第09話 将来の夢
「どう? ちょっとは落ち着いたか?」
湊が着替えも終えてボーッと前を見ている海斗にジュースを差し出した。
「サンキュ」
「どういたしまして」
海際では一帆と瑞貴が水の掛け合いをしてはしゃいでいる。それを見て湊と海斗がおかしそうに笑った。
「どうだった?」
「何が?」
「波に飲まれて」
「……。」
湊の率直な問いに、海斗はしばらく口をつぐんだ。5分ほどしてから言った。
「海ってさ」
「うん」
「俺たちの故郷……だっけ。確か。理科で習った」
「あぁ。俺たちのめっちゃくちゃ祖先が、海生まれなんだろ。そう聞いた」
「だけどさぁ。なんであんなことになるんだろって、ずっと思ってた」
「……うん」
それから黙り込む二人。相変わらず、一帆と瑞貴が大声ではしゃいでいる。
「だけど。地球だって、生きてんだよな。俺たちと同じように」
「スケール大きい話だよな、急に」
海斗が笑った。
「その中で生かされてるし、生きてるんだ。俺ら」
「そーだな!」
海斗が寝転んで言った。
「怒るのは筋違いだし、かといって怖がりすぎるのもちょっとおかしい気がする。だって、俺ら海から受けてる恩恵? そういうの、多いじゃん」
珍しく難しい言葉を使っているからか、恥ずかしげにそう言う海斗。しかし、湊は茶化しも何もしない。ただ、うなずくだけだ。
「だったら、俺らも何かしらで海に恩返しできるようなこと、したいなぁ」
「……恩返し、か」
「難しいけど」
「だな」
それからようやく戻ってくる一帆たちの姿を確認したかのように、海斗が言った。
「俺さ!」
「ん?」
「高校、県外の高校行くよ」
その言葉に湊が目と丸くする。元々、与儀島に高校はないため、中学を卒業するとたいていの生徒たちは島外の高校へ通う。けれども、たいていは県内の学校だ。
しかし、海斗はハッキリと言った。
「ど、どこに?」
「それを今から決める」
「……。」
「俺は海に恩返しできるような、そんな仕事したい」
「……すげぇよ。お前。将来のこと、もう考えてるのか?」
「そんな大げさじゃないけどな!」
ハハッ!と屈託なく笑う海斗。しかし、その笑顔に宿る瞳は、強い意志を持っていた。
「お前なら、できる」
湊がハッキリと答えた。
「サンキュ」
はにかむ笑顔でそう答える海斗。しばらくすると、一帆と瑞貴が駆け寄ってきた。
「何の話してたんだよー?」
「将来の話だよ」
一帆が顔を歪める。
「うへぇ! 難しい話してんじゃねーぞ!」
「海斗らしくねーの!」
「うるせぇよ、バーカ!」
4人の少年たちはじゃれ合いながら、帰路へと着いた。
帰宅後。
食卓で、海斗が突然話題を切り出した。
「父さん」
「ん? どうした?」
「無理を承知で、お願いがある」
「なんだ?」
敦が箸を止めた。
「高校なんだけど……県外の、理系が進んでる高校行きたい」
妹の海里と母の留衣子が箸を落としそうになった。
「な、何言ってんのアンタは!」
留衣子が息子の唐突な発言に思わず声を荒げる。しかし、敦は話を続けた。
「なんでだ?」
「今回の……件で、その……」
海斗がまっすぐに敦を見つめた。
「俺、日本人である以上は、海とは切っても切れない関係があるって、感じた」
「それで?」
「だけど、基本的に俺たち、海から恩恵受けてばっかだと思う。俺は、海に恩恵を与えられるような、そんな人間になりたい」
「……。」
「そのために、県外の高校で……もっと、海のこと勉強したい。県内の高校じゃ、限界があると思うから……だから、お願いします! 行かせてください!」
「……。」
「ダメよ! アンタみたいな自分の部屋も掃除できないような子があたしたちの元を離れてなんて無理! ねぇ、あなた」
「いいだろう」
留衣子と海里が目を点にした。
「父さん……」
「ただし、併願で県内の高校も受験すること。県外の高校が落ちたときは、おとなしくそこへ進学すること」
「……。」
「返事は?」
海斗が目を潤ませてひと言、言った。
「ありがとう」
「頑張れよ」
そう言ってから、再び箸を手に取る敦。留衣子もその敦を見て、すべてを承知したのか何も言わなくなってしまった。
「……。」
口に含んだご飯が少ししょっぱい、夏の終わりの近い日のことだった。