季節外れの雛罌粟
これはボーイズラブですので、嫌いな方は足を踏み入れないようにして下さい。性的描写はありません……キスくらいです。
では、興味のある方、又は、平気な方はどうぞ。短編ですが、少々長くなっております。
夏休みはもうあと僅か。
学生として、最後の夏休み。
来年は社会人だ。
なのに、俺……葉坂奏(ハザカ,カナデ)は、一日中ぐうたらしていた。
「あー……マジでヤバいなー」
今年で二十歳になるってのに、危機感がないよな。
ちょっとは復習しないととか、買い溜めしてる本読まないととか、就職活動しないととか……思うけど、意欲が全然沸いてこないっていうか……
「はぁ……」
やらなければいけないってのは判ってんだよ。
だけど、なんか……疲れた。
夏休み中、就職活動を必死にしているであろう皆とは違い、俺は一社しか受けてない。しかも、落ちた。
「……俺のしたい事って、何だろう。何のために働くんだ。大人になるって、何だ……疲れた。身体が重い……」
別に、落ちた事は気にならない。
自分でも、あの面接は駄目だったって判る。もっとああすれば良かったとか、今度はこうしようとか思うけど……働きたいって思う場所がないから、志望動機も曖昧。自分の長所なんか判らないから、自己アピールも出来ない。
「どこでもいい……ちょっと余裕あるくらいに稼げて、好きな事できる時間があれば……どこでもいいんだよ」
心底、そう思う。
「……苦労を知らないから、言えるんだろうなぁ」
そうだ。苦労なんか知らない。
高校は当時の成績で受かるトコを選んだし、大学は指定校推薦で難なく合格。
ずっと流れに乗ってきた。抗わず、任せてきたんだ。
いつだって、俺は主張せず、目立たず、普通に……
「なんか……生きるコトに疲れを感じる。何だコレ。ああ、ダルい……」
「なら、死ねば?」
全く興味が籠っていない声。
横から冷水を浴びせかけてきたのは、友人の如月凜(キサラギ,リン)。小学校からの腐れ縁だ。黒く真っ直ぐの髪を長く伸ばし、結わえもせず背に流して……恐ろしく整った、人形みたいな綺麗な貌してるから、無表情には寒気を感じる。
「死ねるかよ……」
俺はムッとして、凜を睨めつけた。
人のベッドに悠々と寝そべりやがって……俺の漫画雑誌まで読んでるし……特に用はないとか言いながら、部屋に上がり込んで……傷心(?)してる俺にお構いなしかよ。
「怖いんだろ」
振り返った凜は、小馬鹿にしたように唇の片端を上げる。
ムカツク……
「……怖く、ないさ!」
俺は意味もなく強がった。それを完璧に見抜いて、凜が嗤う。
「なら、死んで見せてよ」
「…………」
絶対に言うと思った。
言い返せない。だって、死にたくないから。痛いのも、苦しいのも嫌だ。
「生きるの、疲れたんだろ?」
別に、優しい言葉を期待してた訳じゃないけど……こういう時、普通は励ましたりしないか?
小中高大ずっと一緒なんだしよ……
「ダリィだけだよ……何で皆ヘーキなんだ? お前だって、もう卒業だろー?」
負けたくないから、凜に攻撃を仕掛ける。俺ばっか押されて、オモシロくねーもん。
「オレはそれなりに平気だよ。もう内定、貰ってるし」
けど、凜は平然としてる。その上……
「え、ウソ?!」
内定、貰ったの?
「ホント」
「え〜……」
負けた。
凜に先越された。別に勝負してた訳じゃないけど、悔しい。
……でも、そうだよな。凜は俺よりしっかりしてるし、世渡り上手だからなー……
「奏のために頑張ってるんだよ」
一人勝手に悶々としていると、凜が不可解な言葉を投げてきた。
「は? なんで俺なんだ? 自分のためだろ?」
こいつが言ってるコト、たまに理解できないんだよ。
何が言いたいんだとか思ってると、凜は漫画雑誌を片し、上半身を起こした。
「なぁ、奏」
「あ?」
なんか、めちゃくちゃ妖しい笑い方してるよ、この人。怖ェー……
ちょっとビビってベッドから離れる俺。
「チュウ、しよっか?」
「は?」
一瞬、異界語(?)を喋ったのかと思った。
何だって?
「……チュウ?」
何だソレ?
チュウチュウチュウチュウチュウチュ……
「え……」
チュウ?
チュウって、アレ……唇と唇をくっつける?
