旅人
今回は総集編ではないですが、振り返りが多いです。
幸運なことに畑は荒らされていなかった。魔王軍の目的は略奪ではなく殺戮のようだった。この辺りに軍がいないことを考えるともう去ってしまっているに違いない。彼女を畑の側に座らせ、僕はサボテンを取りに行った。慣れた作業だった。
「食うか」
彼女にサボテンの破片を渡す。この砂漠で生きて行くにはサボテンは欠かせない。旅に出るにはありったけ用意していく必要があった。それに僕はこの町以外の集落へは行ったことがなく、どこか人がいる場所までどれくらいかかるか全くと言っていいほどわからなかった。
「花子。どこか近くに立ち寄れる所ないかな」
花子は虚空を見つめたまま動かなかった。もしかしたら彼女は母親の悲惨な姿を見てしまったのかもしれなかった。その可能性は高い。僕の母もさっきまでは家に転がっていた。
「西へ行きましょう。わたし聞いたことがあるわ。西には森があってそれを超えると小さな村があるのよ」
いきなり饒舌に話し始めたので驚いたが、落ち込んでいるわけではなさそうだったので安心した。彼女は僕を見つめ再び口を開いた。
「コンパスならあるわ。サボテンを入れる袋ならわたしが持ってる。他に何かいるの?」
彼女があまりにも平静だったのは女だからだろう。昔、女は強いという話を聞いたことがある。その時は上手く理解できなかったが、なるほどこういう事だろう。思っていたよりこの旅は上手くいきそうだった。
「何も要らないよ。じゃあ行こうか」
そう言って僕らは町を出た。もう戻ることはないだろう。
歩き始めて一日経った。昨日の晩は歩き続けた。二人とも休む気分になれなくて結局朝になってしまった。それに砂漠の夜は冷える。もし寝てしまっていたら、今頃、凍死していただろう。
朝になってようやく、交代で寝ることに決めた。最初に寝たのは彼女だった。僕はその間一人で見張りだ。
その間に今まで起きたことを整理してみた。左肩に斑点が出来て、墓参りが中止になった。墓参りに行っていれば母は助かったかもしれない。見せなければ良かったと思ったが、すぐに気が変わった。見せなければ、花子が死んでいたのだ。僕が彼女を誘って高台に上らなければ彼女は死んでいた。
いや違う。彼女が高台に誘ったのだ。確かに場所を変えようとしたのは僕だが、それは誰にも聞かれない場所、さしずめ路地裏などでよかった。なぜ誘ったのか。彼女にも用件があったからだ。そうだ、彼女に訊ねなければならない。それは起きてからで良いだろう。
王宮にも行った。父の職業と弟の存在を聞かされた。父の最期はどんなだっただろうか。弟は今どうしているのか。それは今となっては知る由もない。王も母も死んだ。本当に王は死んだのだろうか。死体を確認したわけではない。確かに王宮はボロボロで人がいそうではなかったが、衛兵の死体も見なかった。もしかしたら、死体の山に紛れて骨になっているかもしれなかったが、そうでないかもしれない。
それに僕の肩に斑点が出てすぐの襲撃とは何を意味するのだろうか。全く関係がないのかもしれないが、それなら朝より夜の方が好都合だ。高台に上るまでに僕が出会った人が三人。母さん、王、衛兵。この三人の誰かが魔王軍に密告したのなら、辻褄が合わないこともない。母は除外して良いだろう。なら王か衛兵……。
そんなことを考えるのはよそう。全ては偶然なのだ。それに僕の斑点ごときが魔王軍に影響するわけがないではないか。
剣の事を思い出した。王は父の剣だと言った。名はフォーキ。もしかしたら、これが原因かもしれない。王の話によると良く切れるそうだ。だったらそれを狙って来たという考え方も出来る。いずれにせよ、ここで考えても何も変わらない。
