろうな。
やっぱその辺は戦国の覇者、事実上の天下人と呼ばれるだけの慎重さ器量なのかね。
同年永禄12年(1569年)
平手家緊急軍事評定(仮)
さて六角氏を打倒したのはいいが、今ウチ…平手家はまたもや熱い時期が来ているようである。
ある有名武将からの士官の申し出があったのだ。
「それがし可児才蔵と申す。先日の口上、武勇いずれも見事の一言! 是非ともそれがしを『武』の一文字に加えていただけませぬか!? このとおりにござります!」
そう言って、俺に平伏する可児才蔵…いや、才蔵といっておこう。
どうやら第一次六角侵攻の時の、あの思い出すと少し恥ずかしいメモリーとなっている出来事にいたく関心と感嘆をいだいてくれたらしく、武の一文字の下で槍働きがしたいとの事だ。
「うーん、どう思う秀吉?」
俺は上座に座っており、その横の事実上次席にいる秀吉に意見を求めてみる。
「ふむ、才蔵どのと言えば『笹の才蔵』と呼ばれるほどの武勇を誇る御仁。なんでも持ち抱えられないほどの首級を挙げ、持てぬ代わりに口に笹を刺して、己が武勇を誇ったという猛者で御座る。平手殿の軍は内政官は多くも軍部はからきしでござるからなぁ。渡りに船とはこのことではないかと」
要するに賛成、と。
ってかからきしとか言うな、ホントのことだけど。
「秀長は?」
「そうですなぁ。私としては柴田勝家殿、明智光秀殿、前田利家殿らに仕えながら、いずれも陣を離れております。現に第二次六角侵攻では前田殿に仕えていたはず。武勇は申し分なけれど気になる部分ではあります。さらに我が平手は内政官が多く、いらぬ諍いの元となるやもしれませぬな」
「ん~…確かに」
俺の未来知識ではなんか脳筋ってイメージだったけど、そのまんまみたいだ。
基本的に主を変えることは悪いことではない。
下克上全盛期と言っても過言ではないこの戦国時代、どこから裏切られるか分からないし、また裏切らねばならない事情というのもある。
例えば名誉であったり、復讐であったり、お家のためであったり。
才蔵の場合は個人での判断で転々としていたのだろうか?
だいぶ戦国の価値観に慣れてきた俺でも、すぐ裏切るような家臣はあんまり欲しくないかもなぁ。
秀吉、秀長もいるし、ここは――
「今回はざんn「恐れながら!」」
「!?」
突然才蔵が声を上げる。
俺が喋ってる最中に被せてくるあたり、俺が断ろうとしているのを察したのだろうか?
人の話は最後まで聞いて欲しいなぁ。
まぁ、別にいいけどさ。
「それがしは今まで存分に槍働きを出来る場所を探して、転々としていたに過ぎませぬ。皆様方はすぐれた器を持っておられたが、それがしの求めるそれとは違い、陣を離れたのでございます。しかし今回こそはと確信を得て此方に参りました」
「確信?」
「戈を止めると書いて武の一文字。それがしは今まで戈にて止まり、先に進まなかったことを痛感したのでござる。武を誇ることを考えるあまり、武の本質を忘れていたのではないかと」
そう言って、自分の手、腕を見る才蔵。
「死にたくないから戦うのはもちろん、死なせたくないから戦う。恐れながらあの時に従軍させてもらっておりましたが、アレほどの興奮と昂ぶりを覚えた戦場はありませなんだ」
どうやらあの時の撤退戦に才蔵も加わっていたらしい。
殿軍を買ってでたわけではないが、結局その役割をした部隊に顔をだしてるあたりどうかと思うが。
上司が許してくれたんだったら問題は無いんだけどね。
「そしてあの武勇。心底感服し、仕えるならこの人しかいないと。我が武を武の一文字の下で振いたいと!」
そう言って再度頭を下げる才蔵。
「何卒、何卒!」
「……うぐぅ」
結局は根負けした形になり、才蔵は平手の家臣となった。
脳筋系はあんまり関わりたくないなぁ、と思いつつも、ああやって熱意を見ると悪い人物でも無さそうだしなぁ。
確かに武の一文字を掲げるには武の将がいないと、と思っていたから渡りに船ではある。
上手く舵取りできればいいんだけど…秀吉、秀長と相談しながらだな、その辺は。
下を纏めるってのはホントに難しいもんだ。
同年永禄12年(1569年)
平手家に養子として、信長から蒲生氏郷を推薦され認可
蒲生氏郷、平手氏郷と改名し平手家の次期当主となる
何言ってるかわからないが、俺も何が起こってるのかさっぱりわからない。
確かにウチは茶々、初、江の三姉妹で嫡男はいないけど、そもそも俺の血で平手を繋ぐ気はなかったため、その辺は好都合であった部分が大きい。
いつか家督は平手血縁に戻そうとおもっていたしなぁ。
さて、なんでも六角に仕えていた蒲生賢秀が織田に下り、人質として氏郷が織田家へ出されたらしい。
しかし信長はその顔を見ると、器量を見ぬいたのか身内としようと画策したが、ちょうどいい年齢の女子がおらず、なら平手でいいや、と平手の次期当主になるよう婿入りをゴリ押ししたらしい。
らしいじゃねーよ。
確かに平手は今一番織田と縁が深いし、信忠と茶々は婚約してるから親戚といってもいいが。
最近菩薩のようだった平手の爺さんのストレスがマッハになり、久しぶりに平手家が混乱に陥ったのである。
しばらく前に才蔵を迎えたばかりだというのに、今度は蒲生氏郷かぁ。
平手家養子縁組しすぎじゃないかとも思うが、爺様の状況対応能力は凄まじいらしく、我が血より優れる血であれば良いとも、俺のことを息子と思わなかったことはないとも言ってくれた。
なんか凄い嬉しくてちょっと顔上げられなかったけど、ホントに有難うな爺さん。
ホントは平手嫡流がこの家を継いでいくはずだったのになぁ。
俺はどうも親には恵まれる性質のようだ。
さて、氏郷が平手の次期当主になるのはいいけど、蒲生はどうするんだろうな?