……キス?
「はあ?!」
俺と、凛で……?
な、なんで男同士で、キ、キスなんか……??
凜が、くつくつと肩を揺らして笑う。
「何も知らない、真っ白な奏」
艶めいた仕種で、前髪を掻き上げた。
「苦しみも悲しみも憎しみも……何も、本当に何も知らない。綺麗な人」
な、なんだよ……いきなり、ワケが判らないぞ。
とうとう危ない人の領域に!?
いやいや、凜はもうその一線越えちゃってるし……
ハッ!!
いかん。思考が横道に逸れてる……
「……何が言いたいんだよ、お前」
「いっそ、汚れきってしまえばダルくなくなる。そんな事、言ってられなくなる……“生きる”がどういうコトか、よく判るよ。なぁ、一緒に汚れてしまおう……堕ちるトコまで、堕ちてしまおう……?」
首を傾げて、俺の知らない世界へ誘おうとする。
凜が女だったら、完全に呑まれてたかも。でも、凜は男だし……ガキん時から知ってるし……って、いうか……
「ヒトリでやってろよ。俺に変なコト振るな!」
プイとそっぽを向いてやる。
「奏は、何がしたい?」
その声はあまりに近過ぎて、脳までなかなか伝わらない。
「ナニ……?」
静かで真剣な質問だったから、真面目に考えてみないといけないな……とか思った。
「うわあっ!!」
向き直ろうとしたら、凜が……マジで、かなりヤバい距離まで迫っていて、目ん玉が飛び出るくらい驚いた。心臓が軋んだ音を立てて、痛い……
「近いっ! 離れろ、ボケ!!」
何者だよ、コイツ!
なんで、いつの間にこんな近くまで来たんだよ!?
音も気配もしなかったぞ!!!!
グイグイ乱暴に凜を押しやり、何故か顔が熱かった。
なんだよ、俺……女みたいな反応してる。
俺、変だ……!
凜は俺の力に逆らわず、素直に距離を置いた。
「一体、何だよ……ワケ、判んねェ……」
俺は目を瞑る。それだけでは足りなくて、片腕で顔を隠した。
「何もしたい事がないなら、専業主婦になればいい」
「……俺は、女じゃねえぞ」
何が専業主婦だ。
本当に、凜が判らない。理解できない。
コイツは、何を言っている?
「女じゃなくても、大丈夫さ。オレは奏がイイんだから。オレの世話してよ」
腕を下ろすと凜は笑顔で。
緩く唇を微笑ませた凜の瞳は、果てしない闇のよう……
「……ッざけんな! 今でも充分なくらいだ!」
いつも俺が作るメシにありついて、よく寝泊まりしてく。何度か服も洗ってやった……
「自分の面倒……自分で見ろよ!!」
怖い。
その瞳で見るなよ。
逃げられないじゃん。
ずっと一緒だったはずなのに、お前が判らない。
誰だよ、お前……凜は?
凜は、どこだよ?
俺が知っている凜は……?
……それって、どんなだ?
俺が知っている凜って、どんな奴だ?
……凜は……俺が知っている凜は、広く浅く人付き合いが巧くて、頭が良くて、他人に隙を絶対見せない。でも、俺には笑ってくれて、時々意地悪で……
俺って、凛の何だ?
トモダチ、だよなぁ?
長い付き合いなのに、お前の知らないコトいっぱいある。
「……俺は、ナニ……?」
不覚にも、泣きそうになった。
なんだかテンパってる自分がおかしくて、情けなくて……
「オレの恋人」
確実に、語尾にハートをつけたセリフを吐しやがる。
「いつからだよ……」
人の気も知らないで……俺で遊んでんのか?
あー、声震えてんな……次、喋ったらマジで泣くかも。
「小学校で出逢った時から」
そういえば、凛は小二の時に転校してきたんだっけ。それから、何でか側に居るんだ……でも、ソレってトモダチだからだろ?
……思えば、長いなぁ……
「奏、料理ウマいだろ」
突然そんな事を言い出す凛。
なに? 何か食いたいの?
普通だろ……料理なんか。もしかして、何か作ってもらおうとか思って一緒に居るワケ?
