子ども貯金
郵便局で働いていると、色んな人間がいる。内務の向井こうは20代、預金の窓口に座っていた。今日は水曜日なので、比較的、客は少なかった。
ーあともう少しで仕事が終わりか。
肩にかかる髪を払うと、今日はスイーツを買って帰ろうなどと考え、うっとりする。甘い食べ物が大好物だった。
ー何か食べようかな。
誰も来なさそうなので、職場にある菓子をあさりに行こうとすると、入口のドアが開いた。
「いらっしゃい…あら?」
挨拶が止まったのは、小学生くらいの女の子が1人、入って来たからだった。ツインテールにした女の子はちょっと緊張しながら、こうのいる窓口へやって来る。
「ーあの!!」
思いきって声を出したのか、職員全員の視線が集まる。今は夏なので、女の子は茶色く日焼けしており、元気そうなタイプの女の子だった。
「はい、何でしょう?」
子どもだと思ってなめずに、丁寧に対応する。女の子は怖くないと分かったのか、手を差し出してくる。
「? …何?」
こうが手を差し出すと、女の子は手を開いた。落ちてきたのは100円玉で、女の子が胸を張って言ってくる。
「ー貯金したいんですけど」
「え…。100円を?」
びっくりしたのはこうで、手に乗せた10 0円玉と女の子を見比べる。すると、用件は伝えたと思ったのか、彼女がにっと笑う。
ーえ、えっと…? どうしよう。
預金を作るには、身分証明書やハンコが必要なのだが、女の子が持っているとは思えなかった。戸惑いながらも、こうは話を続ける。
「ーお父さんか、お母さんは一緒じゃないの?」
「うん!! 1人で来ました!!」
あはは、と笑う彼女に、静かだった雰囲気が一変し、明るいものへと変わっていく。子ども1人で郵便局に来ることもあるが、大体は切手やハガキを買うためであり、預金に来るのはこうが知っている限り、初めてだった。
ーど、どうしよう。
どう対応しようか考えていると、女の子が窓口に身を乗り出してくる。
「高沢文香といいます!! お姉さん、通帳、ちょうだい!!」
「文香ちゃん? 良い名前ね。でも通帳は…」
100円玉を見つめ、表情を複雑なものにする。彼女がせっかく勇気を出してやって来たのだろうと思ったのだが、自分に何ができるかが問題だった。
ーお小遣いか何かかしら?
子どもにとって100円は魅力的なんだよなと、自分が幼かった時を思い出し、大事そうに握りしめる。
「ちょ、ちょっと待ってくれる?」
「うん!! あたし、良い子だから待ちます!!」
「立っているのは辛いから、後ろにある椅子に座ってくれる?」
「分かった!! お姉さん、よろしくお願いします!!」
文香は元気よく答えると、こうが言った通りに椅子に腰かける。郵便局内はエアコンが効いており、涼しさに満たされていた。ぶらぶらと足を揺する文香に対し、こうはどうしようかと頭を巡らす。
ー100円貯金か…。どうにかしてあげたいけれど…。
まさか本物の預金通帳を渡すわけにはいかず、固まっていると、局長の大和隆がやって来る。
「どうしたんだ?」
「それが、その…」
いきさつを話すと、隆が腕を組み、うーんと唸る。
「それはまた…困ったな。どうするか?」
「何とか期待に応えてあげたいんですけど…。どうすればいいですか?」
「俺に聞かれてもな…。適当に対応して帰すとか」
「それは信用問題に関わりますよ。何とかしてあげましょうよ」
「何とかって…いいアイデアがあるのか?」
「アイデア…。…そうですね」
こうは額を手で押さえると、一生懸命、頭を巡らす。どうしたら文香が喜んでくれるか、それだけだった。
ーお客様の笑顔が、私達のご褒美だから。
客に心地よく帰って欲しかった。たとえ子どもが相手でも、手を抜くわけにはいかなかった。
ーうーん、うーん、えっと…あ!!
