四話 この世界の、甘いもの
文才も欲しいけど、閃きも欲しい。
そしてエミリアが主人公に見える件について。
とりあえず僕の話を聞いてください。
そう言わずにはいられない状況だった。
自分でも驚くほどに、体中の筋繊維が束になろうと超回復を繰り返す傍ら、副作用と言うべきか、首から足の先まで痛みに翻弄される体を起こして五分弱。
エミリアさんが消えていたことに気付いた。
ちょうど昼を過ぎたのか、ベットの横に安置された段ボール箱のような机の上に、シチューとおぼしき物が湯気を立てずに放置されている。
スプーンですくって飲み込んでみると、口内の温度と遜色ない液体が喉を通っていった。
おそらく彼女が置いていったものだろう。だとすれば、まだこれが置かれてそんなに時間は経っていないと思われる。
そう思い立った僕は、馴染んだマントのしわを伸ばして、部屋を飛び出した。
だから話を聞いてください。
エミリアさんの行方をと訪ねたカウンターで僕は、笑顔で対応する接客業員の鏡である女将さんに迷子扱いをされていた。あなたの部屋は階段を上ってすぐ先よと、大変分かりやすい説明のありがた迷惑三昧を繰り返し、いい加減にまた声がでなくなりそうなので今度は宿屋を飛び出した。
今朝から疑問に思っていたけど、なぜこうも声帯だけが回復しないのか。もしかしたら見込みがないのかもしれないな、なんて考え至って、思考の残粉を足跡共に捨てていく。
お世辞でなければ栄えてるとは言えない町並みを闊歩して、宿屋から無断で借りたサンダルをすり減らす。そんな時が流れていくうちに、見覚えのある後ろ姿を発見した。
周りの建築物より一回り多く土地を奪った窓無しの欲張りに進入する赤髪の人。屋根と入り口の隙間にでかでかと看板が取り付けられていたが、ミミズがのたまっている言語なんて理解していないので無視をするとしよう。
当初の目的を忘れて知的を外した好奇心に押されるように、のそのそ歩を刻む僕。砂埃が舞う暖かな日差しを背に受けて、扉との距離はあと一歩にさしかかった。
こくんと喉を鳴らす。
そして、意を決して持ち上げた軽い右手をーー
「?」
掴まれた。
反射的に振り向くと、満腹状態の粗末な紙袋を抱えて、僕を見つめる一人の女性。百八十度どこから見てもエミリアさんである。
そんな彼女は呆然とした瞳を開閉して、短く息を吸うと無言で僕を引っ張っていった。
重苦しい。
非常に肩身が狭すぎて泣きたくなる。
勝手に出歩いたことに関してだろうか、もはやお馴染みの宿屋の一室で、僕は定位置であるベットの上で小さくなっていた。正座は崩して足を楽にしているはずなのに痺れてくる。それほどまでに彼女の雰囲気が荒れていた。
がさがさと、紙袋を漁る音だけが室内に反響する。
怒られるということを考えると、彼女に嫌われるということを考えると、寂しくなって余計に泣きたくなった。
思えば彼女には迷惑しかかけていない。そんなじゃじゃ馬を嫌うなと言う方がおごがましい。
「ちょっと、ごめんね」
いつもよりトーンの落ちた声で彼女が言う。
その深刻そうな声を聞いて、僕は俯いたまま自分の身勝手を後悔した。結局僕は少し丈夫になっても人の迷惑になるんだなと、目尻が湿気に汚染される。
しかし、予想はいつも斜め上をいく。
「え?」
突然、ひんやりとした液体が臑の表面をなぞっていった。
言われるがままに両足を伸ばして彼女に預けたことで、自分の足が紫色に染まっていることを視覚で確認した。足首から膝にかけて、まるで針を刺したかのように、点々で塗りつぶされた内出血の痕が浮き出ている。
自分の体じゃないみたいだ。
その光景に鳥肌がたった。
それでも、一心に、僕の足にぬめり気のある液体を塗っていくエミリアさんは、真剣な顔をして休むことなく手のスライドを繰り返す。その姿は母そのもの。
それには見覚えがあった、小学校の頃はしょっちゅうだった。そう、肉体を行使し過ぎたのである。
油断していた。
耐久力が全く変化していなかった。
ひょっとしなくても彼女は、このために僕を置いていったのではないだろうか。眠った僕を運ぶ際に気付いて慌てて飛び出したのではないだろうか。
一日過ごしただけだが、彼女の性格から察するに、僕を一人にするなら身近な人に話は通していたと思う。
それを忘れる程に焦っていた。
自己中心的な解釈だが、そう考えると嬉しかった。
丁寧に巻かれた包帯を見つめて、労うように優しく触れる。ほっと胸を撫でおろしたエミリアさんが、真っ赤な果実を差し出してくれた。
「はい、どうぞ。痛くなかった?」
それに態度で返答した。
死んだはずの僕が出会った一人の少女に、勢一杯の笑顔を向けてその果実にかじりつく。
ほんのりと甘い果実に乾きを潤されて、尻尾があれば縦横無尽に振り回したいほど心が跳ねた。
両親のものとは違う。
優しい気持ち。
思いっきり果汁をこぼして、ごまかすように涙も一筋ごぼしてやった。
「え、十七……なの」
「うん、僕も同い年だということにびっくりだ」
予想は斜め上を行く。
てっきり二十歳過ぎだと思っていたエミリアさんは、僕と一月程度の早生まれだったりした。なにを食べればそんな体型になるんですかと詰問したかったが果汁とともに飲み込んでおく。
それより数年ぶりにできた同世代の友達に、やっぱり心が跳ねていた。なんだかんだでこの世界に順応しようとしている僕は、昔からの夢だった旅という話を聞いてくらいつく。
若干ひかれたが気にしなかった。
そんな話を進めながら、暇があれば思いっきり甘えてみようかななんて考えたけど、子供扱いされるのが悔しいので、そんな甘ったるい考えはそこら辺に捨てました。
とゆうわけで一章は完結です。
まぁプロローグのようなものでしたねw
小説を書いていると、話の切り替え方とか落ちの付け方とか、学ぶことがたくさんあります。
もっと読めるものにしなければ!