「奏は手先が器用じゃないか。したい事はないのか?」
喋ったら涙が出そうだったから、首を横に振って応えた。
したい事……俺の夢……何だっけ……
「もう、アクセサリーとかは作らない? ちょっと前までは、部屋中に散らばってたのに……」
そうだ……ちょっと前って言っても、二年も前、実家にいる時の話だな……リングとかペンダントヘッドとか、オモシロくてよく作ってたっけ……でも、あんなのは……
「ただの……趣味……」
大学に入って下宿した時、全部置いてきた。
だって、好きなはずなのに、何も思い浮かばなくて……何か形にしなければとか思うと、余計真っ白になっていく。
本気だと思ってた。将来、これで頑張ろうって……
なのに、何も出来なくなった。
大学入学は、そんな現実から逃げるため。
限界、だった。
「――――ッ」
涙が溢れてきて、慌てて俯く。
今まで、泣いたことなんかなかったのに……笑ってこれたのに……凛がおかしいから……
蓋をした、俺の奥に突っ込んでくるから……
普段していたように、笑って誤魔化せない。
「趣味も、転ずれば仕事だ」
「……違う。趣味は、趣味でしかない!」
静かな静かな凛の声に、俺は堪えられなかった。
「趣味は、仕事にならない! 仕事になんか、ならない……」
「でも、趣味でその仕事を選んでいる人は存在している」
「……そ、んなの、ごく一部の、恵まれた人だけだ……」
「けど、趣味で生きているのは確かだな?」
「…………違う……」
否定しきれない。
俺には、判らないよ。
凛の言う通り、そういう人だって確かにいる。でも、俺は違う。
「なら……」
俯いたままでいると、凛の腕が下から伸びてきた。それは、俺を抱き込む。
「オレが時間をあげる」
俺は凛の肩に頭を預けて、男同士で恥ずかしーとかちょっと思いながら、凛の、名前の通りキレイな声を聞いた。
時間を、くれる……?
「オレが奏のために働く。だから、奏は考えろ。やりたい事を見つけて……追っていた夢を取り戻せ」
ホント、何言ってんのさ。
なんで、俺なの?
告う相手を間違ってるよ。
俺、男だよ?
「好きな事やってる奏はカッコよかった。もう一回見たい」
ちゃんと人生送ってる凛のがカッコイイよ。
なんで? なんで? ……疑問ばかりが胸を埋める。
一度失った夢を、また手にすることができると思うか?
「奏次第だ」
俺の頭ん中が筒抜けみたいだ。
凛は優しくて、強い言葉をくれる。
凛、なんだな。
凛が優しいの、ちゃんと知ってる……
「あと半年で卒業だ。そしたら、一緒に暮らそう……今も、半同棲みたいなもんだけど」
……どういう意味だ?
一緒に暮らす?
トモダチではない?
「……判らない?」
「…………」
「チュウ、してもいい?」
その言い方はやめろ。恥ずかしいだろー……
……これって、OK出したら……すべて受けることになる、のか?
俺が声を出せないでいると、凛の手が俺の顔を上向かせた。
「いい?」
すっごい近い。凛がぼやけてよく見えないし。
……いいのか、俺?
キス……するのか?
すべて、受け入れるのか?
凛は男で、俺も男なのに?
これって、恋愛感情?
俺、そっちの気があった?
……いや、ないな。俺、女の子好きだし。
でも、嫌じゃない……嫌、じゃないんだ……
ずっと一緒だったから?
……凛、だから……
「俺、女じゃねぇし……」
それでも、素直にウンとは頷けなくて。
つらつらと女々しく考えてる自分に、自身の性別を確認してみたり……
やっぱ、男同士ってのには抵抗ある、かも。
だって、普通、こういうのって女を相手に告うもんだろ?
え、なに、凛には俺が女に見えるの?
「奏がイイ。他の女も男も興味ない。奏以外は、いらない」
うわー……俺、女じゃないのに、なんか、嬉しい。
好きな男から告白された女の気持ちって、こんなん?
なんか、心がフワフワしてる。
ん?
好きな男?
相手が凛だから?
同じ男でも、凛以外では嬉しくない。むしろ、気持ち悪いだろ。
俺、凛のコト、そういう対象で見てたのか?
好き……?
「……俺…………俺、も……凛がイイ」
気付いたら、そう告げていて……
柔らかい唇の感触が重なって、離れた。
ただ触れただけなのに、それだけで頭の芯が痺れた気がする。
「奏」
凛が、俺だけにしか見せない温かい笑顔で、愛を囁いた。
俺、その顔好き。
「生きるコトがダルくなったら、オレの世話をするために生きろ」
茶化したようなセリフ。
「死んだら、許さない」
大切なのは、想いで……
嬉しくて、嬉しくて、また泣けてきた。
暑さでヤられてんのかなー。こんなに涙腺弱かったっけ?
