自転車日記
自転車に乗るのが好きだ。
たまには、空を飛んでみたりする。
飛ぶことを覚えたのが、いつの頃からだったかは定かではない。
いつのまにか、飛んでいた。
10月24日水曜日 晴れ
今日も、思いっきり飛びたくなって、夜の来るのを必死で待った。
この街は、昼間だと車や人が混み過ぎていて、離陸しにくいし、目立ちすぎていけない。
P.M11:00を確かめると、鏡に向かう。
一応、どこで誰に遭うかわからないし、メイクだけはしておかなくちゃ。
女子高生の基本よね。
さてと、用意ができて、いよいよ出発!
今日はどこへ行こうかなあ。
少し道を走らせて、人通りの無いのをしっかり確かめたら、いよいよ離陸だ。
さあって時に、暗闇の向こうから、気味悪く軋む音が近づいてきた。
誰かがこっちに来る。
私は目が良い方だから、暗闇の中でも50メートル程先に、そいつらを認める事ができた。
何という醜い自転車。そして何という醜い人間。
最悪。こんな素敵な私の夜に・・・。
垢で汚れたその顔は、薄暗い電灯の下で気味悪くニヤついていた。
少々ビビッタが、なあに。私にはこの自転車があるさ。
しっかし、くせえなあ。すれ違うまで、息、止めとこうか。
なのに、そのすえた臭いは私の真ん前で動かなくなっちまったんだ!!
男のどす黒い顔に、気味悪く光る目が、私を覗き込んだ。
「あんた、飛べるんだろ?俺、見たんだよ。あんたが、おとといの晩、飛ぶとこをよお。」
男は、汚い唾を飛ばしながら,言った。
「ほら。これ探してきたしよ。頼むよ。俺にも教えてくれよ。俺も飛んでみてえんだよ。」
男はそう言うと、例の醜い自転車のハンドルを擦った。
1キロ先からトラックが来る。
私にはそれがわかった。
そして、男にこう言ってやった。
「この道路の反対車線まで渡る。そこから、勢いをつけてあの信号に向かって、斜めに
自転車を走らせる。その時「飛翔」と3回唱えて、ハンドルを引く。気をつける事は、
けっして、ブレーキをかけない事。今やるから、後からついてやってみな。」
私はすぐに、その通りにやり、離陸した。
私がゆっくりと、点滅信号の上まで来たとき、
トラックは「飛翔」と叫ぶ男をはねた。
確かに、男は空を飛んだ。
終焉