第十二話 明智光秀登場、お酒はほどほどにね
永禄8年(1565年)
室町幕府13代将軍足利義輝が三好三人衆や松永久秀によって襲殺
明智光秀、義輝の弟である足利義昭の保護を求め稲葉山城にて織田信長に助力を頼む
オイオイ、これまたとんでもない事件を引っさげてきたなぁ。
『剣聖将軍』事,足利義輝様が殺害されるとか。
しかも松永久秀らに二条御所で襲われた際には足利家秘蔵の刀を数本畳に刺し、刃こぼれするたびに新しい刀に替えて、寄せ手の兵と戦って果てたという見事な最期であったという。
結構有名な出来事だから剣聖将軍の件は覚えていたけど、壮絶な死に様だったみたいだなぁ。
確か将軍が暗殺されるって義輝以外には2~3人しかいないんだっけか?
よくこんな信心深い世の中で罰当たりなことが出来たと逆に感心するよね、信長とは違う革新性というか、最後は平蜘蛛釜抱えて爆死するしなぁ。
っていうかそれ以前に遂に来ちまったよ、明智光秀。
その光秀に連れられた足利義昭…様はつけなきゃいかんよな。うっかり口にだしたら打ち首だしな。
何事も無く…なんてことはここに次期将軍が来る時点でありえないわなぁ。
よりコンパクトにすぐ解決出来る何事かがおきてほしいものだ。
「……」
「……」
平手久秀ですが、部屋の空気が最悪です。
光秀と信長が対面しながらお互いにだまり合っている。
あ、ちなみに義昭様は別室で寛いでもらっています。
問題は義昭様が織田に助力を頼みに来るタイミングだ。
確か美濃を平定してから朝倉となんやかんややっている間に義昭を光秀に紹介されるんじゃなかったか?
今の織田の情勢は決して悪くないが良くもない。
むしろ先日、稲葉山城を落とし、竹中半兵衛と安藤守就が織田家家臣となって織田家の戦力が充実し始めている為、ここは慎重に家臣団を纏めあげながら念願の美濃取りに王手をかけようとしている一歩手前の状況なのである。
ここで打つ手を間違えれば全てが無駄に終わる分、状況は悪いとも言わざるをえない。
龍興は祐向山城で稲葉一鉄、氏家卜全と共に残った戦力をかき集め、稲葉山城に楔を打った織田軍に対する為、各地で小競り合い、ゲリラ戦のような戦いを強いており、稲葉山城は激戦区まっただ中だ。
元々が、奇襲で落とした城なので、斎藤の兵力は大きく失われてはいないわけで、稲葉山城を拠点とし中濃の諸城を落としていく戦略はこれからなのだ。
竹中半兵衛と安藤守就が寝返ったことにより斎藤の衰退が明らかで、同じ美濃三人衆である稲葉一鉄、氏家卜全も調略し、兵力共々吸収し斎藤龍興を丸裸にし、美濃の土地共々軍事力、優秀な武将、国力もまるごと頂いてしまはずだったのだ。
そしてそれは上手く行ったであろう。
この足利義昭様の助力を求める要求さえなければである。
「今は判っていると思うが美濃攻略の重要な要所を迎えている。他に割く兵など持たぬぞ?」
「織田殿の仰り様、至極最も。私とて何も考えず貴殿の元を訪れたわけではありませぬ」
「ほぉ…」
信長の暗に邪魔すんじゃねーよ、もう少し後なら相手してやるからという遠まわしな言葉に、光秀が思わぬ言葉で返してくる。
そういやそうだよな。
稲葉山城が激戦区になってるなんて分かりきってることだし、もう少し様子を見てから来たって別にいいわけで。
「明智光秀と申したな、ソレはどういう意味だ?」
信長の問に光秀は静かに口を開き答えた。
「足利義昭様の『次期将軍』のご威光を有効に使いなされ。さすれば今抱える問題の大半は解決に至ることでしょう」
「……ッ!?」
その言葉の意味を悟ったのか信長は目を見開き光秀を見据える。
見据えられた光秀は、その表情から余裕すら感じられる笑みを浮かべた。
そんな光秀に信長は気をよくしたのか、口角を上げる。
「ハ、気に入ったぞ、光秀。朝倉を出たということは明確な主君は持たぬのだろう。俺に仕えろ。朝倉、義昭よりよほど有効に使ってみせるぞ?」
おい、様をつけろよ。一応将軍なんだから。
「…義昭様の上洛を果たすという約束をしていただけるのなら、粉骨砕身の覚悟で仕えさせて頂きます」
対する光秀はソレを意に介する事無く、平伏し淡々とそう答えた。
その言葉を聞いた瞬間、信長は大声を上げて笑い出す。
「よくいう。それこそ俺の戦略図よ。光秀、貴様はよほどに頭が切れると見えるな。全てを承知のうえで、今この時に俺に会いに来たのだろうが」
「はっ、恐れながら」
俺にはポルナレフ状態で意味がわからなかったが、こうして光秀と信長の会見は終わりを告げたのである。
後で説明して貰わないとマジでついて行けんから、早いうちに聞きに行こう。
頭がイイやつ同士の会話はよくわからんな。
同年永禄8年(1566年)
織田家と浅井家が同盟締結
前回は拗れに拗れた同盟話がここに来て電撃的に結ばれた。
簡単なことである。
信長は次期将軍である足利義昭を担ぎ上げ、次期将軍とし威光を持ってこの同盟に賛成を表明させたのである。
義昭の目的は将軍となるために上洛すること。
