第07話 初心原の砂
「よし」
海斗は水着姿で初心原の砂浜に立っていた。眩い夏の日差しが照りつける。毎年、この時期の海斗は真っ黒になっていたが、今年は初めて海に入るため、肌は白いままだった。
「大丈夫かよ。アイツ」
瑞貴がさすがに心配そうに一帆に尋ねる。
「俺だって心配だけど……アイツが今日絶対するって、言うからさ」
「そっか……」
そしていよいよ出発するのかと思いきや、突然海斗がしゃがみ込んだ。
「何やってんだ?」
痺れを切らした様子で瑞貴が喋り出す。それを、湊が止めた。
「黙ってみてたらいいと思う」
「なんで?」
「ここがどこか忘れたか?」
「どこって……初心原だけど?」
そう言ってからハッとした様子になる一帆と瑞貴。
「思い出したか?」
「あぁ……」
この与儀島で、特に海斗たちの住む集落では独特の風習があった。それが「砂掛け」である。生まれてすぐの子供は通常、産湯に浸される。しかし、この集落では砂湯に浸されるのである。もちろん、それからすぐに砂を落とさなければならないが、その砂を落とすために今度は海へと浸かるのだ。
「アイツは、もう一度自分を生まれ変わらせようとしているんだよ」
「……。」
海斗の行動をジッと見つめる3人。この初心原のあたりは集落の人でも滅多に立ち入ることがない場所だ。特別天然記念物に指定されている生物が生息することもあり、ほとんど立ち入ることがない故に、一種神秘的な雰囲気も持っていた。
「ゲッ!」
一帆が声を上げた。さすがにこの海斗の行動には湊と瑞貴も呆気に取られた。水着一枚の海斗が、その水着を脱ぎ捨てたのだ。
「おいおい……」
しかし、いわば生まれたままの姿になったということである。なんとなくそれを察知した3人は苦笑するだけで、海斗を制しようとはしなかった。
(温かい……)
海斗は砂の上で大の字になって寝転んだ。日差しに照らされ、加熱された砂はジンワリと海斗の体を温めていった。
「よいしょっと」
海斗は立ち上がり、脱ぎ捨てた水着をもう一度穿いた。続いて、サーフボードはまだ置いたままで海の中に入った。体中に付いた砂が波間を漂っていく。
「気持ちいい~……」
心地よい海水温。そのままプカプカと浮力を活かして海斗は砂と同じように波間を漂っていく。
「気持ち良さそうだな」
湊が呟いた。
「うん」
一帆が同意する。
「あんな風に海で静かにしてる海斗なんて、久しぶりに見たかも」
「だな」
瑞貴の言葉に湊がうなずいた。
海斗は足の付け根のほうを見た。津波の時、男性が掴んだ箇所だ。あの時は自分の身を守ることで必死だった。しかし、もしも自分に多少なりの余裕があり、彼を助けることができていれば、今頃これほど苦しまずに済んだのだろうかとも思う。
彼は助かったのだろうか。それとも、亡くなったのか。助かったにしても、家族は無事だったのか。あるいは亡くなっていても、遺体は家族の元へ還ったのだろうか。
考えても仕方のないことばかりを海斗は毎日考えていた。
自問自答のため。
そのために、海に来たと言っても過言ではなかった。
「よし」
夕陽が傾き始めた頃、海斗がようやく立ち上がった。
「……時間だな」
湊が呟く。
「時間って?」
「5年に一度の、時間が来た」
「……?」
遠くから波音が聞こえてきた。そして、瑞貴と一穂はそれを見て思わず叫んでしまったのだ。
「つ」
恐怖にも取れる一帆の表情。
「津波!?」
「ウソだろ!? 海斗……!」
海斗の名前を呼んでから、一帆と瑞貴は気づいたのだ。
「ヨシッ……来いよ!」
実に海斗が嬉しそうな表情をしていることに。
大波が迫ってくる。そして、海斗がいつもどおりの鮮やかな体勢で波に向かってサーフボードを走らせていった。