頭をフル回転させた後、こうは席を立つ。隆は驚いたように、こうを見てきたが、彼女は早口で言葉を伝えてくる。
「ちょっと出てきます!! すぐに帰って来るので!!」
「え…。ち、ちょっと…!!」
「子どもー文香ちゃんをよろしくお願いします。ではー」
裏口から外に出ると、こうが向かったのは、100円ショップだった。
「ーいらっしゃいませ」
外国人らしき店員の声を流し、こうは目当てのものがないか探す。
ーあるとすれば、文房具の辺りよね。
急いで左右の棚を確認していく。100円ショップといっても、カラフルで可愛い便箋やハサミなどがあり、侮れなかった。
ーあ、あった!!
目当てのものを見つけると、カゴに入れていく。文香が満足するように、デザインを気にながら、全部、必要なものを揃えていく。
ーよし。これでいいかな。
こうは目当てのものを手に入れと、すぐさま郵便局に戻った。文香はちゃんと椅子に座っており、隆が預金の窓口に座って見守ってくれていた。
「ありがとうございます、局長」
「ああ。目当てのものはあったか?」
「はい!! 多分、大丈夫だと思います」
席を交換すると、こうは文香を呼ぶ。
「高沢文香さん、どうぞ」
「はーい!!」
勢いよく椅子から立ち上がり、文香が窓口にやって来た。こうはにこりと笑顔を向けると、100円ショップで買ってきたものを差し出す。
「これ、貯金箱。この中に、さっき渡したくれた100円を入れてくれる?」
「わ!! 貯金箱!!」
文香の目がきらきらと輝く。自分にもこんな時代があったと思いつつ、その眩しさに目を細める。
ー子どもは純粋だけど、馬鹿じゃない。
親や大人の言動をよく見ているし、良いことや悪いことの判断もできる。子どもの目線と同じ立場になるのが、大切だった。
「じゃあ、入れますね」
文香が100円を手に取り、貯金箱へ入れる。それはスケルトンタイプのもので、お金がいくら入っているのか分かるものだった。
「わーい!! 貯金できた!!」
喜ぶ文香に、こうはチチチと指を振る。まだ渡すものがあった。
「ちょっと待ってね」
100円ショップのビニール袋から取り出したのは、小さいノートみたいなものだった。厳密にいうと、出納帳である。
「自分で表紙に名前を書く?」
聞いてみると、文香は目から星が飛び出すように、大喜びする。
「書く!! これでも字は上手いって言われるんだ!!」
「じゃあマジックで、ここに名前を書いてくれる?」
「うん!!」
油性ペンを渡すと、文香は丁寧に名前を書いていく。それを楽しそうに見つめながら、終わるのを待つ。
「できました!!」
「はい、よくできました。じゃあペンと出納帳を貸してくれるかな?」
手を差し出すと、文香は素直に渡してくれた。こうは中を開くと、収入金額のところに、100と書く。
「はい、これ見て。もう100円は貯金したからね」
「わーい!! やったあ!! 嬉しい!!」
純粋な喜びに救われ、こうは出納帳を渡す。
「次、来る時も、この出納帳を持ってきてくれる? そうしたら、お姉さんが貯金してあげるから」
「はーい!! 分かりました」
敬礼のポーズをしたので、思わずくすりと笑ってしまった。
「じゃあ、貯金箱は大事に預かるわね」
そう言うと、こうは自分のデスクに戻り、引き出しの1つに貯金箱を入れる。再び窓口に戻ると、文香が待っていた。
「お姉さん、どうもありがとうございました!!」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます」
互いに頭を下げ合うと、こうは文香に言う。
「気をつけて帰ってね」
「うん!! バイバイ、お姉さん!!」
小さな手を懸命に振ってくれるので、こうも手を振り返す。ちゃんと外に出たのを確認してから、安堵の息を吐き出す。
ー次、いつ来るんだろう?
ははっと笑い、文香が来るのを待つのだった。




