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第十話 兵農分離、楽市楽座…睡眠学習ならぬ飲酒学習はバッチリです

 永禄6年(1563年) 

 清州城から小牧山城へ移城、それに伴い兵農分離を始める。

 

 清洲同盟を結んだ信長は、後顧の憂いが無くなったためか、美濃攻略の為に城を小牧山城へと移城した。

 まぁ清州城より小牧山城の方が美濃の国境に近いため、より美濃攻略に力を入れていく形になるだろう。

 

 そして、俺が前世でも習った織田信長の偉業の一つとして知られる『兵農分離』。

 今はまだ少しずつにしか形になってはいないが、要は農民と兵とを分けましょうという事らしい(信長にわかりやすく色々教えてもらった)。

 いままでの兵士たちの多くは半農半士で、完全な武士と言うわけではなく、戦が起これば兵になり、戦が起きなければ農民に戻るという、聞けば聞くほど農民の方々に同情を禁じ得ないシステムである。

 そのため農繁期(田植えや収穫などで、特に農作業の忙しい時期)に戦をしようとすると、田植えや収穫ができずに不作どころか凶作になってしまいかねないのだ。

 よって農繁期には自国へと兵を引き上げなければならず、年単位の遠征が不可能であり、かの上杉謙信と武田信玄の因縁に決着がつかなかったのもそれに由来するのだ…と書物で読んだ気がするし。

 

 そこに注目したのが信長で、日々織田の兵が弱い事に頭を悩ませていたところ、槍や刀、馬上での戦いなどはどうしても熟練の、年季と才覚の差というものが現れる。

 だが種子島なら扱いを知れば、半人前の兵士、言ってしまえば子供ですら十分な戦力になるということにいち早く気づいたのである。

 そのために種子島を他国より多く揃え、脆弱な織田兵に対して、兵農分離とあわせて戦力を充実させようとしているというわけである。

 ようは種子島を充実させれば熟練の兵士がいなくても戦力になりえること、織田の兵が弱くても戦える戦力になる事に着目したのだ。

 

 さらにこの構想が実現すれば農繁期にすら出兵が可能となり、織田は一年中戦争ができるようになり、攻める時期を選ぶ必要がなくなり他国に対して大きなアドバンテージを持つことができる。

 これは既存の概念では考えられない、兵を農繁期で使えない他国に侵攻し無理やり凶作や不作を誘発するという、農民にとって悪夢のような戦略が可能となるのだ。

 まあ、それも他国がその防衛基盤を整えるまで間という注釈がつくが、そのメリットはそれを大きく上回る。

 

 全くいい事ばかりで兵農分離というのはかくも素晴らしいことなのである。

 ホントにいうことのない、文句なしに素晴らしい。

 よ! さすが信長! 乱世の革命児!

 

「……おい、ちゃんと聞いておるのか久次郎」


「いや聞いてるけどさ。正直俺に言われても、いいんじゃないか? としかいえないぞ? 俺は頭がいいわけじゃないしなぁ」


 適当に流し聞いてると思われたのか俺に対してジロリと目線を向ける信長。

 だから長谷部国重に手をかけるなって!

 わかった、ちゃんと聞いてるから!

 

 とは言われても未来の教育でそこそこの概要を知っているし、歴史好きの俺にとっては信長が兵農分離をすすめるということは既定路線だしなぁ。

 ああ、あと楽市楽座も。

 

「楽市楽座か…。前にお前に話したと思うが、アレの公布にはとにかく金がいるからな。美濃は豊かで豊穣な土地だ。海に面していないとはいえ、飛山濃水とも言われる豊富な水や山からくる資源がある。石高にも大きな期待を持てるだろう。それと織田の資金力を合わせれば楽市楽座もそうだが、兵農分離も大きく前進する」


「なにより陸路を抑えられられるしなぁ。京を目指すにしろ周辺諸国を抑えるにしろ要所になるのは間違いない、っだけか?」


「ふん、判っているなら素直にそれらしくしろ」


 俺が信長の言葉にそう付け足すとニヤリとした笑いを向け、俺に酌をする。

 いやぁ何度も何度も飲み会で聞かされれば覚えるって、んでその内聞き流し始めるって。

 多分お市も暗唱できるくらいには聞いているんじゃないかなぁ。

 

