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the ark  作者: 藤崎悠貴
7/11

the ark 07

     7


「最近はシノワズリーなの?」


 髪をまとめて中国の民族衣装を着ているレンは、しかし認めるのは恥だとばかりに首を振る。


「あなたも相変わらずそうじゃない」

「別に好きでこの顔をしてるわけじゃないけど。それで、いい方法は見つかった? ぼくも寝る前にすこし考えたんだけど」

「なにを考えたの?」

「いま眠っているひとたちを起こして、ぼくたちの味方につけるとか。そうすれば数の上ではいま起きているひとたちに勝る」

「それはだめよ」と否定するのはカレン。「そんなことをしたら船のなかで争いが起きる。わたしたちだって無事には済まないでしょう」

「いま眠っているひとたちはいつごろになったら起き出すの?」

「減速フェイズの二年目。星に降りる一年くらい前ね。いまから四年後」

「まだまだ先だな。でも考えれば考えるほど大人たちを殺さずに労働力として使うなんて無理に思えるな」

「無理でもなんでも、やるのよ」


 レンは宙を漂いながらいう。彼女の格好は最近また一段と派手になった。それに比べてカレンやイル、ぼくや大人たちの格好は変わらない。囚人のような特徴のない服装。〝先生〟に頼めばレンのような派手で形も独特な服も作れるのだが、あえてそれをする人間はすくない。服装の自由は精神の自由、と船の設計者――あるいは〝先生〟の設計者――は考えていたらしいが、その価値観はどうも一般的ではなかったらしい。すくなくとも宇宙育ちのぼくたちのなかでは。


「いま眠っている百人以上の人間を放っておくのももったいないけど、それは慎重にやらなくちゃ」レンはあまりなびかない服の袖を気にしながらいった。「さっきカレンがいったとおり、船のなかで争いになったらわたしたちも無事では済まないわ。だから、もしそうしなければならないのなら、争いが起こった時点でわたしたちの安全と勝利が決定的でないと。準備が大切ね」

「まあ、ぼくのはただの思いつきだけどね。眠っているひとたちを起こしてもいまのひとたちと対抗できるかはわからない。眠っているひとたちがぼくたちの言葉を信じているかもわからないし」

「いままでは五年がリミットだと考えてたけど、四年にしたほうがよさそうね。すべての人間が起き出す前に具体的な方法を決めて準備を整えておかないと」


 いうのは簡単だが、ぼくたちが望んでいる地点はまだまだ遠い。たどり着けそうな距離なのかもわからないくらい。

 こういうときは〝先生〟から教わったさまざまなこともあまり役には立たなかった。ここでは木馬も使えないし、水攻めもできない。もっとも星についてからそれに似たことはできるかもしれないが、ぼくたちがトロイアをめぐる故事を知っているように、相手も木馬の意味を理解している。ぼくたち四人は同じ世代で、同じ教育を受けているが、それは大人たちも同じだ。世代はちがうが、中央コンピューターにアクセスすることでさまざまな知識を得てきた。

 ぼくたちが持っている知識と大人たちが持っている知識はまったく同じ。〝先生〟に入力されている以上の情報は、この船のなかでは集めようがない。時期はちがっても、同じ場所で同じように育ったのだ。肉体的な経験も同じなら知識量もまったく変わらない。


「ドッペルゲンガーを出し抜くのは想像以上にむずかしいな」

「でも、それは相手も同じことよ」レンは自信をもっていう。「わたしたちが手こずる分、相手も手こずる。こちらの考えは見通されているのに、向こうの考えはなにひとつわからないなんてことはないんだから。条件は同じでしょう」

「それはそうだけど、そうなると人数の問題になる。人数ならぼくたちは圧倒的に負けてる」

「一が十個並んでいるのも、十がひとつあるのも同じよ。わたしたちは負けないわ」


 レンには絶対的な自信があった。それが過信でないという確信はないし、その反対もない。


「司令室にいきましょう」


 そういうとレンはひとり先に〝図書室〟を出た。ぼくはカレンと目を合わせ、イルを連れて廊下に出る。先にいったレンは廊下の突き当たりで待っていた。司令室にはいつも大人たちがいるから、ひとりで入るのはいやなのだろう。

 カレンが先頭になって司令室へ入ると、大きなディスプレイとキーボード、それにいくつかの椅子があるだけの部屋には五、六人の大人が集まっていた。そのなかにぼくの両親もいる。ふたりは目覚めた大人たちのなかでもとくに主導的な立場にいるらしいことは知っていた。レンとカレンの両親も、イルの両親もそうだ。ぼくたちの親であることがある種の資格になっているのかもしれない。