そう思って氏郷に聞いてみると、子供が生まれ嫡男は平手、次男は蒲生を名乗らせていただければ、とのこと。
家へのこだわりっていうのはやっぱりあるようで、出来れば後世に伝えたいのはこの時代なら当たり前の感性なのだろう。
茶々は、信長が勝手に信忠くんと婚約させているため、初か江になるんだが…
「お初にお目にかかります、氏郷です」
「は、はわ…! は、初でしゅ…」
「ご、江…です…」
「そうですか、良い名ですね(ニコリ」
「「はぅ…っ!」」
家族になるんだし、と場をセッティングして会わせてみればまさかのニコポである。
氏郷くん確かにイケメンだしね。
チャラ男とかじゃなくて、キリッとした出来る男オーラっていうか、言ってしまえば主人公顔なのである。
娘がなんか男に取られる父親の気分を味わいながら、プチ家族の団らんを楽しむのであった。
後で信長の部屋に行って、飲み直したけどね、肉体言語を使いながら。
この年でお爺ちゃんになるのかぁ?
時の流れってのはマジで早いなぁ…
「お?」
「あ…ご当主様、おはようございます」
団欒から一夜明けて朝。
井戸で顔を洗いながら、ストレッチをしていると、氏郷(団欒で呼び捨てるようになった)も起きてきたらしく、挨拶をする。
「早起きとは感心だなぁ」
「いえ、私はさほど酒を嗜まなかったので」
「あ、まだ元服したてだっけか」
「はい、なので程々に飲ませていただきました」
そんな会話をしながら、顔を洗い、ついでに体もほぐしていく。
俺の動きをみて不思議に思ったのかは分からないが、氏郷が俺の方を注視していようだ。
「どうした?」
「あ、いえ! ただ…」
声をかけるとそう言って、言いにくそうにしながらも、
「信長様の『天下布武』に久秀様の『武』の一文字。平手の当主になるということは、その武を継承せねばならないのだと思うと…少し」
なるほど、責任と重圧か。
あの信長でさえ感じていたものを、元服仕立ての氏郷に背負えというのは酷かもしれないな。
「信長もそうやって俺相手によく愚痴ってたよ、家臣が~兵が~金が~ってね」
俺のその言葉に目を丸くする氏郷。
彼の目から見る信長はさぞ美化された存在であるらしい。
「後は酒でまぎらわして……ん、そうだ気分転換なら茶とかどうだ?」
「茶湯ですか?」
「俺は信長から茶器を結構貰ってるけど、どうも茶湯には興味がなくてな。死蔵するくらいならお前が使って、気分転換がてら色々学んでみたらどうだ? 滝川殿などは茶湯にひどく傾倒してるらしいし、学んでおいて損はないと思うぞ」
「はぁ…茶湯…ですか」
俺も信長も気の長い方でもないし、シャカシャカお茶を点てて礼儀作法にのっとるより、無礼講に酒のんで酌しながら話してたほうが性に合ってるしな。
信長はこの茶の湯に、政治的、家臣の褒美等の付加価値をつけることを考え、実際褒美に与えておいて、
『茶器一個で国一つの価値など全く理解できん。まぁ、この茶の湯の雰囲気は嫌いではないがな』
とか無責任丸出しなこと言ってる始末だしな。
ひどい詐欺を見た気分だ。
まぁ、未来知識でも茶人は重用されるし、文化人としても名を上げられる。
実益を兼ねた趣味にするには持って来いかもなぁ。
「ま、合わなければ合わないでいいし、好きな事に挑戦してもいい年齢だ。なにかあったら…そうだな、武の一文字らしくお前に向かう戈くらいは止めてみせるさ」
「…義父様…」
こうして氏郷は茶の湯を始めるのだが、おもった以上に才能があったのか、メキメキとその頭角を現していき、茶の湯では注目のホープなのだそうだ。
当然政務や軍務もそつなくこなす氏郷は、平手の若き俊英として認知されるまでにそう時間はかからなかった。
うーん、信長の見る目は正しかったってことか。
アイツはホント底知れないところがあるなぁ。