 戦国好きなら聞いたことをあると思うが、

 

『美濃を制する者は天下を制する』


 という言葉は嘘偽りではなく、それだけ重要な国なのである。

 だからこそ斎藤道三は手段を選ばず、生涯をかけて美濃取りに人生を賭けていたんだが、最後はある意味息子による下克上に終わったという、なんとも皮肉でマムシの道三らしい生涯だったといえる。

 信長は道三の持っていなかった尾張という資金力のある国の当主という立場、なによりこの先を生きていける若さという時間を持っている。

 

「美濃を取り、天下を制するのは俺だ」


 そう言って盃に残っていた酒を一気に飲み干す。

 まるで美濃を、この日本を飲み尽くしてしまうように。

 

 臆面もなく、気負いもなく、この言葉を口にできるのは信長以外無いだろう。

 ったく、俺も大変な奴に付き従っちまったみたいだ。

 ま、後悔はないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてしばらく雑談をしていると、ふとあることを思い出す。

 

「あ、そういえば木下藤吉郎って知ってるか? 多分お前の草鞋取りしてて面識があるとは思うが。最近は桶狭間でも活躍したしな」

 

 俺からその名前を聞いて信長はしばし考えた後、

 

「木下…ああ、あの禿鼠か。あの猿顔のくせして最近結婚もしたらしいな」


「マジでかッ!!」


「なんだ、知らなかったのか?」


 っていうか、そういえば藤吉郎…秀吉って恋愛結婚で寧々っていう自分より身分の高い女性と結婚するんだったっけか。

 ホント自分で言うくらい要領がいいんだろうなぁ。

 寧々さんも先を見る目があるというか、そういうところを見ぬいたんだろうな……だってお世辞にも顔で選ぶことはないと思うし。

 

「で、そのサルがどうした?」


「あぁ。そうそう、そうだった。なんか最近足軽大将に昇進しただろ? そこでなにが良いのか俺の『秀』にこれからの『吉』兆を祈り『秀吉』と名乗りを改めるんだそうだ。ったく、俺の字を貰ったところでご利益なんてあるのかねぇ、物好きだよホント」


「ふん、『秀吉』か。……アレはアレで要領がいい。お前との縁をより深く持ちその後を考えてるんだろうよ」


「まぁ、そうだろうなぁ」


 信長も認める秀吉の器量と要領の良さ。

 そしてあの人をどこか魅了する不思議な雰囲気。

 顔はサル顔なのになぁ。

 もともと信長に取り立てられてここまで登ってきた、正真正銘農民上がりからの大出世だ。

 誰もが認めざるを得ない結果をだし続けてるんだもんなぁ、マジでこれって凄いことだからね。

 俺は平手の爺さんに引き取られて、家臣団の根回しまでやってくれたから大した偉業といえるほどのことはしてないんだよな。

 ちなみに爺さんは今でも超元気で、ありゃ多分俺より生きるんじゃ無いのか?

 って話がそれたな。

 

「で、そのサルがどうした」


 そう言って俺に酌を求めるように盃を差し出す信長。

 秀吉に改名したっていうのにやっぱりサルなんだなぁ。

 俺はそのことに苦笑しながらも、盃に酒を注いだ後、俺も盃を差し出し返杯を求めた。

 基本的にこの場にいるときはお互いに手酌をしないというのが暗黙の了解である。

 それは俺に対する、口には出さない信長の信頼の証なのだろう。

 重臣たちが見れば血管が切れそうになる光景だろうが、俺達にとっては今までも、そしてこれからも何一つ変わらない光景。

 

 そして、お互いに盃を口にした後、俺は話を切り出した。

 

「お前も気づいてるだろうけど、アイツは足軽大将なんかじゃ終わらないぞ? 家老や城持ち大名…まぁ織田から独立することはないと思うが、いずれ絶対にそこまで上り詰めてくる」


