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子ども貯金

作者: WAIai
掲載日:2026/03/12

郵便局で働いていると、色んな人間がいる。内務の向井こうは20代、預金の窓口に座っていた。今日は水曜日なので、比較的、客は少なかった。

ーあともう少しで仕事が終わりか。

肩にかかる髪を払うと、今日はスイーツを買って帰ろうなどと考え、うっとりする。甘い食べ物が大好物だった。

ー何か食べようかな。

誰も来なさそうなので、職場にある菓子をあさりに行こうとすると、入口のドアが開いた。

「いらっしゃい…あら?」

挨拶が止まったのは、小学生くらいの女の子が1人、入って来たからだった。ツインテールにした女の子はちょっと緊張しながら、こうのいる窓口へやって来る。

「ーあの!!」

思いきって声を出したのか、職員全員の視線が集まる。今は夏なので、女の子は茶色く日焼けしており、元気そうなタイプの女の子だった。

「はい、何でしょう?」

子どもだと思ってなめずに、丁寧に対応する。女の子は怖くないと分かったのか、手を差し出してくる。

「? …何?」

こうが手を差し出すと、女の子は手を開いた。落ちてきたのは100円玉で、女の子が胸を張って言ってくる。

「ー貯金したいんですけど」

「え…。100円を?」

びっくりしたのはこうで、手に乗せた10 0円玉と女の子を見比べる。すると、用件は伝えたと思ったのか、彼女がにっと笑う。

ーえ、えっと…? どうしよう。

預金を作るには、身分証明書やハンコが必要なのだが、女の子が持っているとは思えなかった。戸惑いながらも、こうは話を続ける。

「ーお父さんか、お母さんは一緒じゃないの?」

「うん!! 1人で来ました!!」

あはは、と笑う彼女に、静かだった雰囲気が一変し、明るいものへと変わっていく。子ども1人で郵便局に来ることもあるが、大体は切手やハガキを買うためであり、預金に来るのはこうが知っている限り、初めてだった。

ーど、どうしよう。

どう対応しようか考えていると、女の子が窓口に身を乗り出してくる。

「高沢文香といいます!! お姉さん、通帳、ちょうだい!!」

「文香ちゃん? 良い名前ね。でも通帳は…」

100円玉を見つめ、表情を複雑なものにする。彼女がせっかく勇気を出してやって来たのだろうと思ったのだが、自分に何ができるかが問題だった。

ーお小遣いか何かかしら?

子どもにとって100円は魅力的なんだよなと、自分が幼かった時を思い出し、大事そうに握りしめる。

「ちょ、ちょっと待ってくれる?」

「うん!! あたし、良い子だから待ちます!!」

「立っているのは辛いから、後ろにある椅子に座ってくれる?」

「分かった!! お姉さん、よろしくお願いします!!」

文香は元気よく答えると、こうが言った通りに椅子に腰かける。郵便局内はエアコンが効いており、涼しさに満たされていた。ぶらぶらと足を揺する文香に対し、こうはどうしようかと頭を巡らす。

ー100円貯金か…。どうにかしてあげたいけれど…。

まさか本物の預金通帳を渡すわけにはいかず、固まっていると、局長の大和隆がやって来る。

「どうしたんだ?」

「それが、その…」

いきさつを話すと、隆が腕を組み、うーんと唸る。

「それはまた…困ったな。どうするか?」

「何とか期待に応えてあげたいんですけど…。どうすればいいですか?」

「俺に聞かれてもな…。適当に対応して帰すとか」

「それは信用問題に関わりますよ。何とかしてあげましょうよ」

「何とかって…いいアイデアがあるのか?」

「アイデア…。…そうですね」

こうは額を手で押さえると、一生懸命、頭を巡らす。どうしたら文香が喜んでくれるか、それだけだった。

ーお客様の笑顔が、私達のご褒美だから。

客に心地よく帰って欲しかった。たとえ子どもが相手でも、手を抜くわけにはいかなかった。

ーうーん、うーん、えっと…あ!!

