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the ark  作者: 藤崎悠貴
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the ark 06

     6


 ぼくたちに家族ができてから三週間ほど経って、レンの計画はすこしずつ進展していた。計画にはイルも参加している。たまに〝図書室〟通いを休むこともあったが、基本的にはイルもぼくたちと行動を共にしている。ただ、イルは計画については反対だった。というよりイルはレンの言葉を信じていなかった。両親が起き出したのは単純に自分たちが心配だったからだと信じている。だから、でたらめな前提に基づいたでたらめな計画には賛同できないと。ただ仲間ではあるからだれにも告げ口はしないし、関係自体も変わらない。

 ぼくははじめ、レンはイルの態度に怒るだろうと思っていたのだが、その予想は外れた。はじめからイルの主張はわかっているとばかりにレンはうなずき、それから目立ってイルをのけ者にすることもなく、計画のすべてを話していた。その点でぼくたちは警報音の日の前から表面上はなにも変わっていない。

 カレンもそうだった。大人たちが起き出した日、カレンは船長の役割を年長者に返したが、すぐにまたその肩書きはカレンのものになった。詳しい話は知らないが、なんでもカレンは自分が船長だった七、八年のあいだにプログラムの書き換えや単純化、効率化を進めていたらしく、いまではカレン以外の人間にはよくわからない代物になっているらしい。そしてカレンはいま船長として自分以外の人間でも操作できるようにプログラムを直している途中らしい。それが終わるとまた船長の権限は大人に戻る。いまでもコンピューター上の船長はカレンだが、発言権などは大人にある。

 ぼくはといえば、相変わらずなにも変わっていない。ただこのあいだの身体測定ですこし身長が伸びていたということ以外は。

 レンはきらびやかな中国の民族衣装を着て宙に浮かんでいる。


「大人たちを出し抜くことは決してむずかしくないわ」とレンはいった。「大人はわたしたちを子どもだと思ってる。自分と同じくらい無知な子どもだと。大人たちは、彼らが眠っているあいだのわたしたちを知らないのよ」

「でも、だからって大人を出し抜くのは簡単じゃないと思うな」とぼく。「人数では圧倒的に負けてるわけだし」

「人数なんて大した問題じゃない。重要なのは方法でしょう」

「相手はぼくたちのことはなにも気づいていないのかな」

「向こうが求めている子どもを演じているかぎり怪しまれることはないと思うけど、あなたはどうかしらね。まあ、致命的なことにはならないと思うけど。あなたのマイナス分はイルが消せるでしょうから」


 なるほどとぼくはうなずく。たしかにこのところイルはうまくやっている。本人に自覚があるかはわからないが、大人たちのいるところでは大人たちの真似をしてよく笑うし、たまに涙を流したりもする。ぼくにはできないことだ。ぼくたちには。


「計画の前提になるのは、大人たちが油断しているということ」レンは静かにいった。「わたしたちの真の目的は疑われてもだめよ。だれにも感づかれずにやり通すことがいちばん重要なこと。それだけは全員が自覚を持たないと」

「具体的にはどうするつもり?」とカレン。彼女は船長に戻ったが、しゃべり方は戻さなかった。「大人たちを出し抜いて、どうするの」

「何度もいったでしょ。新しい世界は、わたしたちがもらうの」

「その具体的な方法よ。大人たちより先に新しい世界を支配する、そのためには大人たちを出し抜かなくちゃならないってことはわかったけど、そのためにはなにかしなくちゃいけないでしょ。ただ大人たちよりも先に着いてここはわたしたちの陣地だからって主張しても仕方ない」

「武器のたぐいは?」とぼく。

「船内の武器庫にあるけど、それは船外からじゃないと取り出せないようになってるの。船内での内輪もめに使われないように」

「それなら、ぼくたちがまずいちばんに下船して、武器を全部確保するのは? 五年後はぼくたちもそれなりの年になる。武器さえあれば負けることはないと思うけど」

「武力だけで従わせるのはむずかしいでしょう」とレン。「なにしろ新しい世界ではしなくちゃいけないことがたくさんあるわ。家を造ったり、食べるものだって自分たちで探さないと」

「船に住んで、船からの補給を受けるというのは?」

「それなら大人たちはどうするの。部屋に閉じ込めておく? 大人たち全員を無力化する方法だと労働力が減りすぎる。船内に閉じこもるならいまだって同じよ」

「つまり、大人たちの力を利用して住みやすい環境を作って、ぼくたちはその上に君臨する? まるで神みたいに」

「というより王が理想でしょうね。支配者階級。労働するものと、それを指揮するものに別れる」

「普通に考えればぼくたちは労働するほうだろうね。体格的に劣るし、年下だ」

「だから細工をしなくちゃいけないのよ。大人たちの好き勝手にさせないように」

「そもそもぼくはそこが疑問なんだけど。もしすべてがきみのいうとおりだったとして、つまりいま起きている大人たちがある種の裏切りをしているとして、それでもぼくたちの地位がひどいものじゃないかぎり積極的に反抗する理由はないと思うけど。新しい星に着いたらぼくたちは虐げられるのかな」