そう言えば、魔王の軍は何処へ行ったのだろうか。町をあそこまで破壊したのだ、かなりの人数だったに違いない。行軍速度は高くないはずだ。西の村が一番近い集落ならそこで補給をするはずだ。西以外に集落があるのか? その可能性も捨てきれない。ここまで歩いたが森が見えてくる気配はない。彼女が間違えているのかもしれない。二人旅で相手を疑うことはしたくないが、あまりに遠すぎる。まだ持ってきたサボテンがあったがそれも直に尽きる。そうなってしまえば僕たちは砂漠の砂も同然だ。
遠くに何か見えた。自分たちがやってきた方だ。良く目を凝らすが黒い点にしか見えなかったが、変に胸騒ぎがして彼女を起こした。
彼女は揺するとすぐに起きた。
「どうしたの」
「何かいるみたいだ。人か大型の動物か。どっちにしてもあんまり良いものではないような気がする」
「そんなことないわ。人なら道を尋ねられるし、動物ならその剣で倒して食べられるじゃない。あなたは悲観的すぎるのよ」
そうかもしれなかった。彼女に言われるまで気がつかなかったが、薄々は自覚していた。きっと疲れているのだ。
「疲れているんだよ。たぶん」
「そうね。わたしもそう思うわ。でもあっちはちゃんと見ててちょうだいね」黒い点を指さしながら言った。
そんなことを話している間にも黒い点は大きくなっていき、フィッコに乗った一人の男が見えてきた。右手で手綱を持っており腰には剣を差していた。重そうな鎧を身につけいかにも兵隊、といった格好だ。男の鎧とその体重、それに自身の体重まで支えているフィッコの足はプルプル震えていた。
フィッコとは大型の爬虫類で主に砂漠に生息している。二本足で立つのだが、砂漠の馬とまで言われかなりの荷を運べる。そのフィッコが辛そうなのは恐らく男の体重が原因だろう。身長はそうでもないが横幅がとてつもなく広い。つまり男はデブということだ。
それでもフィッコは普通の大人なら二人で乗れる生き物なのだ。今はフィッコがとても可哀想に見える。
「お前たち。そこで何をしている。名を名乗れ」
不意に話しかけられた。ぼんやりしていたので近づいて来ていたのに気付かなかった。
「わたしは節子で、彼は光博です」
どうやら偽名を名乗ったようだった。相手が誰かわからぬ以上賢明な判断だった。男はフィッコから降りて右手を剣の柄に当てた。
「それは嘘だ。お前は花子でこいつは太郎だ。間違いないな?」
斬りつけてくるのはわかっている。しかしそれをどう対処するかが問題だった。僕は剣を持っているが、しゃがまないと取れないだろう。そうしている間にも斬りつけられるリスクがある。それに剣を取れたとしても相手には鎧があった。どれほど切れ味の良い剣でも鎧を貫通させる事など出来るわけがない。加えて彼女は戦闘には慣れていないので狙われると終わりだ。だが、返事をしない限り襲ってくることはなさそうだった。
「返事をしろ。間違いないんだな?」
彼女が動いた。男に体当たりを仕掛けたようだ。僕に出来ることは剣を取ることだ。しゃがみ込み剣を取る。彼女は男と距離を取り、僕が戦い始めるのを待っているようだった。
剣を構え、男の方へ向き直る。男も起き上がり、剣を構えた。
ここで恐らく僕は死ぬだろう。相手はかなり手練れている様子だった。動きも静かで隙がない。もちろん僕もそうあれるように努めるが、埋めようのない実戦経験の差があるように思う。
人は死ぬと天国に行けるらしい。もちろん善人だけだ。僕は今までこれといった良いことはしてこなかったが、悪いこともしなかった。これはどういうことだろう。天国に行けるのか。はたまた地獄に堕ちるのか。否、答えは死なない、だ。
一気に踏み込み、剣を振り下ろした。
ありがとうございます。
なんか推理小説みたいに思考する場面が入ってしまいました。
毎回、作風を変えて書いたら面白そうです。でもファンタジーって本来どういう書き方をするのでしょうか。