 ぼくたちが司令室に入ると、まずぼくの母がそれに気づく。勝手に入ってはいけないとはいわれていないが、普通にしているかぎり用のない場所ではある。


「どうしたの、四人揃って。なにか問題でも?」と母はぼくたちに笑いかける。

「星の映像が見たいの」とレン。「もういくつか届いているんでしょう?」


 母は一瞬周囲の大人たちと目くばせし、うなずく。

 船には、移住計画実行の重要な要素になった探査機からの情報が届いている。はじめは距離に阻まれて無視できないタイムラグがあったが、いまではほぼリアルタイムと考えてもいい情報が次々に入っているはずだった。


「どんな映像が見たいの?」

「衛星からの俯瞰図」

「カレン、あなたが操作してくれる?」


 許可を得てカレンは司令室のキーボードに触れた。正面の大きなディスプレイに緑色の球体が表示される。安全を意味する色に輝く星はなんともいえず美しい。かつて地球は青色で、それは海の色だった。この星での海は緑色。特殊なプランクトンのせいだとすでにわかっている。

 暗い宇宙を背景にした静止画はほとんど作り物のようでさえある。架空のモデルを地球儀にしたような印象。北と南に大きな大陸があり、そのあいだに大小さまざまな島がある。地球よりもいくらか単純な配置。


「きれいでしょう」と母はディスプレイを見て呟く。「これがわたしたちの新しい星よ。ここが故郷になるの」

「カレン、地表に降りた探査機に切り替えて」


 カレンは慣れた手つきでキーボードを叩く。その原始的な動きはまるで楽器を演奏しているよう。

 ディスプレイの画面が切り替わり、いくつもの写真が縮小されて並べられる。見渡すかぎり緑の海。広々とした草原があり、深い森がある。動物もいた。古い時代の地球に見られたような動物たち。恐竜はいないが、堅い皮膚を持つ悪魔のような顔をした生き物はいた。小動物たちもいるらしいが、あまり写真には残っていない。そうした非力な生物は土のなかや木の上などに隠れていることが多いうえ、動きがすばやい。

 原始の地球といわれても納得できる光景は、だからこそひとつの疑念を生んだ。人類に似た生物の有無。原始の人類に相当するようなものがすでに存在しているのではないかという議論は古くからあったらしいが、結局存在するという証拠も見つからず、存在しないと結論づけることもできないまま船は出航した。たくさんの人間を乗せ、地球発の人類を存続させるために。


「現地生物はどのくらい危険なの?」とレンはカレンにいったが、答えたのは母だった。

「いまのところの調査では肉食動物も当然いるけど、特別に大型のものは見つかっていないわ。この星は地球よりもすこし高重力だから、たとえば古代地球の恐竜のような巨体では生活しづらいのかもしれないわね。代わりに四足歩行でずんぐりした身体の動物はたくさんいるわ。そのなかには体長が四メートルを超えるものも見つかっているし、人間サイズならあっという間に食べられちゃうかもね」

「船を着陸させる場所は?」

「あの島よ」


 縮小された俯瞰図ではごくちいさく移っているだけの、赤道よりもすこし北にある島。ブーメランのような形をしている。


「北の大陸も南の大陸も温度がすこし低いし、大陸にはとくに肉食動物が多いから、この島に拠点を置くことにしてあるわ。こうやって見るとちいさく見えるけど、実際は長さが千キロ程度あるわ」


 レンは振り返ってぼくを見ると、にやりと笑った。


「まるで日本みたいな形じゃない。あのいちばん大きなやつがイアポニア、その下にあるのがトンサとでもしましょうか」

「呼び方は別にどうでもいいけど、山はないの?」

「予定地は平坦よ。ただ山になってる部分も多いから、探査機もあまり詳しく調査できてるわけじゃないわ。大陸のように大きな肉食動物はすくないけど、代わりになにがあるかはわからない」


 カレンが操作すると目的の島がすこし大写しになったが、レンはもう興味を失ったようで、身体を浮かび上がらせると司令室を出ていった。ディスプレイをもとの前方を映すカメラに切り替え、カレンも席を立つ。イルはそのカレンにぴたりとついて出ていった。ぼくも踵を返したが、母に呼び止められる。

 母は心配そうな顔をしていた。


「大丈夫?」

「なにが?」

「あの子。すこし変わった子でしょう。もしなにかあったらお母さんかお父さんにいいなさいね」

「別になにもないし、なにかあったとしてもいままでどおり自分たちで解決するよ」


 おそらく母は〝先生〟がレンのことを危険だと判断しているのを知っているのだ。たしかにレンは変わっている。ぼくたち四人のなかでいちばん変わっているだろうし、大人たちを含めてもレンほどこの船に適応できていない人間はいない。

 レンは緑色の星に憧れているのかもしれない。狭い船内とは比べものにならない広い星に憧れ、早くそこにいきたがっているし、そこを支配したがっている。レンは大人たちがきらいなのではないのかもしれない。ただ、自分の理想を詰め込んだ星をだれにも奪われたくないのだ。

 そのためにこの五年で彼女はなにをするのだろう。新しい世界で、最初の王になるために。

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