初めての悪霊祓い(7)
キリスト教知識がない唯子だが、最後の晩餐の絵は知ってる。以前、宮乃は牛丼屋のカウンターみたいと不敬極まりないことを言っていたが、確かにそんなイメージ。長いテーブルの中央にイエス・キリストがいて、周辺に弟子がいる構図だ。裏切り者のユダもいる。
そんなイメージを持っていた唯子。教会での食事も長いテーブルについて食べるものだと思いこんでいたが、事実は全く逆だった。
尋人に案内され教会の二階へ向かったが、なんと畳の部屋だった。広さは六畳ぐらい。中央にちゃぶ台があり、奥にはテレビもある。典型的な日本のお茶の間。尋人によると、二階は基本的に住居スペースだが、食事をするときは信者もここで集まるケースが多いそう。
「へえ。なんか教会と和風のお茶の間って結びつかないんですが……」
「まあ、いいだろ。とりあえずUberで適当に注文するわ」
唯子の戸惑いなど無視し、尋人は天ぷら蕎麦を注文。近所の店らしいがスマフォでサクサクと注文し、あっという間に届いた。
その間、尋人は古代日本とユダヤの繋がりを語っている。いわゆる日ユ同祖論だったが、あまりにも突飛な都市伝説だ。胸焼けがするほど。この人、やっぱり変人?
とはいえ、天ぷら蕎麦は美味しい。汁に浸かったぐずぐずの天ぷら、すきっ腹にあっという間に落ちていく。蕎麦もツルツル。出汁もいい匂いだ。尋人の妙な都市伝説語りも全く気にならないほど。
こうして蕎麦を食べ終えた時だ。この茶の間に誰か入ってきた。片手にはザラメ煎餅とペットボトルのお茶を持った老人だ。
顔を見てすぐに誰かわかった。この教会の牧師だ。公式ホームページに顔写真が載っていた。
確か名前は羽生信。息子の尋人と違い、穏やかそうな人だった。白い髪や眉毛は羊を連想させ、こちらは一般的な牧師のイメージ通り。結婚式にいそう。スーツ姿で、コスプレみたいな黒い服は着ていなかったが。
自己紹介も交わした。唯子の事情にも心をよせ、祈ってもくれた。アーメンとか初めて聞いた。耳なじみはない。ちょっと宗教臭くも見えたが、不思議と唯子も安心してしまった。
牧師とも打ちとけ、ザラメ煎餅とお茶とともに雑談していた。
「うちの尋人は本当に変人ですからね。子供の頃は二世として真面目にクリスチャンしていたのに、突然、占い師になって家出ですよ、参りましたよ」
牧師はため息。どうやら変人の息子に手を焼いているらしい。
「う、占い師だったんですか?」
確かにキリスト教と占いはあんまり結びつかない。尋人の過去は意外。
「黒歴史をいうなよ。もう俺はイエス様に忠誠しているんだ。それに当時の知識もあるからオカルトや霊問題も解決できるんだ」
「そんな事言われてもねぇ」
牧師はさらにため息。不仲とは言えないが、この親子、ちょっと溝がありそう。とはいえ、三十すぎぐらいの男が親と仲良しというのも変な話かもと思ったとき、また違う人物がここに入ってきた。
二十歳ぐらいの若い娘だ。もしかしたらまだ高校生ぐらいかもしれない。童顔。パーカー、ハーフパンツというカジュアルファッションもよく似合ってる。
「こんにちわー。へえ、新しいお客さん?」
それに人懐っこい。名前は倉木ノラというが、驚いたことに元家出少女らしい。いわゆる家出少女で、薬にも手を出そうとしていたが、偶然この教会でやっている炊き出しに参加。以来、ご飯をたかるようになり、すっかり教会にいついてしまったそう。
「ただで食うご飯ほど美味しいもんはないからね! 唯子さんも牧師さんや尋人おじに奢ってもらいなよ」
無邪気にザラメ煎餅を食べているノラ。若者らしい繊細さや遠慮は皆無。天ぷら蕎麦の代金を出すタイミングを失ってしまう。
お腹もいっぱいで気が抜けてきた。尋人はともかく牧師は常識的な人だ。ノラも癖はありそうだが、第一印象は悪くない。
しばらく四人でダラダラとザラメ煎餅を齧り、お茶を飲み、テレビのワイドショーを視聴。霊の問題など本当にあったか忘れそうになるぐらい、平和。最後の晩餐は裏切り者のユダがいたことは思い出したが、この食卓、実にまったりとし、眠くなるぐらい。
「おいおい、リス子! 寝るな。まだ霊の問題は全部解決しとらんだろ!」
尋人のツッコミで、ようやく目が覚めるぐらいだ。
「そうだ、忘れてた!」
「唯子さんって抜けてる? うける!」
ノラは手を叩いて大笑いしていたが、確かにこのままではダメだ。
「事故物件とか幽霊とかは分かりませんが、とりあえずみんなで場所を清めるお祈りしましょうか?」
一方、牧師はそんな提案をしてきた。牧師は尋人と違いオカルト知識は一切ないらしいが、引越し後の家で祝福の祈りや賛美を捧げるケースも多々あるらしい。場所を清めるという。
「そうだな。とりま、祈りと賛美で悪霊からプロテクトするのもアリだな」
尋人も賛成。ノラも暇だからついていきたいという。
「悪霊どももクリスチャンが集団で行く方がビビるからな」
尋人は満足そうに頷いていた。
いつのまにか、茶の間にあの野良猫もやってきてきた。牧師によると、前も別の野良猫が住み着き世話をしていたらしい。この猫もしばらく教会で面倒を見ることに。
「ミャア」
野良猫は満足そうに鳴き、尋人の膝に寝転がっていた。




