初めての悪霊祓い(5)
「ビギャー! ミャア! ビャアア!」
目の前で野良猫が暴れている。それもそのはずだ。今、お風呂に入れているからだ。
あの後、羽生教会の門をくぐった唯子だった。例の野良猫も一緒に入ったわけだが、尻尾やお尻に泥がついていることが発覚。野良猫なので仕方ないが、汚いし、病気のリスクもある。すぐに風呂に入れた。あの自称・オカルト牧師の羽生尋人とともに。
しかし猫はお風呂嫌いだ。猫など飼った経験がない唯子でも知っていたが、案の定、野良猫は大暴れし、尋人を引っ掻き、ぼろぼろにしていた。
唯子も大暴れする野良猫を抑え、何とかシャンプーまでごきつけた。
「猫ちゃん! 勘弁してくれよ!」
尋人の情け無い声を聞きながら不安しか覚えない。この男を信用していいものか謎だが、野良猫に引っ掻き傷をつけられている姿は、とても宗教人らしくない。オカルトも中二病にも見えず、そこまで怪しい人物にも見えない。というか、単なる残念な人……?
そんなことを考えているうちに、なんとか無理矢理野良猫を洗い、風呂場をあとに。
洗面所になぜか猫用のドライハウスもあり、そこに入れると、ようやく野良猫は静かになった。毛もふわふわになり、猫用シャンプーの匂いもする。
これでようやくミッション完了。尋人は野良猫を教会の応接室へ連れていき、猫缶を与えていた。よっぽどお腹が減っていたのか、野良猫、ガツガツと食い漁ってる。
「あぁ、疲れた……」
尋人の頬はげっそりし、腕は傷だらけ。目の下のクマも濃く、一重瞼の目元も疲労が濃いが、礼拝堂に案内してくれた。
想像以上に地味な場所だった。確かに教会らしく、天井は高い。天窓からは日差しが降り注ぎ、とても明るいが、マリア像、キリスト像、天使像もなく、ステンドグラスも見当たらない。
前方には電子ピアノ、ギターがあり、パイプオルガンみたいな楽器はない。教卓もあり、小学校の教室のような雰囲気だ。
礼拝堂に並んでいる椅子も一般的なパイプ椅子。そこだけは教室と違うが、あとは共通点が多い。教会の礼拝堂など初めて来た唯子。想像以上の地味さ。なんか拍子抜け。
十字架のオブジェ等も見当たらないし、目の前にいる自称・オカルト牧師はスーツ姿。今は猫を洗った後なのでジャケットは着ていないが、白シャツを腕まくりしている。服装だけなら学校の先生、営業マン、事務員などとも大差ない。十字架のネックレスもしていないし、黒いコスプレみたいな服装でもない。もっとも今は猫にひっかれた後なので、腕や指は赤くなっていたが。
「ここ、本当に教会です? シスターとかは?」
「いない。てか、シスターとか孤児院とかマリア像とかステンドグラスとかカトリックのだから。うちは単立のプロテスタント。ルターの宗教改革は歴史の授業で習ったよな?」
ちょっと偉そうに尋人は腕を組んでいた。確かにルターの宗教改革は習った。プロテスタントができた経緯は知っていたが、まさかここまで教会の様子が学校みたいだとは思わなかった。
しかし第一印象、どこかで見たことがある気がする。学校に似ているからだろうか。宗教施設だというのに、神聖な雰囲気が全くない。それでもなぜか嫌な雰囲気は感じない。この場所に歓迎はされているようだ。
「まあ、とりあえず椅子に座るか。質問があったら、何でもいいたまえ」
本当に偉そうな口調。顎もつんと上げていたが、いわゆるカルトとは違うみたいだし、唯子も椅子に座って、質問してみた。
「なんで教会にお風呂が?」
「洗礼式の時に必要。洗礼っていう水に浸かる儀式があるんだ。まあ、この教会は元々うちの親父の実家でもあったし、今でも二階で我々家族が暮らしてる」
「へ、へえ」
「母親はとある国に宣教に行ってるがな。ちなみに国は言えない。俺らだって知らないんだよ。キリスト教が禁止されている国らしく、ほぼスパイ同然で行ってるから」
「へ、へえ……」
出てくる話、全部初めて聞くものばかり。他にも宗派、献金、カルトなどの質問についても、ちゃんと答えてくれた。意外だ。尋人にとって失礼な質問もあったはずなのに、否定してこない。冷静かつ淡々と答えてくれた。
それにまだ自己紹介もしていないことに気づいた。唯子の方がよっぽど失礼じゃないか。それに気づくと、顔が赤くなってきた。それにわざわざ時間を割いてもくれている。この人、オカルト牧師なんて自称していたが、根っからの悪人ではない。むしろ……。
唯子は慌てて自己紹介をし、お礼も言う。
「へえ、石山唯子さんか。よろしく。俺はオカルト牧師。羽生尋人だ。霊現象を専門に活動している。ふふふ」
もっとも、尋人の自己紹介は「やっぱり、変人……?」と思ったが。
「で、俺に何の用だ。そんなリスみたいに小さくしていないで、全部話せよ」
「は? リス……?」
「君さ、なんかリスぽくない? 面倒だからリス子って呼ぶわ」
咄嗟に反論できない。なぜリス子?
やっぱりこの人、変人、中二病と思ったが、事情を話さないと始まらない。唯子は昔から悩まされてきた霊問題、最近の謎の体調不良、幽霊の件も全部話した。
「なるほど」
尋人は足を組み、座り直す。その顔は冷静。唯子の非科学的な相談についても、慣れた様子だった。
「リス子、我々キリスト界隈では霊がみえる、聞こえる、匂うとか日常茶飯事だ。聖書を見てみろ。霊に関する話題満載だろう?」
「は?」
「とりあえず、君は正常だ。病気でもないし、変わってもいない。うん、普通」
礼拝堂に尋人の低い声だけ響く。隣の応接室にいるはずの猫の鳴き声も聞こえない。
「普通? 私が?」
「よくある事さ。何の問題もない」
そんな断言できるもの?
宮乃以外に否定されてきたこの問題。宮乃でさえ、面白がっている部分もあったのに、尋人はごくごく普通に唯子の相談を受け入れていた。
「キリスト界隈ではエクソシスト中に空を飛んだり、宇宙人に誘拐された話も聞く。天使が見える子供いる。クリスチャンだと神の声も聞こえる人も一部いるらしい。おぉ、リス子の話、実に普通さ」
尋人は今まで聞いたり、経験した不思議な経験を披露していた。実に饒舌。目は笑ってる。たのしそう。
「よし、リス子の霊問題もさくっと綺麗に祓おうではないか!」
どんと胸を叩き、偉そうに顎を上げていた。
とりあえず、この問題、否定されていない模様だが、信じていいの?
「大丈夫。さあ、悪霊を祓うぞ!」
ニヤリと笑っていた。その顔、やっぱり変人に見えるが、本当に信じていい?
また指先が震えてきた。
リス子。そう呼ばれても、なぜか嫌でもない。