その為にはこの北近江の地の東山道を経由する必要がある。
ここにいたって浅井は織田との同盟は致し方なし、との判断になり、状況一変したのである。
条件は相変わらず浅井有利である。
後の禍根とならないようにとの判断だろう。
まぁ、半ば詐欺見たいな手法だしな。
主な条項は、
『朝倉を攻めない』『上洛経路の通行許可』『後に成長するであろう冬姫を長政に嫁がせる(挙式費用は織田家全面支援)』等などという条項を確認した後、無事締結となったのである。
ちなみに信長は子沢山でお市がいなくても娘がいる。俺結構懐かれてて色々面倒見てるしね。
前回の同盟失敗は年頃の女性がいないということで、月姫が幼すぎた事と即座に血縁を結べないと言うことで家臣団が納得しなかったのだ。
だが今回は事情が違う。
美濃攻略戦においても、竹中半兵衛、安藤守就…さらに戦が続けば美濃三人衆全員が信長のもとに集い忠節をつくすだろう。
領地が北近江のみ浅井にしてみれば、美濃を併呑しさらに尾張を持つ強大な2つの領地を持つ織田になってしまってからでは遅いのだ。
浅井は今提案される同盟を締結させることが最善になってしまったのである。
さて、ここにいたり浅井と織田が同盟を結んだとなれば、斎藤龍興は勝ち目などないに等しい事は火を見るより明らかだろう。
浅井、織田の両家を相手取るには、国力や何より竹中半兵衛と安藤守就は寝返り、稲葉山城を失ってしまっている。
実際稲葉一鉄、氏家卜全は降伏論を唱えるも、酒色におぼれる龍興に正常な判断ができるはずもなく、ほどなく調略によって織田へ寝返り、
そして永禄10年(1567年)
ついに斎藤龍興を伊勢長島に敗走させ、美濃譲り状によりマムシから譲られた、信長にとっては念願の国である美濃をその手中にし、美濃、尾張の2ヶ国を領する大名になったのである。
信長乙! 美濃攻略乙!
結構素直に祝辞を述べたが帰ってきたのはグーパンであった。
しかしようやく美濃平定かぁ。
長かったような短かったような。
次はなんだったっけ?
義昭様がいるくらいだから京へ上洛するのかね?
まあ、今度聞いてみればいいか。
「ふん、全て光秀の思惑通りに進んだというわけか…」
「いえ、それがしは知恵をお貸ししただけに過ぎませぬ。実際に事を起こし実現したのは信長様であり、それが一番大事なのです」
「ふん、言いおるわ」
今回の恒例の飲み会は信長、光秀、俺、お市と4人です。
あまり面識のない家臣に対してこうして俺はともかくお市まで同席させる辺り、光秀をよっぽど気に入ったんだろうなぁ。
経験者は語るが、コイツに気に入られると相当めんどくさいから気をつけてね。
「? なにかそれがしに?」
「あ、いえ…」
同士を温かい慈悲の瞳で見つめてしまったのか、不信を抱かせてしまったようだ。
気をつけねば。
「それ、光秀。酌じゃ、飲めい」
光秀の持つ盃に信長が酌をする。
信長にしてみれば光秀を認め、労っているつもりなんだろうが、確か光秀って下戸なんだよね。
大丈夫なのかな。
「き、恐縮です」
何かフォローを入れようと思うが遅く、並々注がれた酒。
本物の下戸が飲んだら急性アル中になる可能性もあるし、ここはなんとかしないといかんかもしれんなぁ。
そんなことを思ってるうちに、既に光秀は盃に口をつけてしまっていた。
「っず…はぁ……ゥィ…ヒック…」
ほんのちょっと口をつけただけで頬を赤くする光秀。
マジでメチャメチャ弱いなこの人!
一口数秒で泥酔するとか、ある意味凄い現象だ!
「ん? おい、光秀。まさかお前下戸か?」
マイペースに飲んでいた信長も、ようやく光秀の様子に気がついたのか信長が光秀の顔をのぞき込むが、光秀はそれに気づきもせず、
「も、申し訳…ござ…い…ませぬ…。拙、者…生粋の下戸ぉろオロオロオロろろ…ビシャ…」
吐いた。
見事に吐いたね。
しかも俺のお市の部屋で。
「………」
「………ソツのないやつかと思えば、以外な弱点があったみたいだな」
唖然として光秀を見つめる信長だが、その顔色は悪い。
人にはどうしようもない性がある。
そう、もらいゲロというやつだ。
唖然とし顔色を悪くする俺と信長であったが、ここにはもう一人お市がいる。
彼女はすぐさま光秀を介抱しようと近づき、布巾で辺りを掃除し始める。
さすが俺の嫁。
人の嫌がることを率先してできる人はなかなかいない。
良い嫁をもらったなぁ。
「貴方様、兄上。ここは私が片づけますのぉおオボロオロろロロオロロ…」
「「お市ぃぃぃぃぃ!!!」」
お市は酒を飲めないわけではない。
この酸味の効いたこの匂いにつられて催したのだろう。
結局お市も被害者となり、飲み会は即座にお開きとなった。
帰り際ポツリと、
「俺もそう飲める方ではないが、アレほど酒に弱い人間がいるとはな…世の中は広いものだ」
そう言って去っていく信長の背中を見て、なんだかんだでこれはこれで良かったのかもしれない、と未だに気分悪そうにしているお市を介抱しながら俺は考えていた。




