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第08話 身を任せろ



 5年に一度。この与儀島に訪れる、その大波。5年前には9歳だった海斗。そのときもこの大波でサーフィンを楽しむことができた。しかし、今年は違う。

 やはり、大波が近づくに連れて表情が自然と強ばるのが自分でもはっきりとわかった。心臓の鼓動が速くなり、このまま進んで大丈夫なのだろうかという気持ちが沸き起こった。しかし、これを逃せば自分は二度と海へ戻れない。そんな気がしていたので海斗は唇を噛み締めて立ち上がり、そのまま波に乗った。

「……すげぇ」

 湊も一帆も瑞貴も見たことのない大波に、自分の友人が乗っている。それはまるで、映画のような光景だった。それと同時に、友人が遠い世界にいるような、別人に見えてきたのだ。

(この調子だ。バランスを保って、このまま……)

 沖合いから浜に近づくに連れて、次第に波高は下がっていく。このままバランスを保てば問題なく浜辺に到着できる。はずだった。

「あっ!」

 一瞬、ほんの一瞬だけ気が緩んだ瞬間だった。サーフボードがバランスを崩し、そのまま海斗もバランスを崩して倒れていく。

「海斗!」

 3人が一斉に叫ぶ。しかし、彼を助ける手立てなど彼らにはなかった。

 海斗はそのまま倒れ、サーフボードごと波に飲み込まれて姿が見えなくなった。

「ど、どうする!?」

 一帆がオロオロしながら二人に尋ねる。

 普段なら海斗はしばらくすればすぐにヒョコッと顔を出す。しかし、津波以後は海を避けていた海斗。ひょっとしたら、体が鈍っていてすぐに反応できないかもしれない。そうした不安があり、3人はただ狼狽するばかりであった。

「どうするっつったって……誰か呼んでくるか?」

「大丈夫。もうちょっと待とう」

 湊が二人を制止した。

「待ってて大丈夫か?」

「俺たちが手助けするような問題じゃない。大丈夫。アイツはこの程度でへこたれるようなヤツじゃない」

 湊たちが海斗の行方を心配しつつも見守っている頃、当の海斗は波に飲み込まれ、もみくちゃ状態だった。

 波にもまれながらも、海斗はむしろそれが快感であった。心地よい温度。ゴボゴボという水特有の音。すこししょっぱい、潮の味。すべてが懐かしく、つい去年までは当たり前で大好きだった、海の感触だった。

 そのまま眠るように海斗は意識が遠のいていった。


「海斗……」


 その声に海斗が目を開けると一帆、湊、瑞貴の3人が心配そうに海斗を見つめていた。

「みんな……」

「大丈夫、か?」

 確認するように湊が尋ねた。まだ全身びしょ濡れで、髪の毛もびしょ濡れ。全身が潮くさい。しかし、それが気持ちよくも感じられた。

「あぁ……平気」

 海斗は目を弓なりにして笑った。

「そっか……!」

 一番嬉しそうな表情をしたのは意外にも湊だった。

「とにかくさ! お前、潮とか海草でグチャグチャじゃん!」

 瑞貴の言葉にようやく海斗が自分の姿に気づいた。

「あはは……そうだな」

 それからサーフボードが無事だったかを確認する。あれほどの波に飲まれ、もみくちゃにされたにも関わらず、ボードは無傷だった。

「とりあえず、立って。そこにシャワールームあるから、洗って来いよ」

「うん!」

「……。」

 海斗の背中を見送りながら瑞貴が呟く。

「どうだろ」

「……あれだけじゃ、わかんないな」

 海斗が果たして、トラウマを克服できたのかどうか。それはまだ、3人にもわからなかった。

 トラウマはそう簡単に克服できるようなものではないことは中学生である3人でも容易に理解できる。それだけに、まだ海斗の心情が理解できずにいた。

「……。」

 夕陽が海を照らし出す。日本では比較的遅い夕暮れの時間が、与儀島にも近づこうとする中、4人の中学生を巡る環境は少しだけ変わっていくのだった。





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