「さあ、どうかしらね。でもこの旅の最後を直接見守ったのはわたしたちよ。わたしたち四人だけ。大人たちは寝てただけなんだから」

「そのあたりは話し合いの余地もありそうな気がするけどね。いまはともかく、あと三年か四年もすればぼくたちも子どもだともいえなくなる。その時点で話しあうことも考えるべきだ」

「あなたは昔から〝先生〟が好きだったものね。大人たちのことも好きになったの?」

「別に好きじゃないよ。〝先生〟も大人たちも」

「それじゃあ話し合いなんてくだらないことはいわないで。具体的にどうするべきかを考えましょう。まだ時間はあるわ。あと五年」


 時間になったのでぼくは〝図書室〟を出た。いつもはすこし遅れて出てくるイルも同じタイミングになる。ぼくは重力があるかのように足をつき、イルは手すりをもって浮かぶ。


「ヴァンのお父さんとお母さんはどんなひと?」イルはいった。

「どんなって、別に普通のひとだよ。母さんはよくしゃべる。父さんはしゃべらない」

「きらいなの?」

「別に。イルは?」

「うん。わたしも別に」

「そのわりには仲良くやってそうに見える」

「ほんと?」イルはすこし笑う。「だったらいいなと思ってたけど」

「仲良くしたいの?」

「仲良くなったように見えてほしかったの。親子がぎこちないなんて、おかしいでしょ? お父さんとお母さんも努力してくれてるから、わたしもそうしなくちゃと思って。ヴァンのところは?」

「さあ、どうなのかな。母さんは、そういう努力をしてる気がする。父さんはどうでもいいみたい」


 しかし自然に接することができるという意味では、ぼくは父のほうが好きだ。父のほうも好き勝手にやっているから、ぼくのほうも好き勝手にできる。


「わたしはお父さんとお母さんを好きになりたいの」とイルは自分に言い聞かせるようにいった。「だからみんなのことがきらいなわけじゃないの。ヴァンのことだって」

「わかってるよ。好きになれるといいね」

「ヴァンのほうも」

「努力はするよ」


 部屋に戻り、端末で予定を確認する。次は週に一度の運動。服を着替えて――といっても作りは同じだが――部屋を出る。廊下を、司令室とは反対のほうへ向かって進むと、徐々に重力が大きくなる。最後にはほとんど一G。訓練室と呼んでいる部屋に入ると先客がいた。

 部屋自体はさまざまな運動器具が置いてあり、ほかの部屋とちがって雑多な印象。自動ドアは音もなく開き、ぼくの身体はそうした運動器具にすっかり隠れてしまっていたから、先客はぼくの存在にはまったく気づいていなかった。ぼくのほうでも姿は見えない。ただ、声が聞こえる。


「あと五年もこのなかにいるってのは気が滅入るな」とひとりの男がいう。

「船内生まれのくせに、か」もうひとりの男が笑う。

「ガキんのときはまあ、退屈だったけど、やることはあったからな。いまは身体を動かすことが仕事だと。くだらねえと思っても仕方ない」

「まあ、気持ちはわかる。おれだってできれば着陸の一ヶ月前くらいに起こしてほしかったよ」


 どうやらふたりの男がいるらしい。声といっしょに、なにかの器具が動くような音がする。


「あの子どもたちのせいさ。まったく、変な子どもだ。笑いもしねえし、話すときもほとんど感情がわからん。機械に育てられるとああなるのか。論文でも書こうかな。ついに生まれた機械人について」

「はじめはおれも機械に子育てなんかできるかと思ってたが、案外できるものだな。いざとなれば無人の船で目覚めることも考えてた」

「夢のなかでか?」

「寝る前にさ。だがまあ、無事に育っていてよかった」

「不気味な子どもたちだけどな」


 いつまでも物陰で聞いているのもなんなので、ぼくはそこから出て目的の運動器具を動かす。その音でふたりはぼくの存在に気づいた。ぼくからはなにもいわないし、しばらくは彼らも黙り込んでいた。

 ノルマでは二時間身体を動かすことになっている。時間を設定し、運動量を調整して、ぼくは走りはじめた。ひどく旧式だから、だからこそ運動をしているという精神的な安らぎも得られるらしい。それについての論文も読んだが、内容はもうあまり憶えていない。

 ふたりの男たちは同じくひどく原始的な運動器具を使っていた。ひとりはアジア系で、もうひとりは典型的なコーカソイド。


「調子はどうだ」不意にアジア系の男がいった。「一Gはつらいか」

「別に」とぼくは答える。「これでつらかったら新しい星は歩けない」

「そのとおり。身体は鍛えておかなくちゃな。名前は?」

「ヴァン」

「ヘルシング教授ってとこか」

「あの話はきらいだ」

「そりゃ悪かった。ダインのほうかな。男はおまえさんひとりなんだろう。大変じゃないか。いつも女に振り回されて」

「昔からそうだから」

「慣れか。なるほど。真理だな。ま、仲良くやることだ。人類の未来はおまえさんにかかってるんだから」

「ぼくに?」

「女三人に、男ひとりだぜ」男は派手に笑う。「子どもを作るにはおまえさんががんばるしかない」

「子ども相手に余計なことをいうな」もうひとりの男がアジア系の男の腕を掴んで立ち上がる。「邪魔して悪かったな」


 ふたりはそのまま訓練室を出ていった。ぼくはその二時間後、部屋に戻った。

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