「……凛。好きだよ」
ちゃんと笑えたかな?
俺の気持ち、判った?
俺自身も今はっきり判った。
ずっと一緒に居るのは、凛でなくてはダメだ。
「オレも、愛してる」
凛がすごく幸せそうに微笑むから、今度は俺から凛に口接ける。
……まだ、諦めるには早いよな。
凛のためにも、自分のためにも、もう一度頑張ろう。
だって、完全には死んでいないから……俺の夢。
途中で手放してしまったこと、ずっと後悔してた。
「サンキューな」
照れながら礼を言うと、凛はどういたしましてと笑う。
……俺の腰に、腕を回したまま……
知らず、顔が熱くなる。
「元気出たか?」
「おう」
「なら、告白した甲斐があった」
「……え?」
告白した甲斐って、何だ?
変な言い方だな……
俺の頭を、とんでもない考えが過ぎった。
……まさか、告白は俺をからかうため?
なんで、そう思ったんだ……俺……?
「凛……」
からかってるのか?
グチグチしてる俺が……うざったくて?
天国から、一気に地獄だ。
「……なあ、告白は……本気?」
「違うって、言ったら?」
「――――」
唇の片端を上げて哂う凛を、凝視するしかなかった。
胸の奥を抉られたみたいだ。
不安で不安で仕方ない。やっぱり、凛が判らない。
……ダメだ。また出る。ホント、どうしたんだ……
凛に遊ばれて、俺だけ……本気、にして……
「……泣くな、奏」
「――ッ知らねぇ!! 出てけよ!」
ムカツク……ムカツク……
なんで、そんな余裕なんだよ!?
俺ばっかり、振り回されて……!
「嘘だ、奏。嬉しかったんだ」
暴れる俺を、凛は軽く腕に収める。
腕の強さは、言葉以上に想いを伝えてきた。
だって、凛のくせに、ちょっと震えてる……
なんだよ……凜も余裕ねぇのかよ……
「ダッセー……」
思わず、唇が緩んだ。オモシロイ……
「人の事、言えないだろ……早合点したくせに。大方、オレがいつものように奏で遊んでると思ったんだろ」
「う……」
ズバリ、言ってくるなー……まあ、言う通りなんだけどな。
「……本当は、卒業の時に告白しようと思ってたんだ。でも、待てない。奏に支えが必要なように、オレにも必要なんだ」
凛が物憂げな表情をする。俺には、それが辛かった。
「ありがとう、奏」
「れ、礼を言うのは、俺だよ……」
不意に笑顔になるから、ドギマギした。
「嫌いになられたら、どうしよーって思ってた」
「ど、どうするつもりだったんだ?」
「んー」
首を傾げ、窓を指差す。
「飛び降りてた」
「はあ!?」
サラリと、当たり前のように……
「だって、生きる意味がなくなるだろー」
「しょうもない理由で生きるな!! ってか、迷惑だ!!」
「しょうもなくないって。それはもう、奏にオレが必要だってことを思い知らせようと」
「アホかー!!!! んなの、お前が死んだら、意味ねえだろ!!」
普通に返してくる凛の相手に疲れを覚え、溜息を吐いた。
「……アホ」
咽喉にかかった言葉を噛み砕く。
言おうかどうしようか、迷った。
「…………お前も、死ぬなよ」
淋しいから、とは言ってやらない。
後々、決まりが悪いだろうから……
「うん」
心底幸せそうな顔をする凛に、俺も笑い返す。
――その夜、夢を見た。
淡く輝く世界で、凛が歩いてくる。
俺はぼんやりと立ち尽くしていた。
目の前に来た凛が、両手に包んだ何かを差し出してくる。
柔らかく目を細めて、喋らないけど、受け取れって言ってるみたいだ。
凛の手に視線を落とし、両手を出してみた。
コロリ……
そこには、一枚の羽を模ったペンダントヘッドがひとつ。
それは、俺が凛にあげた物だった。
初めて作ったヤツだ。
まだ未熟さの残るソレ。
凛は喜んで貰ってくれた。
あの時の顔が忘れられない。
誰かが喜んでくれることに、幸福を感じた瞬間だった。
顔を上げると、凛がまだ微笑んでいる。
俺も、微笑った。
「ありがとう」
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
途中でキャラの性格が変わっていないか不安でございます……
評価、感想、何でも受け付けております。お気軽にどうぞ。
では、本当にありがとうございました。