「……」


 俺の言葉を否定もしないが肯定もしない信長。

 暗に俺の言っていることが間違っていないと思っている証拠だろう。

 

「現場から上がってくるの待つのもいいけど、戦死でもされたらそれこそ損失だ。アイツには運もあるが、この時代に絶対なんてないからな」


 桶狭間で天候が信長に味方しなかったように、いずれかの改変がこの先に起こる事は間違い無いだろう。

 戦国の最重要人物である秀吉が死ぬ未来だって十分考えられる話だ。

 

 史実との誤差も修正が効く範囲ならいい。

 もしそうでないなら、完全にこの歴史は俺の手を離れることになる。

 それは俺の未来知識が使えないだけでなく、史実の信長の躍進に影を落としかねない。

 俺自身はチートボディでどうにでもなる。

 だが、信長も秀吉も槍で、種子島で打たれたら感嘆に死んでしまうのだ。

 桶狭間は本当にその事を痛感させてくれた出来事だった。

 

「まぁ、そんな人材を変に前線にだして失うのはもったいないんじゃないか、って話しだな。戦場から遠ざけろとは言わないが、誰かの副官にでもつけてみるのも面白んじゃないか?」


 話したいことを話し終えた俺は、口を潤すように盃に口をつける。

 俺の言葉を聞いた信長は思案するように、盃を持つ手とは逆の手を顎に当て思案している。

 その内その顔を俺に向け、口角を上げ何かを企むような、イタズラを思いついたような顔を向けながら、

 

「こういうのは言い出したものが責任を持つのが筋というものだ、そうだろう久次郎?」


「…なんか凄い嫌な予感がするんだが」


「お前が責任をもってサルの面倒を見てやれ。そこまでヤツの才覚を買っているのならな」


 爆弾発言をしたのである。

 俺は言葉にならずパクパク口を開けたり閉じたりするが、何も言葉が出てこない。

 信長はそんな俺を見て、久しぶりに大声を上げて笑うのであった。

 
















「というわけで今日から俺の家臣団入りで、俺の副官になったから。ヨロシクな!」


「は?」


 こうして未来の天下人、太閤豊臣秀吉は俺の家臣団入りで副官になったのだという。

 いやぁうれしいなぁ、優秀な副官ゲットだぜ!

 

 うん、俺にも全然意味がわからない。

 なんでこうなったのか俺が聞きたいくらいだっつーの。

 

 ちなみに平手家臣団は爺さんが内政官だということで軍事関係者はほぼ皆無である。

 言ってみれば俺の初めての戦関係の部下にということになるのかなぁ。

 内政官は爺さんの遺産(死んでない)で、さらに忠誠度がMAX状態なので爺さんが個々に説得や工作をしたらしく俺に対しても悪い感情全くないようで。不思議だ。

 

 さすがの秀吉もポカンとしているが、信長の直臣から外れるとはいえ、俺は副官にして重用するつもりであることを悟ったらしく、最初は戸惑っていたが、気がつけばいつもの調子を取り戻していた。

 

「ではワシは平手様を、平出家を盛り立てなければなりませんなぁ」


「ああ、それは別にいいよ。俺の副官やってそこそこに武勲を立てたらまた信長の直臣に戻って、今度は家老、城持ち大名を目指していけばいいさ」


 俺のその言葉ポカンとする秀吉。

 普通そんなことしたら信用問題に関わってくるし、俺にとっての侮辱になる。

 でも俺ってそこまで出世に興味ないしな。

 ただ、信長とお市、その家族と仲良く暮らせるだけの俸禄があればいいし。


「はぁ…いいのですかなぁ?」


「俺は農民出身だし、貧しさも知ってるからな。出世欲もそこから来てるんだろうし。俺より偉くなったら俺を優遇してくれよな」


 そう言って秀吉の肩をポンポンと叩く。

 戦国一の出世頭だしな。

 秀吉自体嫌いじゃないし、俺のためにも信長のためにも、何より秀吉自身のためにも頑張ってもらいたいもんだ。



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