頭をフル回転させた後、こうは席を立つ。隆は驚いたように、こうを見てきたが、彼女は早口で言葉を伝えてくる。

「ちょっと出てきます!! すぐに帰って来るので!!」

「え…。ち、ちょっと…!!」

「子どもー文香ちゃんをよろしくお願いします。ではー」

裏口から外に出ると、こうが向かったのは、100円ショップだった。

「ーいらっしゃいませ」

外国人らしき店員の声を流し、こうは目当てのものがないか探す。

ーあるとすれば、文房具の辺りよね。

急いで左右の棚を確認していく。100円ショップといっても、カラフルで可愛い便箋やハサミなどがあり、侮れなかった。

ーあ、あった!!

目当てのものを見つけると、カゴに入れていく。文香が満足するように、デザインを気にながら、全部、必要なものを揃えていく。

ーよし。これでいいかな。

こうは目当てのものを手に入れと、すぐさま郵便局に戻った。文香はちゃんと椅子に座っており、隆が預金の窓口に座って見守ってくれていた。

「ありがとうございます、局長」

「ああ。目当てのものはあったか?」

「はい!! 多分、大丈夫だと思います」

席を交換すると、こうは文香を呼ぶ。

「高沢文香さん、どうぞ」

「はーい!!」

勢いよく椅子から立ち上がり、文香が窓口にやって来た。こうはにこりと笑顔を向けると、100円ショップで買ってきたものを差し出す。

「これ、貯金箱。この中に、さっき渡したくれた100円を入れてくれる?」 

「わ!! 貯金箱!!」

文香の目がきらきらと輝く。自分にもこんな時代があったと思いつつ、その眩しさに目を細める。

ー子どもは純粋だけど、馬鹿じゃない。

親や大人の言動をよく見ているし、良いことや悪いことの判断もできる。子どもの目線と同じ立場になるのが、大切だった。

「じゃあ、入れますね」

文香が100円を手に取り、貯金箱へ入れる。それはスケルトンタイプのもので、お金がいくら入っているのか分かるものだった。

「わーい!! 貯金できた!!」

喜ぶ文香に、こうはチチチと指を振る。まだ渡すものがあった。

「ちょっと待ってね」

100円ショップのビニール袋から取り出したのは、小さいノートみたいなものだった。厳密にいうと、出納帳である。

「自分で表紙に名前を書く?」

聞いてみると、文香は目から星が飛び出すように、大喜びする。

「書く!! これでも字は上手いって言われるんだ!!」

「じゃあマジックで、ここに名前を書いてくれる?」

「うん!!」

油性ペンを渡すと、文香は丁寧に名前を書いていく。それを楽しそうに見つめながら、終わるのを待つ。

「できました!!」

「はい、よくできました。じゃあペンと出納帳を貸してくれるかな?」

手を差し出すと、文香は素直に渡してくれた。こうは中を開くと、収入金額のところに、100と書く。

「はい、これ見て。もう100円は貯金したからね」

「わーい!! やったあ!! 嬉しい!!」

純粋な喜びに救われ、こうは出納帳を渡す。

「次、来る時も、この出納帳を持ってきてくれる? そうしたら、お姉さんが貯金してあげるから」

「はーい!! 分かりました」

敬礼のポーズをしたので、思わずくすりと笑ってしまった。

「じゃあ、貯金箱は大事に預かるわね」

そう言うと、こうは自分のデスクに戻り、引き出しの1つに貯金箱を入れる。再び窓口に戻ると、文香が待っていた。

「お姉さん、どうもありがとうございました!!」

「はい。こちらこそ、ありがとうございます」

互いに頭を下げ合うと、こうは文香に言う。

「気をつけて帰ってね」

「うん!! バイバイ、お姉さん!!」

小さな手を懸命に振ってくれるので、こうも手を振り返す。ちゃんと外に出たのを確認してから、安堵の息を吐き出す。

ー次、いつ来るんだろう?

ははっと笑い、文香が来るのを待つのだった。


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